1975年
近鉄の延岡キャンプで今年、イキなバックグラウンド・ミュージックが流れた。最初のうちこそ勇ましい軍歌ばかりだったが、そのうちに一転してギター伴奏のしぶいノド。昭和枯れすすき、遠くへ行きたいなど、哀愁を帯びたメロディに選手もついホロリ。練習そっちのけで聞きほれていた。実はこのギターの語り弾き、荒木球団課長の要望で川口投手が一時間ばかりテープに吹き込んだもの。川口は例年、キャンプにギターを持ち込むほどの愛好家で、声といいギターといい、まるでプロも顔負けのものを持っている。宿舎は西階球場の隣にある競技場内だが、ここでは練習終了後、連日若手ナインと輪になってギター教室。自ら聞かせることもあるし、また一人一人に歌わせることもある。井本などは川口にホレ込んでしまい、ある日、真剣な顔で言ったことがある。「オレはテレビ局によく知ったディレクターがいる。「一度紹介してやるが、お前の歌とギターなら十分メシを食っていけるよ」-。こう言われた川口は初めのうちこそテレて、顔を赤くしていたが、井本があまりにすすめるのでつい悪乗り。「テレビじゃ、あまり金にならんのと違うか、同じ紹介してくれるのなら、ナイトクラブの方がいいんだがな。どこか捜しておいてよ」と、得意顔。しかし、このやりとりを聞いていた中西コーチがすかさずクギを刺した。「野球も歌のようにうまくやれんものかな。今日のピッチングだと、プロだとは言えないな。もっと気合を入れて練習せにゃ。冗談ばかり言ってると本当に歌手転向になってしまうぞ」プロ入り七年目。もうそれほど若くはない。目下、バッティング投手をつとめるなど下積み生活が続いている。「今年のウチは投手が二十九人、競争はますます激しくなっていきそうです。よほどがんばらないことには・・」このためピッチングフォームを改造中。上手投げから投げていたのを、下手に変えて一日150球の投げ込み。「ようやく感じがつかめてきたところです」練習で疲れた体を、川口はきょうもギターを片手に口ずさんでいやしている。
近鉄の延岡キャンプで今年、イキなバックグラウンド・ミュージックが流れた。最初のうちこそ勇ましい軍歌ばかりだったが、そのうちに一転してギター伴奏のしぶいノド。昭和枯れすすき、遠くへ行きたいなど、哀愁を帯びたメロディに選手もついホロリ。練習そっちのけで聞きほれていた。実はこのギターの語り弾き、荒木球団課長の要望で川口投手が一時間ばかりテープに吹き込んだもの。川口は例年、キャンプにギターを持ち込むほどの愛好家で、声といいギターといい、まるでプロも顔負けのものを持っている。宿舎は西階球場の隣にある競技場内だが、ここでは練習終了後、連日若手ナインと輪になってギター教室。自ら聞かせることもあるし、また一人一人に歌わせることもある。井本などは川口にホレ込んでしまい、ある日、真剣な顔で言ったことがある。「オレはテレビ局によく知ったディレクターがいる。「一度紹介してやるが、お前の歌とギターなら十分メシを食っていけるよ」-。こう言われた川口は初めのうちこそテレて、顔を赤くしていたが、井本があまりにすすめるのでつい悪乗り。「テレビじゃ、あまり金にならんのと違うか、同じ紹介してくれるのなら、ナイトクラブの方がいいんだがな。どこか捜しておいてよ」と、得意顔。しかし、このやりとりを聞いていた中西コーチがすかさずクギを刺した。「野球も歌のようにうまくやれんものかな。今日のピッチングだと、プロだとは言えないな。もっと気合を入れて練習せにゃ。冗談ばかり言ってると本当に歌手転向になってしまうぞ」プロ入り七年目。もうそれほど若くはない。目下、バッティング投手をつとめるなど下積み生活が続いている。「今年のウチは投手が二十九人、競争はますます激しくなっていきそうです。よほどがんばらないことには・・」このためピッチングフォームを改造中。上手投げから投げていたのを、下手に変えて一日150球の投げ込み。「ようやく感じがつかめてきたところです」練習で疲れた体を、川口はきょうもギターを片手に口ずさんでいやしている。