市政をひらく安中市民の会・市民オンブズマン群馬

1995年に群馬県安中市で起きた51億円詐欺横領事件に敢然と取組む市民団体と保守王国群馬県のオンブズマン組織の活動記録

タゴ事件のツケを何としてでも安中市民に押し付けたい岡田市長(その2)

2009-03-27 23:45:00 | 土地開発公社51億円横領事件
<はじめから群銀に白旗を立てていた第3回公社理事会の結論>

■それでは、今回開示された10月17日以降の資料から、公社理事長を兼務する岡田市長や、公社理事を兼務する安中市幹部らの会議のようすを時系列で見てみましょう。

まず、10月17日午前10時から開催された公社理事会の様子から見てみましょう。会議での岡田理事長ら幹部の発言を読むと、この時点で既に群銀の軍門に完全に下っていたことがわかります。

**********
【公社理事会会議録】
平成20年度第3回公社理事会
安中市土地開発公社理事会会議録
平成20年10月17日
安中市土地開発公社

<安中市土地開発公社理事会日程>
 日時:平成20年10月17日(金)10:30~
 場所:安中市役所第202会議室
1.開  会
2.あいさつ
3.議事録署名人の選出
4.議  題
(1)株式会社群馬銀行との民事訴訟に関わる和解について
5.その他
6.閉  会
------------------------------
(出席理事) 岡田義弘、秋山 潔、長澤和雄、田島文雄、原田 勇、小板橋俊一、松本次男
(出席監事) 安藤志善、猿谷祐康

(開会)10時26分
【事務局長】それでは、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。只今から安中市土地開発公社理事会を開催させていただきます。まず、定款第15条に規定されております理事定足数に達しておりますことをご報告申し上げます。はじめに、理事長よりご挨拶をお願いいたします。

↑タゴの自宅。名義が配偶者のままで、資産の処分に応じないとして、未だに換価できずにいるという。タゴ一族がここを手放さない理由は、使途不明金をここに埋蔵してあるためかも?↑

