大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト〔ゴジラのため息・2〕

2021-12-13 04:58:40 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

ため息・2〕   




 ゴジラはため息をついた。

 女の子らしい、ホワっとした吐息になって、一言主(ひとことぬし)のお蔭で、女の子の姿も板についたようだ。

「でも、これじゃ朝ごはんがつくれない」

 ちょっと気合いを入れて息を吐くと、程よい火が出た。その火で敦子のゴジラは、朝ごはんを作った。

 ご飯炊いて、ベーコンとスクランブルエッグ。匂いにつられて高校生たちが起きてきて、仲良く朝ごはんを食べた。

「あっちゃん、またね!」

 高校生たちは、スマホでアドレスの交換をしたがったが、「スマホはお父さんの所に置いてきた」と言って残念そうな顔をしておいた。

 スマホぐらい、そこらへんの葉っぱを使えば作れるんだけど、本性はゴジラ。友達になってはいけないと思った。

「どうだった、夕べは楽しかったかい?」

 一言主が聞いた。

 

「うん、楽しかった。でも、やっぱため息って出ちゃうのよね」

「出たっていいさ。もうカッとしたりしなきゃ火を吐いたりはしないから、で、これから、どうするんだい?」

「うん、ちょっとキングコングのとこでも行ってみる。あの人とも長いこと会ってないから」

「じゃ、これ使っていけよ」

 一言主は、倒木をクーペに変えてプレゼントしてくれた。

 敦子のゴジラは、高速をかっとばして街まで出た。

 キングコングは、もう引退したも同然で、南森町というところで志忠屋というコジャレた多国籍料理の店をやっていた。

「おう、珍しいじゃねえか。アイドル風のゴジラも、なかなかなもんだぜ」

 絵に描いたようなオッサンのなりをして、キングコングはカウンターの中から声を掛けた。一発で正体を見破られたことが、残念でもあり、嬉しくもあった。

「バレたんなら、気取ることもないわね。なんか元気の出るの一杯ちょうだい」

「あいよ」

 滝川浩一と偽名を使ってるといいながら、キングコングは50年もののプルトニウムをなみなみと注いでくれた。

 敦子のゴジラは、一口飲んで、ホッと吐息をついた。

「なんだ、まるで女の子みたいな、吐息ついて。ゴジラらしく火は吐かねえのかよ」

 言われて、ゴジラは小さく火を吐いた。

「なんだ、チンケな火だな」

「本気で吐いたら、店丸焼けになっちゃう。それよりもさ……」

「なんだい?」

「あたしのため息ってなんだったんだろう……?」

 アンニュイに頬杖つきながら、ゴジラは呟くように言った。

「それはさ……キザなこと言うようだけど、受け手の気持ちだと思うぜ……悲しみ……怒り……孤独……取りようしだいさ」

 キングコングの滝川は、二杯目には、ウランの炭酸割りを出してくれた。

「昔は、もっとはっきりした意志ってか、気持ちがあったような気がするんだけどね……」

「しかたないさ、お前さんは、元来拡散していく運命なんだ。名前だってゴジラって、複数形だもんな」

「アハハ、座布団一枚!」

 ゴジラはキングコングとバカ話ばかりして、店を出ようとした。

「すまん、ライターがきれちまった。タバコに火ぃ点けてってくれよ」

 敦子のゴジラは、フッと息を吹いてやった。タバコに程よい火が点いた。

 帰り道、敦子のゴジラは少し歩いてから、駐車場のクーペに向かった。その間に、消えかかった若い夫婦の心に、職業意識を失いかけている教師の心に火を点け、絡みかけてきたチンピラ4人を焼き殺したことは自覚していなかった。

 クーペのキーを開けながら「やっぱ、ゴジラに戻ろうか……」そう思ったが、一言主の魔法が強いのか、長く敦子になりすぎたせいか、もとには戻れなかった。

「ホ……」

 夜空に吐息一つついて、敦子になりきってクーペを発進させた。

 クーペは自動車の波の中に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。

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ライトノベルベスト・〔ゴジラのため息・1〕

2021-12-12 05:24:27 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

ため息・1〕   




 ゴジラはため息をついた。

 不可抗力とはいえ、山が一つ丸焼けになってしまった。

「集中豪雨で湿気ってなかったら、ここいらみんな焼いちまうとこだったな……」

 反省したゴジラは、熊ほどの大きさになって隣の山に引っ越した。

 すると、山の主である熊ほどの大きさの一言主(ひとことぬし)が憐れむように言った。

 ちなみに一言主は猪のなりをしている。

「気にすんなよ。あの山は来月中国の金持ちに売られるところだったんだ。これで商談もなくなるだろ」

「ありがとう、ちょっとは用心するよ」

「一人でいるから気鬱になってしまうんだ。名前は複数形なのに、おまえさんは孤独主義なんだからな……どうだい、オレの山に高校生たちがキャンプに来てるんだ。気晴らしにいっしょに遊んでみたら」

「いいのかい?」

「小さくなったとはいえ、そのナリじゃこまるけど、なんか適当に化けちまえよ」

 ゴジラも、還暦を過ぎて八年。化けることぐらい朝飯前だ。

 いろいろ化けて見せて、女の子のナリになった。一言主がアイドルファンだったので、まるでAKBと乃木坂とけやき坂の選抜を足して人数で割ったようなかわいい子になった。

「だめだ、木が湿気って火がつかないや……」

 炊事担当の女の子は、嫌気がさした。

「あたしが、やってあげようか?」

 ゴジラはサロペットにTシャツという気楽さで声をかけた。アイドルのような笑顔に女の子は親近感を一方的に感じてゴジラに任せた。

「コツがあるのよね……」

 適当なことを言って、そろりと息を吹きつけて、あっという間にご飯もカレーも炊き上げてしまった。

「すごいのね、あなたって。このへんにキャンプに来てるの?」

「うん、家族で。林ひとつ向こう側」

 一言主が気を利かして、父親の姿で現れた。

「なんだ敦子。こんなところにいたのか」

 一言主が適当な名前で声を掛けた。

「あ、そういや、あなたあっちゃんに似てる!」

「ズッキーにも似てる!」

 もう一人が言った。

 で、ワイワイ言っているうちに、ゴジラ……いや、敦子は 高校生たちといっしょになることになった。

「キャンディーを、ブレスケアになる」

 一言主は、そう言って、こっそりとキャンディーを敦子の口の中に放り込んだ。

 高校生たちは、半端にまじめで、ノンアルコールのビールもどきで、けっこうハイになった。

「ねえ、あっちゃん、なんか歌ってよ!」

 ゴジラの敦子は困った。

 話すのはともかく、本気で歌ったら、ゴジラの「ガオ~ン!」になってしまう。

 仕方なく、ゴジラは抑え気味に胸に手を当て、そろりとAKBのヒットソングを歌ってみた。

「キャー、キンタローより似てる!」

 緊張していたので、なんだか、懐かしの前田敦子風になって、みんなにウケた。

 嬉しくなって、遅くまでみんなといっしょに歌ったり写真を撮ったりで盛り上がった。一言主がくれたキャンディーは、どうやら歌がうまく歌える魔法のキャンディーのようだった。

 ゴジラの敦子は、本当は、みんなと語りたかったが、楽しくノッテいる空気を壊してはいけないと、調子を合わせて騒ぎまくった。

 気が付いたら深夜になってしまっていたので、高校生たちのキャンプに混ぜてもらって、眠れぬ夜を過ごした。

「あたしの思いは、この子たちには分からないもんね……」

 流れ星を10個数えて、ゴジラの敦子は寝たふりをした。

 たとえ寝たふりでも人と一緒に居るのは楽しかった……。

 つづく 


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ライトノベルベスト『高安ファンタジー・3』

2021-12-11 06:29:27 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

高安ファンタジー・3(高安女子高生物語外伝) 




 連休明けの登校はうっとーしい。

 けど、今年は違う。

 なんちゅうても亮介のニイチャンと、また同じ電車に乗れる!

 しかし、連休癖が付いてるんで、五分だけ朝寝坊。チャッチャと着替えて、朝ご飯。牛乳が横っちょに入ってしもて咳き込んだ。胸の圧迫感が、ちょっと違う。

 そうや、今日は、あの開運ブラしてんねんや!

「いってきまーす」

 今日は、ピーカンの上天気やけど、六月下旬並の暑さ。で、チョッキは時間が無かったこともあってカバンの中。

 当然ブラが透けて見えるけど、ホームでも1/3ぐらいの子がそないしてる。まあ、このくらいはええやろ。

 あたりを気にしてたせいで、亮介先輩がいてる場所の隣りの列に立ってしもた。

 電車が来ると、どっと車両の中に。

 なんと亮介先輩が座って、隣の席を確保してくれてる。ラッキーや思て突進したら、ずうずうしいオバチャンが座ってしもた。

 そやけどええ、亮介先輩の真ん前に立てる!、

 うちらは、まだ電車の中で話が出来る程度の仲。連休に誘い合うこともなかったけど、その分話はたくさんある。

「……連休は、どないしてはったん?」

「ああ、ずっと家」

「ずっと?」

 もう、それやったら誘うてくれたら……と思たけど、うちらは、まだ、そんな仲やない。亮介先輩の目が一瞬あたしの胸に来たんを感じた。おお、開運ブラの効果が早くも……ハズイ半分嬉しい半分!

「おれ、今度クラブの地区発表会あるんで、ずっと練習してた」

「なんのクラブですか?」

「イリュ-ジョン部……あ、マジックのクラブ」

 そう言うと、ポケットからピンポン球出して、黙って見せてくれた。グッと握ってパッと開いたら四つに増えてた。

「ウワー!」

 こんな技があるとは知らんかった。

「そんな喜んでくれるんやったら、発表会見に来てくれる?」

「いくいく!」

 そこまで言うて気が付いた。亮介先輩の番号もなんにも知らん。

「せや、まだ番号の交換してなかったなあ」

「ほんまや!」

 ほんまは、もっと早く聞きたかったんやけど、どこかはばかられてた。それが向こうから来た。ラッキー!

――楽しみにしてますね――

――ありがとう――

――素直に喜んでくれる先輩好きですよ――

 ほんまは「好きです」だけがテーマやけど、そこまでの度胸はない。

 それでも、電車が俊徳道を過ぎてカーブにさしかかったときに今までにない胸の開放感を感じた。

――ありがとう……胸が――

 その返事のメッセで気が付いた。今のカーブで、胸がせり出して、なんとフロントホックが外れてしもた!

 ブラウス越しとはいえ、うちの胸は亮介先輩にご開帳してしもてる! 

 思わずカバンで胸を隠した。

「ふ、布施で降ります!」

 ドアが開くと、カバン抱えたままホームに降りた。亮介先輩も降りてくれた。

「ちょっとトイレ行ってきます」

「あ、トイレ、この階段の下!」

 女子トイレ目指して突進!

 で、すぐに戻ってきた。

「清掃中で入られへん!」

「ちょっと新聞読んでるフリして」

「え……?」

「ええから、早う」

 言われるままに渡された新聞をオッサンみたいに広げた。ほんなら亮介先輩が後ろに回った。
 
 うっとこの夏服は、ブラウスがスカート外に出せるようになってる。ブラウスの裾入れろ入れへんいう不毛なやりとりをせんでええという学校のアイデア。

 ほんの一瞬、後ろから亮介先輩の手が胸に触ったん感じた。

「もうええよ」

 新聞どけて、胸元を見るとホックがちゃんとはまってた。さすがマジック部!

「すごい……せやけど、ちょっと触った?」

「ピンポン球より大きいからな。さ、次の準急や。乗ろか」

 ちょっと赤い顔して亮介先輩が言うた。

 二人の距離は確実に縮まったようです……(^#0#^)

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ライトノベルベスト『高安ファンタジー・2』

2021-12-10 05:20:58 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

高安ファンタジー・2(高安女子高生物語外伝) 




 この四月から、亮介ニイチャンと同じ通学電車になった。

 と、書くと偶然みたいやけど、じつはあたしが高校に行くようになって、電車の時刻表見たりして、亮介ニイチャン(以下カレ)と同じ電車に乗れるように工夫した(^_^;)。

 最初は、同じ車両に乗ってるだけで幸せやったけど、だんだん近寄るようになって、話が出来るようになった。

 きっかけは……。

 電車は、高安仕立ての準急。

 運がええと座れるけど、まあ、通勤のオッチャンやオネエチャンらにはかないません。つり革に掴まって乗り換えの鶴橋まで立ってる。

 横に立ってるのに、カレは気ぃつかへん。うちから声かけるなんてとてもでけへん。え、東の窓ではあんなに大胆やったのにて? あれはたまたまの偶然でああなっただけ。いくら河内の女の子でも、ピカピカの一年生にそんな度胸はありません。

 その日も、いつものように気づかれんまま、鶴橋駅が近なってきた。

 今日もあかんな……そう思たとき。

 ガックンと、電車が急停車した。うちらは進行方向に将棋倒し。隣のカレが、つり革掴みそこのうて、手が滑って、あたしの胸をかすった。

「アッ……!」

 思わず声が出てしもた。

「ごめん!」

「あ、いいえ」

「あ……自分は?」

 と、カレが気ぃついた。

 そこから去年の東の窓の話やら、子どもの頃の話をするようになった。

 やったー! 

 と思たけど、そこからが進展せえへん。しょ-もない話の十数分。それがうちの高校生活の全てやった。しかし、きっかけはイケテル。うちの胸がもう五ミリ小さかったら、カレの手ぇとは接触せえへんかった。

 そうこうしてるうちに、進展もないまま、連休になった。

 もうじき夏服になるんで、八尾まで夏用の服やらインナーを買いに行ったんよ。

 夏は上着無しのブラウスだけ。まあ、学校は冷房効いてるんで、たいていの子はチョッキを着たり脱いだりして調整してる。

 で、ブラウスの下はキャミを着てブラが見えへんように工夫。それでも若干は透けて見えるんで、あんまりダサイのはいややし、かといって色物は禁止やし……。

 そない思て、適当なもんがないかと、ワゴンやらショーケースを見てた。

「あんた、ええ胸してるねえ」

 気いついたら、店のオバチャンがうちの胸を見てた。この店は中学のころから来てる店やけど、こんなオバチャンおったかなあ、と、思た。

「あんたの胸は、一万人に一人ぐらいの福胸や。カタチ大きさに気品がある。ええ運が回ってくる運勢やな」

 この言葉だけやったら適当に聞き逃してたけど、次の言葉に驚いた。

「あんたの運は、東の窓から開けて、胸が勝負やなあ!」

「え、ほんま!?」

 になった。

「惜しいことに、インナーが、その運を押さえ込んでる。あんた、いま好きな男の人いてるやろ。きっかけはオバチャンが言うたとおりやと思うけど」

 これは、このオバチャンは霊能力者かなんかかと思た。

「この開運ブラにしとくとええわ。あんた高校生やろ? 大人やったらショーツとのセットにしたげるけど、あんたには、まだ早い。ブラだけにしとき」

 それは、とても淡い水色のフロントホックのブラやった。オバチャンの勢いで試着までしてしもた。カタチのええ胸が、いっそうかわいい張りになって、なをかつ清楚な雰囲気。うちは迷わんと、それを買うた。

 本屋さんで、新刊の『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』を買うて、さっきの店の前を通ると、張り紙。

――都合により、四月末日をもって閉店いたしました。店主敬白――

 その日は、五月三日やった。どういうこっちゃろ……?

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ライトノベルベスト『高安ファンタジー・1』

2021-12-09 06:09:07 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

高安ファンタジー(高安女子高生物語外伝) 

 


 高安という街をご存じでしょうか。

 大阪の環状線鶴橋で近鉄大阪線に乗り換え、準急で三つ目の駅が高安です。

 駅前には、時おり『高安関を応援しています』のポスターが出たりしますが、残念ながら、関取の出身地ではありません。たぶん、同じ名前と四股名なので、その縁で応援しているんでしょう。

 この街で買い物したら、高いか安いか分からないから高安……オヤジギャグです。

 ピンと来ない……そうでしょうね。

 わたしも先祖代々住んでいながら、中学のクラブで習うまでは知りませんでした。

 江戸時代は、旧淀藩の領地……淀藩が分からない。でしょうね、淀の競馬場があるところ。少し分かります?

 桃山時代には淀君の淀城があったところ、そこの領地でした。

 戦国時代は教興寺の戦いという機内最大の合戦が行われました。畠山氏と三好氏の戦い……また、分からなくなりました?

 教興寺自体、蘇我氏と物部氏が対立していたころに、蘇我氏側に付いた聖徳太子が建てたお寺……興味ないか。

 じゃ、これは?

 世の中に  たえて桜の  なかりせば  春の心は  のどけからまし

 聞いたことあるでしょ?

 古今和歌集に出てくる在原業平……ざいげんぎょうへい、ではありません。

 ありわらのなりひら。

 在原業平は平城天皇の第一皇子で、桓武天皇の孫。桓武天皇ぐらい知ってるでしょ、平安京を作った天皇さま。

 その孫で、場合によっちゃ、天皇にも成れた人だけど薬子の変に巻き込まれて在原って苗字もらって臣籍降下したやんごとないお方……。

 ああ、しんど! 

 ここからは自分の言葉でやらせてもらいます!

 あたしは、府立OGH高校(大阪国際高校)の一年生、近所に『高安女子高生物語』の佐藤明日香やら、作家の大橋むつおさんやらが居てます。まあ、どっちもパッとせん人らやから言うても分からんかもしれませんけど。

 問題は、在原業平なんです!

 この人はめちゃイケメンの貴公子で、モテまくった人です。

 この業平さんの恋人が高安におって、毎日業平さんは奈良の都から、生駒山を越えて、この高安のメッチャ可愛い恋人に通い詰めた。

 今でも、それが業平道いうて残ってるんです。

 イケメンにありがちなことやねんけど、ええ女にはすぐ惚れる。

 業平クンも高安の彼女のとこに通うてるうちに、通り道にある御茶屋さんの娘さんに惚れてしもた。

 毎日、この茶屋で休憩しては、ええ子やなあと思た。茶屋のオッサン、オバハンも「ひょっとしたら玉の輿!」と、ほくそ笑んだ。

 ところが、ある日、業平道を奈良の方から歩いてくると、茶屋の二階東の窓から、そのええ子が、大口開けて饅頭食べてるとこを見て興ざめ。

 茶屋のオッサンとオバハンは「ああ、しもたあ!」と嘆いたけど後の祭り。

 それから、高安では二階に東向きの窓を作らんようにした。

 長い前説ですんません。

 

 うちの家は、お祖父ちゃんが亡くなってから改築した。うちの部屋はネボスケのあたしが目ぇ覚めるように、東側に大きな窓を付けた。ちなみに、業平伝説を知ったのは、改築が終わってから(^_^;)

 話は飛ぶけど、うちの町内に在原亮介いうイケメンのニイチャンが居った。

 近所では、関根いうニイチャンと一二を争うイケメンやった。

 近所の明日香ねえちゃんが関根ニイチャンに気ぃあるのは子どもの頃から知ってたけど、人の恋路にクビ突っこむほどお人好しでもイケズでもない。

 問題はうちのこと。

 去年の春、ゆっくり寝てて、お母さんが窓開けてるのも気ぃつかんと、うちは着替えよ思って、パジャマの上を脱いだ。ほんなら、窓の外から視線を感じた。

「あ、亮介のニイチャンや!」

 そう感動すると同時に、上半身スッポンポンやいうのに気ぃついた。

 自慢やないけど、あたしの胸はかっこええ。

 ハズイと思うと同時に「見せたった!」いう気持ち。で、乙女らしくカーテンの影に身を隠した。

 ここまでは、良かったんやけどなあ……。

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ライトノベルベスト・『イケメーン!』

2021-12-08 06:14:37 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『イケメーン!』   

      


 わたしが剣道部に入ったのは、弟を鍛えるためだった。

 弟の信二は、姉のあたしから見てもたよりない。

 体裁よく言えば草食系なんだけど。ようはヘラっとして、いつも半端な微笑みで、意見をすると目線が逃げる。

 それになにより、不男だ……と、決めつけるには、まだまだ早い小六なんだけど、来年は中学だ。

 いまでも少しハミられているような気配がある。

 勉強こそは真ん中だけど、こと人間関係に関してはダメだ。けなされようが、ごくたまに褒められた時でも不器用にニヤケルことしかできない。その笑顔は姉のあたしがみても苛立つほどに醜い。
 
 あれでは中学でイジメに合うのは確実だろう。

 あたしも、専門に運動部に入ったことは無い。中学でちょっとだけ演劇部にいたが、やってることが学芸会並なので、直ぐに辞めた。

 体育は4で、授業でやる程度のことなら、人並みにはやれる。

 だから、高校では声のかかった演劇部をソデにして運動部を目指した。

 格闘技がいいと思った。で、柔道部と剣道部に見学に行った。

 柔道部は女子もいるんだけど、胴着の下のTシャツをみないと性別の分からないような子たちばかり。男子は言うに及ばない。

 あたしは、ただの体育会系は好きじゃない。体だけできていても、その分脳みそとかハートを落っことしたようなやつはごめんだ。

 柔道は、体を密着させる競技だ、寝技なんか、胴着を着ていなきゃ動物的なカラミに過ぎない。柔道部はメンツをみただけで却下。

 で、剣道部に入った。

 剣道部も似たりよったりの顔ぶれだけど、防具をつけると、完全に体はおろか、顔もはっきりとは分からない。第一体が密着することが無い。

 最初は素振りとすり足で、手はマメだらけ、足の皮は剥がれるんじゃないかと思うくらいだった。

「ようし寛奈、素振りの切っ先もぶれなくなった。明日から防具つけて打ちあい稽古だ」

「あの、明日からは連休ですけど……」

「あ、そうだな。じゃ連休明けからだ」

 このさりげないツッコミがおもしろかったのか、部員みんなが笑った。やはり、しまりのない笑顔だ……。

 立ち合い稽古が出来ると言うので、あたしは近所の八幡様にお参りに行った。

――まあ、気いつけてがんばりや――

 本殿の奥から、そんな声がしたような気がした。でも、空耳だったのだろう。

 巫女さんや、あたしと並んでいた参拝の小父さんに変化はない。

「初心者にしては筋がいい」

 最初に立ち会った二年の副部長が誉めてくれた。

「ただな、面のときに『イケメーン!』ていうのはよせ、ただの『メーン!』でいい」

「うそ、そんなふうに言ってました」

「言ってた」

「すみません、気を付けます」

 それから、何人かと立ち会ったけど、あたしの「イケメーン!」は直らないらしい。

「たぶん、気合いのイエー!がイケー!に聞こえるんだろう。まあ、気にするな」

 顧問の立川先生が慰めてくれた。

 あれから、一か月近くたって剣道部に異変が現れた。

 男子部員のルックスがアドバンテージになってきたのだ。

 あたしは、部員の中でも部長だけは買っていた。見るからに運動バカだけど、自分を諦観したところがあって「オレは女にモテなくても剣道できれば、それでいい。というところがあって、表情が澄んで屈託がない。

 も少し顔の造作が……と思った。

 立ち合いは、この一か月近くで百回ほどになった。

 すると、心なしか、男子部員のルックスが確実に向上。中にはコクられ、生まれて初めて彼女ができた者も現れた。

 一学期の終わりには、すっかりイケメンの剣道部で通るようになり、女子部員も増えた。

 部長は、その中でも一番変化が大きかった。

 あたしは、正直に嬉しかった……が、技量は目に見えて落ちてきた。試合に出ても負けがこんできた。

 部長は、ただ一人で言い寄る女生徒たちも相手にせずに稽古に励んでいた。いつのまにか、あたしが部長の立ち合いの専門になった。

 で、気づいてしまった。

 防具の面越しに見える目が、あたしを異性としてみていることに。凛々しい目の底にいやらしさを感じる。

―― 引退するときに、コクりよるで~ ――

 八幡様の声が聞こえた。あたしの「イケメーン!」は、どうやら、男をイケメンにはするが堕落させることに気づいた。

 これでは弟を鍛えることなど出来はしない。あたしは次の部活を探している……。

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ライトノベルベスト『制服レプリカXXL』

2021-12-07 05:00:28 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『制服レプリカXXL』   
         

 
 
 近頃はネットで買えないものは無い。

 デブ性だけど出不精じゃないお母さんも、このごろはウィンドウショッピングもネットですませている。
 
 子供会の古紙回収の度にニヤリマークの付いた段ボール箱をたくさん出すのが恥ずかしい。
 
 こないだは、さすがに段ボール箱には入っていないけど、自動車まで通販で買ったのにはびっくりした。

 
 で、今日は、もう一つびっくりするものが来た。

 
 なんと、女子高生の制服……よく見るとレプリカがやってきた。
 
 むろんお母さんが自分の為に買ったもの(^_^;)。
 
 今はモデルチェンジして、無くなったS女学院の制服。それもMサイズ……とてもXXLのお母さんには着られません。
 
 洋裁用のトルソーにかけて、しばらく思いにふけったあと、お母さんは出かけてしまった。

 
 Mサイズは、あたしにピッタリ。で、好奇心と、ちょっとした憧れで、そのレプリカの制服を着てみた。

 
「聖子!」
 
 そう呼ばれて気が付いた。
 
「あ……?」
 
「あ、じゃないわよ。昨日T高の淳といっしょに、山手線デートしてたでしょ!?」
 
 え?

 あたしは何のことか分からなかったけど、聖子というのがお母さんの名前で、怖い顔をして改札に入ってきたのが、お母さんの親友の鈴木敦子さん。その鈴木さんの女子高生時代の姿だろうとは、見当がついた、トレードマークの方エクボがそのままだったから。
 
 鈴木のオバサンは子どもがいないせいか、今でも若々しくって可愛い。むかし乙女、いま太目のお母さんとは大違い。

 夢でも見ているのか、あたしは二十年以上昔の東京にタイムリープしたようだ。それも若かったお母さんになって。

「敦子、誤解よ!」
 
「なにが誤解よ!」
 
「だって」
 
「だって、なに!? だってなによ!?」
 
 
 言い合いながらあたしと敦子とやってきた山手線に乗った。
 
 
 冷房が、今の山手線より効きすぎというのが第一印象。次に周りの視線。S女学院は都内でも屈指のお嬢様学校だし、制服がかわいいので女子高制服図鑑のトップの常連だ。
 
「誤解で山手線一周半もするかあ?」
 
「ついよ、つい。お互いの学校の事や友だちのこと喋っているうちに、ついね」
 
「あたしのことなんかサカナにしてたんでしょ(ꐦ°᷄д°᷅)」

 そう言う敦子を横目で見ると、なんと涙ぐんでいる。

「あのね、うち校則とかきついから、制服のまま渋谷でお茶ってわけにもいかないでしょ……それに、敦子のことも話しておきたかったし」
 
「あ、あたしの何を話したのよ!?」
 
「内緒。知りたかったら自分で聞くことね。あ、もう秋葉原だから降りるね」
 
 あたしは、そう言って敦子一人を電車に残して、さっさと降りた。

 
 オタクもメイドもAKBもない秋葉原。
 
 
 まだ電気店街の匂いを色濃く残していたころのアキバではない秋葉原。お父さんは、この町の一角で電子部品のお店をやっている。
 
「なんだ聖子、店にくるなんて珍しいな。なんかオネダリでもするんじゃないのか」
 
「ごめん、ちょっと奥で休ませて」
 
「なんだ、具合でも悪くなったのか?」
 
 お父さんの言葉を背中で聞いて、あたしは奥の事務所兼休憩室に行って、ひっくり返った。

 山手線一周半も噂話なんかしない。もっと大事な話をしたんだ。

 あたしも淳のことは好きだ。でも、敦子がもっと好きなことも知っている。で、感情は別にして、理性的には敦子のほうが淳の彼には似つかわしい。

 
「わたし……他に好きな人がいるの」

 
 精一杯の演技で言いのけた。まるで昔の日活青春映画だ。
 
「ごめんね!」
 
 そう言って、あてもなく降りたのが渋谷だった。
 
 渋谷は、交差点で立っているだけでも、この制服は目立ちすぎるので、すぐに地下鉄に乗って運よく空いていたシートに座ったら数秒で眠ってしまった……。
 
 痛い思い出が、頭の中をグルグル……グルグルグルグル……

 
 気が付いたら、お母さんが帰って来ていた。
 
 
「似合うわね、昔のあたしそっくりだ」
 
 そう言って、お母さんはスマホで制服姿のあたしを何枚も写す。

 その夜、享が危篤になったこと、奥さんになっていた敦子とずっといっしょに居たことを聞かされた。

 あれからのお母さん、敦子、享の人生が、どう変わって今に至ったか、レプリカでは、そこまでは分からなかった……。

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ライトノベルベスト『恋する式神』

2021-12-06 05:09:02 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『恋する式神』   
  


「to Newyorkって言うと二枚切符が出てきたの」

「え……」
 
「分からなきゃ、いいです」
 
 瑞希は、素っ気なく言った。英語科準備室は、あちこちで忍び笑いが起こった。

「それ、toとtwo(2)のひっかけですよ」

 野崎先生が解説してくれて、やっとボクも笑えた。
 
 瑞希の目が輝いた。
 
「これじゃ通じないんだと思って言い直すの。for Newyorkって、そうすると四枚切符が出てきて焦っちゃう。で、思わず、えーと……って言ったら八枚出てきちゃった!」
 
 アハハハハハハハハ
 
 準備室は大爆笑になった。

 
 瑞希は、時々準備室に来て質問する。で、そのあとに、こういうジョ-クを言って行く。
 

 ボクは、瑞希のジョークをそのまま授業で使わせてもらって、なんとか面白い英語の先生でやってこれた。
 
 新採のボクは、最初のころ、授業がまるでダメ。五月の連休頃には、すっかり自信を失っていた。
 
 ボクは早稲田の英文科を、かなり良い成績で卒業し、自信満々で、この神楽坂高校に赴任してきた。

 しかし、自分が出来ることと、上手く教えられることが別物であることを、その一カ月足らずで思い知った。

 お袋は、ダメなら、さっさと辞めてうちの仕事を手伝えと言う。
 
 実家は、有限会社で、小なりと言え貿易会社である。ボクには親父のような商才がないので、教師になったが、これもうまく行かない。それまで、勉強については順風満帆だったので、正直落ち込んだ。

 で、連休が明けて最初の授業のA組に行くと、転校生で阿倍瑞希が来ていた。
 
 パッとしない黒縁のメガネにお下げという姿で、およそ、今時の可愛いという基準からはズレた子だった。
 
 でも、授業は熱心に聞いてくれ、その時間の終わりには、この学校に来て、初めて授業らしい授業ができた。
 
 瑞希は、よく質問に来るようになった。で、オヤジギャグみたいなジョークを披露していく。

 で、気づいたら、授業で、そのジョークを言ってしまう。瑞希は、自分が教えたくせに、みんなといっしょになって笑っている。おかしな奴だ。

 極めつけは、AETのジョージに授業中に「こう言ってみて」というやつだった。
 
 小道具まで用意してくれた。学級菜園で採れたジャガイモが、黒板の前に並べられていた。ジョージはアイダホの農家の出で、ジャガイモが懐かしいらしくいじりだした。
 
「ジョージ、掘った芋いじっでねえ」
 
「オー、イッツ、ツーオクロック」
 
 教室は、爆笑の渦になった。
 
 What time is it nowになることに、初めて気づいた。

 そして、二学期の期末テストが終わった日、廊下で瑞希と出会った。下校するんだろう、いつものお下げを毛糸の帽子の中に入れて、ダサさが、いつもの倍ほどになっていた。

「先生、英語の詩を作ったの。聞いてくれる?」
 
「うん。じゃ、準備室行こうか」
 
「ここで。あんまり時間ないから」
 
「うん、いいよ」

 瑞希は、白い息一つして言った。

「あ、その前に。あたしが口走ったジョークは、オリジナルじゃないの。先生は、そのへんの研究が足りません」
 
「あ、そうなんだ」
 
「じゃ、いきます。ホップ、あなたに近づいて。ステップ、あなたに恋をして。ジャンプ……しても届かなかった」
 
「ハハ、なかなかいいじゃないか」
 
「タイトルは『恋の三段跳び』だよ」
 
「ピッタリのタイトルだよ」

 瑞希は、なにか言いごもって、うつむいた。

「どうした……?」
 
「最後に、あたしの顔見て」
 
「え、いつも見てるよ」
 
「これが、ほんとのあたし……」
 
 瑞希は毛糸の帽子とメガネを取った。

 
 息を呑んだ。

 
 ロングの髪がサラリとあふれ、切れ長の潤んだ目が、眉に美しく縁取られていた。瑞希は、こんなに綺麗な子だったんだ……。

「じゃ……じゃ、さよなら!」

 瑞希は、廊下を小走りに下足室に向かった。
 
「瑞希!」
 
 ボクは、思わず後を追った。

 ウロウロと昇降口のロッカーの谷間を探したが見当たらない。

 瑞希のロッカーの下に、白い紙の人型が落ちていた。拾い上げてみた。

 an obstinate personと書いてあった。
 
 朴念仁か……。

 その夜、お袋からメールが来た。
 
 祈願成就のお参りが満願になったと……神社は清明神社だ。
 
 式神の写メが添付されていた。
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ライトノベルベスト『クリスマスには還る』

2021-12-05 06:32:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『クリスマスには還る』    




 還るって字に期待した。帰るというお気楽な字ではないから。

 帰還の還だぜ。昔なら兵隊さんが戦争に行って、男の戦いをやって帰って来るときに使った言葉だぜ。

 ネットで調べたんだけど、昔シベリアに抑留されていた軍人や軍属の人たちが日本にかえってくるときに『シベリア帰還兵』なんかに使った言葉だ。帰を前座に、真打ちにドッシリと構えた『還』だ。「還御=天皇・上皇などの貴人が外出先から居所に帰還することを言う」ってのもあった。とにかく、強い決心、尊い存在、切望される帰還、帰ってきたら、みんな旗振って迎えてくれる。そんなプラスのイメージをいっぱいまとった言葉だ。

 その言葉を使って、あんたは言ったんだ。「クリスマスには還る」って……。

 あれから、もう十か月。

 でも、あんたは還ってこない。連絡もアネキにだけだ。

 なんで、あのクソアネキにだけは連絡してんだよ。もう二十四にもなろうって女が、セーラー服まがいのチャラチャラしたの着て、短いスカートひらりさせてパンツなんか見せやがって。弟として恥ずかしい。

 昨日はブログの更新の日だったんで、思いっきり書いてやったぜ『セーラー婆あとオレ』ってさ。どうしようもねえ姉の有ること無いこと書いてやったら、アクセスPV:2500、IP:875だぜ。さすがに、イニシャルにしてやったけどさ。こんないかれた姉弟ねえもんな。

 世間は、自分よりアホな奴と、ひでえ境遇を見たり読んだりして喜んでんだよ。

 チ……またあいつが覗いてやがる。

 三つ隣の田中って家の黒猫。

 子猫のときはかわいがってやった。あそこの美紀とはクラスがいっしょだったから。

「もらってきたネコなんだけどカワイイでしょ!」

「お、やっと目が開いたぐらいじゃん。あ、名前当ててやろうか!?」

「え、アッチャンにわかるかなあ?」

「あのな、前から言ってるけど、その呼び方すんなよな。オレは昔のAKBじゃねえんだから」

「だって、敦夫君なんて、小学生みたいでしょ? アー君……」

「アハハハ!」

 思わず笑っちまった。あのころのオレは隙だらけの目出度い男だったからな。

 で、子猫の名前は一発で分かった。

『ジジ』だ。美紀はジブリファンだったから、黒の子猫と言えば、それしかない。

「当たった、すごい。アッチャン!」

 で、名前の由来を説明してやると、笑いやがんの。

「いつまでも、魔女の宅急便じゃないわよ。この子ね、鳴き声がオジイチャンみたいなの。それで『ジジ』」

「ほ-」

 そう言って、頭を撫でてやると、なるほど年寄りみたいな声で鳴きやがる。

 そいつが、大きくなって、ベランダづたいに時々通る。

 そして、おれが、その気配に気づくのを待ってやがる。

 それからは、にらみ合いだ。

 おれは、ジジの「なにもかも知ってるぞ」という目が嫌いだ。

 一度ブチギレて、ベランダの手すりから帚で落としてやったことがある。

 残酷? 死にやしない。ここは一階だもん。

 飼い主とは、この一年ほど口をきいていない。ゴミホリなんかで一緒になっても(オレって、割にきれい好きなんだぜ)微妙にタイミングずらして、目を合わせないようにしやがる。フェリペなんて、名前だけのお嬢学校に行くからだ。

 オレは、二回目の二年生、それも留年確定。

 ま、いいじゃん、選挙権持ってる高校二年生なんて、そうザラにはいない。そこまで勝負してやるぜ。

 めずらしくアネキが早帰り。

 キャップ目深に被って、やっぱ世間の目が気になるんだろうな。二十四にもなって、セーラー服まがい。まともにお天道様おがめねえんだろ。でも、アネキといえど女だ。オレは優しく声を掛ける。

「お姉ちゃん、風呂入るんだったら、用意するけど」

「ありがと、お願いするわ」

 で、オレは、セーラー婆あのために風呂掃除して、湯を張ってやる。

 入浴剤を入れて完ぺきに仕上げて洗面にいくと、アネキが早くも、ほぼスッポッンポン。

「いくら姉弟でも、たしなみってのがあるだろ」

「だったら、ジロジロ見ない」

「もう、今の稼業考えなよ」

 閉めたカーテン越しに言う。

「アッチャンには、分かんないの、お姉ちゃんなりに……」

 あとは、くぐもった鼻歌とシャワーの音で聞こえない。

「明日から博多、二日は帰らないから、アッチャンお願いね」

「ああ、いいよ」

「それから、あのブログ傑作だったね!?」

「あ、バレた?」

「バレるよ。イニシャル出てんだもん。文才あるって、秋吉先生も言ってた。今夜、セーラー婆あってバラして、ブログにしとくわね……」

 そう、オレ……いや、ボクは文章にだけは自信があった。

 定期考査の問題を添削して国語の先生に見せたら嫌がられた。あのときも……翻りて、と、翻してで顧問ともめた。で、あれが、学校から足が遠のく原因になった。ボクは、もう演劇部はこりごりだ……。

「ねえ、聞いてる。今度ブログまとめて単行本にするの。アッチャンのも載せていいよね。出典が明らかにならないと面白くないもんね。並のアイドルの本にはしたくないのよ……」

 ピンポーーン

 その時、ドアのチャイムが鳴った。

「アッチャン出てよ」

「え、あ、うん」

 玄関ホールには、一年遅れのサンタクロースが立っていた。
 
 南西諸島を日夜警備している、白にブルーのストライプを入れた船の船長が還ってきた……。

 この人には、並の言葉は通じない。

 本当は、もっとたくさんの言葉をシャウトしたいのに。

「ただいま」

「おかえりなさい……」

 親子の会話は、それだけだった。

 リビングでは父と娘が邂逅を喜び合っていた……。

 

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ライトノベルベスト『ライトノベル・4』

2021-12-04 06:18:19 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『ライトノベル・4』   

                  



 ケイは佐藤先輩と杉野さんカップルの共通のカワイイ後輩という、妙な位置に落ち着いた。

 杉野さんも、生徒会の会計をやっているので、ケイの働きぶりや、人柄をよく知っていた。だから人間としてケイのことが嫌いなわけではない。むしろ目端の利く働き者のかわいい子という認識では、一致していた。

 ただ、自分の恋敵としてのケイの存在が許せないのである。

「じゃ、二人の妹ぐらいのところで手を打てよ」

 生徒会長の、なんとも玉虫色のような結論に落ち着いてしまった。

 しかし、生徒会をバックにつけたようなものなので、なにかと便利。

 クラブの稽古場は、今まで、普通教室の渡り鳥で、舞台の実寸通りの稽古ができず。始めに机を片づけ、終わったら机を元に戻すという厄介な作業に時間と労力をとられていた。

 それが、なんと同窓会館が使えるようになった。

 一度椅子やら机を片づけてしまえば、本番が終わるまで、そのまま使えた。エアコンの効きも良く、なんと言っても舞台と同じスケールで稽古できるのは嬉しかった。

 家に帰って、ライトノベルを読むと、そのことがオモシロおかしく書かれていて、ここんとこ毎日読んでいる。読み返してみると、ケイは、いつも誰かに助けられてというか、利用して、あるいはギブアンドテイクでやってきたことが分かる。

 で、これがヒントになった。

 いま稽古している『すみれの花さくころ』はネットで検索したら、名古屋の音楽大学がオペレッタにして上演したことが分かった。

「アタックしてみたら」

 シオリのオネエサンも、そうけしかけてきたので、佐藤先輩に頼んで、その音楽大学に電話をしてもらった。だって、音大の教授なんておっかなくって、まともに話なんか出来ない。

 で、さすがは文化部長。楽譜と上演のDVDまで仕入れてしまった。

「いいねえ~」

 と、沙也加。

「すてきねえ~」

 と、利恵。

「でもねえ……」

 と、三人。

 音大のオペレッタは素敵だったけど、グレードが違う。とても、この素敵さでは歌えない。

「そうだ、あたしたちが歌ってあげよう!」

 杉野さんの頭に電球が灯った!

 杉野さんは引退こそしたけど、元音楽部の部長だ。現役の中から演劇部三人の声に似た子に歌わせ、もちろんピアノのやらの伴奏付きで。

 それをバックでやってもらいながら、次第に自分たちの声を大きくするという手法をとった。

 大成功だった。地区大会は大反響だった。

「高校演劇に新風を吹き込んだ!」

 審査員の一人は激賞だった。

「でもね、音楽部の手を借りるのはルール違反じゃないかしら」

 常勝校ゴヒイキの女審査員は痛いところをついてきた。

「それは、ちがいます」

 佐藤先輩が手を挙げた。

「我が校は、演劇部、音楽部、軽音楽部、ダンス部をまとめて、舞台芸術部と称しております。つまり、逆さに言えば全員が演劇部というわけで、そういう点では、貴連盟の規約を尊重しました。部員数だけパンフレットを買わなければならないとされてもいますので、そのようにいたしました。ボクの勘違いかもしれませんが某校はうちの近所の中高一貫校の中学生がスタッフをやっていたやに見受けましたが……」

 これで、審査員は黙り込んだ。

 その日『ライトノベル』を読むと、佐藤先輩の爽やかな弁舌がイラスト入りで載っていた。最後の行が気になった。

――それからの主役は自分自身であると、ケイは、思い直すのであった――

 で、『ライトノベル』の残りのページは、もう十ページほどしかなかった。

 いよいよ、中央大会である。

 みんな張り切った。沙也加が主役のすみれ。わたしがもう一方の準主役・咲花かおる。で、おっとりの利恵は由香と予選に変わらぬ布陣であったが、ダンス部がのってきて、ダンスシーンはAKBか宝塚かという具合になってきた。

 ラストシーンの、かおるが幽霊として川の中に消えていくシーンでは、感涙にむせぶ観客まで居た。

 問題は、全てのプログラムが終わって、審査発表前の、講評で起こった。

「ええ、都立乃木坂高校ですが……問題点から言います」

 でっぷりした、審査委員長クラスのオッサンが、上から目線で言った。

「作品に血が通っていない……というか、行動原理、思考回路が、オホン。高校生のそれではありません」

 頭に血が上った。この審査員は、かねてから某常連校の顧問とも親しく、はなから、結論をもって審査に臨んでいる……という、噂だった。

――ケイ、あなたが主役よ!――

 シオリのオネエサンが、初めて口をきいた。

 ケイは、背中を押されたようにして立ち上がった。

「今の言葉、もう一回言ってみてください」

 一瞬シーンとしたあと、オッサンは、肩をそびやかせて、くり返した。

「作品に血が通っていない……というか、行動原理、思考回路が、オホン。高校生のそれではありません」

「あなたは、テープレコーダーですか!?」

「は……?」

「仮にも、中央大会の審査員。もう一回と言われて、そのままくり返すバ(カの字は飲み込んだ)アイがあるんですか。もう一度と言われたら、前の発言を補強するだけの論理性と整合性がなきゃ、イケマセン」

 そうだ、そうだの声が上がった。

「え……」

「つまりい! どこをもって血が通っていないというのか!? どこをもって、行動原理、思考回路のそれが、高校生のそれと違うっていえるのか、ようく分かるように言ってもらおうじゃありませんか!」

「それはね、キミ……」

「それから、その後に書いてある、主役の女子高生をババアの設定にすればいいかも? それ、いったいなんですか!?」

「な、なんで知ってんの?」

「ボクが後ろから、ずっと見てました。先生がこの舞台をご覧になっていたのは、十四分二十五秒しかありませんでした。残りの時間は、ずっと目をつぶっていらっしゃいました。だよね計時係り?」

「はい、そうです」

 佐藤・杉野コンビも冴えている。

「今は、講評で審査結果の発表ではありませんよね。どうぞ、審査員室で、審査の続きをなさってください」

 審査は事実上のやり直しになった。

 結果的には、ケイの乃木坂は二位で、関東大会に出ることになった。しかし、それから連盟のサイトは炎上することになった……。

――そして、ケイは自分の足で歩き始めた。もちろんケイ自身の道を――

 『ライトノベル』はそうしめくくられ、完、となっていた。

 ケイは無性にお礼が言いたくて、無駄と思いながら、あのショッピングモールに行ってみた。

 ショッピングモールは、クリスマス一色だったが、そこだけ、我関せずと店が開いていた。そしてレジにはシオリのオネエサンが居て、一瞬目が合った。お互いにニッコリした。

 ケイはお礼がいえると思ってカバンから『ライトノベル』を出した……すると、もう店は無くなっていた。

 あの軽かった『ライトノベル』はズッシリと重くなっていた……。

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ライトノベルベスト『ライトノベル・3』

2021-12-03 04:37:01 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『ライトノベル・3』   




 全てが『ライトノベル』に書いてある通りになった。

 というか、読んでみると、その通り書いてある。

 ケイは思った。先の方を読めば未来のことが分かるかも!?

 ひょっとしたら、シオリのオネエサンが怖い顔をするかと思ったら、相変わらずのニコニコだ。

 ケイは、思い切って先のページを開けてみた!

 しかし、読めなかった。


 だって、先のページはボンヤリして、字の輪郭も句読点もはっきりしない。目が悪くなったのかと、他のものを見るとハッキリ見えるし、今日以前のページはハッキリ読める。

「そんなバカな!?」

 ケイは、襖で半分仕切にしている結界から身を乗り出して姉の成子に聞いた。

「ねえ、お姉ちゃん。ここ何書いてあるか分かる?」

 姉は、スマホの手を休めずにチラ見して、こう言った。

「あんたにからかわれてるほどヒマじゃないの……」

「だってさあ……!」

「なんにも書いてない本、どうやって読めってのよ!」

「ええ、だってこれラノベだよ!」

 表紙を突きつけると、姉は、やっと本気で見てくれた。

「ハハ、『驚くほど、あなたのライトノベル!』 なるほどね」

「なによ。分かったんだったらおせーてよ!」

「これはね、ラノベのカタチしたメモ帳なんだよ。表紙なんか良くできてるけどね。なるほど、ただのメモ帳じゃ売れないもんね」

 お母さんにも聞いてみた。

「気の利いたメモ帳だね」 

 家族総出でかついでるのかと思って、国語のユタちゃん先生にも聞いてみた。

「かわいいメモ帳。あたしも欲しいな!」

「……これ、最後の一冊だったんです」

 だから言ったでしょ

 シオリのオネエサンは、そんな顔をしていた。で、当然、そこまでの分は読めるようになっていた。

 ケイは名前の通り軽……というわけではなかったが、移り気というか、八方美人というか。

 良く言えば忙しい女子高生である。

 クラスでは副委員長、クラブでは、たった三人の演劇部の部長。家では両親共働きのところへ、姉は卒論の準備と就活に忙しく、食事の準備……はできるときだけだけど、掃除やお使いなどは嫌がらずにやった。むろん勉強も欠点などは取った事が無く、成績優秀……というわけではないが、中のそこそこのところにいる。

 で、ライトノベルを無くしてしまった。

「おっかしいなあ……」

 その時は、姉の引き出しの中まで探して怒られたが、三日もしたら忘れてしまった。

 まあ、その程度に移り気というか、忙しい子である。

 やがて、季節は秋になり、文化祭の時期になった。

 クラスの文化委員がノリの悪い子で、結局はケイが率先してやらなければ、事が運ばない。ホームルームを開くとお気楽に《うどん屋さん!》などと決まりかけた。

 飲食店がシビアなのをケイはよく知っていた。

 食品を扱う者は全員検便なのである。

 忘れもしない、一年の文化祭は焼きそば屋に決まり、ケイが責任者になった。

 検便の屈辱感をケイは忘れない。

 便器の中にトイレットペーパーを敷き、便器に前後逆さに座る。つまりおパンツ脱いで、大股開きで便器に跨り、自分の身から出たそれのヒトちぎり(これが、なかなかムツカシイ)トイレットペーパーの上に落とし、湯気の立っているそれに検査棒を突っこんで容器に戻す。

 この罰ゲームみたいなことを畳半畳もない空間で、やらねばならない。

 最悪なことにトイレのロックが甘く、うっかり当たったお尻がドアを勢いよく開けてしまって、事も有ろうに、お父さんが前の晩に酔っぱらって連れてきた峯岸さんという部下のオニイサンに見られてしまった。

 あの悪夢を思い出し、ケイは修正案を出し、占いとうどん屋のセットにして、自分は手相占いに専念した。

 演劇部も考えた。

 いくら本が良くても、芝居が良くても、五十分近いドラマを観てくれる暇人はいない。

 帰宅部でノリの良さそうな子を集めてAKBごっこをやった。最初はAKBが罰ゲームでやっていた、左右に等身大のお人形をくっつけて、制服で『フライングゲット』をやって面白がらせ、そのあと、九人ほどで気合いの入った『ヘビロテ』と『ポニシュ』で決めた。衣装はネットオークションで、前の年大学祭でやった奴を九千円で落札。日光消毒とファブリーズは必要だったが、十分の出し物としては大成功だった。

 そんなある日、ケイは、人生で初めてコクられた♪ 

 相手ははイッコ上の三年生の佐藤先輩。

 先輩は文化祭の舞台担当の責任者だった。互いに、文化祭の準備でチラ見はしていた。ケイは、自分たちのドジさや、時間管理のために睨まれているのかと思った。先輩はケイを小柄ながらポニーテールのよく似合う、リーダーシップのある子だと思っていた。

 きっかけは、文化祭が終わっての帰りの電車。

 クラスとクラブを仕切ったケイはくたびれ果てて、精も根もなく、空いている座席で丸まっていた。

 電車が動き出したところまでは覚えているが、目が覚めたのは、自分の駅の一つ前。

「え……ああ、すみません!」

 ケイは、たまたま横に座っていた佐藤先輩の肩にしなだれかかり、口を半開きにして、ヨダレをたらしていた。そして、そのヨダレは佐藤先輩のハンカチで受け止められていた。それに気づいてケイは二度びっくり!

「すみません。洗って返します!」

 叫んだところが、自分の駅だった。

 電車が見えなくなるまで見送って、気が付くと、文化祭副委員長の杉野さんのサイドポニーテールが回れ右をするところだった……。

「なに、今の……」

 ついヘビロテを口ずさみながらアイロンをかけた。そして、きちんとたたんで、池袋のファンシーショップの袋にしまい。アイロンを押し入れにしまおうとすると出てきた……数か月ぶりでライトノベルが。

「なんで、ここに……」

 そう思って手に取ったライトノベルは、少し重くなったような気がした。

 笑いこけた。

 この数か月のことが、テンポ良く面白く書かれている。もう不自然にも不思議にも思わなかった。そして、最後は面白がってライトノベルを読んでいるところで終わっていた。

 シオリのおねえさんは「慎重にね」と四文字で言っていた。

「あ、あの、その……少し考えさせて下さい」

 ハンカチを返したあと、コクられた。

 佐藤先輩のことは好きだったけど、ここは保留にした。シオリのオネエサンのアドバイスでなく、自分でそう思った。

 ペコリと頭を下げて部室に向かった。

 パシッって音がした。

 振り返る勇気無くって、ガラスに映ったそれを見た。

 佐藤先輩が杉野さんにひっぱたかれていた……。

   つづく

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ライトノベルベスト『ライトノベル・2』

2021-12-02 05:58:07 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『ライトノベル・2』   

      



 めずらしく一番風呂をお父さんに譲った。

 それだけ早く『ライトノベル』が読みたかったのだ。

 読み始めて、はまりこんでしまった。

 やはり本は軽かった。特に軽い紙を使っていたり、装丁が甘いわけではなかった。だのに軽い。

 まあ、いいや。中身がおもしろければOKだ。

―― 主人公は、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った ――

 本屋さんで読んだときそのものだ……いや違う。もう一度読んでみる。

―― 主人公のケイは、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った ――

 主人公の名前が自分になっている……いや、本屋さんで読んだときも、つい今読んだときも、単に『主人公』だったような気がする。でも、流し読みだ。読み落としであったのかもしれない。

 次ぎに読み進んだ。

―― 気が付いたら、レジのオネエサンに500円玉といっしょに渡していた。

「この本、これが最後の本なんですよ。ラッキーですね」

 オネエサンは、我がことのように嬉しそうな顔になった ――

 自分の行動そのものだった。そのあと、シオリをもらったら、レジのオネエサンそっくりだったことや、モールの入り口で振り返ったら、本屋さんそのものが無くなっていたこと。駅の改札機が鈍くて、定期を当てても通せんぼされたこと、お腹の大きい女の人に席を譲ったこと。そして家に帰るまでの描写など、ケイのこれまでの行動がそのまま軽妙な文体で書かれていた。

―― そして、ケイは、ふと頬杖ついてクラブのことを考えた ――

 その言葉に触発されたんだろうか、ケイは、今日のクラブのことを考えていた。

「やっぱ、コンクールは創作劇だよ。創作だってことだけで持ち点高くなるって」

 沙也加が言った。

「でもさ、本書くどころか、脚本だって、ろくに読んだことないのに、創作なんてできる?」

 ケイは反対した。

「だってさ、部員三人きゃいないんだよ。予算も技術もそんなに無くって、ホイホイ都合の良い既成脚本なんかできると思う?」

「そりゃ、探してみなきゃ分かんないよ」

「じゃ、ちゃっちゃと探して読ませてちょうだいよ!」

「分かったわよ、明日は持ってくるから!」

 啖呵を切って、今日の部活は物別れだった。おっとりした利恵は、「まあまあ」と言っておしまい。

 ま、あとで考えよう。そう思い直して続きを読んだら、こう書いてあった。

――「ケイ、お風呂!」――

 同じタイミングで、お母さんに言われたんで、びっくりしてお風呂に入った。

 だいたい今日は、図書館にその脚本を探しにいったのだ。うまい具合に、登場人物で書き分けられた『いちご脚本集』というのがあった。でも、版が古いせいか、しっくりこない。他に何冊かあったが、いずれも古い本で、読む前に気が萎えてしまった。

 まあ、帰ってからパソコンで検索しよう……と、思っていたんだ!

 ふと、あの本屋に入ったときも、ひょっとしてぐらいの気持ちはあったんだけど、ラノベの書架を見たとたんに、ふっとんでしまった。

 で、そのことを思い出し、ケイは思わず湯船に沈んでしまうところだった!

 風呂からあがると、さすがにラノベのことは後にしてパソコンに熱中した。

「小規模演劇部用脚本」と正直に入力した。

 ビンゴ!

 八本あまりの脚本が並んでおり、人物や道具で絞り込んでいくと、一本残った『すみれの花さくころ』で、ピッタシ女子三人。三人分コピーし、ホッチキスで閉じたら、もう午前零時だった。

 そこでラノベのことを思い出したが、さすがに眠く、学校で読もうと、本を手に取ると、シオリが落ちてきた。あの本屋のオネエサンがニッコリ笑っている。裏を返すと、「窓ぎわの席は、どうもね……」とあった。

 明くる日のホームル-ムは、男子は野球、女子はバレーボールしようって、あらかじめ使用許可もとっていたんだけど、あいにく台風崩れの低気圧の接近で中止。

 急遽席替えに替わった。

 で、くじ引きで、ケイは窓ぎわの席……そこで、あのシオリの言葉が蘇った。

 野球部の健太が、前の席になったんでフテっていた。

「健太、よかったら、席替わろうか……」

 密談成立。二人は密かにクジを交換して、ケイは窓ぎわを免れた。あとは自由時間になった。

「そうだ、続き読もう」

 ケイは、昼休み、部室に沙也加と利恵を呼んで脚本のコピーを渡し、三人で読んだ。

 沙也加は、大道具や小道具が一切ないことに、利恵は中身が気に入ってくれたようだ。そんなこんなで、例のラノベは読み損ねていた。

 ガッシャーン!

 本を開いたところで、大きな音がした。

 風で飛ばされてきた植木鉢が窓ガラスに当たって、さらに健太の頭に当たって粉々になった。

 キャーー!

 みんなの悲鳴があがったが、当の健太はケロリとしていた。タオルの上からバッターのヘルメットを被って昼寝を決め込んでいたので、怪我一つせずに済んだ。ケイが、あの席にいたら、今頃は血みどろの重傷だっただろう。

 無意識に落としたラノベからは、シオリのオネエサンが「よかったね」という笑顔ではみ出していた。 

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ライトノベルベスト『ライトノベル・1』

2021-12-01 06:27:58 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『ライトノベル・1』   

 

        
 あれ?

 あまりの軽さに、ケイの腕は五センチほど浮いてしまった。

 その文庫サイズの本を手に取ったのは、数あるライトノベルが並んでいる中で、タイトルが意表を突いたからだった。

『ライトノベル』

 それしか背表紙には書いていなかった。

 膝の高さには、売り出し中の『魔法学校』や『ぼくの妹』なんかのシリ-ズ物の新刊本が平積みになっていた。いずれもケイは途中でつまらなくなって、投げ出した物ばかりである。

 だいたい、ライトノベルというのは、表紙で騙される。

 体は大人、顔は小学生みたいなヒロインのアップと、ポップなタイトルとキャッチコピー。で、読むと、たいがい半分くらいで飽きてしまう。『二宮ハルカの憂鬱』なんか、そのムチャクチャなストーリーと、話の飛躍に憂鬱になったが、ケイはたとえ図書館でただで借りたものでも「なにかの縁」と思って読んでしまう。

 それに、ごくタマにだけど、飯室冴子や大橋むつおのような当たりがある。そこでケイは、面白げなものがあれば、書名、出版社を記憶しておいて図書館に希望図書として登録する。

 で、まあ、八割の確率で読むことが出来る。むろん時間はかかるが、ケイのラノベへの興味は、その程度のものである。たとえ十七歳の女子高生であっても、やることは他に一杯ある。

 何かって? 

 それは、この話を読み始めたばかりの貴方にはナイショ。

 で、その『ライトノベル』はあまりに軽すぎた。

 350ページはあろうかという、その本は、普通200グラムぐらいはある。だから、それだけの覚悟で書架から抜き出すと、100グラムあるかないかで、思わず手が浮いてしまったのである。

 表紙を見て、また驚いた。

 タイトルは背表紙のまま『ライトノベル』。で、表紙の絵に驚いた。ケイと同じような制服を着た女の子が、書架からラノベを取りだして、あまりの軽さにのけ反っている絵だった。

 キャッチコピーは、「驚くほど、あなたのライトノベル!」であった。

――主人公は、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った――

 最初の一行に書いてあった。

「ハハ、まるであたしのことだ」

 小さい声で、呟いてしまった。そのときレジのオネエサンと目が合って、ニッコリ微笑まれたので、おもわず頬笑み返ししてしまった。

 裏をひっくり返すと、値段は480円。なんと心憎い値段ではないか。ワンコインより、たった20円安いだけなんだけど、とってもお得な気にさせてくれる。

「これください」

 気が付いたら、レジのオネエサンに500円玉といっしょに渡していた。

「この本、これが最後の本なんですよ。ラッキーですね」

 オネエサンは、我がことののように嬉しそうな顔になった。

「これ、オマケのシオリです」

「あ……」

 ケイは、またまた驚いた。

「あ、あなたも、そう思う?」

「このシオリの女の人オネエサンにソックリ!」

「そうなの、まあ、わたしって、どこにでも居そうな顔だけどね」

「そんなことないです。とってもステキ!」

 セミロングの髪が、鎖骨のあたりでワンカールしていて、程よくオネエサンだった。

「カバーも専用のにしときますね」

 そのカバーはプラスチックで出来ていて、ほとんど透明。人物のところだけ、表紙と同じように人型があるのが裏からでも分かった。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 ケイは思わずニンマリしてしまった。

 ショッピングモールの通路に出て気づいた。カバーがかけられた表紙の女の子は、似たようなではなく、ケイ自身をイラストにしたようにそっくりだった。

 表情だけじゃない。制服も校章までいっしょだった。髪も、カバーをかけるまではボブだったけど、プラスチックのカバーを掛けたそれは、ケイと同じポニーテールで、シュシュの柄までいっしょだった。

 思わず振り返った。

 レジには、服装はいっしょだったが、ショ-トヘアで丸ぽちゃの別の女の人がいた。

「あの、いままでこのレジに立っていたオネエサンは?」

「え……一時間前からずっと、わたしが立っていたけど」

「あ……そうですか」

 ケイは、なんだか気圧されたような気になって、モールの出入り口に向かった。

 そして、振り返ると……書店そのものが無くなっていた……。

  つづく

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ライトノベルベスト〔左足の裏が痒い……〕

2021-11-30 05:43:14 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
 左足の裏が痒い……〕   




 

 左足の裏が痒くて目が覚めた。

 覚めたと言っても、頭は半分寝ている。無意識に膝を曲げて手を伸ばす。

 掻こうと思った左足の裏は、膝から下ごと無くなっていた。

「あ、まただ……」

 そう呟いて、あたしは再びまどろんだ……。

 目覚ましが鳴って、本格的に目が覚める。

 お布団をけ飛ばして、最初にするのは、パジャマの下だけ脱いで左足の義足を付けること。

 少し動かしてみて、筋電センサーがきちんと機能しているのを確かめる。

―― よし、感度良好 ――

 そして、再びパジャマの下を穿いて、お手洗いと洗顔、歯磨き。

 それから部屋に戻って、制服に着替える。そして、念入りにブラッシング……したいとこだけど、時間がないので手櫛で二三回。自慢じゃないけど髪質がいいので、特にトリートメントしなくても、まあまあ、これで決まる。

 むろん、セミロングのままにしておくのなら、これでは気が済まない。きゅっとひっつめてゴムで束ねた後、紺碧に白い紙ヒコーキをあしらったシュシュをかける。

 

 これで、標準的なフェリペ女学院の生徒の出来上がり。

 お父さんが出かける気配がして苦笑、直ぐにお母さんの声。

「早くしなさい、遅刻するわよ!」

 遅刻なんかしたことないけど、お母さんの決まり文句。あたしと声が似ているのもシャクに障る。

「はーい、いまいくとこ!」

 ちょっと反抗的な感じで言ってしまう。実際ダイニングに降りようとしていたんだから。

 お父さんが、ほんの少し前まで居た気配。お父さんの席に折りたたんだ新聞が置いてある。

「まだ、そこに新聞置くクセ治らないのね」

「え……」

 洗濯物を、洗濯機に入れながらお母さん。

「そういうあたしも、お父さんが出かける気配がするんだけどね」

 と言いながら、ホットミルクでトーストとスクランブルエッグを流し込む。

「また、そんな食べ方して。少しは女の子らしく……」

「していたら、本当に遅刻しちゃう」

「それなら、もう五分早起きしなさい!」

「こういう朝のドタバタが、年頃の女の子らしいんじゃん」

「もう、減らず口を……」

「言ってるうちが花なの。ねえ、一度トーストくわえたまま、駅まで走ってみようか!?」

「なにそれ?」

「よくテレビドラマとかでやってんじゃん。現実には、そんな人見たことないけど」

 これだけの会話の間に食事を済ませ、トイレに直行。入れてから出す。健康のリズム。

 消臭剤では消しきれなかったお父さんのニオイがしない。ガキンチョの頃から嗅ぎ慣れたニオイ。

 

 これで、現実を思い知る。

 

 お父さんは、もういない……三か月前の事故で、お父さんは、あたしを庇って死んでしまった。

 あたしは、左足の膝から下を失った。

 最近、ようやくトイレで泣かなくなった。

「よし、大丈夫」

 本当は学校で禁止されてんだけど、セミグロスのリップ付けて出発準備OK!

「いってきまーす!」

「ちゃんと前向いて歩くのよ、せっかく助かった命なんだから」

 少しトゲのある言い方でお母さん。

 あのスガタカタチでパートに出かける。あたしによく似たハイティーンのボディで。

 あの事故で、お母さんはかろうじて脳だけが無事で、全身、義体に入れ替わった。オペレーターが入力ミスをして、お母さんの義体は十八歳。

 一応文句は言ったけど、本人は気に入っている。区別のため、お母さんはボブにしているけど、時々街中で、友だちに、あたしと間違われる。

 駅のホームに立つと、急ぎ足できたせいか、また左足の裏がむず痒くなる。

 この義足は、保険の汎用品なので、痒みは感じないはずなんだけど……。

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ライトノベルベスト『桜の花が満開になるまで』

2021-11-29 05:43:54 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
桜の花が満開になるまで』    




 近鉄山本駅を降りると四十年前と変わらない風景があった。

 よく見ると、駅近くの神社の玉垣が新しくなったり、舗装がしっかりしたものになっていたが、駅の構造、近辺の風景は、ほぼ昔のままである。

 ひょいと振り返ると、今東光が名付け親になった散髪屋も、そのままの屋号で残っていて、今にも散髪屋のオバチャンが出てきそうであった。

 首を元に戻し、十歩ほど歩くと玉串川。

 川幅四メートルにもならない小川であるが、川筋の桜並木は見事で、兵藤はもう一カ月も遅ければ見頃の桜……と、思ったが、直ぐに頭で打ち消した。

 なにも、これが最後というわけでもあるまいに……。

 毎日、この道を母校のY高校まで通った。もう大昔の話だ。

 最後に、ここを通ったのは、教育実習の二週間だった。

 それからもう四十年になる。

 現役の高校生のころ、この玉串川沿いに歩いていくと、三百メートルほどで英子が西の道から出てくるのにいっしょになった。

 特段何を話すということもなかったが、ほとんど毎朝、ここで「お早う」と声を掛け合うところから、学校の一日が始まった。

 意識していたのかどうかは分からないが、兵藤は三年間同じ時間の準急に乗っていた。英子は、朝の連ドラのテーマ曲が始まると家を出る。

 それで判を押したように、二人は、そこの辻で一緒になり三年間通った。そして偶然だが、三年間同じクラスであった。半期だったが生徒会の役員をいっしょにしたこともあった。

 が、特別に意識はしなかった。いや、意識はあったんだろうが、気が付かなかった。それほど当たり前の関係で、気が付いたのは、卒業して、この当たり前が無くなった時であった。

 英子はD大学の国文科に、兵藤はK大学の医学部に進んだ。

 そして、三年ちょっとたった時、教育実習で二週間同じ道を通った。そして、その二週間で、お互いが、当たり前の存在ではないことに気づいた。

「兵藤さん」


 口から心臓が飛び出しそうになった。あのころの英子が、そのまま、その辻から出てきた。

 

「兵藤さんでしょ?」

「あ、ああ……そうです」

 間の抜けた返事になってしまった。

「あたし、こういう勘はええんです。それに兵藤さん写真のまんまでしたし」

 一瞬どの写真か頭が混乱したが、目の前の英子については整理がついた。この子は孫娘の一美だ。同じY高の制服で、同じようなポニーテール。混乱して当たり前だ。兵藤は正直に、そのことを一美に言った。

「別に兵藤さんのこと威かすつもりやないんですよ。学校から帰ってきたら、そのまま兵藤さんのこと迎えに行け言われたもんですから……アハハ、ごめんなさいね。思たことが直ぐに口に出てしもて」

 兵藤は、英子の家を知らない。知っているのは、あの辻を曲がってからの英子だけだ。なんだか、この鈴のように陽気な一美が、英子の本性のような気がしてきた。

「お婆ちゃんには内緒なんですけど、兵藤さんの手紙が、ぎょうさんでてきたんです」

「え……あの手紙、残ってたん!?」

「大婆ちゃんが、どないしょ言うて、お母さんに見せたんです……ありがとうございます。お婆ちゃんのこと愛してくれてはったんですね」

 一美が拳で目を拭った。英子の状態が察せられた。

「兵藤君……わざわざ、ありがとう」

 やせ細った顔で、英子が言った。精神科ではあるが、医者ではあるので、英子の重篤さが辛いほど分かった。

「一美見てびっくりした?」

「うん、心臓が一個止まってしもた」

「兵藤君の心臓は二つあるのん?」

「ああ、悪魔の心臓と天使の心臓と」

「止まったん、どっち?」

「それは、業務上の秘密」

 重篤とは思えない明るさで、英子が笑った。その足許で英子そっくりな一美が笑っている。兵藤は不思議な幸福を感じた。

「あの時は、金蘭の付き合いで行こて、兵藤君わからへんかったでしょ?」

「うん、国文らしい単語でやんわり断られたと思た。帰ってから辞書ひいて、ちょっと分かった」

「どないに?」

「親密な交わり、非常に篤い友情……やっぱりNGやと思た」

「急にプロポーズするんやもん。あたしもネンネやったし、急にあんな言葉しか出てけえへんかった」

「せやけど、あの電話は堪えたわ『好きやったら、なんで、もっとしっかり掴まえといてくれへんかったん』」

「そうやよ、半年もほっとくんやもん……」

「せやけど、その結果、こんな一美ちゃんみたいな、ええ子がおるんやろ?」

「ほんまや。お婆ちゃんがが兵藤さんと結婚してたら、うち生まれてへん。兵藤さん、お婆ちゃんフッてくれてありがとうございました!」

 一美の言葉で、病床とは思えない笑いの花が咲いた。

 それから一か月。

 

「兵藤さん、ほんまごめんなさいね。この通りです」

 英子の母が、仏壇の前で、折りたたむように頭を下げた。

「お母さん、手ぇ上げてください。お母さんの選択は正しかったんですよ」

「あんたさんの手紙を隠したばっかりに、英子は主人にも上の娘にも先立たれて、自分も、こんな骨壺に収まってしもてからに……ほんまにバチあたったんですわ」

 兵藤は、英子の「好きやったら……」の電話に「何十通も手紙を出した」とは言わずに、ただ無言で通した。すでに、英子の気持ちが自分から離れ、おそらく新しい恋人ができていると察したから。

「お母さん、それよりも一美ちゃんです。この歳で母親に逝かれて、相当まいってるはずです。週一回寄せてもろて、カウンセリングやらせてもらいます。僕が英子にしてやれることは、これくらいですけど、前向いてやっていきましょ」

 虚空を見つめている一美に、まず明るさをとりもどしてやることだと、兵藤はおもった。

 玉串川の桜は満開になっていた……。

 

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