想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

静かな、静かな、時間

2009-02-17 18:51:53 | Weblog
  人と人、言葉でつながっている。
  けれど、ふと言葉以前のことを思うのだ。

  あ、い、う、え、お を知る前にすでに
  あ、という声を発した。
  ま、という声を出した。
  ま、ま、と赤ん坊が言い、母親が坊やと呼びかける。

  赤ん坊がはいはいを覚え、つかまり立ちをし
  一声、なにかまだ言葉にならないものを言い、
  しだいに一歩二歩と歩くようになり、
  ついに背筋を伸ばして立つ。
  そして、か、お、と言ったりする。
  あ、お、とも言う。

  言葉を獲得しながら、世界を広げていくのは、誰だ?
  赤ん坊は、肉体を慣らし運転している。

  言葉を覚える以前、赤ん坊のまわりにいたであろう母
  と、あるいは父や祖母や祖父や兄弟姉妹や
  近所で吠える犬、うたたねする猫、鳥のさえずり。
  赤ん坊の耳や眼にそれらは届き、呼応していた。

  あ、あ、と赤ん坊は言う。
  立ち上がった坊やは、あお、とはっきりと言う。
  赤ん坊を少しづつ脱し、何かを伝えてくる彼は、誰だ?

  言葉は人をつなぎ、あるいは壁をつくる。

  母親が大事に守ろうとしたのは、言葉を持つ以前から
  そこに、目の前に、誕生した新たな魂だった。
  説明や比喩やいいわけのいらない存在そのものと
  そして、しずかな、しずかな、時間。



  もう君は大きくなって、声変わりもしてしまった。
  「会社へ」と背広を着た君、あなたは誰だ?
  母親が胸に抱いていたあの赤ん坊の魂は、
  もうそこにはいないのか?

  眼を閉じて、この世界を閉じれば、そこにあるはず。
  古代を想うとは、変わらぬ魂を思うことに似て
  歩まぬ赤ん坊の中の無垢に触れる時間である。

        
  

 

 
コメント
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