【理事長】みなさんこんにちは。大変お世話さまになります。役員の皆様には、ご多忙のところ、緊急にご参集いただきまして、誠にありがとうございます。
 本日は、平成20年度第3回目の理事会でございますが、(株)群馬銀行との民事訴訟に関する和解の件に関しまして、協議をお願いしたいということでございます。たいへん重要な案件でございますので、忌憚のないご意見をいただきながら、慎重審議をいただきますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。よろしくお願いいたします。
【事務局長】どうもありがとうございました。それでは、理事長を議長として会議を進めて参りたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
【理事長】それでは、日程に従いまして、会議を進めて参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。日程第3の議事録署名人の選出を議題といたします。お諮りいたします。議事録署名人は、私が指名いたしたいと思いますが、これにご異議ございませんか。
(「なし」の声。)
【理事長】ご異議なしと認めます。よって、議事録署名人は松本理事、田島理事を指名いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします。
 次に、日程第4の議事でございますが、(1)「株式会社群馬銀行との民事訴訟に関わる和解について」を議題といたします。長澤常務理事より説明をお願いします。
【常務理事】それでは、(1)「株式会社群馬銀行との民事訴訟に関わる和解について」ご説明申し上げます。長いものですから座らせていただきます。
 それでは、説明に入る前に資料の確認をお願いしたいと思います。群馬銀行との民事訴訟に関わる和解以降の経緯の表がA4の紙で2枚。それと、平成10年の12月9日に和解が成立いたしました、その成立した和解条項が入りました資料が1枚。それと、平成10年12月25日に安中市土地開発公社、安中市、さらには群馬銀行三者で合意書を取り交わしました、その合意書の写しとそれに伴いまして証でございます。その2枚の資料がございます。それと、「前橋地方裁判所平成7年(ワ)第599号貸金・保証債務履行請求事件にかかる平成10年12月9日成立の和解に関する協議について」ということで依頼文でございます、理事長から群馬銀行の頭取あてにあてた(案)でございますけれども、この4つの資料がお手元に配布されております。
 それでは、この経緯に基づきまして、平成10年12月9日に成立した和解以降から昨日(平成20年10月16日)までの経緯についてご説明をいたします。
 和解が成立した同年12月25日、合意書を取り交わしました。同じく同日和解条項第4項第1号にあります債務金の一部である4億円を支払いました。平成11年から10年間は、毎年12月25日に限り2千万円を支払っており、本年12月25日がその10年目になります。
 次に、平成19年11月27日、平成20年1月7日、同じく3月28日に群馬銀行本店を挨拶のために訪問しております。次に年度が替わりました。4月9日から本格的に話し合いを行って参りました。
 まず4月9日の話し合いでございますが、市としては、「市民世論からして本年で区切りをつけていただきたい。」旨の申し入れを行いました。これに対し群馬銀行からは、裁判の結果、和解条項の通り実行していただきたい。銀行としては、株主・従業員に対して責任がある。」との回答がありました。<※市側注:群馬銀行側の見解は、「株主、従業員」とあるのは、「株主、お客様」ということを申し上げた内容であるので読み替えて解釈願いたいということです。>
 群馬銀行の回答を受けて、4月23日に顧問弁護士に相談をしたところ、弁護士からは「法律論からして裁判の和解を覆すことは出来ない。」との回答がありました。
 4月30日、再度話し合いを行いました。市から「市民世論は10年で終わると思っている。今後10年間空白ということはどうか。」との提案をしましたが、群馬銀行からは「裁判の結果が出ている事案である。空白を受け入れれば、銀行にとっては背任につながることもある。むしろ2千万円から増額でお願いしたい。」との要望でありました。
 群馬銀行からの大変厳しい回答に対し、5月1日、6月3日、さらに6月5日に市幹部会議を開催し、それぞれ「市の考え方」、「公社保有資産について」、「群馬銀行との交渉について」を内部協議しました。
 それを踏まえまして、6月23日、再度話し合いを行い、市から「3億円を支払うから本事案については終わりにしていただきたい。」旨の申し入れを行いました。群馬銀行からは、「市の提案について上司に伝える。」旨の回答がありました。
 8月11日、市の提案に対し群馬銀行から大変厳しい回答がありました。内容は、「裁判所の判決からは逸脱できない。和解条項は重い。まして、安中市土地開発公社は健全な経営を行でおり債務免除は出来ない。」とのことでありました。<※市側注:「裁判所の判決からは逸脱できない。」とあるのは、「裁判所の判決(和解)からは逸脱できない。」と読み替え願います。>
 翌8月12日、市としまして群馬銀行の回答を分析する中で、公社の安藤監事の見解を伺いました。監事さんからは、「和解条項の主旨からすると、群馬銀行としては債権放棄は難しいのではないか。」との見解でありました。
 9月2日、再度話し合いを行い、市からは「公社は3億円を支払い、群馬銀行はその3億円を今後90年間運用していただき、90年後に一括処理することは出来ないか。その間、債権については活きていることで可能ではないか。」と現実いたしました。
 9月3日、前日(9月2日の提案の内容について公社、群馬銀行双方の事務方で確認をいたしました。
 その後、10月7日、話し合いで9月2日の市からの提案に対し、群馬銀行は「市の気持ちは理解するが、今後の話し合いには、専門家を交えて話し合いたい。」との回答がありました。市としても「最大限努力をし提案したことであり、受け入れてもらいたい。」旨粘り強く申し入れをしたが、合意には至りませんでした。ちょうど10年目の期限を控えて、タイムリミットが近づく中、苦渋の選択でありました。
 翌10月8日、昨日の群馬銀行との話し合いの結果について、市幹部会議で報告をさせていただきました。以上が裁判で和解が成立いたしましてから10月16日までの経緯でございます。
 それでは、お手元の資料により順番にその話し合いの経緯を踏まえまして、ご説明させていただきます。
 話し合いの中で、一番大きいウエートを占める和解条項の9項からなる全文です。ここにありますように第4項第2号であります、平成11年から10年間は、毎年12月25日限り金2千万円、これに基づきまして交渉をしてきたわけですけれども、先ほど述べたような経緯となりました。
 それと、2枚綴りの合意書でございますが、これにつきましては、1枚目の2にございますように、平成21年以降10年ごとの支払い方法についてはということで、その中に当事者間の合意整い次第安中市土地開発公社および安中市は10年ごとに「以降10年間の支払方法」を記載した「証」を株式会社群馬銀行に差し入れるものと書かれております。この証は、2枚目にございます。
 群馬銀行との話し合いの結果、合意に至りませんでしたので、「前橋地方裁判所平成7年(ワ)第599号貸金・保証債務履行請求事件にかかる平成10年12月9日成立の和解に関する協議について」という表題で、公社の理事長名で群馬銀行取締役頭取宛に依頼文書を出したいと思っています。その文書はお手元にありますような(案)の文書でございます。この文書は、平成10年12月25日に合意したこの合意書のないようにあります、先ほど説明したような、この2番、平成21年以降の10年ごとの支払い方法について、ここに表示されています、この内容からこの文書の中に1といたしまして、「平成21年から10年間は、毎年12月25日限り金2千万円を支払うこととしたい。」こういう文書でございます。この合意書に基づき作成した依頼文で協議をしたいということでございます。
 その中に、米印が書いてあります。なお文でございます。「株式会社群馬銀行の合意が得られれば、合意書に基づく「証」につきましては、安中市土地開発公社理事会に議案を上程いたします。また連帯保証人であります安中市には、理解を求めるとともに市議会への議案上程をお願いすることになります。」これは、米印の中は、公社と市のですね、今後の工程を記載しております。
 説明は以上でございまして、これらの点につきまして、ご審議を頂きたいと存じます。
【理事長】説明が終わりました。これより質疑に入ります。ぜひ、忌憚のないご意見をお願いいたします。
【理事長】ただいま常務理事からご説明をさせていただいたところですが、群馬銀行と話し合いを長時間させていただいた中で感じることは、非常にこの文書化した和解条項というものは重いということと併せて、この24億5千万円、4億円を現金で支払い、2千万円ずつ10年2億円、残り18億5千万円をですね特記事項の指定がしていなかったと。私も4月23日に、あるいは4月9日にですね、群馬銀行との交渉に入るにあたって初めてこの合意書だとか和解条項だとかに目を通したのですけれども、この残り18億5千万円というのは、10年後には残るということが分かっているわけでありますから、この特記事項の指定をして、金融庁に18億5千万円は不良債権とすべく群馬銀行ならびに安中市が協力して努力するという、この項目が入っていなかったと。きわめて残念に思っているところでございます。それで、金融庁が不良債権として18億5千万円を認めるかどうかは、別の問題でございまして、安中市、群馬銀行が協力して不良債権に認めてもらえるように努力する項目を入れるべきであったと、こういうふうに返す返すも残念に思って、群馬銀行にはそのことを申し上げることは出来ませんが、違った角度から是非終わりにして欲しいと、市民世論、市議会世論というものはもう終わりだと、こういう意見があるのですよと、その都度再三お話をしてきたところでございますが、群馬銀行■■■■■■は、話としては10年後に終わらせる話はあったと、そういうことは知っておりましたね。【※市側注釈:群馬銀行側の見解は「群馬銀行■■■■■■は、話としては10年後に終わらせる話はあったと、そういうことは知っておりましたね。」については、当該内容の発言はなかったという見解でありますので、本情報が開示されても取り扱いには十分に配慮いただくようご注意願います。】だけれども、和解条項には入っていないと、だから、それを認めるとかあるいは協議するということには、内容として無埋があると。こういうことで、群馬銀行の見解は微動だしないと、こういうことでございます。
 それから、3億円を、ただ今長澤常務理事がご説明させていただきましたが、90年間それを運用していただいて、90年目に整理をするということにつきましては、「群馬銀行は信託銀行ではないのだと
<※市側注:群馬銀行側の見解は、「群馬銀行は信託銀行ではないのだと,」とあるのは、公社から一定期間お預かりして銀行の裁量において運用は出来ないのだと。」ということを申し上げた内容であるので読み替えて解釈願いたいということです。>
 そういうことで、安中市の気持ちは分かるけれども、群馬銀行としては、受け入れて協議を本格的にするというところにはないと、こういうことです。
【理事長】皆さんいかがでしょうか。
【猿谷監事】弁護士さん、渡辺顧問弁護士さんという方は、判決が出たときの弁護士さんですか。
【理事長】そうではないです。当時の弁護士は、東京の弁護士2名だと聞いております。
【理事長】この和解条項の5ですね、大変重要なことが記されておりまして、「1回でも1ケ月以上遅滞したときは、被告らは当然に期限の利益を失い、残額及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日から支払済みまで年14パーセントの割合による損害金を一括して直ちに支払う。」もう、がんじがらめなのですね。ですから、もうこれの和解条項の第5項をみても、群馬銀行は全く手抜かりがないと、こういうことになります。
【理事長】ご発言お願いいたします。
【猿谷理事】現在は、公社の土地があって、利益が上がっていますよね。今後、現在のような経済情勢の中で、経済的に低迷しているなかで、そうすると結局今度は支払うお金が年々、利益とか上がりにくくなるわけですよね、どのくらいの期間は大丈夫なのか。
【理事長】常務理事からご説明をお願いします。
【常務理事】社会情勢等が非常に不安定な時代にてすね、そのへんの見通しは難しいのですが、先ほど説明しましたように、6月3日に市の幹部会議をいたしまして、その中で今現在の公社の保有資産、さらには債務等や現預金の推移、さらに今後の収益の見通しはどのようになるかということで説明をさせていただいたのですが、今ご質問にありました公社の収益でありますが、3年、平成22年度までは、結構順調な収益が見込めます.そのなかで仮に毎年2千万円ぐらい今後も続くとなると、今現在進めております横野平工業団地の分譲が完成しますと、15年間ぐらいは公社として手持ちの資金が残るのではないかと、そんな想定をさせていただいて、この6月3日の市の幹部会議の中では資料を基に説明させていただいたと、そういう経緯がございます。
 昨今、そのころよりは大分社会情勢等が低迷していますので、それはそれで難しいのですけれども、とりあえず今現在の見通しとしては、そのような状況でございます。
【理事長】気軽になんなりとご発言いただければと。
【田島理事】この和解条項を見させていただくと、しょうがないのかなという気がしますが、その中で2千万円ということで、(案)では記されていますが、たぶん群馬銀行さんは、「経営伏況が良いのだから上乗せしてくれ。」といった言い方が予想されるところですが、2千万円で何とかやっていただけたらと思うのですけれども。
 それと、なお書きの朱印のところの「市議会への議案の上程をお願いする」とありますが、これは議会へ議案として上げないと駄目なのですかね。
【常務理事】その他のところで今後のスケジュールとして説明しようと思っていますけれども、とりあえず平成10年の時に議決、地方自治法にあります和解は議決が必要な案件ですよね、ですから先ほど言いましたように全9項からなっている和解についての議決をいただいております。
【田島理事】そうすると、全てずっとつながっていくといったことですよね。
【常務理事】この和解条項のなかの一言一句でも変わればということですが、これは、今回の今までの協議の中では、和解条項の中身は変わりません。そういうことなので、この中で第4項の第3号があるのですけれども、この第3号に基づきましてですね、今説明しました合意書なのですけれども、この合意書の2枚目にあります「証」を議決するのが行政として、安全ということではないのですが、そういうことでございます。
【田島理事】和解の議決をもらってあるのだから、後の10年間ごとは内容が変わらない限り、また10年間2千万円ずつということで、報告していけば良いような気がしますが、議決を必要と考えますかね。
【常務理事】そのへんのことかありまして、心配なので専門家に確認をしたのですけれども、この和解の条文の内容からすると、平成21年度以降10年間は第3号にあるのですが、そのために合意書をもらって、証が入っているのだから、この証が行政としては、言葉は悪いのですが安全のために議決をしておいたほうが良いだろうという専門家の意見がありまして、今現在の段階では、今後のスケジュールをお話ししますと、今のところ今日の理事会の結果を踏まえまして、政策調整会議をさせていただき、後は全員協議会に報告させていただき、それで後は12月議会で今言った証を議決していただいて、その後それを互に証を差し入れる、そういうふうなスケジュールとなっております。
【田島理事】検討していただいてあるということはわかりました。この米印のなかに文言を入れておくべきかどうかが気になったものですから。
【常務理事】そうですね、確かにその文言については、切ったって良いだろう、入っても良いだろう、両方ありました。
【理事長】その他に何かございますか。
【原田理事】一番最後の協議書、協議に基づいて群馬銀行と年間2千万円ずつ10年間ということで協議が成立して、それで証というものを結ぶと、この証のなかでこれは前回取り交わしているものであると思うのですけど、前回の証の第2条のなかで、「保証人は、この変更を承認のうえ」ということで、変更を承認という言い方をしているのですが、その意味が分からないのですが。
【事務局次長】今の関係は、合意書の1枚目につきましては平成10年に交わされたのですが、2枚目の証というものは、これはまだ一度も交わしておりません。これは今度初めて交わされるものです。10年後に、したがって今年初めてこの証を出すことになります。したがって、今までの10年間というのは、最初の判決のあった和解条項の4項の第2号にそって、この部分だけで今までは動いてきたということです。
【原田理事】証については、一度も交わしてないということですね。
【事務局次長】今度の12月25日までに、第3号について定めていくなかでの事務手続きがこの合意書になってきます。これが、今度初めて出されていく文書となります。
【原田理事】押印されているので、1回目は10年前に出されたのかと思いました。
【事務局次長】合意書の割印だと思います。それで、和解条項で2千万円を下回らない範囲で協議して定めるとなっていますので、この証については、「金額は2千万円以上にもなる可能性もあるよ。」ということでの文書ではないかと思っております。
【原田理事】わかりました。
【理事長】ただいま事務局からご説明をさせていただきましたが、この2千万円の解釈の問題ですけれども、それは2千万円を下回らない、こういう文言でございますから、2千万円でも良いという、安中市の考え方に立っているわけであります。
【理事長】他に何かございますか。
【理事長】それでは、質疑を終了し、採決いたします。本案は、原案のとおり決することに賛成の皆様の挙手を求めます。
(挙手全員)
【理事長】挙手全員であります。よって「株式会社群馬銀行との民事訴訟に関わる和解について」は、原案のとおり決定されました。
【理事長】次に、日程第5のその他でございますが、何かございましたらご発言をお願い申し上げます。
【理事長】事務局何かございますか。
【事務局次長】先ほど、監事さんから質問がございました、今後の公社の資金、収益の予定というものですかね、それにつきましては資料が出されていませんので、またもう一度再度調整しなおして、最新のものになおさせていただきまして、今後理事会等で配布させていただくことになるけれども、よろしくお願いいたします。
【理事長】役員の皆様から何かございましたらお願いいたします。
【理事長】特に無いようでございますので、本日の理事会並びに役員会はこれで終了させていただきます。本当にご協力ありがとうございました。
 以 上 11時05分終了

