明けがた 雨が降っていたが
陽が昇ると、空には夏雲の白
暑かった一日 光が静まり 日暮れが始まった
縁の下に遊んでいた蟹が歩き出す
水のある方へ
裏の沢から 蛙の声はずぶとく低く
いつのまにか増えた子カエルも 親も その係累も
合唱隊の音量は増すばかりだ
月明かりの下
庭に集った虫は 朝には蛙の餌
あるいは小鳥のヒナの食い扶持として御供
沢から這い上がり 湿った庭先を縄張りに
小さな体で行きつ戻りつし 一日居すわった蟹
月明かりに促されて
昔 あなたに会ったことがあるのだ
蛙の合唱が歌う
足下に躊躇する蟹を サンダルのつま先でそっと押し
水の底にも 月光は射しているとささやく
小さな歩幅の 横歩きで
あなたに会ったことがあるのだ
少し踊るように胴をふるわせる
中天に昇る前には帰ろう
月は一つ
誰の手にも落ちないまま そこにある
蛙の目に一つ
蟹の背に一つ
わたくしの深奥に 一つ
欠けない月が今宵も映る