Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

ポルトガルの旅 (38) エボラ (Evora)

2010-10-03 18:16:55 | キャンパーヨーロッパ 2010年



エボラは世界遺産の町で2004年に訪れた時は12月の雨の日で寒く、一泊してスペインへ向かったものだ。今回はキャンプサイトにWIFIが在るのを知っていたから初めから3泊の支払いをしたのに初日は使えたインターネットが翌日午後から壊れてしまい、帰国するまでどこにもWIFIに出会うことがなかった。2004年の12月はキャンプ場に私たちだけだったのに今回は10数台のキャンパーで、ちょうど北からアルガーヴへ向かう人たちとここからスペインへ向かうヨーロッパ人たちの休息地点になっているらしい。

キャンプサイトから町の入り口の門までは2Km、この町はローマ時代から栄え、町をぐるっと取り囲む高い城壁は2000年もしっかり建っている。ここは1986年に城門内が世界遺産に登録され、観光地として賑わっている。



ジラルド広場がこの町の中心で、3月初旬の日曜日、この広場には観光客ばかりでなくたくさんのポルトガル人の家族連れで賑わっていた。多くの子供たちがいろいろ仮装をしているのでこの日は特別な日だったらしい。日曜日はほとんどのお店が閉まっているがお土産店だけは別。ポルトガルのお土産では私もファーロで買ったコルクのハンドバッグが一番多く売られている。





ローマ時代のディアナ神殿のすぐ前にエヴォラ美術館が在り入ってみた。日曜日は入場料無料で一階がほとんどローマ時代からの考古学品や彫刻、2階は全部宗教画だった。なぜかオランダからの宗教画が多く最後の晩餐など3人の画家によって描かれた3枚の絵があった。私が一番気に行ったのが3人の裸の子供が喧嘩している彫刻で3人の表情を見ると思わず笑ってしまう。この作家は本当にユーモアのセンスがある。






町の西側からローマ時代の水道橋が延びており、城壁内部ではこの橋の下を住居にしたり玄関にしているところもあった。




カテドラルが12時から2時間閉まったためその近くのレストランで昼食、大変なご馳走で亭主の喜ぶこと。翌日キャンプサイトで出会ったイギリス人夫妻にお勧めして彼らも大満足だった。カテドラルのタワーから見下ろすエボラの町はすばらしい。城壁外に延びている水道橋がはっきり見える。こういうのを見るとローマ人の土木工事のレベルの高さにいつも感心してしまう。






このカテドラルは12-13世紀に建てられた大聖堂で、1584年エヴォラを訪れた天正遣欧少年使節の二人の少年はこのカテドラルでパイプオルガンを演奏、腕前を披露したといわれる(地球の歩き方による)。聖堂内はやや暗くあまり華やかな装飾がさえて見えない。







この日は割りと天気もよかったので旧市街を歩き回ったが通りがでこぼこの石畳で歩きにくいこと。こんな道を歩くときは靴底の厚いスポーツシューズが一番よいと思う。教会の多い街でそれもやたらと大きい教会があちこち目に付いた。






サン・フランシスコ教会も大きな教会で内装が地味だからなーんだと思ったが、この祭壇の右横にある人骨堂が不気味。入場料に写真撮影料も入って5ユーロ、只一部屋の壁から天井全部を覆う人骨3千体という。頭蓋骨と大腿の骨をならべて模様にしているなど一体どんな人たちの発想なのだろうか?この人骨はエボラ周辺の墓地から持ってきたものだというが、中に”あなたの骨を待っています。”という看板が在りあまりうれしい気持ちにはなれなかった。





帰り道城壁脇の遊園地で仮装した子供たちがいっぱい集まっていた。今から仮装行列でもするのかなと思ったけれどだれにも聞けず帰ってきた。道端にきんもくせいのような花の咲く大木が在り木の葉がベイリーフ(月桂樹)だと知った。こんなきれいな花が咲くとは知らなかった。



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