上記会議録を証するため、下記署名する。
平成  年  月  目
 議長  岡田義弘(自署)
 署名人 田島文雄(自署)
 署名人 松本次男(自署)

【安中市土地開発公社理事会出欠表】平成20年10月17日
役職名/氏 名/住 所/電 話/現役職名/備 考/出欠
理事/岡田義弘/住所非開示/内線1000/安中市長/-/○
理事/秋山 潔/住所非開示/内線1010/総務部長/-/○
理事/長澤和雄/住所非開示/内線1250/建設部長/-/○
理事/田島文雄/住所非開示/内線1050/財務部長/議事録署名人/○
理事/原田 勇/住所非開示/内線1100/市民部長/-/○
理事/小板'橋俊一/住所非開示/内線3100/上下水道部長/-/○
理事/松本次男/住所非開示/内線2100/松井田支所長/議事録署名人/○
監事/猿谷祐康/住所非開示/395-2222/監査委員/-/○
監事/安藤忠善/住所非開示/385-5787/税理士/-/○
**********

 今回なぜか開示されませんでしたが、平成20年度第1回と第2回の公社理事会会議録も見てみたいものです。タゴ事件の和解金支払い継続について協議しないはずはないからです。

【ひらく会情報部】



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タゴ事件のツケを何としてでも安中市民に押し付けたい岡田市長(その1)

2009-03-27 02:46:00 | 土地開発公社51億円横領事件
<なぜか非開示とされた平成20年10月17日以前の交渉情報>

■広報あんなか09年2月号に掲載されたタゴ事件による群銀への今後10年間の和解金支払い交渉の経緯は、次の通りでした。

平成19年11月27日 群馬銀行訪問(本店応接室)
平成20年1月7日 群馬銀行訪問(本店応接室)
平成20年3月28日 群馬銀行訪問(本店応接室)
平成20年4月9日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(市役所市長室)
平成20年4月23日 今後の取り組みについて、顧問弁護士に相談
平成20年4月30日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
平成20年5月1日 「市の考え方について」市幹部会議を開催
平成20年6月3日 「公社保有財産等について」市幹部会議を開催
平成20年6月5日 「群馬銀行との交渉について」市幹部会議を開催
平成20年6月23日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
平成20年8月11日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(市役所応接室)
平成20年8月12日 公社監事に群馬銀行の考え方を説明し、見解を伺う
平成20年9月2日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室).
平成20年9月3日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(市役所旧助役室)
平成20年10月7日 安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
平成20年10月8日 「10月7日の話し合いの結果について」市幹部会議を開催
平成20年10月17日 安中市土地開発公社理事会、政策調整会議を開催
平成20年10月20日 安中市土地開発公社理事長名で株式会社群馬銀行取締役頭取宛「和解に関する協定書」を提出
平成20年11月4日 経過等を市議会全員協議会に報告
平成20年11月27日 群馬銀行から「和解に関する協議書」に対する回答
平成20年12月8日 安中市土地開発公社理事会を開催
平成20年12月17日 「和解10年後の対応について」市民報告会を開催(安中市文化センター)
平成20年12月19日 「和解10年後の対応について」市民報告会を開催(松井田文化会館)
平成20年12月25日 和解後10年間とした最後の債務金2千万円支払い
平成20年12月26日 合意書に関わる「証」を群馬銀行に提出

 しかし、先日、ようやく安中市から情報開示された資料は、昨年10月15日付に庁内で出された政策調整会議の10月17日開催通知から以降のものでした。なぜ、それ以前の資料を出さないのか、不存在なのか、忘れてしまったのか、岡田市長に確認しておく必要があります。

↑安中市役所の目の前にあるタゴの自宅。左端は市役所で、正面の家がタゴ宅。土地開発公社のある西庁舎2階までの通勤距離は、わずか50mたらず。↑
■上記の経緯を見ると、岡田市長は、おととしの11月27日に群銀本店を訪問したのを手始めに、合計7回、群銀本店を訪れています。一方、群銀が安中市役所を訪れたのは僅か3回です。これは明らかに群銀と安中市の力関係を示しているかのようです。

 また、この間、市幹部会議が4回開催され、顧問弁護士の渡辺明男弁護士に1度、公社の監事の安藤氏と猿谷氏に1度、相談しています。したがって、会議録が合計16件あるはずだからです。

