大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト[女子高生ラノベ作家軽子]

2021-11-28 05:53:59 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『女子高生ラノベ作家軽子  




 軽子はこんな子だった。

 保育所の頃から人にお話しして、笑ってもらったり、驚いてもらったり、感動してもらうことが好きだった。

 でも、そんなに笑える話や、驚ける話、感動できる話が転がっているはずはなく、無意識のうちに話を作ってしまっていた。

 これで、話が詰まらなければ、人から「ウソつき少女」「オオカミ少女」「千三つ少女」などとバカにされていたはずである。

 だが軽子の話はおもしろい。

「キリンさんてかわいそうだね……」

 動物園に行ったとき、キリンの柵の前で涙を浮かべていた。

「軽子ちゃん、どうかした?」

 先生が聞くと、こう答えた。

「キリンさんはね、ふる里に残してきたお友だちや家族が恋しいんだよ。だから、あんなに首を長くしてふる里のことを思ってるの。でも叶わない願いだから、キリンさんは、一言も口を利かないで辛抱してるんだよ。キリンさんかわいそう……」

 そう想像すると、軽子の頭の中では本当になってしまい、一人涙を流してしまうのだった。

「でもさ、アフリカにいるキリンさんだって、首が長いよ」

 先生が頭を撫でながら、そう慰めてくれると、こう答えた。

「そりゃ当り前よ。みんな動物園に送られた仲間や、子供のことを思っているんだから」

 と、こんな調子であった。

 大きくなると、少し話が変わった。

「お父さん、キリンさんね、居なくなったお父さんのこと捜してるんだよ」

「ああ、知ってるよ。だからきりんさんは首が長いんだろ?」

 お父さんは高校生になった娘が、懐かしい作り話をし始めたと、ビールを飲みながら、いい加減な返事をした。

「違うわよ。キリンさんはね、そのために、ビールのラベルにお父さんの似顔絵を貼ってるんだよ。だから、ビールってキリンさんの涙で出来てるんだよ」

 これは、父が仕事の付き合いだと言って、毎日帰りが遅くなったとき、母の気持ちから作った話。お父さんは手にした缶ビールを持て余した。

 次の日は、ネットから野生のキリンが怪我をして保護され、やっと怪我が治ってサバンナに戻って家族と再会した記事をコピーして、テーブルの上に置いておいた。

 軽子の苗字は羅野邊であった。

 子供の頃は分からなかったが、ラノベというのはライトノベルの略であることを知った。軽子は、苗字が重いので、せめて名前は軽くという思いで親が付けた「軽子」と書いて「けいこ」と読む。

 この名前も、軽子はラノベに縁があると思った。

 デビューの仕方なんか分からないので、パソコンに思いついた話を書き溜めるだけだったが、ある日ブログの形で世間に発表することを思いついた。

 話は1000を超えていたので、USBに取り込んである。

 その中から10本、飛び切り軽くて面白い話を選び出し、ライトノベルベストという叢書名でアップロードしようとした。ブログの勉強もし、きれいなデザインのブログにした。

「よーし、これでOK!」

 軽子は勇んでエンターキーを押した。するとあろうことか、画面の文字は画面を抜けてユラユラと舞い上がり、空いた窓の隙間から空に昇って行ってしまった。

「ああ、軽すぎたんだ……」

 軽子が、その後ラノベ作家になれたかは定かではない……。

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ライトノベルベスト『パンツ泥棒とAKP48選抜』

2021-11-27 06:49:00 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『パンツ泥棒とAKP48選抜』  





「やっぱりねえ……」

「成績はそこそこ」

「部活の実績もあるんですが……」

「気が短いと言うか……」

「ケンカばかりしていてはねえ……」

「見送りますか……」

「「「「「やむなし」」」」」

 進路部会で篤子のS女子大への推薦は見送られた。

「キャー、先生、パンツがあれへん!」

 プールの授業が終わって、更衣室に戻ると二クラス分の女子のパンツ、48人分がなくなっていた。

「うそ、先生、ちゃんと更衣室の鍵かけたで!」

 Y先生は、法廷の検察官のように宣言した。

「あ、あとでチーコら遅刻して、鍵借りとったやろ?」

「うちら、ちゃんと返しにいったもん。なあ、先生?」

「うん……そやけど、鍵返しにくるのん、ちょっと遅なかったか、チーコ?」

「……あたし、準備運動してから、鍵に気いついて。ほんでも、ほんの3分ほどですよ」

 48人のノーパンガールズを沈黙が支配した。

「3分あったら変態泥棒には十分や。せやけどチーコは悪ない。悪いのんはパンツ泥棒や!」

 Y先生は、状況確認とチーコへの弁護を一言で片づけ、次の対策に入った。スマホを取り出すと、学校に一番近い下着屋を探した。

「あった。赤坂屋や!」

 Y先生は赤酒屋に電話すると、パンツの在庫を聞き、全員に確認した。

「なんとか、ありそうや。今からサイズ言うから手え挙げなさい。Sサイズ……Mサイズ……Lサイズ……LLサイズ……ようし、48人揃たな」

 先生は、サイズごとの枚数を言って、赤坂屋のオバチャンに持ってきてもらうことにした。

 ことは急を要するので、赤坂屋のオバチャンは、同じ白いパンツの4種類48枚を原チャで運んでくれた。この間8分。Y先生といい、赤坂屋のオバチャンといい、大阪のオバチャンの連携と馬力は凄い!

 これで無事に、次の授業は5分遅れただけで間に合った。

 噂は、瞬く間に学校中に知れ渡り、二つのクラスの女子はAKP48の異名をいただくことになった。AKPとは赤坂屋のパンツの略である。

 昼休みに小さな不幸が起こった。

 ビリ

 着やせが自慢の篤子はお決まりの丼とラーメンを食べて教室に戻り、席に着いたとたん、かそけき音を立ててパンツが破れたのだ。

 篤子は普段生パンの上にヘッチャラパンツ(見せパン)を穿いているが、支給されたのは生パンだけである。

 5・6時間目、篤子は椅子の上に胡坐をかくことも、スカートをパカパカやって暑気を逃がすこともできなかった。放課後には篤子が大人しくなったと職員室でも評判になった。

 篤子は後悔していた。

 篤子はLサイズなのだが、Y先生が手を挙げさせたとき、つい見栄でMに手を挙げてしまった。
 放課後は、珍しく部活の少林寺も休んで、早々に帰宅組の中に混じった。

 駅に着くと、隣接するS女学院のワルたちがたむろしていた。

「やあ、あんたら今日パンツ盗られたんやてね!?」

「「「「「よ、AKP48!」」」」」

「全員はおらへんから選抜やな。な、篤子!」

 中学時代から篤子の敵役の真夏がひやかした。

「なんやと……もっかいぬかしてみい!」

 で、篤子の取り巻きと、S女学院のにらみ合いになった。

 夏子は中学時代からの少林寺なので、篤子の得意技の回し蹴りなどを警戒していたが、意に反して足を大きく使わなくてすむ小技ばかりでS女学院あっさりと倒されてしまった。

 相手に怪我を負わせることも無く終わったので、特段学校からとがめだてられることは無かった。

 篤子としては回し蹴りのダイナミックな技で決めたいところだったが、ヘッチャラパンツはおろか、生パンも破れているので、技が出せなかっただけである。

 しかし、学校や仲間は「篤子も大人になったもんだ」と評判になり、AKP48選抜は期せずして学校の模範生となった。

 あの篤子が? そうか……。

 よし!

