今年も連休終わり頃に満開で、その時期は東京で働いていて
戻ってきたら花びら舞い散る森‥になっていました。
でも高く伸びたてっぺんの方に花がたくさんついている木も
あって、その下で首が痛くなるくらい、あぐんって感じで
眺めました。
その時は放射能のことをしばし、忘れていましたから、桜、
すごいな、さくら。
こころのなかに、ぽっかりと異空間を作ってくれるのですね。
いい歳になって、いまだかつて樹の下で酒盛りだのごちそう
食べての宴を張ったりしたことはなく、ないことが気持ちよく
このまま行きたいやと思っていたのですが、もはや日本の
東の方でそんなことができる場所は少ないでしょう。
地面の上に座ったり寝ころんだりできるところはどのくらい
あるのかな。
あれば幸い、ほんとうに幸いです。
武田教授のレポートで、年間1msvという基準が安全か否か
という話があります。自然界の放射能はもともとそのくらい、
もしくはもっとあったのだからだいじょうぶという説について
疑問をなげかけていらっしゃいます。
わたしのような者を過敏とか神経質と思う人もいるでしょう、
しかしチェルノブイリの経験でもデータは完璧ではなく、
いまだ研究の途上にあった原子核の性質についてほぼ解らない
ことだらけの現状で、フクシマのもたらした災厄はいくら
怖れても足りないようなことなのではないか、そう思います。
平均値や基準値などあてにはなりません。
以前なかったものが降り落ちて、それは確実に人体人命に有害
であるのですからだいじょうぶと考えるほうがどうかしています。
熱心に食品の放射性物質を検査してレポートしている人がいる
一方で、いたずらに不安をあおるななどと言い検査を制限しよう
とする役所の姿勢は嘆かわしく、同じ人であるものをどうして
こんなに違うのだろうかといまさらながらのことを思ってしまいます。
我が身可愛い、我が身大事、身内大事の意識が働いて狂った判断を
してしまう、あちこちで見る情景です。
すべてがいまさらながら、なのではあります。
そもそも、だからこうなったのでありますからね。
嗚呼、嗚呼。神話の中で天思兼命が嘆く場面がありますが、
人の世は愚かしいものだなあとしみじみ思います。
愚かしい世のひとりであるわたくしは、せめて我が身を奮い立たせ
沈まぬように道を見失わないようにするために、
身近な愛を抱きしめている、そんな具合です。
人は誰しも同じではないか、と思うのです‥。
戻ってきたら花びら舞い散る森‥になっていました。
でも高く伸びたてっぺんの方に花がたくさんついている木も
あって、その下で首が痛くなるくらい、あぐんって感じで
眺めました。
その時は放射能のことをしばし、忘れていましたから、桜、
すごいな、さくら。
こころのなかに、ぽっかりと異空間を作ってくれるのですね。
いい歳になって、いまだかつて樹の下で酒盛りだのごちそう
食べての宴を張ったりしたことはなく、ないことが気持ちよく
このまま行きたいやと思っていたのですが、もはや日本の
東の方でそんなことができる場所は少ないでしょう。
地面の上に座ったり寝ころんだりできるところはどのくらい
あるのかな。
あれば幸い、ほんとうに幸いです。
武田教授のレポートで、年間1msvという基準が安全か否か
という話があります。自然界の放射能はもともとそのくらい、
もしくはもっとあったのだからだいじょうぶという説について
疑問をなげかけていらっしゃいます。
わたしのような者を過敏とか神経質と思う人もいるでしょう、
しかしチェルノブイリの経験でもデータは完璧ではなく、
いまだ研究の途上にあった原子核の性質についてほぼ解らない
ことだらけの現状で、フクシマのもたらした災厄はいくら
怖れても足りないようなことなのではないか、そう思います。
平均値や基準値などあてにはなりません。
以前なかったものが降り落ちて、それは確実に人体人命に有害
であるのですからだいじょうぶと考えるほうがどうかしています。
熱心に食品の放射性物質を検査してレポートしている人がいる
一方で、いたずらに不安をあおるななどと言い検査を制限しよう
とする役所の姿勢は嘆かわしく、同じ人であるものをどうして
こんなに違うのだろうかといまさらながらのことを思ってしまいます。
我が身可愛い、我が身大事、身内大事の意識が働いて狂った判断を
してしまう、あちこちで見る情景です。
すべてがいまさらながら、なのではあります。
そもそも、だからこうなったのでありますからね。
嗚呼、嗚呼。神話の中で天思兼命が嘆く場面がありますが、
人の世は愚かしいものだなあとしみじみ思います。
愚かしい世のひとりであるわたくしは、せめて我が身を奮い立たせ
沈まぬように道を見失わないようにするために、
身近な愛を抱きしめている、そんな具合です。
人は誰しも同じではないか、と思うのです‥。