 今回、開示された資料の中に、10月17日の政策調整会議に提出された経緯説明がありました。

**********
【群馬銀行との民事訴訟に関わる和解以降の経緯】
(安中市土地開発公社)平成20年10月16日現在
 年 月 日 / 協 議 等 の 概 要
平成19年11月27日/群馬銀行訪問(本店応接室)挨拶
平成20年1月7日/群馬銀行訪問(本店応接室)挨拶
平成20年3月28日/群馬銀行訪問(本店応接室)挨拶
平成20年4月9日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(市役所市長室)
 (市)市民世論からして、本年で区切りをつけて頂きたい。
 (群)和解条項の通り実行してもらいたい。銀行として、株主、従業員に対して責任がある。
<※市側注釈:群馬銀行の見解は、「株主、従業員」とあるのは、「株主、お客様」ということを申し上げた内容であるので読み替えて解釈願いたいということです。>平成20年4月23日/今後の取り組みについて、渡辺顧問弁護士に相談
 ・法律論からして、裁判の和解を覆すことは出来ない。
平成20年4月30日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
 (市)市民世論は10年で終わると思っている。今後10年間は空白ということは可能か。
 (群)裁判の結果が出ている事案である。空白は背任につながる、むしろ増額をお願いする。
平成20年5月1日/「市の考え方について」市幹部会議を開催
 ・群馬銀行の姿勢は大変厳しく、和解条項の通りとのことである。
 ・市所有地を交渉の中で提案したい。→東吾妻町の山林、秋間の公社所有地<当会注:タゴの置き土産の秋間の山林はともかく、市民から寄付を受けた半田山まで人身御供に差し出すとは!>平成20年6月3日/「公社保有財産等について」市幹部会議を開催
 ・公社の保有資産
 ・債務・預金の推移
 ・20年から三ケ年の公社の収益見通し
平成20年6月5日/「群馬銀行との交渉について」市幹部会議を開催
 →東吾妻町の山林582ヘクタールを代物弁償として提案する。
 ・市民に迷惑をかけないことが基本原則であることを確認する。
平成20年6月23日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
 (市)「三億円を支払うから本事案は終わりにして貰いたい」旨中し入れる。
 (群)市からの提案は上司に伝える。
平成20年8月11日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(市役所応接室)
 (群)裁判所の判決(和解)からは逸脱出来ないし和解条項は重い。安中市、公社は健全経営を行っており、債務免除は出来ない。
平成20年8月12日/公社安藤監事に群馬銀行の考え方を説明し、見解を伺う。
 ・和解条項の主旨からして債権放棄は難しいのではないか。
平成20年9月2日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
 (市)市から群銀に提案する。「公社は三億円を支払い、群銀はその三億円を90年間かけて運用していただき、90年後に一括処理する」→90年間債権は活きている。
平成20年9月3日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(市役所旧助役室)
 ・9月2日の市からの提案内容について、双方の事務方で確認する。
平成20年10月7日/安中市土地開発公社、群馬銀行話し合い(群銀本店応接室)
 ・9月2日に市から群銀に提案した内容について → 合意されず
 (市)市が最大限努力をし提案したことであり受け入れて貰いたい。
 (群)市の気持ちはわかる。銀行の回答についての詳しいことは、双方専門家を交えて話し合いを行いたい。
平成20年10月8日/「10月7日の話し合いの結果について」市幹部会議を開催
 ・10月7日の話し合いの結果について報告する。
 ・話し合いの結論を整理して公社理事会に諮る。
 ・今後、手順を踏んで取り組む(公社理事会、政策調整会議、議会等)ことが確認される。
**********

 上記のように、10月17日の安中市幹部による政策調整会議までの、約11ヶ月間の交渉の内容と経緯が肝心なのに、安中市も土地開発公社もこれらの情報をなぜか開示情報から除外しています。なにか、都合の悪い情報でもあるのでしょうか。「単に忘れた」というのは不自然だからです。

【ひらく会情報部】
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安中市土地開発公社がタゴを提訴して勝訴した10年前の状況

2009-03-24 22:36:00 | 安中市土地開発公社事件クロニクル
■今から10年前の平成11年(1999年)4月初め、安中市土地開発公社は、タゴを相手取り、多額の裁判費用をかけて損害賠償請求の民事訴訟を前橋地裁に提訴しました。その結果、全面勝訴をしましたが、これまでに回収できたのは、訴額22億2300万円に対して、わずか1488万500円のみ。

 この裁判の弁護士費用は、群馬銀行との民事裁判や、市民からの真相追及を回避するための回避ノウハウ料と抱き合わせでしたが、公社は東京の弁護士2名に合計なんと1億円を支払いました。にもかかわらず、安中市土地開発公社も、連帯保証人の安中市も、タゴやその親族、そして事件で焼け太った関係者らから損害を回収しようとせず、裁判所に出した訴状に貼る手数料の印紙代さえも、結局公金から支出した形になっています。結局、何の、誰のための裁判だったのかと疑問に思う今日この頃ですが、公社や市の怠慢がもたらした現在の債権未回収の状態は放置できません。勝訴から10年目を迎える今年5月31日までに、タゴを相手取り、再提訴をするかどうかの判断が、タゴをよく知る公社理事長でもある岡田市長に、今まさに問われているのです。

■では、10年前に安中市土地開発公社が、タゴを相手取り、損害賠償請求訴訟をしたときの状況を思い出してみましょう。まずは、当会が、事件後、毎月発行していた安中市民通信「まど」第40号(1999年4月20日発行)から引用してみましょう。


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51億円事件第3幕 公社がタゴを民事提訴
市民に先越されしぶしぶ損害賠償請求
相手をタゴに限定!!

 安中市土地開発公社を舞台にした巨額横領着服事件は、①元職員タゴに対する刑事訴訟が、平成8年4月8日に判決(懲役14年、但し未決勾留200日含む)、②約40億円のカネをだましとられた(その後、隠し財産返済で33億円強に減額)群銀による安中市・公社相手の民事訴訟が平成10年12月9日に和解(和解金24億5000万円を市・公社が単純計算で103年返済)、という経緯をたどってきました。
 さあいよいよ安中市・公社が原告になり、損害賠償請求をする番だと、市民は中島市長の迅速な決断と実行を[期待」したのですが、2ケ月たっても3ケ月たっても行動する気配はありませんでした。それどころか、当会が2月5日に安中市監査委員に住民監査請求をしたところ、2月16日にナント「不受理]という通知が届く始末で、市民をガッカリさせました。
 ところが4月上旬に、安中市でなく公社の名前で突然、元職員タゴを被告として総額約22億2千万円の損害賠償請求訴訟を起こしたのです。なぜ約22億2千万円という損害額なのか、その根拠はわかりません。
 当会の試算によれば、タゴが群銀から不正に借入れ、公社名義の口座から横領した実質40億円近いカネ(返済や和解により24億5千万円に減額)、その他にも、安中市から振込まれた公金3億4500万円の横領、および帳簿改ざんによる粉飾経理で浮かせた数億円の公金横領が損害として計上されなければならないはずです。
 この度の原告公社による突然の提訴の背景には、この他にもいろいろな疑問があります。
 損害額がなぜ22億2千万円なのか、を始め、なぜ連帯保証人の安中市長は訴訟参加をしなかったのか、なぜ元職員タゴ一人だけを相手取ったのか、なぜ事件発覚後3年10ケ月余もたってから、また群銀との和解成立から115日もたってから急に提訴したのか・・・などです。
 この背景を知るには訴状の写しを入手し、疑問点を明らかにしたいところですが、おそらく情報開示で裁判の書類(訴状、答弁書、準備書面など)の公開を請求しても、安中市長は「公社は別法人だから」と言って拒む可能性が高いでしょう。
 原告公社の訴訟代理人の弁護士は「事件を風化させないためにも、張本人の責任を厳しく追及しなければならない」(4月6日付上毛紙)と、この提訴の抱負を公社理事長(=安中市長)に代わって語っていますが、公社の使用者責任はいったいどういうふうに追及するのか、聞きたいものです。
 また、市議会3月定例会で明らかになったように市・公社は東京の田辺・菰田(こもだ)弁護士に着手金一千万円と日当等実費を支払ったようですが、今度の裁判では、いったいどこの弁護士を起用しているのか、大変興味が湧きます。
 タゴが塀の向こうに居るため、民事訴訟がどう展開してゆくのか予断を許しません。当会のこれまでの印象ですと、塀の向こうは一種の「安全地帯」であり、民事訴訟を通じて、タゴにどれほど損害を償わせられるのか、また事件の真相がどれほど明らかになるのか、心配なところです。
 当会ではそのため、タゴ以外にも、その私的縁故者、公社の監督責任者、安中市の職責者、その他の本件関与者らに対しても損害金を回収するよう市監査委員に監査請求したわけです。
 しかし、門前払いを言い渡されたため逸早く法的対処に踏み切ることとし、3月12日に実行しました。
 今回の公社による突然のタゴ提訴には、そうした諸般の事情が複雑に絡んでいると想像できます。
 いずれにしても、安中市は事件の幕引きを性急に行おうとせず、事件の尻拭いをきちんと完遂させ、この未曾有のハレンチ事件の真相を市民に明かにすることを最重点目標に掲げて、行政の信頼回復に務めなければなりません。     【事務局】
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■そして、当会のほうが先に提訴したのに、裁判所は、タゴ欠席のまま、初公判からわずか4日後の平成11年5月31日に、公社勝訴の判決を出したのでした。そのときのもようを、当会の広報紙である安中市民通信「まど」第42号(1999年6月20日発行)から見てみましょう。