 篤子の推薦が復活した。

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ライトノベルベスト・〔赤線入りのレシート〕

2021-11-26 06:44:36 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
赤線入りのレシート〕  



 赤線入りのレシートで渡された。

「ちょっと、レジロールどこかしら!?」

 パートのオバチャンが怒鳴ったけど、お客のわたしは両脇に赤い線の入った「おしまい」を示す印が付いたまま。

 わたしは、中学までは演劇部に入っていたけど、高校の演劇部は一年の連休明けから足が遠のき、学期末には正式に辞めた。理由はいろいろあるけど、大まかに言うと、高校の三年間を預けるにはお粗末だと思ったから。

 今は帰宅部二年生。お芝居はたまにお父さんが連れてってくれる。

 まともに観に行ったら一万円を超えることもある一級品の劇団の芝居を、近隣の市民会館のプロジェクト事業などで安く観られるのを見つけては、お父さんがチケットを取ってくれて、この二年で二十本ばかり観た。劇団四季とか新感線とか一級品の芝居はビデオで録画したのを観る。

「卒業しても、その気があるんなら劇団の研究生になればいいさ」

 と、往年の演劇青年は言ってくれる。で、三年生目前のわたしは受ける劇団の絞り込みの段階。一時は高校生でも入れるスタジオや劇団を受けようかと思ったけど、お父さんの意見で、高校を出てからにということにした。それまでは、戯曲を読んで、芝居を観るだけでいいということになっている。

「それよりも、高校時代は好きなことをやっていればいい」

 と、かなり自由にさせてくれる。

 わたしは、オープンマインドな人間じゃないので、一年の秋ぐらいまでは芝居を観る以外ボンヤリした女子高生だった。

「これあげるから、好きなようにカスタマイズしてごらん」

 誕生日にドールの素体というのをもらった。

 体の関節が人間と同じように動くプラスチックとビニールでできた人形。

 人形なんて、子どもの頃のリカちゃん人形以来だ。素体と言うのは、人形は裸のまんまで、首さえない。

 別に二万円を現金でくれて、それで自分の好きなヘッドやウィッグ、アイ、ツケマ、衣装なんかを買って人らしくしていく。

 やってみると、これが面白い。カスタムする以外に自分でポーズを付ける。ちょっとした体の捻り方、手の具合などで人形の表情だきじゃなくて、感情そのものが変わってしまう。この面白さは、やった人間でないと分からないだろう。

 気づいたらハマっていた。人を観察してドールで再現してみる。すると、今までのドールでは限界があることが分かる。

 わたしはドールのためにバイトまでするようになった。

 そして、二年の終わりごろには、男女含めて五体のドールが集まった。中でも圧巻は完全に自分の体形を1/3にしたマコ。わたしの真子をカタカナにしたわたしの分身。これでポーズをつけると他の理想的なプロポーションをした人間のようにはいかないことを発見。

 ドールの足の裏には磁石がついていて、付属の鉄の飾り台にくっつけるんだけど、やはり姿勢によってはできないものがある。

 ドールの撮影会で知り合ったSさんがホームセンターで売っている簡単な材料で人形の飾り台ができることを教えてくれて、その材料を買ったところで、出た。

 赤線入りのレシートが……。

 こないだ、ドールたちの手入れをしていると、暖房の効きすぎか、半分眠った感じになってしまった。

 マコが、トコトコと寄って来て、わたしにささやいた。

「真子、赤線入りのレシートが出たら、死んじゃうからね」

「え……」

「あたしたちを可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、そういう落とし穴があるの」

「赤線入りって、めったに出たりしないわよ……」

「でもね……もし出たらね、破っても捨てても、消してもダメ、三時間以内に死んじゃう」

「どうしたらいいの……?」

「それはね……」

 そこで意識が無くなった。マコはなにか対策を言ってくれたんだけど、夢のように忘れてしまった。

「ねえ、マコ、どうしたらいいの?」

 家に帰って、マコに聞くが、マコはただじっとしてお人形様のまま。

「あああ……あと三十分で三時間だ」

 その時、わたしは閃いた。修正ペンを持ってきて、レシートの両側の赤線に……してみた。

 三時間たっても死ななかった。わたしは、赤線に白い区切りを点々と付けて紅白のお目出度いレシートにしたのだった。

 ほんとだよ。面白くなかったかもしれないけど。

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ライトノベルベスト『スクールボブ』

2021-11-25 06:09:50 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『スクールボブ』  




「やらないでおいた後悔は、やってしまった後悔よりも大きいから」

 照れたような顔で、そう言うと、沼田君は立ち上がった。
「じゃ、佳乃子さんも元気で!」
 一度振り返って、快活そうに言うと、沼田君は公園を出て行った。
 佳乃子さんという呼び方に、沼田君の傷を感じる。名前でいいわよと言ったら、ぎこちなく「佳乃子」と、さっきまでは言っていた。
 それまでは「支倉さん」だった。
 友だちでいようよという、いつもの優しい断り方をしたら、次の瞬間から、佳乃子に「さん」が付いてしまった。
 どう断っても、男の子は傷つく……分かっているんだけどなあ。

「ロングヘアーは、そそるよ」

 今城君を袖にしたときにお母さんに言われた。
 わたしは子どものころから髪を伸ばしている。わたしにとっては、伸ばした髪が自然だった。
 ネットで検索したら、男の子が一番好きなのが黒髪のロングだと出ていた。てっきりツインテールだと思っていた。親友のミポリンなんか典型で、カワイコブリッコして、よろしくやっている。今城君も、今はミポリンと付き合っているみたいだし。

 わたしは、男の子だけじゃなくても、束縛し合うような付き合いは御免だ。

 だから、コクられたら断ってしまう。もちろん相手が傷つかないように気をつかうが、男の子というのはデリケートなもので、ふつうの友だちのカテゴリーからも抜け出て行ってしまう。で、わたしは凹んでしまう。
「気づいてなかった? 佳乃子のロンゲは凶器だよ!?」
 ミポリンに言われて決心。お財布を握って咲花商店街のマルセ美容室へ。

