ある高校生の3年間における3つの小さな出来事を描く。さらにはその後、大学生になって最初の年を軽く挟んで彼がいない夏につながる。三つの季節、3人の視点に映る菅原晋也という青年の姿。彼は大事なものを忘れて失くす。好きな人からもらったものを。失くすというか、忘れて帰って失くす。大好きな先輩から記念にもらったもの。花束、ボールペン。震災から5年後の夏。菅原先輩の思い出を辿る旅が描かれる第5話の中編がお話の . . . 本文を読む
結局一気にラストまで読んでしまった。ただ後半は前半部分のような勢いはない。いや、それどころか一気に減速する。別の意味で驚きの展開である。しかも伏線も回収されないまま終わる。前半あんなに面白かったのが嘘のようにつまらなくなるのだ。こんなわけはない、と思いながら読み進めるけど、どんどんさらにつまらなくなっていく。まずふたりの編集者たちのドラマがあまりに陳腐な展開をする。天羽カインのカリスマ性も無くなっ . . . 本文を読む
出版界を舞台にした作品。ある作家が全身全霊を叩き込んで書いた作品を自らプロデュースして直木賞に挑む。こんなあからさまな作品を村山由佳は書く。文藝春秋肝煎りか、もちろん許可を得ての実名だけど、あからさまに業界内部の事情も絡めて描く告発小説。ここまでやるのか、という凄い大作。今では大作家になった村山由佳だから書ける作品だろう。でも彼女が直木賞を受賞していなかったら、これはもっと凄いことになっただろうけ . . . 本文を読む
電車通勤のお供で読み始めた軽めの小説。もちろん文庫本。シリーズ第2作。前作も読んでいた。(読むまで忘れていたけど)あの時も電車のお供でした。ハツ子さん88歳。喫茶おおどけいの店主。古い時計の前で居眠りをしたら一瞬一緒に過去に戻ってしまう夢を見る。今いる自分ではなく過去の誰かの記憶に入り込んで、ハッとする。夢から覚める。だからさかのぼり喫茶。東中野の商店街を舞台にして昭和10年からあるレトロ喫茶でま . . . 本文を読む
こういう「不倫もの」はもう飽きた。だけど井上荒野だから読む。不倫ものと書いたが、不倫中の女が失踪するところから始まる。彼女が夫のところから不倫相手のもとに向かう途中で消えた。そのまま彼女はいなくなる。「今日、私はパレードを見た。」という一文から始まる。彼女目線で始まったのに、2章からは彼女は不在だ。主観はまず夫になる。だから小説の中からも彼女は退場する。その後愛人になる。お話は彼女が居なくなったあ . . . 本文を読む
ポプラ文庫によるアンソロジー。6人の猫好きによる短編連作はとても優しい。萩原浩から始まり山本幸久まで。基本はひとりと1匹。そんなお話が続く。標野凪は80歳の老女と老猫の話。娘から預かって一緒に暮らすことになる自分と同じ年齢(猫年齢ね)のシマ子。主人公は認知症になり、この先施設のお世話になる覚悟をしている。だけど今少しここで猫とふたりで過ごす。結婚はいい。ひとりでいい。不眠症の女性。清水晴木の話。だ . . . 本文を読む
モンゴル出身、元相撲取りの男とその妻が主人公。ふたりは蕎麦屋をやっている。原宏一お得意のグルメ小説。今回のポイントはなんといってもモンゴル、相撲に尽きるだろう。万太郎(本名はガンボルト・バトヤバル)は日本に来て関取になるために頑張ってきたが、思うようにはいかず、相撲を断念する。希子と出会い結婚し、新橋烏森に店を開いた。「グルメもの」というより、猪突猛進の万太郎が自分と向き合う短編連作。軸足をグルメ . . . 本文を読む
