プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

大石清

2014-03-01 15:24:57 | 日記
1967年

今シーズンのトレード第一号が決まった。大洋、産経、東京から申し込まれていた広島の大石弥投手とプラス金銭トレードで獲得したものだが、他チームの声がかけられるほど大石の力はまだ衰えていない。西本監督も「かつての二十勝投手ヒジの故障があってここ一、二年鳴かず飛ばずだが、キャリアも申し分ないし、テクニックも充分だ。スリークォーターからやや下手気味に投法をかえているがまだ球威は衰えていないのでリリーフとして期待できるだろう。五~六勝といわず十勝以上は稼げるのではないか」と、このトレード効果を強調していた。この移籍は宮田代表補佐が表面に立って動いたもので、さる七日、こっそり上京し、東京へ前田のトレードを申し入れに来ていた山本広島代表と会い、大石をトレードしてほしいことを申し入れたという。
広島側も、金銭トレードでなく若手投手の交換を望んでいたことから、今シーズン、ウエスタンリーグの投手三冠王となった大石弥に羽を立て、スムーズな交換となったわけだ。「大洋へトレード交渉に行くと、剣幕を張りながら、その実、大石の話し合いを持つなど、宮田代表補佐の交渉はきわだっていた。トレードは阪急が一番うまいんじゃあないか」と消息通の評判である。それについて、「西に焦点を集めておいて、東で交渉するのが秘訣かも知れないよ」と、宮田代表補佐は奥の手を正直に語っていた。
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外山博

2014-03-01 14:48:57 | 日記
1967年

近鉄が交渉権をもっていた名電工・外山投手は、きまっていた電電東海をことわって、三か月も近鉄のスカウトが訪れるのを待っていたがついに交渉権放棄。学校関係者はプロをあきらめるように説得したが、「近鉄がこなかったらオヤジと一緒に看板屋になる」という。中京商加藤とともに鳴らした外山が、このまま埋もれてしまうのは惜しいことだ。
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及川美喜男

2014-03-01 14:20:54 | 日記
1982年
・ルーキーながら3番を打っているのが及川。東北高ー東芝を経ているが、東芝では菊地「大洋」の抜けた4番の座を約束されていたほどのスラッガー。会社の慰留を蹴って広島入りした。山本浩のソックリ賞があれば、まず優勝しそうなほど顔つきが似ている。おまけに俊足、強肩で本家顔負けのパワーの持ち主とあって「コウジ二世」の呼び声が高い。ファーム中日との開幕戦では3打数2安打1打点。まずは上々のデビューとなった。趣味は「バットスイング」だそうで、木下寮長は「あいつは、高橋慶以上の練習魔」と舌を巻くほどた。4月22日の近鉄戦では2打席連続本塁打を放つなど、「趣味」が実を結びつつある。
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田中昌宏

2014-03-01 14:19:59 | 日記
1983年、年俸420万

ファーム成績
1979年・打率299・本塁打9
1980年・打率252・本塁打7
1981年・打率293・本塁打6
1982年・打率300・本塁打7
1983年・打率234・本塁打2

1982年
・4年目になる田中外野手の活躍が光っている。現在ウエスタン・リーグの首位打者。チーム内には投手の山田、1塁の
服部と大学「大商大」の後輩が二人いて「彼らに、ぶざまなところは見せられんですよ」という。吉竹、植松、松下と左の外野手が多い中、貴重な右の外野、田中は「とにかく一軍のゲームに出たい」というのが最大目標だ。27歳、妻帯者。ファームの首位打者に1軍ベンチの切符はいつ届くのか・・・。
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須山成二

2014-03-01 13:00:11 | 日記
1967年

肩、インサイドワークの守では、高校球界のナンバー・ワンといわれ、ベース一周14秒台の俊足も魅力だ。一メートル七八、七二キロのスラリとした体からは、捕手のイメージがわいてこないが、シンは強い。こんなエピソードがある。須山が高校二年の時、練習中スライディングで足首を痛め、四針もぬうキズを負い入院したが、翌日にはこっそり病院を抜け出し、練習に参加したという。二年の秋からクリーン・アップを打ち、通算打率・245。荒削りでパンチ力ももうひとつ。しかし鍛えようによってはまだまだ伸びる未完の大器といったところだ。捕手人材難の広島にとって、期待の新人になろう。
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伊熊博一

2014-03-01 12:27:13 | 日記
1967年

俊足、強打、強肩の攻守走三拍子そろった大型外野手として各球団がリストアップしていた中京商・伊熊外野手の中日入団発表が、昨年の12月24日行われた。中京商が41年の春、夏の甲子園大会に連続優勝した時の首相で右翼手。四番打者として活躍。天才的なバッティングアイを持つとともに、その素質も抜群。伊熊を育てた中京商杉浦監督は「なにもいうことがない」というくらいだ。特にのみこみが早いという。伊熊は無口でおとなしいが、人一倍の負けず嫌いでもある。「野球だけに限らず、どうせやるなら何をしても一番にならなければ」ということをモットーにしている。中京商業に入学する時、千五百人の受験者中一番で合格という秀才でもある伊熊。加藤(近鉄)、矢沢(巨人)、平林(阪急)と春夏連覇した時のチームメート三人がプロ入りしたが、「いままでチームメートとして仲よくやってきたが、これからはライバルです。みんなより一日も早くレギュラーになりたい」といっている。伊熊は毎日ランニング、素振りパワーをつけるために鉄アレイをつかい、かなりハードなトレーニングをしている。スターの要素を持つ伊熊は、それだけ期待も大きい。1・81㍍、75㌔、左投げ、左打ち。
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久保俊巳

2014-03-01 10:17:06 | 日記
1972年

ファームから首位打者が生まれそう。久保俊内野手がそれ。テストで入団して三年目。ことしジュニアオールスターに選出され、一軍戦にも起用されたこともあって、以来、グンと自信をつけ後半戦はすばらしい勢いで打ちまくっている。最下位に低迷、投打にさっぱりと精彩のないチームにとって若手が順調に伸びていることは、一つの救いだ。久保俊は五日現在、140打数49安打で打率3割5分。残り試合は、わずかに4試合で、この久保俊にせまるのは阪神・末永。3割4分7厘と、その差は3厘。「まさかテスト入団のボクが・・」と本人は信じられないようだが、担当の横溝コーチは「シュン(久保)はどんな小さなことにも手を抜かずにやっている。それが現在の成績につながっているんだ。ここまできたからにはなんとしても首位打者をとらせ、励みにさせたい」という。一軍のタイトルとは比べものにならないが、なによりのもの。それだけにぜひ取りたいと意欲いっぱい母親の手一つで育てられた当人にとって、いまはそのタイトル獲得がなによりの親孝行なのだ。七万円の乏しい月給の中から送金している久保俊に首脳陣はもとよりナインも応援。「うちは三塁に人材がいない。ここに久保俊がはいってくると、首脳陣の期待は大きい。
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