「え……うそ、お休み?」

 開かない自動ドアの前で、30秒ほど佇んで気づく……そうだ、今日は火曜日だ。
 今日実行しなければ決心が鈍る。スマホで開いている美容院を調べる……あった!
 隣町のこっちよりにあるので、急ぎ足で向かう。

「すみません、ショートにしてください」

 たいての美容院が定休日だというのに、その美容院は開いていた。わたしが入ると入れ替わりにお客さんが出て行き、お客は、わたし一人になった。
「どのようなショートにしましょうか?」
 睡蓮と名札を付けた美容師さんが「いらっしゃいませ」の後に聞いてきた。
「えと……どこにでもあるようなショートヘアにしたいんです」
「高校生ですか?」
「はい、この春で3年生です」
「じゃ、なじんだ感じのスクールボブかな?」
「それでいいです」
 
 こんな平凡な顔になるんだ。

 できあがった頭を見て思った。これでいいという気持ちと寂しさの両方が胸に押し寄せてきた。
「悪くないですよ、佳乃子さんの新しい可能性が開けますよ」
「どんな可能性ですか?」
 リップサービスだと分かっていたけど、つい聞き直してしまう。
「沼田君や今城君とも、いい関係でおられます」

「え……?」

 なんで知っているんだろう? 睡蓮さんは聞き上手なので、カットしてもらっている間にいろいろ喋った。その中で、ひょっと口が滑ったのかもしれない。
 よそが定休日の日に開いているのはありがたいので、お店を出てから確認。通りに面したガラス壁にSEIREN(セイレン)と書かれていた。

 それからは、コクられることは無くなった。でも寂しくはなかった。

 男女にかかわらず、友だちがすごく増えた。それまで帰宅部だったのに、3年生であるのにもかかわらずテニス部に入ったりもした。
「あ、いたんだ!?」
 入部したあくる日に男子テニスに沼田君が居るのを発見。隣り同士のコートなので、あたりまえに友だちになれた。
 そんなこんなで、楽しく肩の凝らない高校生活が送れた。

「ええと……ここらへんだったんだけどなあ」

 わたしは八年ぶりにセイレンを探している。
 ずぼらなわたしは、あれからは咲花商店街のマルセ美容室ですましていた。

 あれから七年目に結婚し、こんど主人の転勤で住み慣れた街を離れることになり、引っ越し先でもうまくいくようにセイレンでカットしてもらうことにした。

 が、見つからない。あれから七年もたっているのだから仕方ないか……。

「あら、沼田さん!」
 そう呼ばれて反応するのに時間が掛かった。ふだんは旧姓を使っているので、新しい苗字にはまだ馴染まない。呼び止めたのは向かいの伊藤さんの奥さんだ。
「美容院だったら、この裏にありますよ。あたしも行くところだから」
「あ、そうなんですか!?」
 そして着いたのは別の美容院だったが、なじみのスクールボブ……いまや、わたしのトレードマークに磨きをかけてもらった。

  でも、伊藤さん、なんでわたしが美容院探してるの分かったんだろう?

 ま、いいや。帰ったら高校以来の付き合いの沼田君……主人に話しておもしろがろう!
  

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ライトノベルベスト・〔期末テストの最終日〕

2021-11-24 06:37:09 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『期末テストの最終日』  




 終わったー!

 テスト最終日の最後の答案用紙を回収する「はい、止め。後ろから回答用紙集めて!」の先生の終了宣言は、数少ない高校生活の開放感の一つや。

 今の英語のテストで、三学期、いや、一年間の勉強はおしまい。テストの出来不出来にかかわらず、この開放感は、ちょっと言い表されへん。

 その中でも、特に二年生の二学期は意味が大きい。

 一年生は、まだ二年残ってて、まだまだ取り返しもつく。三年は大半が進路決まってしもてて、おつり言うか、おまけみたいと言うか、ルーチンワークなテスト。

 そやけど、二年は違う。進路に向けての評定が、これでほぼ確定する。このテストで、行ける大学やら就職やらの幅が決まってしまう。
 関関同立(かんかんどうりゅう)とまでは見栄はれへんけど、産近甲龍(さんきんこうりゅう)のレベルは維持できたと思う。

 最近の府立高校で産近甲龍いうたら、自分で言うのもなんやけど、大したもんや。北野やら天王寺みたいなとこは別やけど、うちみたいな、評定5ちょっという学校ではなかなかなもん。

 そんながんばって、どないすんねん?

 ごもっともです。たとえ東大、京大出てても、しょーもない奴はしょ-もない。社会のS先生なんか、東大の法学部出てて、府立高校の先生。国語のM先生は産近甲龍の下の下。通称K学院高校付属大学。それでも試験に通ったら、同じ府立高校の先生や。

 そんなあたしが産近甲龍レベルにこだわるのは、クラスの杉本くんが産近甲龍狙いやから。

 はっきり言います。あたしは杉本君が好きです!

 大阪の女子高生らしく、一学期にはコクってます。

 返事は「親しい友達で」という評定4ぐらいの煮え切らんもんやった。

 

 けどええねん。

 

 4はがんばったら5になれんこともない。一回だけやけど、二人でUSJに行ったこともある。バタービールを二人で飲んだ。間接キスや。カラオケには三回行った。もっとも二人きりいうのは一回だけやけど(莉乃がドタキャンしたから)

 あたしは、できたら杉本君と同じ大学に行こうと思てる。女の意地です。

 あたしにはライバルがいてます。

 椎名留美。

 杉本君はええ子やねんけど「ただし」がつく。まあ名前が忠司やから、まんまの寒いシャレみたいやけど……杉本君は留美とも付き合うてる「親しい友達」いうレベルで。

 突き放した言い方したら両天秤やねんけど、杉本君は「親しい友達」でくくってる。親しいても薄いでも、友達がついたら何人おっても文句言われへん。

 あたしは、同じ大学に行って「彼女」にランクアップしよ思てる。

 それが目標。

 あたしは、杉本君を最初の男にしよと、密かに決めてる。

 杉本君は女の子と関係を持ったことはない。

 女の勘。

 USJ行ったときの微妙な距離の取り方。距離には人間関係がある。USJの行きしなの電車の中で並んで座っても、2センチは距離を空ける。体触ったんは、バタービール飲んだ時に、鼻の下に泡が付いた時「めっちゃ、面白い!」言うて、あいつの手ぇ握ったときだけ。それ以上はあかんいう空気が、杉本君にはある。

