叔父さんの訃報が届いた

2016-09-29 07:10:58 | タナカ君的日常
 昨夕、 妹から電話で叔父さんの訃報が届いた。

 戦前に育った僕の父、 その兄弟は姉妹を含めて、 総勢5人だった。 僕が生まれる前、 子供の頃に亡くなった者も含めると7人居たと聞いている。 それが遂に80代半ばを過ぎて一人暮らしする叔母を一人を残すだけとなったのだ。 僕達の順番も残すところ、10年ほどの余裕はあると考えるのが順当だろうが、 あの世との障壁は今まで以上に薄くなった感がある。

 ここ数日の間には新聞のお悔やみ欄を見て考えていた「人の寿命」を話題にしてブログ記事を書こうかと考えていた事が、 「叔父の訃報と関連するか?」 と考えないでも無い。

 今年の夏、 安曇野滞在中のほぼ毎日、 昼飯は大町市内の「むつみ亭」を利用していたことは以前にも記したが、 そこには「大町タイムス」、「信濃毎日」の2誌が置かれ、 地方紙に良くある「おくやみ欄」 が設けられていた。 そこには亡くなった方の氏名・年齢・喪主・告別式場等が紹介されている訳だが、 僕は亡くなった方の氏名や住所には興味は無く、年齢情報に限って目を通していた。 早死にされる方は50代、 長命な方には百歳を超える方も時折いらっしゃるが、 大多数の方々は80代の後半までで寿命が尽きているのが判る。

 安曇野滞在中、 そんな情報を眼にしつつ 「個人的に管理している遊び資金を残る人生の中でどんな目的に、どんな配分で使い尽くすか・・・」 そんな事に想いを巡らせていたのだった。

 もっとも食事後は市立図書館に移動して「日本経済新聞」を閲覧して、 商品市況や株価情報を眺めて手持ち資金の増減に一喜一憂してましたがね。

 日経誌面では、 そんな金儲け話に関わる記事の他、 裏表紙に連載される「私の履歴書」も興味を持って読んでいた。 執筆者が日本人の場合、 生い立ちや姻戚関係等で興味を持ちにくい内容を書く人も多いけれど、 8月に掲載されていたノーベル賞に輝いた大村博士の北里大学での研究や組織を運営される立場での活躍ぶりは記した記事は興味深々で読みました。
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