どこといって特徴もない一見平凡でさりげない芝居なのだが、これがとても面白いのだ。なんと会話劇である。ほとんど動きもない。あのテノヒラサイズのオカモト國ヒコさんの脚本で、井之上チャルさんが演出を担当したのに、である。
喫茶店のようなところに集まり、そこでそれぞれが自分のとっておきの話をする。話を聞いた後、合評会をし、採点する。彼らはそれぞれみんな話し下手ばかりで、そのトレーニングのためにここに . . . 本文を読む
『スーパーソニックジェット赤子』の男ヴァージョン『赤太郎』は基本的には同じ台本を使いながら、ディテールを役者に合わせて変更してある。正直言うともっと基本を壊すくらいの冒険があってもよかった、と思うが、限られた時間の中で3本の芝居を同時進行で作り上げていくのだから、そこまでは望めない。
天然少女、赤子に対してパンク男、赤太郎という設定は悪くはないけど、2人の冒険が全く同じであるのは、納得行かな . . . 本文を読む
劇場で公開されたオリジナル版は125分。今回のブルーレイ版は150分の長尺となっている。劇場ではカットしたシーンを収録した完全版ということだ。ベン・アフレック監督、主演の渾身の1作。しかし、意気込みは完全に空回りしている。25分追加したシーンはきっと作品全体のテンポをより悪くしているだけで、何の役にもたっていないのだろう。こんなことなら125分の通常版で見ればよかった。もう少しはすっきりした映画 . . . 本文を読む
シャッター通りと化した商店街の活性化を目指して立ち上がる商店主たちを描く人情劇。こういうコメディーはいかにも高橋正圀らしい話なのだが、あまりに甘すぎて、そんな簡単にはいかないだろ、と思ってしまう。ファンタジーとして描くにはこの設定はあまりにリアルで、中途半端なハッピーエンドはただの嘘でしかない。かなり微妙なところでなんとか納得がいくラインを設定して終わらせてあるが、かなり苦しい。
いくら頑張 . . . 本文を読む
こういう何もない話をぐだぐだ書いて1本の小説にするって、なんだか詐欺みたいだ。だけど、それを飽きることなくラストまで見せる(読ませる)のだから、これはこれで才能なのだろう。ぱフォーマンス集団「鉄割アルバトロスロケット」という劇団(だと、思う)で作、演出をしている(らしい)戌井昭人の長編(というか、中編くらい)いかにも、芝居やってる人っぽい小説。前田司郎なんかに似ている。
売れない脚本家がイカ . . . 本文を読む
劇場で予告編を見たときからかなり気になっていた。『交渉人』の監督作品だから、単純なアクションでも、深刻な社会派でもない。きっとバランスのいい傑作ではないか、と期待した。だが、1月の劇場公開時はすぐに上映回数が減り、一瞬で消えてしまったため、見ることが出来なかった。最近はこの手のアクション映画でさえこの体たらくだ。DVDになり、ようやく見たのだが、目撃した映画は、予告編で受け止めた想像を遙かに超え . . . 本文を読む
嵐の夜。誰もいない家でひとり。こんな日にひとりでいると、世の中から自分だけが取り残された気分になる。だから、彼は犬と話す。この犬が悪魔であり、やがて生まれてくる彼の子どもでもある、という設定だ。これは『旧約聖書』の「ヨブ記」を下敷きにした話らしい。でも、難しいことはわからないから気にしない。
主人公は、兄夫婦の住む実家に身を寄せている。というか、ここはもともと彼の家だ。だが、両親が死んでしま . . . 本文を読む
なんだかとても懐かしい話ばかりだ。でも、それはノスタルジアではない。どこかで以前読んだことがあるような気がする。6編とも知っている。そんな気がした、ということだ。なんだか不思議だ。絶対に読んでないはずなのに、そう思えるのは、筋立てがパターンだからか、というとそうでもない。中島京子の語り口は、とても斬新でこういうのはめずらしいはずだ。でも、めずらしいからこそ、記憶に残っていて、よく似たものをどこか . . . 本文を読む
インディペンデントシタター・ファーストの狭いステージで、大人数でダンスを見せる。まさに狂気の沙汰だ。足の踏み場もないから、横の人とぶつかってしまうギリギリ。踊りながら役者たちはまともに手足も伸ばせない。でも、舞台からはみ出し、踏み出してしまうくらいの大熱演。しかもこの空間であれだけ大きな声で演じたなら舞台前の観客は耳がキンキンして痛いです。でもお構いなし。HepとかABCホールとかでも十分大丈夫 . . . 本文を読む
フランソワ・オゾンはなぜこんな映画を作ろうと思ったのだろうか。羽の生えた赤ちゃんを巡る物語はドタバタコメディーにすることも可能だった。しかし、彼はそんなものは作らない。初期の作品にあった不条理とそれを受け入れて生きていくこと、といったテーマがとても口当たりのいいドラマとなって帰ってきたって感じだ。
でも、この当たり障りのなさって、なんか違う気がする。リッキーが戻ってこないラストは、作者が「こ . . . 本文を読む
癌と闘う女性を描く2つの作品。作者が実際に末期の食道癌で、自分の体験をモデルにして(というか、取材して)書いた2作品だ。自伝的なものではない。だが、自分の体験がなければ書かれない作品だ。作者は2作目を脱稿した後、亡くなられた。
彼女の第1作で、文学界新人賞受賞作『癌だましい』は、そのあまりの凄まじさに目を覆いたくなる。主人公の設定が異常だ。普通なら可哀想とか、痛ましいとか、そんな言い方をする . . . 本文を読む
今回ウイングカップ参加作品ということで、この集団の作品を初めて見る機会が持てた。前々からちょっと気になる劇団で、塚本さんからもおもしろいと噂を聞いていただけに興味深々で劇場に足を運んだ。もちろん期待通りの作品だった。
これは第2回となったウイングカップのオープニングプログラムでもある。12月まで全7劇団の7作品がエントリーされている。今年は、10作品で競われた昨年以上に面白い作品が期待できる . . . 本文を読む
村上春樹の短編集からタイトルロールがアメリカ映画として作られた。基本的に自作の映画化に許可を与えないはずの村上春樹だが、『ノルウエイの森』といい今回といい外国人監督には大らかなのか。まぁ、そんなことはどうでもいい。村上春樹の映画化というだけで、この映画を見た。見たいと思った。阪神大震災を背景にしたこの短編連作をどう扱うのかも気になった。
原作のイメージをきちんと作品化しようと努力している。映 . . . 本文を読む
新町遊郭を舞台にして、時代の移り変わりの中で新しい一歩を踏み出そうとする人々を描く群像劇。こういうパターンのお話が真紅組は大好きだ。最近はいつ見てもこの同じパターンなので、正直言うと少し食傷気味ではあるが、それでも上手いから安心して楽しめる。華やかで楽しい2時間をきちんと見せてくれる。
ただ今回の阿部遼子さんの台本には全く驚きがない。ここまでルーティーンワークにならなくてもいいのではないか。 . . . 本文を読む
笠井さんが同時代の海外戯曲シリーズの第1作としてデーア・ローアのこの戯曲を取り上げる。(もちろん僕は読んでないからどんな本なのかまるで知らない)台本自体のスタイルなのだそうだが、語り手は「私」ではなく、「私たち」である。「集団と個人の境を行き来する」しかも、「詩的な韻文」や「内省的なモノローグ」が突然挿入されたりもする。(当日パンフの翻訳者である新野守広さんの文章による)このスタイルは観客を戸惑 . . . 本文を読む