 ほんなら、将来は杉本君と結ばれたいか……そうは思てへん。

 いつの間にか離れていく相手やろとは、漠然と思てる。ただ、青春の最初のページは杉本君にしたい。そんなとこ。むろん、成り行き次第で、それ以上になってもかめへん。

 帰りに、係やさかいに英語のワークブック集めて職員室へ持っていった。大好きな「時をかける少女」のアニメ版に、こんなシーンがあった。ちょっと世界の主人公いう感じになる。

「失礼しま~す」

 期末最終日のお気楽さで、職員室に入る。ロッカーの上の指定の場所に置いて振り返る。パーテーションで区切った、応接セットのとこに、うちの担任と留美とお母さんらしい人がいてるのが分かった。

 距離はあったけど、テーブルの上の書類に「転学」いう字が見えた。

 今ごろ……主人の仕事で……

 言葉の断片が耳に入った。

 留美は、俯いて表情は分からへんけど、ハンカチ握りしめた力の強さで見当がついた。

 留美、転校するんや……。

 

 そんで、用事を済ませて昇降口。

 

 下足に履き替えるためにロッカーを開ける。

 あ……

 せや、学年も終わりやさかい――テスト期間中にロッカーの中は整理しておきなさい――という指示で、昨日には済んで、下足のローファーが残ってるだけ。

 ローファーに履き替えて、上履きのサンダルはレジ袋に入れて……持って帰ろと思たけど、一瞬悩んでゴミ箱へ。

 もう二か月ぐらいは履けそうやったけど、三年になったら新調しよ。

 バサ

 サンダルを捨てて正門までのアプローチを歩く。

 正門の向こうの空は、お日様が南中に近くて、穏やかに澄んでる。

 

 ブーーーーーーーーーン

 

 頭の上を、八尾空港から飛んできた飛行機が飛んでいく。

 空の深さが際立って、ついさっきまで、胸の中に蟠ってたもんが消えていくような気がした。

 この感じ……胃の悪いときに、お父さんに勧められて太田胃散を飲んだ時に似てるかも。

 

 留美がええ子に思えてきて、杉本君の影も、なんや薄なっていく。

 振り返ると、正門の向こうに昇降口がクリアしたダンジョンの洞窟みたいに萎びた闇になってた。

 

 

 

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ライトノベルベスト・〔オレの高校の丑寅の壁〕

2021-11-23 06:20:46 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
オレの高校の丑寅の壁  




 三学期のこの時期に教頭が替わった。

 生徒にとっては、どーでもいいことなんだけど、わざわざ授業を短縮して全校集会を開いて着任の紹介があった。

 教頭なんて、授業もなし、ほとんど職員室の奥に座りっきりで、集会なんかでも校長の話はよく聞くので、顔ぐらいは覚えているが、教頭になると普段接することもなく、前任の教頭も憶えていない。

 紹介された新教頭は、なんか印象の薄いオッサンで、一時間目の終わりには名前を、二時間目の終わりには顔を忘れてしまった。

 ま、それはどうでもいい。ただオレが集会をサボったりしなくて、二時間後には新教頭の名前も顔も忘れてしまうという、並の注意力と生活態度の高校生であるという例えにいいと思ったから。

 大事な話は、ここから。

 オレは、身長:170、体重:65、ルックス:中の上(人に言わせると潜水艦=ナミの下) 成績:下の上。コミニケーションってか人間関係は上手くない(したがって先生たちからは愛想の悪い奴と思われてる)むろん女の子にはモテない。モテようとも思わない。

 意地じゃない。長い人生、きっかけはいくらでもあると思ってるし、他の奴らみたいに発情期でもない。そして、なによりもオレには薄い関係だけど彼女がいる。篠田樟葉っていう。

 樟葉は一年の時、空から降ってきた……てのは誇張だけど、ほんとに降ってきた。

 ゴールデンウィーク明けの昼休み、食堂で飯食って教室に戻ろうとして、渡り廊下の下を歩いていた。すると明り取りのアクリル板をぶち破って樟葉が落ちてきた。

「イッテー……!」「ご、ごめんね……」

 これが樟葉との出会い。

 樟葉は渡り廊下でボールをドリブルしながら歩いていたら、安全柵を超えてボールが明り取りの中に落ちてしまい、柵を乗り越えてボールを取ろうとしたら、アクリル板が割れて落ちてきたという話だった。運がいい良いのか悪いのか、真下を歩いていたオレの真上に落ちてきた。

 それから、オレと樟葉の薄くて濃い付き合いが始まった。

 オレは、態度はまあまあだけど成績は悪い。一年の二学期で4教科15単位も不足していて、学年でも数少ない留年候補者だった。そんなオレに、救いの手を指し延ばしてくれたのが樟葉。試験の前の日に解答付きの問題用紙をくれた。

「とにかく、答えだけ覚えるの。いいわね」

 書式はちがったけど、試験はそっくりな問題が出て、なんとか合格。

「おかげで助かった!」

「じゃ、なんかおごって!」

「おう、都合のいいときにな」

 で、六月に公開されたばかりの『君の名は』を観に行った。樟葉は大感激で泣き笑いしていた。

「この映画、ぜったいアカデミー取るわよ!」

 樟葉の予言は当たった。まあ、観ればたいていの人間は、そう思うけど。樟葉の感動ぶりに感動してしまった。

 そのあとは、廊下で会ったら挨拶する程度だった。

 夏休み明けに発見してしまった。樟葉が校庭の東北の壁の壊れたところから入ってくるのを。

「あ、バレちゃった!?」

「あんなとこに、通り道あったんだ……」

 オレには、その程度の事だったけど、樟葉は「絶対人に言っちゃダメ、お願いだから!」と真剣だった。

 で、あくる日樟葉の方からデートに誘ってきた。

 二線級のテーマパークで、たっぷり遊んだあと、樟葉はとんでもないことを言った。

「あなた、まだ童貞でしょ?」

「そ、そんなことに答えられるか!」

「ウフフ」

 気づいたら、その種のホテルに居た。気軽に誘ったわりには樟葉も初めてだった。今まで普通の女の子だと思っていたのが、この日から愛おしい存在になった。でも、特段親密さが増したわけでもなく、廊下や食堂で会ったら挨拶する程度の仲に変わりはない。

 新教頭が来てから三日目に、その工事が始まった。

「へー、こんなとこに抜け穴があったんだ」

 ベテランの生活指導の先生さえ知らなかった。むろん他の先生も生徒も。知っているのはオレと樟葉と新教頭だけ。

「ここは丑寅、裏鬼門ですからね」

 と、教頭は事務長に説明していた。

 工事は、たった一日で終わってしまった。

 