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第3幕・あっという間の幕引き
タゴを訴えた公社 『ひとり勝ち』

 公社51億円事件で、平成10年12月9日群馬銀行と和解した安中市と土地開発公社は、4月初めにようやく「百年ローン」を無視するわけにいかなくなり、現在千葉刑務所で服役中のタゴだけを相手取り、約22億2千万円の返還を求める損害賠償請求訴訟を前橋地裁に起こした。
 当会では、タゴ事件の当事者間における「第3幕」の不当利得返還請求は、事件の尻拭いの責任を当事者に負わせるためにも、当然行われることになると、事件発覚直後から各地での説明会で説明していた。

≪損害ない筈だった市・公社≫

 平成7年6月3日に事件が公になってしぱらくの間、市・公社は「事件はタゴが群銀相手に詐欺を働いたものであり、市・公社は関係なく、従って被害もない」と市民に対して弁解していた。
 ところが、群銀への利子返済期日が迫ってきた平成7年9月27日の市議会一般質問では、俄かに雲行きが怪しい答弁をするようになり、同10月10日付けの臨時広報二号で「市に負担が生じることも考えられます」と発表。その場しのぎの対応に市民を呆れさせた経緯がある。

≪しぶしぶタゴだけを提訴≫

 結局、市・公社と群銀との和解で、巨額の損害金が発生することになってしまった。当会では、この前代未聞の事件がタゴ一人でなく、その使用責任や共犯責任も含めた関係者らの責任により、その損害は癒されるべきだと考え、逸早く3月12日に提訴に踏み切っていた。
 一方、市・公社は3週間遅れて訴訟に踏み切った。群銀との和解から数えて4ヵ月もたって、やっと提訴したのには理由がある。
 安中市としては、公社の前経営陣である理事・幹事や上司らの責任を不問にしつつ、タゴひとりだけを提訴する形にしたい。だが、わざわざ500万円余の収入印紙を貼って訴状を裁判所に提出しても、タゴから損害金を回収できないのは明らかであり、そのジレンマに頭を痛めていたからだ。
 それが一転したのは、やはり市民に先を越されたからに違いない。しぶしぶ提訴せざるを得なかった。しかし、あくまで公社内での処理という見せかけの建て前を市民に示さなければならないため、安中市は訴訟参加せず、公社だけを原告にした。
 必然、訴訟代理人には、小川前市長が東京から呼んできた弁護士(田辺・菰田両弁護士)が再び起用された。事件の真相を覆い隠すためには、内部事情を知りつくしている弁護士以外の者に、訴訟を委せるわけにはゆかないという事情がある。

≪タゴ欠席裁判は初公判で結審≫

 初公判は提訴から2カ月足らずの5月27日(木)午前10時から、前橋地裁(村田達生裁判長)で行われた。被告の多胡邦夫側は誰も出廷せず、争うかどうかの答弁書も提出されなかった。そこで原告の公社側の訴訟代理人が、初公判で結審するように指摘をして、約10分足らずで裁判が終了した。判決は4日後の5月31日という超スピード裁判。

≪初公判から4日後のスピード判決≫

 注目の判決公判は平成11年(1999年)5月31日(月)午後1時10分から前橋地裁2階の第22号法廷で開かれた。さっそく市民7名が傍聴に赴いた。
 法廷の入り口に貼ってあった祗には次のように書かれていた.
  事件担当 民事第一部
  事件番号 平成11年(ワ)第165号
  事件名  損害賠償
  事件進行状況 判決言渡
  原告   公社
  被告   多胡邦夫
  裁判官  村田達生
  書記官  大島一則
 初公判の書記官は阿部という人だったが今回交代していた。
 午後1時10分からの公判では、最初に一件他の民事事件の判決言渡しと、最後に別の民事事件があり、3件続けて予定されていた。
 午後1時に法廷に入った。傍聴席には公社局長と次長らの姿も見られ、大勢のマスコミ関係者も来ており、36席の傍聴席は満席。だが原告公社の理事長である中島市長の姿はなかった。
 1時10分から遅れること10分、村田裁判長が姿を現した。本件は合議案件でないため、裁判官の席はひとつだけだった。判決言渡しなので、原告、被告席共に空席。
 おもむろに持参した書類をひらいた裁判長は、まず一件目の判決文を読み上げた。「被告は金150万円を支払え。訴訟費用は被告が負担するものとすると、小声で読み上げた裁判長は、続いて次の書類を広げた。
 「それではと・・・事件番号、平成11年、ワ、第165号・・・」と読み上げ始めたので傍聴席には一瞬緊張が走った。

≪タゴに22億円余支払命令≫

 「主文、被告は原告に対して金22億2309万2000円を支払え。訴訟費用は被告が負担するものとする」
 裁判長が無表情、無感情でボソボソと呟いた途端、公社局長と次長はさっさと席を立ち、ドアを明けてさっさと外に出ていった。裁判長が主文を読みだしてからこの間、わずか20秒足らず。あっけに取られていた傍聴市民や報道陣は、すぐに公社担当者の後を追った。
 マスコミのインタビューを避けるように、足早に駐車場に向かおうとしていた公社関係者らは、報道陣に取り囲まれて、しぶしぶ質問に答えざるを得なくなった。

≪回収方法と可能性は未定≫

 報道陣から、今後どうやってタゴから賠償金を回収するのか質問が出たが、公社の石井博明事務局次長は「2週間して(タゴが控訴せず)判決が確定してから、公社内で相談して対応を決めたい」と答えるに止まった。
 当会は「訴状の写しをくれ」と頼んだが、石井次長は「あれはどこにも出してないんだよね」とそっけない。報道陣にも訴状の内容は知らされていないという。
 なぜ今回の訴訟額が22億2309万2000円なのかについては、「群銀との和解金からタゴが水増ししていない正規の借入分を差し引いた金額だ」という答が返ってきた。
 なぜ群銀との民事裁判の訴訟費用などを今回の訴額に含めなかったのか、という質問に対しては、「とりあえず実害だけということで請求した」というチンプンカンブンの答だった。

≪裁判費用1億円は支出済み≫

 今回の訴訟代理人をなぜ刑事、民事と同じ弁護士に依頼したのか、弁護費用はいくらか、との問いに対しては、「群銀との民事をはじめ、事件当初から携わっている弁護士に今回も依頼した。訴訟費用は東京弁護士会の弁護士報酬会規に基づき算定される。既に、住民訴訟の分も含めて3件まとめて支払済みだ」という。
 裁判費用をしつこく聞き質したところ、指一本を上げて見せ、「だいたい1億円」ということだった。これらの裁判費用で、今年度の公社の決算書は大幅赤字になったという。
 5分くらいマスコミに取り囲まれ、不本意ながら喋らされた石井次長らは、「じゃあ、そういうことで後は問題ありませんね」とそそくさと車に乗り、市役所に戻って行った。

≪たちまち幕切れた第三幕≫

 あまりにもあっけない幕切れに、まだキョトンとしたまま私たちも裁判所のロビーに戻った。新聞各社のインタビューに答えているときに、裁判所の係員が報道陣を呼びに来た。どうやら判決理由文の発表があるらしい。
 市民はお呼びでないとのことなので、報道陣には「公社が損害金の賠償請求をしたわけだから、タゴから取りはぐれても、きちんと回収できる成算があるはず。市民としては、すでに提訴した訴訟で、使用者責任を明確化し、市・公社が取りはぐれのないよう最大限の努力をしていきたい」とコメントを出した。
【ひらく会事務局・裁判取材班】
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■以上のとおり、当時の中島市長は、タゴから巨額使途不明金のありかを聞き出そうともせず、タゴから何としてでも巨額損害金を返してもらおうという熱意も持たぬまま、形だけ、タゴに損害賠償請求をしたことにして、市民世論の沈静化を図ったのでした。しかしその懸念は、その後、わずか1488万円しか、タゴから賠償金を出させることができず、無策のまま10年目の節目を迎えてしまっている現実となって、市民の前に突きつけられています。

