リスニングが400点、リーディングが390点で、合計790点でした。
リスニングがこんなに出来てるとは思わなかったけど、リーディングがこんなに出来てないとも思わなかった。
微妙ですが、ぶっつけ本番にしては結構がんばったと思っています。
私は、仕事で1995年から99年まで香港に駐在していたのですが、着任当時は香港はまだ英国領でしたので、自分としては、英語圏に駐在経験ありと言い張っています。
対日向けの仕事をしていたので、仕事は英語と日本語が半々くらいかな。
街中では、もちろん日本よりははるかに英語が通じるのですが、極力片言でも広東語を使って覚えようとしていたので、、、。
ちなみに、せっかく学んだ広東語ですが、帰国してからは、横浜中華街で料理を注文する時に1回使っただけです。
帰国直後、「今この瞬間が自分の一生で一番英語の出来るとき」と思って、英検は受験したのですが、当時はまだあまりTOEICがポピュラーではなかったのでしょう。こちらは受けずじまいでした。
その後は、仕事でも、プライベートでも、英語を使う機会はほとんどなかったので、広東語のみならず、英語も10数年間ほぼペーパードライバー状態。
それにしては、試験で大崩れしなかったので、良かったんですけど。
試験の要領は分かったので、もう1回やればもう少しいける気もしないでもないですが、再挑戦、しようかな、どうしようかな。
リスニングがこんなに出来てるとは思わなかったけど、リーディングがこんなに出来てないとも思わなかった。
微妙ですが、ぶっつけ本番にしては結構がんばったと思っています。
私は、仕事で1995年から99年まで香港に駐在していたのですが、着任当時は香港はまだ英国領でしたので、自分としては、英語圏に駐在経験ありと言い張っています。
対日向けの仕事をしていたので、仕事は英語と日本語が半々くらいかな。
街中では、もちろん日本よりははるかに英語が通じるのですが、極力片言でも広東語を使って覚えようとしていたので、、、。
ちなみに、せっかく学んだ広東語ですが、帰国してからは、横浜中華街で料理を注文する時に1回使っただけです。
帰国直後、「今この瞬間が自分の一生で一番英語の出来るとき」と思って、英検は受験したのですが、当時はまだあまりTOEICがポピュラーではなかったのでしょう。こちらは受けずじまいでした。
その後は、仕事でも、プライベートでも、英語を使う機会はほとんどなかったので、広東語のみならず、英語も10数年間ほぼペーパードライバー状態。
それにしては、試験で大崩れしなかったので、良かったんですけど。
試験の要領は分かったので、もう1回やればもう少しいける気もしないでもないですが、再挑戦、しようかな、どうしようかな。
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