男子フィギュア織田信成選手のシューズのヒモはどうしちゃったんでしょう。何も4年に一度のオリンピック、それも初出場、SP4位でフリー最終組に入り、下剋上表彰台いけるかという“ここぞ中のここぞ”でタイムリーに切れなくてもね。
「ちやつぷりんとかいう毛唐の役者の真似なんかしてんじゃねえ、末裔まで南蛮かぶれかコラァ」と怒った明智光秀の怨霊の仕業だという説が世論の大勢を占めていますが(?)、ヒモ以前に、入りから演技も表情も硬く平常心を欠いていたことは否めないでしょうね。いい成績をおさめるときの織田選手はもっと柔らかいし闊達。
アクシデント及び結果に直接の関係はないでしょうが、チャップリンメドレーというプログラムもどうだったのかな。この手の選択は本当にアナログでファジーで、紙一重の厚みにうまーく着地するか、滑り落ちるか、突き破って沈むかは賭けみたいなものだけど、ああいうコメディタッチの、オペレッタみたいな動きって、手足の長い、正統派の白皙の貴公子的な人がやってこそ映えるし、しっかりコメディして見えるたぐいの演し物ではないかと思うのです。22歳だけれどあの通りの童顔で、身長公称164センチ、欧米人から見るとどうしたって幼く、ローティーンに見えかねない織田選手を、持ち前の柔軟性やスピード感を活かしつつカッコよく芸術的に見せるのに、出した答えが“チャップリン”というのは、もうチョット何かなかったかな…と思ってしまいますね。喜劇って、演者にあり余るほどの余裕がないと、喜劇として成立しないんですよ。
競技前からシューズに一抹の不安がよぎりつつだったのか、どうかわかりませんが、少なくとも今大会限定で見る限り、晴れ舞台なればこその良き緊張を含めて“演技することを楽しんでいる”気持ちのはじけは伝わりませんでした。
それに比べ、銅メダルをつかんだ高橋大輔選手のプログラムは、織田選手のそれと同じ“芸能”“滑稽”を地合いに持つものでしたが、“野性味”“哀感ある粗野さ”“トッポい感じ”で実に見事にご本人の個性と協奏した。
ニーノ・ロータ作曲。フェデリコ・フェリーニ監督『道』。このプログラム初見では「名曲過ぎるだろ!こなせるの?」と思ったけれど、映画の主人公ザンパノを意識してかもみあげを伸ばし、頬もいい感じにこけて、曲想や曲の孕む物語世界とシンクロしようとするご本人の努力も伝わって来ました。今季競技本番ではまだ一度もクリーンに決まっていない4回転ジャンプを「失敗してもともと!」の意気で思いっきり序盤に持ってきたのも、結果論ですが正解でしたね。あの転倒でエンジン点火したような勢いが出ましたからね。
銀に終わったプルシェンコ選手がぶち上げた“4回転論争”については、彼の信念と、何より実績に基づく意見だから説得力があると思いますけれど、結論、何とも言えませんね。“4回転に挑んで無惨に失敗したけど、その他はまあまあな演技”と、“4回転最初から捨ててまあまあな演技”とだったら、前者に高得点がついて当然だし、つくべきだと思うし、ついてこそスポーツだと思う。
しかし、“すべてを4回転のために組み立て、その4回転が無惨に失敗したけど、その他は完璧な演技”と、“アタマからフィニッシュまでこの世のものとは思えないほど完璧だけど、4回転は最初から入れてない演技”とだったら、いったいどちらを上に評価すべきなのか、かなり悩むと思います。
プルシェンコ選手が「フィギュアという種目の進化の証し、これができてこそチャンピオン」と力説する4回転も、シロウトの観客の目からは、結局、全体の演技の中で効いていなければそんなに有り難味も、感動もない。月河なんか正直、録画のコマ送りででもチェックしなければ4回転と3回転の違いがわかりません。札幌やインスブルックの頃のフィギュアスケートって“高く跳んでたくさん回るのが何よりの醍醐味、技量の見せどころ”というスポーツではなかったように思うし、SPでのステファン・ランビエール選手のウィリアム=テルや、フリーでのジョニー・ウィアー選手の『堕天使』のほうが、“4回転跳んだるぞ”演技よりずっと胸に来たことも確か。
プルちゃんが、プログラム浅い段階で4-3コンビネーションを成功させた後のいくつかの3回転に往年の軸ぶれなさがあり、つなぎのステップに往年のスピード感があったら、力説にももう少し迫力があったかもしれませんね。さしもの皇帝も、五輪最終ラウンドフリーまで来ると、3年間のブランクと勤続疲労が出たか。
一週間前『ミラクルボディー』で4回転へのこだわりと闘志を数々の映像検証で披瀝してくれたブライアン・ジュベール選手は、SPからいきなり本調子を欠いたようですね。フリーではどのグループの、何番めの滑走順に入ったのか、巻き戻してチェックするのが難儀なぐらい下になってしまいました。あんまり打倒プルシェンコを意識し過ぎて、競馬で言う“追いかけバテ”というやつか、普通に体調が悪かったのに強行出場したツケか。
月河の家族高齢組が「いちばんかわいい♪」と押す小塚崇彦選手が、伸び伸び滑って8位。4回転のクリーンなトゥループは、ジャッジも最終組のひとつ前の順ということで目が覚めてなかったのかもしれませんが、もっと評価されてもいいのにね。姿勢がきれいですみずみ手足も伸びているので、演技全体の見映えが技術以上に良く見える。演技の持ち味は日本人3人の中でいちばんノーブル、でもアップになると反っ歯のあどけないお兄ちゃん。そのギャップもいいですよね。20歳、まだまだ伸びしろもあるでしょう。
その小塚くんのコーチが、このほどスケート殿堂入りした1960年代の日本代表・佐藤信夫さん。教え子が、表彰台には届かなかったけど内容がよく客席の反応も最高でうれしそうでしたね。娘さんでアルベールビル・リレハンメルの代表だった佐藤有香さんはアメリカのジェレミ‐・アボット選手のコーチをつとめておられますが、こちらのほうがよりコーチらしい貫禄になっていた。採点を待つコーナー=キス&クライではよく、細身の選手の脇にド迫力メイクのおばちゃんコーチや、ヒゲや白髪混じりロン毛のホッキョクグマみたいなおっちゃんコーチが寄り添っていますが、有香さんもいまやヴィジュ面では見劣りしませんな。アボット選手9位、小塚選手より上に持って行きたかったかな。実家に帰って信夫お父さんに「オマエはまだまだだ、殿堂は遠い」とか言われるのかな。