 ふたたび、今度は理事長として安中市土地開発公社の経営に携わってから既に3年を経過しようとする岡田市長ですが、裁判費用を自分で工面してまでも、タゴを再提訴して、残る10年間で、タゴ事件で警察が必死になっても使途が判らなかった14億円余(当会の試算では20億円以上)を回収して、103年ローン問題にきちんと終止符を打とうとするのか、それとも、タゴと一緒に公社の運営に携わっていた理事・監事時代と同様に、タゴの身を案じて、これまでどおり市民に尻拭いをさせ、公社のことは「あとは野となれ山となれ」と、100年後の子孫まで引き継がせるつもりなのか。あと2ヵ月後に迫った消滅時効の期限に向けて、岡田理事長がどのように行動するのか、市民・納税者として注目していきたいと思います。

【ひらく会事務局】
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群銀の和解金は熱心に支払ってもタゴへの賠償請求には無関心?な岡田市長

2009-03-23 22:46:00 | 土地開発公社51億円横領事件
■安中市土地開発公社を舞台に14年前に発覚した前代未聞、空前絶後のタゴ51億円事件はいまだに安中市政に大きな影を落としています。このタゴの豪遊資金の供給元の群馬銀行に対して、公金でせっせと毎年12月25日に2000万円ずつ尻拭いをして、いわば千葉刑務所に服役中(当会の調査では既に数年前に仮出所)と言われるタゴに、間接的にクリスマスプレゼントしてきた安中市が、和解後10年目を迎えて、群馬銀行に対してどういう対応をとるか注目されてきましたが、結局、最初から群馬銀行のペースで交渉が進められ、岡田市制の無策ぶりが露呈しました。

 当会では、平成20年11月5日付け上毛新聞朝刊の記事で、岡田市長が「再び今後10年間毎年最低2千万円を支払う」という提案をしている事を知り、情報開示請求をしました。

 ところが、11月25日付けで「本件については現在群馬銀行と協議の最中であり、開示については協議が整った段階で検討いたします」という条件付で非開示処分となりました。その後、岡田市長は、市議会と市民に方針と経過報告をし、特に市民からはタゴの尻拭いを更に90年以上も続けることに反対の意見が続出しました。このあたりの経緯は当会のブログでも詳しく掲載してあります。

■今年に入り、平成21年1月14日付け安企発20978号で、「平成20年11月25日付安企発第17569号で通知した不開示決定通知書中の『群馬銀行との協議』が整ったので、あらためて開示請求願います」という通知があり、当会は、さっそく1月22日付けで行政文書開示請求書を提出しました。

 ところが、平成21年2月3日付第22512号で、行政文書開示決定等期間延長通知書が届き、本来であれば2月5日までに開示決定が行なわれるところを、3月19日まで先送りするという連絡がありました。延長理由は「本件請求に係る情報については、第三者情報の記載があり、安中市情報公開条例第15条の規定に基き、意見照会を行なっているため」でした。

 例によって、また時間稼ぎか、と呆れていた所、3月3日付第24004号で、部分開示決定通知書とともに、次の書類が届きました。
①土地開発公社不祥事件の和解に係る報告会の実施について(21.1.6安中市回議)
②土地開発公社不祥事件の和解10年後における「証」に係る連帯保証について(20.12.26安中市起案)
③11月4日開催の市議会全員協議会において説明を求められた事項に関する資料の提出について(20.1.19安中市起案)
④土地開発公社不祥事件の和解に係る報告会の開催ならびに広報掲載について(20.11.12安中市起案)
⑤株式会社群馬銀行との民事訴訟に関わる和解について、市議会全員協議会に報告することについて(20.10.30安中市起案)
⑥前橋地方裁判所平成7年(ワ)第599号貸金・保証債務履行請求事件にかかる平成10年12月9日成立の和解に係る協議結果の通知について(20.10.20安中市起案)
⑦平成20年度第6回政策調整会議の概要について(20.10.20安中市回議)
⑧政策調整会議(平成20年第6回)の開催について(20.10.15安中市起案)
⑨和解10年後における「証」の差し入れについて(20.12.25公社回議)
⑩和解10年後における「証」の連帯保証について(20.12.26公社回議)
⑪安中市土地開発公社理事会会議録について(20.12.10公社回議)
⑫議会資料の提出について(20.11.19公社回議)
⑬和解協議に関する文書の送達について(20.10.20公社回議)
⑭安中市土地開発公社理事会会議録について(20.10.22公社回議)
⑮群馬銀行との民事訴訟に係る今後の10年間に関する協議について(20.10.17公社回議)
■開示された資料のうち、①については、先日このブログで紹介しました。その他の情報については、このあと順次報告するとして、全体内容を分析してみると、次の問題が浮き彫りになりました。

①最初から結論ありき。つまり、初めから、公社の岡田義弘理事長は、本気で群銀と事を構えるつもりがなかったこと。

②その証拠に、昨年12月17日と19日の住民説明会の原稿は11月12日に起案済みで、既に文面として「きわめて残念ではございますが、この交渉は成立させることができませんでした」と結論付けていること。

③本来、住民の意見を説明会なり、地区別懇談会やアンケートで集めた上で、住民の総意として、例えば「群銀にも落ち度があるのだし、安中市民にも預金者が多数いるのだから、和解金については最大限の配慮をお願いしたい」として、交渉に臨むはずなのに、タゴの世話になった議員らがまだのさばっている「議会世論」ばかり口にして、「市民世論」を全く確認しなかったこと。

④昨年12月17日と19日にそれぞれ安中文化センターと松井田文化会館で開催された住民説明会で、ほとんどの住民がタゴの尻拭いをこれ以上続けることに異議を唱えていたにもかかわらず、岡田市長(=公社理事長)は「ご理解頂きたい」と言うばかりで、住民が納得しないのに、強引に群銀への和解金支払い継続を進めたこと。

⑤今回の情報開示にあたり、安中市が開示を延期した理由は、「本件請求に係る情報については、第三者情報の記載があり、安中市情報公開条例第15条の規定に基づき、意見紹介を行なっているため」であった。市役所の内部協議で発言されたことや認識されていたことについて、驚くべきことに、安中市は群馬銀行に「このように市役所内部ではやり取りがありましたが、この内容を市民にみせてよいでしょうか?不都合があれば意見を聞かせてください」などと気を遣っていること。

⑥特に、和解以降の経緯で、市議会全員協議会に示された資料中にある、昨年4月9日の群馬銀行側発言として「銀行として、株主、従業員に対して責任がある」と説明していたのに、今回、群銀の真意として「従業員ではなく、お客様に対して責任がある」と修正したこと。市議らには一体どのように説明したのだろうか?

⑦また、昨年10月17日の第6回政策調整会議で、市長が「群馬銀行側は、9月2日の提案により、和解条項を変更するようなことがあれば、裁判のやり直しもある」と発言したことについても、群馬銀行側の真意は「裁判のやり直し」ではなく「もう一度裁判で決めることになり寝ない」という意味だったとして、わざわざコメントがつけられていること。その機会に、岡田市長は、「ではもう一度裁判をやりましょう!」となぜ堂々と力強く宣言しなかったのだろうか?