 異変に気付いたのは三日後だった。

 樟葉と会わなくなってしまったのだ。

 不思議に思って樟葉の教室に行ってみた。

「なあ、篠田樟葉って休んでんの?」

 オレは、一年のとき同級だったモンタに聞いた。

「シノダクズハ……そんなやつ居ねえぞ」

「え……」

 それ以来樟葉には合っていない。学校でも見かけない。

 ダブってもいい、樟葉に会いたい……そう思いながら、学年末試験を受けている。

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ライトノベルベスト・『きれいなペンダント』

2021-11-21 06:29:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
きれい  




「きれいなペンダントしてるなあ」

 そんなオタメゴカシを言って、お父さんはいつものように沖縄に行った。

 お父さんは、沖縄に土地を持っている。150ほどと、人に聞かれたら言っておく。

「へえ、大したもんだ!」

 と、たいていの人はびっくりしてくれる。

 エメラルドグリーンの海を臨む高台の上に150坪もの別荘を持っている。そんなふうに人は誤解してくれる。

 正しくは150平方mm、ほとんどハガキの大きさの土地……。

 お父さんは『あ』の付くものが嫌いだ。

 安倍、安保、アメリカとかね。

 だからアメリカが沖縄に基地を持っていることが許せない。同じ感性の某政党をいまだに支持している天然記念物。

 5月15日、6月23日、8月15日は、お父さんが大張り切りする日。他に年に何度も沖縄に行って自称「がんばっている」沖縄に二つしかない新聞社の人たちとも仲良しのようで、基地反対のデモや集会では沖縄市民の一人としてよく写っている。あんまりよく写っているので、某週刊誌の記者が質問した。

「あなた、東京の活動家の○○さんですね?」

「う……そ、そうだ。ぼくは本土の一市民として反米闘争、反基地闘争に共闘しているんだ!」

 N放送やA新聞などは、ほんの百人ほどの反対集会を何十倍にも水増しして報道している。たまに千人ほど集まることもあるけど、かなりお父さんみたいな人が集まってる。基地で働いてる人や、基地賛成の人もいるけど、この人らの声がマスコミにのることはほとんどない。

 嘉手納基地の近くの小学校の移転計画が本気で出たことがある。信じられないけど、よってたかって、この移転計画は握りつぶされた。その移転反対運動の中心にお父さんもいた。

「移転すべきは米軍基地で、小学校ではない!」と主張してる。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 
 娘としては、家の近所の問題や、家のことに気を使って欲しい。

 

 近所で野良猫が増えて困ってる。お父さんは知りません。

 街で、若い女性の拉致事件が3件も起きました。あたしも女子高生なんだけど、お父さんは「お前に限ってそれはない」と笑っておしまい。わたしは去年の学祭でも準ミスに選ばれているんだけど、一応。

 筋向いの家が火を出して半焼。信じられないけど、お父さんは、この事実さえ知りません。関心がないんです。

 一回だけ、お父さんをおちょくりました。

「お父さん、近所の某空港で、オスプレイの離発着訓練やるのよ」

 お父さんは、顔色が変わりました。さっそく仲間に電話して訓練日には、数十人で反対運動に行きました。

 意気揚々と帰ってきたお父さんに、プリントアウトした資料を渡しました。

 オスプレイの、ここ十年ほどの事故記録です。警察が使っているヘリコプターよりも低い事故数です。

「……なんだ、アメリカの資料じゃないか、あてになるか」

「その下の中国語のは、人民解放軍の資料。同じ数字が出てるよ」

「……」

「そのまた下は○○島の住民の人たちのオスプレイ配備嘆願書。島で急病人が出るとオスプレイだと、ヘリの半分の時間で運べるんだって」

 無言のお父さんをしり目に、あたしは、その日の反対闘争のことを写真と資料付でブログに載せました。アクセスは200ほど、日本人は、元々無関心だということが、よく分かりました。

 弟が、ずっと不登校だけど、なにも言いません。家のことは、お母さんと、あたしに丸投げです。家庭内安保のただ乗りです。

 先日は、弟をなんとかしてやろうと思って、家の外に引きずり出して大げんか……正確に言うと、引きこもりで体力がない弟を、見かけの割に力も根性もあるあたしがボコボコにしてやりました。

 そして学校の先生と児童相談所の人にも直ぐに来てもらって、膝詰で話をしました。

 グズグズしながらも弟は「近所の野良猫が怖い」と言いました。ここんとこアメリカ大統領の報道官並に言葉を選んで語っています。そこんとこよろしく。

 どうも弟は野良猫の雌ボスが、特に怖いらしく、人間のくせに猫のパシリまでやらせられていたようです。

 あたしは、仲間といっしょに雌猫のボスを捕まえて、「保健所」ではなく、近くの山の中に連れて行って殺処分しました。

 動物愛護のうるさい人も居てるんで、その場で焼きました。生き物と言うのは90%近く水分で出来てるんで、なかなか焼けません。薪を集めては何回も焼きました。最後は真っ黒に焼けたのをバラバラにして別々に焼きました。丸半日かかりました。

 こんどは見事に焼けたので、無理やり弟を連れ出し見せてやりました。

「もう、怖くないだろ?」

「う、うん……」

 弟の喉かコクンと動きます。

「なんだ、震えてるの?」

「ちょっと寒いかも……」

「お姉ちゃんが、温めてあげよう……」

 丹念に、弟を温めてやりました。

 そして……喉の骨がきれいに見えたんで、水で洗ってペンダントにしました。

「かわいいペンダントしてるな!」という最初のお父さんの言葉につながります。

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ライトノベルベスト『え うそ!?』

2021-11-20 06:06:03 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『え うそ!?』  




 え……うそ!?

 思わず口癖がでてしまった。

 今朝起きて、カレンダーを見たら、夏休みに入って一週間もたっていることに気づいた。

 んでもって、起きた時間が十一時。九時ごろって感覚しかなかったあたしは自己嫌悪(,,꒪꒫꒪,,)。

 普段は、こんな事はない。

 普段というのは、学校があるときや、バイトがあるとき。そういうドーシヨ-モナイ時は遅刻なんかしない。ただ、夏休みとか連休とか、自分でドーニデモナルときは、このウッカリをやってしまう。

 どうも、あたしは、このままウッカリというかウカウカしているうちに一生を終えてしまいそうな気がする。

 きっとショ-モナイ一生だったと後悔しながら「ご臨終です」を聞いてしまうんだろうなあ……そんでもって、「あ、あたし死んじゃったんだ!」とあわてふためくに違いない。

『由留美~、バイトじゃなかったの~?』

 階下で、あたしの気配を感じたババンツが、間延びした声を上げた。一瞬お尻の穴がギュっとなるようなショック。

「え、うそ!」

 そう言って、パジャマの下を脱ぎながらスマホで、バイトのシフトを確認。

「もう、バイトは明日だよ!」

『あ、そうか。あんまし気配ないからさ……』

 ババンツのボヤキが聞こえる。

「あ、エエトモ間に合うかなあ……」

 バイトが無いとなると、のんびりするに限る。

 脱いだパジャマを着直して、テレビのスイッチを入れる。今日は、あたしの好きなトモカが出るんだ(^▽^)。

 トモカは、この春に彗星の如く現れたマルチタレントの女の子。

 ルックスは八十点ぐらいだけど、トモカには本物の可愛さと優しさを感じる。

 デビュー間もないころに、ライブで歌っていて突然画面から姿が消えたことがあった。その間歌声はずっと聞こえていた。なんだクチパクかよ。と、思ったら切り替わった画面の中でしっかり歌っていた。

