習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『市川崑物語』

2007-11-11 22:14:55 | 映画
 こんなにも美しいラブストーリーは久しぶりだ。そして、こんなにも愛に満ちた人生の先達への敬意の念を描いたドラマも稀であろう。もしかしたら今まで誰もそんな映画を作ったことがないのではないか。

 これは岩井俊二から、市川崑への『Love Letter』である。大好きな師にむけて、とても個人的な想いを、冷静に綴るドキュメンタリーとすら言えない私信。究極のプライベート・フィルム。

 かって新藤兼人は師、溝口健二を描いた『ある映画監督の生涯』という傑作を作ったが、あれほど大掛かりなことをするではなく、ちいさな作品であることを切り口にして同じように偉大な監督の生涯を映画化する。


 この映画の慎ましやかさは並ではない。映画の半分以上が黒い背景に白い文字で書かれた字幕だけだったりする。ほぼ無声映画で、その字幕を読んでいくだけ。時々写真が入り、市川崑のフイルムも断片が(といっても、ほとんどタイトル部分だけだが)映されたりもするが、それ以上の事は何もない。インタビューなんか、ない。ゆかりの地を辿ったりもしない。

 岩井がリアルタイムで接した『犬神家の一族』のところでは、彼の興奮がストレートに描かれる。(もちろん字幕で)僕も当然『犬神家』で市川崑の大ファンになってしまった1人である。あの当時、あの映画の影響を受けなかった映画ファンはいなかったのではないか。1976年。角川映画が日本映画に革命を起こした。そして、市川崑は大ヒット作の監督をしたと言うだけではなく、作家としても新しい1歩を踏み出す。大巨匠であった彼が、僕らの同時代の作家として再び活動を再開するきっかけがこの映画だったのだ。

 閑話休題。 妻である和田夏十との出会いから、彼女がシナリオライターとして筆を絶つまでの部分がこの映画のハイライトだ。ほんとうの市川崑の傑作はこの時期に作られている。この部分を描く時も岩井のタッチは変わることはない。しかし、淡々と描いているが、そこから市川崑の心の高まりと、熱い日々が伝わってくる。この時期の市川崑の映画は本当に凄かった。二人三脚で映画史に残る傑作を連打していく。そんな描写の中に監督と脚本家、夫と妻の物語が感じられるように作られてある。この感情を排除した映画の中で、事実の羅列なのに、なぜかそれが美しいラブストーリーに見えてくる。不思議だ。余談だが二人の映画の中で、僕は個人的には『おとうと』と『私は二歳』が一等好きだ。

 市川崑と岩井俊二の年の差を越えた対話がこんなふうに1本の映画となっていくことの幸福を噛み締める。こんなにも美しい奇跡のような映画が2007年の今、密かに作られたことを心から嬉しく思う。新作『犬神家の一族』(06)のプロモーションを兼ねて企画された作品かもしれないが、そんなこと、どうでもいい。いいものを見た。その喜びをほんの少し文字にして置きたかっただけ。

 

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