⑧もっと重大なのは、岡田市長は、タゴの尻拭いである群銀への和解金の支払いをあと10年間継続するという重い決定を、当初は議会への議案上程をする予定であったにも関わらず、その後いつの間にか「既に10年前に市議会で103年ローンについては議会承認を得ているから問題ない」と勝手に理屈を付けて、市議会の承認を得ずに、報告だけで済ませてしまったこと。また、市役所内部のやり取りでは、公社理事長である岡田市長が、自分名義で書面を自分宛に出して、和解経緯や連帯保証など、全部、自作自演で行なってしまったこと。

⑨タゴ事件の温床となった市長と公社理事長の併任問題は、タゴ事件の反省に立って「もうやめよう」と決めたはずなのに、安中市監査委員らは「問題ない」として、黙認していること。

⑩また、今後10年間の継続支払いを群銀に約束する「証」について、昨年12月8日に開催された安中市土地開発公社理事会で、理事の誰一人として発言をしておらず、岡田理事長のリードで、あっさり全員挙手をしてしまったこと。理事は、全員市役所の部長連中なので仕方がないが、肝心の監査委員は金銭証書の意味も知らず、「監事の二人は、まだ2、3年生で、(事件)当時の事はわからない」などと発言。岡田理事長以外、タゴ事件を知らない者ばかりが集まっても、岡田市長(=理事長)に物申せるわけがないこと。

⑪岡田市長は、12月8日の公社理事会の席上で、今回、群銀に初めて出す「証」という証文の第3条「この証に別段の定めあるもののほかは、すべて原調書の各条項を適用する」について、「和解に応じているんだから、この条文は不要だ」として群銀に申し入れてきたが、あっさり群銀に拒否されたことを理事らに話したこと。この部分を削除すれば、最悪でもあと10年間でタゴの尻拭いから開放されたかもしれないのに、なぜもっと粘り越しを群銀に見せ付けなかったのでしょうか。

⑫12月8日の公社理事会で、岡田理事長と長澤常務理事が「タゴの家屋と土地が市役所の西にあるが、タゴの名義でなく、タゴの配偶者らの名義になっているかもしれず、タゴの配偶者の承諾がもらえないため、役所の駐車場として使えない」として、いまだに、タゴの財産をそのまま放置していることが判明したこと。

⑬そして、極めつけは、同じく12月8日の公社理事会の席上、岡田理事長が発言した次の言葉。「タゴが偽造した金銭証書は、誰が見ても不自然だと新聞報道されているが、今回の群銀との交渉にあたって、それを見ようとしたら不存在だった」ということ。もしこれが事実だとすると、既に公社内部で、重要な書類が証拠隠滅のため、廃棄されてしまっており、これでは、今後、タゴの再提訴や、群銀とのハードな交渉は、最初からあきらめているようなもので、タゴ51億円事件を起こした安中市の体質を如実に示している一件。

■もうひとつ注目されるのは、1995年8月から96年3月にかけて行なわれたタゴの刑事裁判で、タゴの配偶者が法廷で「ご迷惑をおかけした皆様には大変申し訳ないと思ってます。できる限りの償いをさせていただきたいと思います」などと殊勝なことを言っていましたが、今回の開示資料によると、上記⑫のように、市役所前にある元自宅だった空き家を手放すことに反対していることがわかりました。

 事件直後の裁判では、「申し訳ない」と何度も謝罪の言葉を繰り返していたタゴの配偶者が、その後、手のひらを返したように、「償いには応じられない」という姿勢に転換したのには訳があるはずです。タゴの巨額詐欺横領事件のような民事の賠償責任には、時効が必ず伴うからです。

 民法724条では、「不法行為による損害賠償請求権の期間の制限」として、「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。」と定めています。

 つまり、安中市は、タゴから1億5千万円をもらった配偶者に対して、3年間不法行為による損害賠償の請求をしなかったため、タゴの配偶者はもう時効だと認識して(あるいは、弁護士から教えてもらって)、態度を豹変された可能性があります。

■一方、51億円事件の単独犯として千葉刑務所に入ったタゴに対して、当会は、103年ローンという前代未聞の和解条項が1998年12月8日に安中市・安中市土地開発公社と群馬銀行との間で締結されて損害が確定したので、さっそく、1999年2月5日に、タゴをはじめ当時の現役及び歴代の公社役員らに損害補填をさせるべく住民監査請求を提起しました。

 ところが2月16日に安中市監査委員がこれを不受理としたので、1999年3月12日にタゴと公社役員らを相手取り、損害賠償請求訴訟を起こしました。群銀との和解で、損害が確定したので、3年以内に裁判等を行い、損害賠償の請求権を行使しておかないと、時効になってしまうからです。しかし、呆れたことに、住民訴訟で、安中市は、「タゴ事件の被害は公社内にとどまり、安中市には被害がないから、市民には損害賠償請求権がない」と主張し続けたのです。

■結局、裁判所もその理屈を援用した形となり、当会は、タゴが安中市から公社に振り込まれた公金を横領したことによる損害や、タゴの裁判費用など安中市がこの事件で支出したと思われる損害に絞って、粘り強く係争しましたが、裁判所の理解を得ることができず、いつのまにか、裁判所はタゴを被告から外してしまい、その他の関係者は「二度とこのような不祥事を起こしません」などと言いはじめ、裁判所からは和解勧告が出ました。

 その和解勧告に応じて、これで少しは安中市もまともになるかな、と思った直後、我々住民の知らないうちに、岡田市長(当時は県議)だけが、「裁判では和解でなく、白黒はっきりと決着を付けるべきだ」として裁判所に圧力をかけて、原告住民の敗訴判決を無理やり裁判官に出させたのでした。したがって、タゴ事件の反省は、少なくとも岡田市長は全くしていないわけです。その人物が現在、安中市長として、タゴの尻拭いの和解金の支払い交渉を、群銀とやっているのですから、結論はおのずから明らかです。

■さて、当会の提訴に促されて、損害賠償請求権の行使の必要性について、気づいたのかどうかわかりませんが、安中市と公社も、当会の提訴から遅れること約3週間。あわててタゴを相手どり、1999年3月末に、総額22億2309万2000円の民事訴訟を前橋地裁に提起し、同年5月27日に初公判が開かれ、タゴは答弁書も出さず欠席のまま、公社全面勝訴の判決が出ました。けれども、松井田の住民説明会で、岡田市長から説明のあったとおり、その後の10年間で、タゴから取り戻した金額は、わずかに1488万500円だけ。安中市が群銀に毎年クリスマスに支払っている和解金の9ヶ月分にも満たない金額です。

 ところが、昨年12月19日の松井田での住民説明会で、長澤建設部長は、住民の前で、「平成7、8年に6億1200万円あまりをタゴから返還してもらい、その後、平成17、18年にタゴ本人の土地を処分し、また、税金についても一部を公社に補填している」「公社としてタゴを訴えてあり、民事は今後も続く。タゴの所在を確認してたとえ1円でも取るスタンスであり大原則である」などと大見得を切ったのでした。

 しかし、安中市が群銀へ103年かけて支払いを約束した和解金24億5千万円に対して、タゴへの損害賠償請求額はわずかに22億2千万円余です。また、この請求権を行使する発端となったのは、10年前の1999年5月31日に判決のあった民事裁判でした。

■長澤建設部長が「民事は今後も続く。タゴの居場所を探し出して1円でも取る」と言うように、安中市は、タゴ相手の民事裁判で勝ったことをいつまでも後生大事に抱えていて大丈夫なのでしょうか。「タゴの所在を確認して、たとえ1円でも取るスタンスで大原則だ」と言っても、タゴが「不法行為による損害賠償請求権の消滅時効が過ぎているよ」と一言言われたら、1円さえもとれずに、元も子もないからです。

 たしかに、「不法行為による損害賠償請求権の期間の制限」として、既に請求権を確保した安中市にとって、不法行為の時から20年を経過したときが時効となります。もしかして、「あと10年間は、大丈夫だ」と、岡田市長や長澤建設部長ら市の幹部は考えているのかもしれません。しかし、これは、権利が部分的に行使された場合でも、20年経過したら、時効が到来して、残った権利は失われるという意味なのです。

 民法第167条では、「債権等の消滅時効」として「債権は10年間行使しないときは、消滅する。債権又は所有権以外の財産権は、20年間行使しないときは、消滅する」と定めています。「消滅時効」というのは、一定期間継続して権利が行使されないときに、その権利を消滅させる時効のことです。

■このため、被害金額は較べものになりませんが、10年前に同じように元職員の横領被害にあった高崎市では、損害賠償請求の時効を防ぐために、元職員を再提訴しています。念のため、3月13日付け東京新聞の記事を次に引用します。

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還付金着手の元職員再提訴へ 高崎市、未払いの1900万円支払い求め

