1962年
逆転の満塁ホーマーを打った徳武はムッとしたような顔でホームをふんだ。「三振したときはニコニコ。ホームランを打ったときはおこったような顔というのがぼくのモットーで・・。ほんとうをいえば満塁ホーマーになって自分でもびっくりぎょう天していたんですよ」最近の徳武はとぼけることをおぼえた。試合前もションボリした顔をしながら「ダメですよ。当たりないから野球をやめたくなっちゃう」などといっていたものだ。ところがゲームのあとになると「決して当ってないとは思っていないんですよ。しかしぼくは精神が悪いんです。はじめに一本打つとなんか安心してしまってたいていヒット一本で終わってしまう。だから一本も打ってないときは、こんどこそ打たんといかんと真剣になっていいんです。きょうもホームランまでは二打席ノーヒットでしょう」とすました顔をした。徳武にいわせるとだんだん気合いがのってきた結果が満塁ホーマーということになったのだそうだ。「試合がはじまったときは雨で中止するんじゃないかと思ったりして気合いがはいってなかった。それがあの五回ごろは、この回に点をとらなければ負けてしまうという気にもなったし、ファウルを打つごとにだんだん打てそうな気分になってきて・・・。2ストライクになったときも大石が全然こわくなかった。高目のストレートでしょうね、あの球は大和田さんがぐんぐん走るし、とられるんじゃないかと思った。ヘイにでも当ってくれれば上出来だという感じだったですね。しかし、もう満塁ホーマー二本目なんて気味が悪いな。なんか起こるんじゃない?このごろ王のヤツがボンボン、ホームランを打つでしょう。あいつもオレを意識しているし、早実の先輩としてのこっちも負けるわけにはいかないや」二十二日から徳武は魔法びんに自家特製の飲みものを持ってきている。「暑くなってきたのでなま水を飲むといけないと思って・・・」魔法びんの中は母親心づくしのカルピスとハチミツのカクテル。逆転満塁ホームランのもとは案外これだったのかもしれない。
逆転の満塁ホーマーを打った徳武はムッとしたような顔でホームをふんだ。「三振したときはニコニコ。ホームランを打ったときはおこったような顔というのがぼくのモットーで・・。ほんとうをいえば満塁ホーマーになって自分でもびっくりぎょう天していたんですよ」最近の徳武はとぼけることをおぼえた。試合前もションボリした顔をしながら「ダメですよ。当たりないから野球をやめたくなっちゃう」などといっていたものだ。ところがゲームのあとになると「決して当ってないとは思っていないんですよ。しかしぼくは精神が悪いんです。はじめに一本打つとなんか安心してしまってたいていヒット一本で終わってしまう。だから一本も打ってないときは、こんどこそ打たんといかんと真剣になっていいんです。きょうもホームランまでは二打席ノーヒットでしょう」とすました顔をした。徳武にいわせるとだんだん気合いがのってきた結果が満塁ホーマーということになったのだそうだ。「試合がはじまったときは雨で中止するんじゃないかと思ったりして気合いがはいってなかった。それがあの五回ごろは、この回に点をとらなければ負けてしまうという気にもなったし、ファウルを打つごとにだんだん打てそうな気分になってきて・・・。2ストライクになったときも大石が全然こわくなかった。高目のストレートでしょうね、あの球は大和田さんがぐんぐん走るし、とられるんじゃないかと思った。ヘイにでも当ってくれれば上出来だという感じだったですね。しかし、もう満塁ホーマー二本目なんて気味が悪いな。なんか起こるんじゃない?このごろ王のヤツがボンボン、ホームランを打つでしょう。あいつもオレを意識しているし、早実の先輩としてのこっちも負けるわけにはいかないや」二十二日から徳武は魔法びんに自家特製の飲みものを持ってきている。「暑くなってきたのでなま水を飲むといけないと思って・・・」魔法びんの中は母親心づくしのカルピスとハチミツのカクテル。逆転満塁ホームランのもとは案外これだったのかもしれない。