深津篤史の傑作戯曲の再演。桃園会では上演していない。外部書き下ろし作品で、いつもの深津作品とは少しタッチが異なるのだが、この単純さと、このわかりやすい構造なのに、結局はいつもの深津世界を表現し、笑えるのに怖いという娯楽作品の用件も満たしているという強者。それをあうん堂の杉山晴佳がなんだかとてもスタイリッシュに演出してみせる。役者たちの個性が際立つ。そんなキャスティングを目指した。この戯曲は役者が命だ。お話の妙もあるけど、それだけでは持たない。この世界観を生かすも殺すも役者次第。しかも、それぞれが独自の持ち味を披露し、しかも、目立たないほうがいい、というなんだかすごく難しい条件を満たさなくてはならない。お話に引っ張られる芝居ではないのはいつもの深津作品と同じ。でも、このショッキングなお話はインパクトが強烈。しかし、そこから先にはまるで進展がないから、途中から飽きてくる。そこを飽きさせないためには、役者たちのアンサンブルプレーしかない。
仕上がった作品は、とてもかっこいい芝居だった。みんなが酒を飲んで酔っ払ってしまうけど、それがみっともなくない。ぐだぐだの芝居になんかならない。お話に進展がなく、何も解決しないのに、最後まで緊張感を持続させる。キャスティングの勝利である。それは演出の意図でもある。主人公の金哲義が特にかっこいい。彼のしぐさや立ち居振る舞いがとてもスタイリッシュ。それが演出の意図だ。そこにこの芝居の全体像が象徴される。彼を指揮者にしたアンサンブルプレーを杉山演出は求めた。遅れて登場する大沢秋生までもがおしゃれで、泥臭いお話になりかねない芝居をきれいに仕上げる。この作品を美しく作り上げる。きれいに仕上げることで、彼らのみっともない醜態を描いてみせる。この状況の中で、ただただくだを巻いて、何も出来ない惨めさ。いつまでもここで全く前進することのないくだらない話を続けるだけ。そんな彼らの無念な想いが伝わってくる。