高崎市の元男性職員が約10年前に上下水道料金の還付金計約2千4百万円を着服した事件をめぐり、同市は、元職員への損害賠償請求訴訟で確定した返済額のうち未払い分約19百万円の支払いを求め、近く前橋地裁高崎支部に再提訴する方針を明らかにした、12日の市議会建設水道常任委員会で報告した。
市によると、元職員は1997年末から98年6月にかけて、不正入力などで還付金を着服。同年7月に懲戒免職処分となり、99年4月末、当時の未返済分約21百万円の支払いを命じる判決が出た。元職員は刑事裁判でも実刑が確定したが、服役後の2003年から行方不明。来月末に民事の時効が迫っているため、再提訴を決めた。
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■安中市では、タゴの所在について、松井田住民が「タゴは今どういう現状にいるのか」と質問したところ、長澤建設部長が「まだ刑に服している」と答え、住民が「どの刑務所に入っているのか」と訊いたところ、「教えられない」と答えました。一方で、松井田住民が「市長が代表で(刑務所に)行って、タゴに返してもらったらどうか?」と重要な質問をしたところ、同部長は「市長が取りに行くというより裁判の判決が出ているので、タゴの所在を確認して、たとえ1円でも取る」とえらく強気な発言をしました。

 また、松井田住民の「市としてはもう一度訴訟のやり直しの方針はあるか」との質問に対して、長澤部長は「公社としてタゴを訴えてあり、民事は今後も続く」と答えただけでした。どうやら、「裁判の判決が出ているので、タゴが出所したら1円でも取り立てる」というつもりのようです。

 これは、大きな間違いです。タゴがいつ出所するのか、当会では岡田市長兼公社理事長に対して、公開質問状で問い合わせていますが、まだ返事がありません。当会の試算では、既に仮出所しているタゴが、晴れて自由の身になるのは、今年の9月21日ではないかと推測しています。

■となると、タゴが正式に出所してから、安中市幹部が揃って「タゴさん、14年間ムショ暮らしご苦労さんでした。おかげさまで、元幹部・上司・同僚職員らにお咎めが及ばず、この間、みな、お世話になったもの一同タゴさんには足を向けて寝ていません。そこで、まことに申し訳ありませんが、残りの22億2千万円余を払ってもらえませんでしょうか?」などとタゴに頼み込んだとしても、タゴに「民法第167条の時効を援用するよ」と言われたら、いったいどうするつもりでしょうか。

 高崎市は、そのことを心配して、10年目の時効到来の1ヵ月半前に、市議会で再提訴の報告をしたのです。タゴの場合、民事の損害賠償請求訴訟の判決が10年前の5月31日でしたから、そろそろ再提訴の準備をしておかないと、間に合わないことになります。

■当会の中には、安中市に再提訴を促すべく、住民監査請求をしたほうがよいのではないかという意見もあります。しかし、かつて、長い時間と費用をかけた住民監査と裁判で、結局「安中市とは別法人の公社の損害だから、安中市民には損害がない。したがって訴える利益もない」と言われたことがあり、今回も同じ論理で、役所も裁判所も、市民の訴えを退けることでしょう。

 群馬銀行には、10年目の最後の支払いの1年以上前から、岡田市長自ら群銀本店に赴き、銀行幹部にヘコヘコして、結局、群銀の要求を全部丸呑みして、次の10年間もせっせと公金を返済することを約束したのに、タゴに対しては、全くアクションをとろうとしません。しかも、6月までに、再提訴したとしても、その後10年間で、タゴから返済してもらえなければ、不法行為のときから20年経過することになり、民法第724条で完全に時効になってしまいます。にもかかわらず、その後80年以上、安中市は群馬銀行に和解金を支払わなければなりません。なんという不公平でしょうか。これでは子々孫々に対して、恥ずかしくて、後世の物笑いの種になりかねません。

■なぜ、タゴには20年で時効が来て、群銀には103年ローンを支払い続けなければならないのでしょうか? それは、群銀との和解条項があるからです。それは法律により、時効完成後であっても、相手が損害賠償債務を承認し、損害賠償債務(ないしその額を確定し得る計算方法)を確定し、(互いに譲歩して)和解契約を締結した場合は、その時点で和解契約に基づく請求債権が発生し、約定で定めたその履行期から(履行期を定めなかったときは、和解契約締結から「相当の期間」が経過してから)10年間は時効消滅する事はないことを定めているからです。この場合、損害賠償金の履行が滞ったら、「(債務不履行による)和解弁済金請求訴訟」を申立てればよいのです。

 したがって、安中市は、群銀の103年ローンの和解条項にならって、タゴと和解契約を結んで、10年ごとに更新を続ければ、損害を最大限回避できることになります。それには、タゴに連帯保証人を立ててもらうなど、和解契約のもろもろの条件を全部飲んでもらわないといけません。しかし、岡田市長を初め、安中市側にはタゴの世話になったかたがたがまだ多数いるため、「これ以上タゴさんに、お願い事をするのは心苦しい」などと遠慮する動きが心配です。

 安中市土地開発公社理事長であり、安中市長である岡田義弘氏が、4月末までに、再提訴に向けてどのようなアクションをとるのか、それともタゴに遠慮して何もしないのか、非常に注目されます。

【ひらく会情報部】

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【世界は今】凶悪なテロ事件さえも飲み込む巨大パワー都市ムンバイ

2009-03-13 00:07:00 | 国内外からのトピックス
▼検挙率は落ちたといえ、世界でもまだ治安が良好だといわれる我が国ですが、情報開示をした県民をテロリストと同一視する群馬県の実態はご報告のとおりです。

▼さて、世界を見渡せば、テロによる大量殺人が多発しています。記憶に新しいのは、昨年11月26日にインド西部の商都ムンバイで一斉に爆発や無差別発砲が発生し、日本人一人を含む183名が死亡した事件があります。http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2543455/3564061?ref=ytopics

▼ムンバイでは2006年7月11日午後6時すぎから約30分の間に、鉄道駅付近を走行していた列車7本の客車内で爆弾による連続テロがあり、137人が死亡する大規模なテロも起きていました。筆者は、2年半前の連続列車テロが起きた日、たまたまムンバイにいました。爆弾が炸裂したころ、ちょうど午後6時半のフライトで、空港からコルカタに向けて離陸する直前だったので、コルカタに到着してホテルで臨時ニュースを見て、仰天したことをよく覚えています。

▼先日、ムンバイを再び訪れる機会がありました。昨年11月にテロの標的のひとつになったタージ・マハール・ホテルは、現在もなお、1階全部がバリケードでふさがれていて、依然として営業停止の状態でしたが、ホテル前にある有名なインド門の広場は観光客や観光客目当ての物売りでごった返していました。インド門の脇の波止場から、沖合いのエレファント島への観光船がひっきりなしに出ていて、岸壁はごらんのように黒山の人だかりです。

【写真上】左側がインド門、右奥がタージ・ホテル

▼広場を自由に散策しても、警察の検問も受けることはなく、4ヶ月前の凄惨な現場とはとても思えませんでした。その後、海上での不審船のチェックは厳しくなったようですが、有名な観光地だけに、ムンバイの観光名所に観光客はかなり戻っている感じがしました。

▼タージホテルの裏側はダウンタウンですが、映画館では、先日の第81回アカデミー賞で作品賞を受賞したインドのムンバイのスラム街を舞台にした「スラムドッグ・ミリオネア」を上映していました。話題作を見ようと、映画館の前に大勢集まっていました。


▼筆者もさっそく鑑賞してみました。実際のスラム街でロケを敢行しており迫力満点。スリリングなクイズ番組と、主人公の過去の体験と回想がフラッシュバックされ、一度見ただけでは分かりにくいところがありますが、アカデミー作品賞ということで、本場インドでも話題沸騰で、子役を演じた実際のスラムに住む子供たちも授賞式に参加後、凱旋帰国した光景が盛んにテレビや新聞で報じられていました。

▼ここムンバイはインド映画のメッカで、ムンバイの旧名ボンベイとハリウッドをもじって「ボリウッド」と呼ばれています。日本映画界も評価が高く「おくりびと」がアカデミー賞の外国語映画賞を受賞しましたが、人の生と死について考えるのには、ここインドのムンバイは格好の場所といえます。

▼人口1600万人とも1900万人とも言われ、インド最大のスラム街と高層ビル群が共存するムンバイでは、貧富の差を越えた人間のパワーに接することが出来ます。平均年齢が日本の半分で、人口が日本の9倍のインド社会の活力の前には、大量殺戮テロもタジタジといったところでしょうか。ぜひ一度、このパワーを現地で味わってみてはいかがでしょう。

【ひらく会海外取材班】
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