 ADの子がケーブルに足を取られて、どうやら足首を骨折。そこにファンの子達が押し寄せて、そのADの子は押しつぶされそう。それをトモカは体を張ってADの子を守った。気づいたスタッフが直ぐに駆けつけて事なきを得たけど、トモカの目線は、そのADの子が無事にスタジオを出るまで追っていたんだよ。

 MCの居中や角江なんかが、あとで誉めていた。その間、歌に乱れはまったくなく。あたしは、それ以来。同性ながらトモカのファンになったってわけ。

 トモカの歌は、友だちとか思い出とか、ちょっとマイナーな曲が多いけど、その心情溢れる歌い方にファンは多かった。
 じっさい、彼女の歌を聴いていると、縁の薄いのやら濃いのやら、友だちのことを思い出してしまう。

 そのトモカが、目の前のテレビで「友」を歌っている。

 あたしは、なんの脈絡もなく、去年の一学期までいた田中って男の子のことを思い出した。ちょうど歌が「青春の消しゴムで、嫌なものはみんな消して、虹色の~♪」にさしかかったからだと思う。

 田中は、入試の時、ウッカリ消しゴムを忘れ「え、うそ!?」をやらかしたあたしに、自分の消しゴムを半分ちぎってくれた。遠足のときお弁当のお箸を忘れ「え、うそ!?」のときも、コンビニで二人分もらったからって、お箸をくれた。最初の掃除当番忘れて担任の本坂が鬼みたく怒っていたときも、いつのまにか教えていたメアドで教えてくれた。

 その田中が居なくなって、もう一年か……

 そう思っていると。バイトのシフトでいっしょになる同姓の田中剛の顔が浮かんだ。なにかっちゅーと、無意味に体をすり寄せてくる。お客さんの手前、ヤナ顔はできない。そのへんの呼吸は心得ていて、セクハラ寸前のところで止める。

 慌ててスマホのシフトを見る……よかった。今度は、ちょっとトロイけどミーちゃんだ。でも、オーナーは最悪だろうなあ。だって「トロイ」と「え、うそ!?」のコンビだもんね。

 すると、トモカが昔とても頼りにしていた友だちに電話をかけるコーナーになった。

 トモカに、頼りにされていたって、どんな子だろう。きっとジャニーズ系のイケメンで、痒いところに手だって足だって届いちゃう子なんだろうなあ……そう思って、テレビに食いつくように見ていた。なかなか相手は出ない。二十回コールしてだめならアウト! 

 くそ、早く出てやれよ!

 そのとき、スマホの着メロに気づいた。

「うそ、田中からだ!?」

 でも、こんなときに……しぶしぶ出る。

「もしもし……」

『あ、おひさ~』

 心ここにあらず、ええかげんな返事をしていると、テレビとシンクロしていることに気づいた!

「え、うそ!?」

 テレビのトモカは田中だった……。

 学校を辞めて、タイで性転換手術を受けたそうだ。とある外国との二重国籍で、そのへんは簡単だったらしい。

 あたしは、なにを喋ったか覚えていないけど、ちょっと複雑で、ちょっと胸暖まる「え、うそ!?」だった。

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ライトノベルベスト・〔ミイラとエンドライン〕

2021-11-19 07:30:05 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『ミイラとエンドライン』   



 

 ミライとミイラ、ちょっと似ている。

 あたしは高橋ミライっていう。でも通称はミイラだ。

 なぜかっていうと、いま言ったみたいに読み間違いやすい。それにあたしは、保育所の頃から背がヒョロッと高くて痩せていたから、みんなからミイラって呼ばれてた。

 とくに気にはしない。保育所の最初のころってミイラの意味も分かってなかったし、お友だちが言っても気にならなくて、自分でも「ミイラ(^▽^)/」って喜んでた。

 年中さんになって、お母さんが気づいて保育所の先生に言ったことがある。

「この子はミライなんです。ミイラじゃありません」

 でも当人が一人称で「ミイラ」って言ってるのだから仕方がない。

 背が高いという理由だけで、中学ではバレー部に入れられた。あんまり強いクラブじゃなかったしウイングスパイカーってのもヘタクソながら気に入っていた。

 高校に入っても、当然のごとくバレー部に入った。

 同期でも背が高い方なのと、中学からのポジションもあるので、だぶだぶの制服で「ウイングスパイカーをやりたいです!」と希望した。

 あだ名は相変わらずミイラだった。

 ところが思春期ってのはむつかしいもので、あたしは体つきが変わってきてしまった。

 身長はそのままで、体にメリハリがついてきたんだ。一緒に入った仲間はずんずん身長が伸びていき、一年の二学期では同じくらいに、三学期では全員に追い越された。

「ミイラ、リベロに替われ」

「え?」

 顧問の天崎先生に言われた時はショックだった。

 リベロって、チームで一番チビがやるポジションじゃん!

 まあ、バレーってのは6人それぞれ大事な役割がある……と、納得はしたよ(^_^;)。

 

 リベロは目立つ。

 6人の中で一人だけユニホームが違う。全員赤なら、リベロだけは黒だとか……バレーの専門ならともかく、素人目には、よく目立つ。クラブもそこそこで、地区では2~3番目くらいの力の学校だ。ミイラと呼ばれても気にならないお気楽な性格なので、いつの間にかリベロにも慣れてきた。

 リベロになりたての頃に、コクられた(#^_^#)。

 軽音の米倉君。

 身長は165で、そんなに高くないけど160で止まってしまったあたしにはちょうどつり合いがとれる。彼はボーカルで良い声してんだけど、なんせ70人もいる軽音の中では二線級らしい。だから、クラブも暇してて、よく試合を見に来てくれた。

