ライトノベルベスト
軽子はこんな子だった。
保育所の頃から人にお話しして、笑ってもらったり、驚いてもらったり、感動してもらうことが好きだった。
でも、そんなに笑える話や、驚ける話、感動できる話が転がっているはずはなく、無意識のうちに話を作ってしまっていた。
これで、話が詰まらなければ、人から「ウソつき少女」「オオカミ少女」「千三つ少女」などとバカにされていたはずである。
だが軽子の話はおもしろい。
「キリンさんてかわいそうだね……」
動物園に行ったとき、キリンの柵の前で涙を浮かべていた。
「軽子ちゃん、どうかした?」
先生が聞くと、こう答えた。
「キリンさんはね、ふる里に残してきたお友だちや家族が恋しいんだよ。だから、あんなに首を長くしてふる里のことを思ってるの。でも叶わない願いだから、キリンさんは、一言も口を利かないで辛抱してるんだよ。キリンさんかわいそう……」
そう想像すると、軽子の頭の中では本当になってしまい、一人涙を流してしまうのだった。
「でもさ、アフリカにいるキリンさんだって、首が長いよ」
先生が頭を撫でながら、そう慰めてくれると、こう答えた。
「そりゃ当り前よ。みんな動物園に送られた仲間や、子供のことを思っているんだから」
と、こんな調子であった。
大きくなると、少し話が変わった。
「お父さん、キリンさんね、居なくなったお父さんのこと捜してるんだよ」
「ああ、知ってるよ。だからきりんさんは首が長いんだろ?」
お父さんは高校生になった娘が、懐かしい作り話をし始めたと、ビールを飲みながら、いい加減な返事をした。
「違うわよ。キリンさんはね、そのために、ビールのラベルにお父さんの似顔絵を貼ってるんだよ。だから、ビールってキリンさんの涙で出来てるんだよ」
これは、父が仕事の付き合いだと言って、毎日帰りが遅くなったとき、母の気持ちから作った話。お父さんは手にした缶ビールを持て余した。
次の日は、ネットから野生のキリンが怪我をして保護され、やっと怪我が治ってサバンナに戻って家族と再会した記事をコピーして、テーブルの上に置いておいた。
軽子の苗字は羅野邊であった。
子供の頃は分からなかったが、ラノベというのはライトノベルの略であることを知った。軽子は、苗字が重いので、せめて名前は軽くという思いで親が付けた「軽子」と書いて「けいこ」と読む。
この名前も、軽子はラノベに縁があると思った。
デビューの仕方なんか分からないので、パソコンに思いついた話を書き溜めるだけだったが、ある日ブログの形で世間に発表することを思いついた。
話は1000を超えていたので、USBに取り込んである。
その中から10本、飛び切り軽くて面白い話を選び出し、ライトノベルベストという叢書名でアップロードしようとした。ブログの勉強もし、きれいなデザインのブログにした。
「よーし、これでOK!」
軽子は勇んでエンターキーを押した。するとあろうことか、画面の文字は画面を抜けてユラユラと舞い上がり、空いた窓の隙間から空に昇って行ってしまった。
「ああ、軽すぎたんだ……」
軽子が、その後ラノベ作家になれたかは定かではない……。