祖母が生前愛用していた補聴器
亡くなる半年前の祖母の手記(昭和53年4月27日記す)
間もなく93歳になる義父がうだるような炎暑の中、自ら愛車を駆って行付けの散髪屋へ出て来た序でに我が家へ寄った。杖をついて歩く姿はヨボヨボだが、ハンドルを握るとシャキッとするから不思議なものだ。
回転寿司へ案内すると、いつもは食が細いのだが、好物の魚を喜んで食べてくれた。暑さにも負けず至って健康そのものだが、唯一の難点は昔から耳が遠いことで、補聴器が心の杖となっている。
使い古した補聴器が不調だというので電池を交換してみたが、どうもしっくりこない。かみさんたち三人の子供でお金を出し合って30数万円の高価な補聴器を買ってあげているのだが、これも今ひとつ馴染めず殆ど使わず仕舞いでいる。
そこで亡き祖母が使っていた補聴器のことを思い出し、31年ぶりに引っ張り出して試してみた。意外なことにちゃんと機能し、義父にもぴったり適合し、頗るよく聞こえるという。31年の時を経て、今再びのカムバックである。
この補聴器と一緒に「聴力検査の結果、難聴を手術出来る状態ではない。聴力が悪化しているのは動脈硬化の所為で、予防薬を飲むしかない。使い慣れた補聴器でカバーして」と告げられた時の手記が添えられていた。祖母が85歳で亡くなる半年前のものである。