「なんか、一人目立ってかっこいいじゃん!」

 と、素人だから喜んでくれる。もちろん米倉君も「ミイラ」って、あたしを呼ぶ。

 でも、一人だけ「ミイラ」って呼ばれてムカつくやつができた。

 二年になってから、顧問が替わった。県の教育委員会の方針で「教師の負担を軽減する」ということで、顧問を外部から呼ぶようになった。

 畑中って、地元企業のバレーの選手。ほとんどプロと言っていい。

 専門の顧問が来たのは、試験段階なので女バレとサッカーだけ。サッカーは分かる。顧問の島崎先生が主席になったから。

 でも、天崎先生は平のペーペーだよ。

「あてがいぶちだから仕方ない。それに畑中さんは、オレよりずっとバレーが上手いし、よく指導してくださる。ミイラもしっかりついていけ」

 そう言われて、しぶしぶ付いていった。

 練習は厳しかった。トスとレシーブの練習を徹底的にやらされた。

「県大会でベスト3に入る!」なんて無茶を言う。

 怪我人続出の半年だった。で……悔しいことにうちのクラブは強くなっていった。だから、みんな表立っては文句も言わない。

 でも、あたしには合わなかった。畑中の「ミイラ」には訳もなくムカついた。

「畑中監督。監督ががんばってんのは、けっきょく自分のチームの宣伝のためじゃないんですか!?」

 言ってしまった……。

「そうだ。君らを一流にして、オレのチームの名前を挙げたいと思ってる」
「そんな……あたしたち、監督の道具なんですか!?」
「そうだ。そして……」

 あとの言葉は聞いてなかった。

「あたし、このシーズンが終わったら辞めます!」

 そして、試合は秋も押し詰まり、県の三位決定戦にまで進んだ。

 女バレ開設以来の上位進出だった。相手は去年の優勝校、私立H女学院。始めから気後れしてしまったけど、なんと試合はフルセットの14:14にまでもつれ込んだ。

 H女学院の名サーバーの早乙女って子がサーバーに入った。ここまで、サービスエースを5本も取られている。

 このサーブだけは取ってやる……つもりだった。だけどボールが飛んできたとき、これはアウトになると見送った。

 トン!

 ボールがスローモーションみたく見えてフロアに弾んだ。

 かつかつで、エンドラインを超えている「勝った!」と思った。

 ところが主審も線審もインの判定だった。

 抗議しようと思ったら、先を越された畑中監督が鬼のような顔で主審に抗議した。

 けど、結果は覆らなかった。畑中監督は、それでも抗議したのでイエローカードのおまけまで付いてしまった。

 5年間バレーをやってきて、最大の屈辱感だった。チームメイトの目も微妙に険しい。あたしが見送らなければ別の展開になった……そんな目つきだ。いたたまれない。

「ミイラの目は正しい!」

 畑中監督は、みんなの目の前で言ってくれた。

「今のアウトですよ!」

 米倉君がビデオを持ってやってきた。スローの拡大で再生すると、確かにボールはエンドラインを超えている。

「監督!」
「高校バレーにはチャレンジシステムがないからな。来年、また頑張ろう!」

 監督は、そう締めくくった。そしてキャプテンが、そっと言ってくれた。

「監督、あのときね、オレの事も利用しろって言ったのよ。世界はギブアンドテイクだって」

 あたしの気持ちは、辛うじてエンドラインを越えずに済んだ。

 米倉君は、誤審のビデオをスローにして動画サイトに投稿してくれた。アクセスは1000ほどになったところで、県の高校バレー連盟から削除の要請があり、動画は削除されたんだけどね。

 素人ながら、ここまで頑張ってくれた米倉君への気持ちは嬉しかった。

 

 スマホでお礼のメッセを……なかなか気の利いた言葉が見つからず、やっと思いついて送信。

 トン!

 送信の電子音が、あの時のボールがフロアに弾む音に聞こえた。

 わたしの中で、ミイラのニックネームがミライにでんぐり返って、心はエンドラインを超えそうだった……。

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普通科高校の劣等生・10『ちょっと予感はしている』

2021-11-18 06:53:42 | ライトノベルベスト

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普通科高校の劣等生
10『ちょっと予感はしている』   




 あろうことか友美はマスコミに露出してしまった。

 むろん未成年なんで、仮名だし顔写真にはモザイクがかかっている。

 だけど、こんなもの、関係者なら正体が直ぐに分かる。SNSに実名と顔写真が出ることに、さほど時間はかからなかった。

 伸子の話では、ノンフィクションで本を出す企画も来ているらしい。現職教師と生徒の許されざる関係! センセーショナルだ。少なく見ても1万くらいは売れるだろう。1000円の本で、印税5%(上手くいけば10%)として50万円!

 むろん良いことばかりじゃない。露出したことで社会的に叩かれることもあるだろう。

 でも賛同してくれる人たちだって同じか、それ以上出てくるだろう。

 友美のメールなんかを伸子が見せてくれた。伸子は大ごとになってビビっている。だから普段同じクラスにいても他人のふりをしている。オレは『落葉』で伸子は『登坂』で通っていて、伸子が停学になって担任と生指の梅本が来た時には、家中オレの痕跡が消され、存在しないことにもされた。

 でも、その伸子がメールを見せたんだ。

 二つのことが分かる。

 伸子が相当まいっていることと、友美に文才があること。国語嫌いの劣等生が言うんだから、本当にうまい。下手なラノベを読んでいるより面白い。

 友美は自信があるんだ。これをきっかけにライターになろうとしている。見た目も学校でベストテン入るくらいに可愛いから、そっちのほうでも狙っているかもしれない。

 オレの伸子への忠告は、ただ一つだった。

「関わんな!」

 伸子はあっさりと頷いた。正直、クラスで他人の関係になっていたことを、オレは喜んだ。

「トドム君、話があるの……」

 ミリーが、目を潤ませて、そう切り出したのは、絵の仕上がった成人の日だった。この三か月で、ミリーはみるみるきれいになっていった。なんと表現したらいいんだろう。バカなんで上手く言えないけど、AKBの選抜の子がデビューしたときと卒業したときぐらいに違いがあった。

「なんだよ、オレは単に絵を描いただけだから、あんま難しい話は分かんねえよ。劣等生だしさ」

「ううん、こんなにあたしのことを見つめて、しっかり描いてくれたんだもの。トドム君なら分かってもらえる……いえ、もう気づいてる」

「え……」

「ほら、その顔。気づいてるんだ」

「いや、絵とか写真のモデルになると、大人びた魅力が出てくるもんだよ」

「トドム君は正直だね……あたしね……」

「ん?」

「早期老化症候群なの」

「え……?」

「去年の春に、保険に入るためにDNA検査して分かったの。ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群でもコケイン症候群でもない。老化の速度は人の三倍。あたし18歳だけど体は25歳ぐらい。二年もすれば30歳……10年すれば60を超えてしまう。長生きしても40歳がいいとこでしょう……」

