スマトラ島に着いた順
カップルB 0
カップルE 23時間27分
カップルA 23時間28分
カップルC 24時間29分
Day 40
この日はカップルB だけが出発、最終目的はインドネシアの首都ジャカルタへ。この日はバスでパダング(Padang)へ。ここで漁船に乗ってアルバイト、翌日(Day 42)11時15分のバスで18時間かけて ベンクール(Bengkulu)へ、Day 43-ここはスマトラの西海岸のボートショップでサーフボートのクリーニングのアルバイト、そしてサーフィンを楽しむ。
Day 41
カップルA とEはほとんど同時に出発するも、カップルEのオーダーしたタクシーをカップルA が横取りしてバス停へ向かった。彼女たちはハーマスラヤ(Dharmasraya)までバスで行きたいが、バスが10時まで出ないと分かるとタクシーを使ってこの地に到着し、ホームステイとアルバイトを兼ねてバティックを作る家でお手伝い。翌日(Day 42)バスでパレムバング(Palembang)へ向かった。
カップルE と1時間後に出発したカップルCは同じバスに乗り合わせて、メインバス停から カップルE は西スマトラが気に入りサンガイ・パグ(Sungai Pagu)でホームステイ、
(写真はコンピューターの画面からスマホで写したもので、非常に見にくく申し訳ないが、このような建築物があるなど信じられなかった。)
翌日(Day 42)121㎞南西のサンガイ・ペヌー(Sungai Penuh)へ、Day 43 この地のシナモン農家でアルバイト、シナモンの木は直径20-30センチの木でこの皮をはいで細かく切って乾燥したものが商品として売られている。彼らは一日ここで働き泊まったホームステイがトイレに電気もなく穴があるだけにショックを受けた。
カップルCは乗ったバスが反対方向のソロック(Solok)へ着き、翌日までムアラ・エニム(Muara Enim)へのバスがないと言われる。ついに乗ったバスが途中でタイヤがパンクし21時間かけてムアラ・エニムに到着、ここのファミリーレストランで働く。25歳の姉は16歳の時に子宮と腎臓の1個がないと診断され、初めて弟と話し合った。これにショックを受けてナイーヴな弟が泣いた。
Day 43-44
カップルB は朝サーフィンを楽しみ、午後のバスで600km南のバンダー・ラムピング(Bander Lamping)へ ここでバスでバカウヘ二(Bakauheni)の港へ、フェリーでジャカルタへ向かった。フェリーポートからタクシーで (Day44の夜) ジャカルタのホテル着、23時間も早く出発したから誰も追いついては来ないと思っていた。
カップルA はパレンバングのフィシュケーキの店でアルバイトをして手持ちの予算19%、タクシーでバンダー・ラムピングへ向かった。ジャカルタへのフェリーの中で、トラックの運転手に掛け合い、ジャカルタまで載せてもらった。彼女たちがホテルに着いたのがカップルB の12分後だった。
カップルCと E はまだスマトラ島の中を移動している最中に番組は終わってしまった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます