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ゴジラはため息をついた。
女の子らしい、ホワっとした吐息になって、一言主(ひとことぬし)のお蔭で、女の子の姿も板についたようだ。
「でも、これじゃ朝ごはんがつくれない」
ちょっと気合いを入れて息を吐くと、程よい火が出た。その火で敦子のゴジラは、朝ごはんを作った。
ご飯炊いて、ベーコンとスクランブルエッグ。匂いにつられて高校生たちが起きてきて、仲良く朝ごはんを食べた。
「あっちゃん、またね!」
高校生たちは、スマホでアドレスの交換をしたがったが、「スマホはお父さんの所に置いてきた」と言って残念そうな顔をしておいた。
スマホぐらい、そこらへんの葉っぱを使えば作れるんだけど、本性はゴジラ。友達になってはいけないと思った。
「どうだった、夕べは楽しかったかい?」
一言主が聞いた。
「うん、楽しかった。でも、やっぱため息って出ちゃうのよね」
「出たっていいさ。もうカッとしたりしなきゃ火を吐いたりはしないから、で、これから、どうするんだい?」
「うん、ちょっとキングコングのとこでも行ってみる。あの人とも長いこと会ってないから」
「じゃ、これ使っていけよ」
一言主は、倒木をクーペに変えてプレゼントしてくれた。
敦子のゴジラは、高速をかっとばして街まで出た。
キングコングは、もう引退したも同然で、南森町というところで志忠屋というコジャレた多国籍料理の店をやっていた。
「おう、珍しいじゃねえか。アイドル風のゴジラも、なかなかなもんだぜ」
絵に描いたようなオッサンのなりをして、キングコングはカウンターの中から声を掛けた。一発で正体を見破られたことが、残念でもあり、嬉しくもあった。
「バレたんなら、気取ることもないわね。なんか元気の出るの一杯ちょうだい」
「あいよ」
滝川浩一と偽名を使ってるといいながら、キングコングは50年もののプルトニウムをなみなみと注いでくれた。
敦子のゴジラは、一口飲んで、ホッと吐息をついた。
「なんだ、まるで女の子みたいな、吐息ついて。ゴジラらしく火は吐かねえのかよ」
言われて、ゴジラは小さく火を吐いた。
「なんだ、チンケな火だな」
「本気で吐いたら、店丸焼けになっちゃう。それよりもさ……」
「なんだい?」
「あたしのため息ってなんだったんだろう……?」
アンニュイに頬杖つきながら、ゴジラは呟くように言った。
「それはさ……キザなこと言うようだけど、受け手の気持ちだと思うぜ……悲しみ……怒り……孤独……取りようしだいさ」
キングコングの滝川は、二杯目には、ウランの炭酸割りを出してくれた。
「昔は、もっとはっきりした意志ってか、気持ちがあったような気がするんだけどね……」
「しかたないさ、お前さんは、元来拡散していく運命なんだ。名前だってゴジラって、複数形だもんな」
「アハハ、座布団一枚!」
ゴジラはキングコングとバカ話ばかりして、店を出ようとした。
「すまん、ライターがきれちまった。タバコに火ぃ点けてってくれよ」
敦子のゴジラは、フッと息を吹いてやった。タバコに程よい火が点いた。
帰り道、敦子のゴジラは少し歩いてから、駐車場のクーペに向かった。その間に、消えかかった若い夫婦の心に、職業意識を失いかけている教師の心に火を点け、絡みかけてきたチンピラ4人を焼き殺したことは自覚していなかった。
クーペのキーを開けながら「やっぱ、ゴジラに戻ろうか……」そう思ったが、一言主の魔法が強いのか、長く敦子になりすぎたせいか、もとには戻れなかった。
「ホ……」
夜空に吐息一つついて、敦子になりきってクーペを発進させた。
クーペは自動車の波の中に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。