短編連作ミステリーである。宇佐美まことの長篇は好きだが、このミステリーはいただけない。確かに殺人事件を扱う短編って難しい。謎解きに関わる人間ドラマを絡めて30ページほどの長さにまとめるのは大概なことなのだ。そんな実に難しいことに挑んだけど今回はあまり上手くはいかなかったようだ。花屋の店主である志奈子と刑事で夫の昇司。彼らが関わる花にまつわる6つの愛憎ミステリーである。最初のエピソードは志奈子が主人 . . . 本文を読む
こんな小説をまだ20代前半の作者が書けるのかと感心した。単なる半グレグループによる抗争を描くエンタメではない。大阪グリ下から始まり、キタとミナミのふたつの抗争にヤクザや警察も絡んでくる壮大なドラマだ。父親がコロナ禍で仕事を失いバイト生活を余儀なくされる高校生の椎名和彦。彼がたまたま知り合った男に誘われて、ミナミの半グレ組織を束ねるヤオに出会う。「俺たちはミナミの顔役や」と嘯く彼とその仲間たちと付き . . . 本文を読む
172回芥川賞候補作。というか、乗代さんがまだ芥川賞を貰っていないなんて、驚き。今の彼なら芥川賞の審査員をしていてもいいくらいの作家だけど。だからまぁ、そんな新人賞はもういいかも。新幹線の車内で『違国日記』の最終巻を読んだところから始まる。彼女はあの漫画と同じように叔母のことを思う。彼は今回もマイペースでいつものように何もない作品を作っている。本人をモデルにした新人作家が弟の結婚式に参列するために . . . 本文を読む
タイトルだけで読むことにした。もちろん阿川佐和子のエッセイだから失敗はないだろう。これは彼女のエッセイシリーズ最新刊で前作である『老人初心者の覚悟』の方が今の僕にはぴったりなのかもしれないが、年齢的に少し先輩の彼女の今を語るこちらをまず楽しむことにした。椎名誠のエッセイを読んでいる感じに近い。たわいない文章。ただの身辺雑記。だけど悪くない。だから悪くない。そこここに今を生きるヒントがさりげなく散り . . . 本文を読む
エッセイ+小説で綴る瀬尾まいこの書店へのラブレター。読んでいて、あまりにあからさまで恥ずかしくなる。これを本にするのか、と思うくらいにストレート。だけど今の彼女はこういう形でしか書店員たちへの愛を語れない。だから仕方ない。僕は瀬尾まいこの小説が大好きで欠かさず読んでいる。いささか幼い作品もあるけど、誠実に自分の気持ちを伝えてくるから胸に沁みる。ただ今回はさすがに気恥ずかしく、読みながら何度も赤面す . . . 本文を読む
シリーズ第3作。売れっ子額賀澪は凄い勢いで新作を出している。今回は前作で大阪転勤になった千晴のところに仕方なく訪れてくる魔王様という図式。だけど2話の終わりには千晴は東京に再び戻って来る。さらには魔王様と付き合うことになる。期間限定半年で結婚の可否を決めることになる。さぁどうなる?お話は新展開であると同時にエンディングに向かっている感じ。4話でふたりの急接近の理由が明かされて最終話に臨む。するとそ . . . 本文を読む
久しぶりに本格派児童文学の新刊を読む。小日向まるこによる絵も懐かしいタッチでうれしい。昨日読んだ鈴木悦夫『幸せな家族』があまりに異形の児童文学作品だったから、正統派の作品でお口直しをすることにした。これはとても気持ちいい作品だ。5つの小さなお話が心に沁みる。「まほろ」は幻のことではなく、「素晴らしい場所」という意味。60年前の災害で流された場所に新しく作られた公園がこのまほろ公園。だけど今ではここ . . . 本文を読む
たまたま手にした本だ。同じ日に手にしたもう一冊である古川真人『港たち』から読み始めたのだが、僕には合わなかった。まるで頭に入ってこない。こんなことは滅多にないけど、話が読み込めない。複雑な登場人物が整理できないまま話が進む。しかもストーリーはない。90になる老婆の視点から描かれる彼女の妄想のような出来事の列記。惚けた老女の見た光景が描かれる。お盆に一族が集まっている。それを彼女がぼんやり見ている。 . . . 本文を読む