「ミリー」

「このごろ老化の速度が早くなっているような気がするの……ひょっとしたら30まで持たないかもしれない」

「それで、オレに絵を……?」

「うん。自分の一番いい時の姿を残しておきたかったから……泣かないでよ。これでも希望を捨てたわけじゃないんだから」

「なんか治療方法はないのか?」

「そのために日本に来たの。日本の医療技術はすごいけど、規制が厳しくて自由な研究がでいない。でも密かに、この難病の研究をしている人がいるの。それにあたしは賭けているの」

「……治りそうなのか?」

「この三か月は上手くいかなかった。でも上手くいった」

「え、でも……」

 ミリーは裸のまま、オレに抱き付いてきた……。

 あくる日から、ミリーは学校にやってこなくなった。

 出来上がったキャンパスはミリーの家だが、オレは、ミリーの了解を得て写真に撮った。

「……そうだったのか!」

 思わず声になってしまった。授業中だったので先生に注意された。

 伸子は、相変わらず他人顔。

 ミリーは、ほんの数週間だったけど、理想的な大人の女になったんだ。それが上手くいったということなんだ。オレも初めて人を好きになった。

 今は、三回目の落第にならないように励んでいる。

 もう一歩踏み込めば、俺も伸子も相当ドラマチックになりそうなんだがな。

 立ち止まれるときは立ち止まるのがいい。

 ダメかな?

 信子も俺も、いずれは、あれもこれも真正面から受け止めなきゃならない時がやってくるだろ。

 それまでは……な。

 まあ、劣等生の知恵とでも思ってくれ。

 こんど会う時は、ちょっと長い話になるかも……ちょっと予感はしている。

 

                                 落葉 留 

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普通科高校の劣等生・9『伸子の友情 友美の打算』

2021-11-17 07:22:34 | ライトノベルベスト

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普通科高校の劣等生
9『伸子の友情 友美の打算』   




 人の口に戸は立てられない。

 伸子の停学の原因……エスケープしてまでの鈴木友美の話は、あくる日には密やかな、そのあくる日には公然とした噂になってしまった。

 高校教師が生徒と性的な関係。問われる教師のモラル!

 そんな見出しで新聞、テレビ、ネットなどで流れてしまった。

 陣内先生は、管理職を飛び越えて、教委から事情聴取をされた。世論の高まりからいって当然だろう。劣等生でも、これくらいは分かる。

 家庭訪問したときの八重桜・梅本両先生の事情聴取は見事だった。暗に知っているというカマをかけて伸子に迫っていた。

「先生たちは、知ってるんだ。ただな、伸子。友美との友情を考えるんなら、伸子の口から言うべきだと思う」

「そうよ。お腹の赤ちゃんは日に日に成長して、ほうっておいたら……その、取り返しのつかないことになるわ。友美さんも、伸子に結論を言って欲しかったんじゃないかな」

「そうだ、人間、相談するときには結論を持っているんだ。伸子は、なにも答えてはやれなかったんだろ、そうだろ?」

「伸子、あなたの一言で、全ての歯車が回り始めるのよ。友美さんを前に進ませてあげて。ね」

 こういう時の八重桜さんは役者だ。このあとの数秒の沈黙の後に、伸子は泣きながら全てを喋った。オレは劣等生の勘から、先生たちは、まだ確信するには至っていないと思った。

――まだ喋るな、伸子!――

 オレの本音は、それだった。

 陣内先生は懲戒免職になった。まあ、当然だろう。

 だが、この話にはどんでん返しがある。

 友美は想像妊娠だった。

 性的な関係があったのは確かだが、友美は、それを想像妊娠にまで広げて、陣内さんに結婚を迫った。ティーンにありがちな暴走だ。

 陣内さんは、はっきりした答えを言えず、それが友美の暴走を飛躍させた。

 伸子をエスケープという非日常的な状況に置くことで告白、悲劇のヒロインになった。あとは伸子に熱烈な同情をしてもらい、自己陶酔を深め、陣内さんの気持ちを引き付けたい。

 そのことが、どんな結果を生むかまでは想像していない。

 想像妊娠は、関係者の中で秘密にされた。結局陣内さんが一人ワリ喰ってクビ。

 オレは、友美のしたことは遠慮気味に言っても間違っていると思った。

 言うのも癪だけど、友美は女子100人を集めたら5番目くらいには入る美人だと思う。着やせするタイプで、細めの顎にパッチリお目目に涙袋。目の位置が標準より下にあり、自分でもモテカワ美人の自覚がある。そして成績もいい。

 でも、こんな子は学年に二三人、学校全体だと10人ほどはいる。

 友美は、意識の底には沈めているけど「もっと注目されたい」という気持ちがあったんじゃないかと思っている。

 こんなことを言っちゃお袋に悪いけど、お袋は若いころは友美に似たモテカワ美人だった。

 悪人とまでは言わないけど、親父は、これに引っかかった。

 夫婦の事はお互い様だと思っている。

 だけど、お袋は若いころにイケてたところがマイナスになってきているんだ。

 頬のプックリは人より深い豊齢線になってきたし、涙袋は、いささか垂れてきて、ただの厚ぼったい目になってきた。髪も腰が弱くなり、ブローするのに時間がかかるようになった。

 でも、怪物というほどではない。微妙に若作りしすぎのオバサンというレベル。

 オレが思うに、親父はお袋の見場の衰えは、そんなに気にしていないと思う。

 ただ、それに抵抗し、自分にイラつき、時に八つ当たりされるのがやなんだと思う。その心の貧しさが離婚の要因の一つだったと思う。ま、今は開き直ってるので、それなりに親しい同居人としては認め合ってはいるようだ。

 友美は賢い子だから、そういう先のことまで分かっちゃうんだろう。

 高校で10人に一人だから、大学に行ったら100人に一人、大人になったら、ちょっとイケてる程度。それを見越して、自分を女として差別化が図りたい。そんなとこだったと思う。一昔前だったら女として傷になることが勲章になる。ちょっとため息だ。

 予想通り、友美は他の子とは違う目で見られるようになった。伸子は、いいダシに使われたんだと……劣等生の兄貴としては同情してやろうか……と、思ったけど、やめた。

 理由は、あれから友美と、いっそう仲が良くなったことで想像してほしい。

 クリスマスが近くなってきたころに、ミリーの絵は、八割がた描き終っていた。

 並のヌードの絵なら完成だ。

 ただ、ミリーは、描いていくにしたがって美しさが深まっていく。

――オレ、惚れちゃったかな?――

 とも思った(なんせ、親父の息子だ)。

 だけど、生意気だけど、絵描きとして見ても、ミリーは急速に完成された女になりつつあった。

 そして、年明けには、大きな展開が待っていたのだ……。

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普通科高校の劣等生・8『家庭訪問』

2021-11-16 05:41:04 | ライトノベルベスト

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普通科高校の劣等生
8『家庭訪問』   




 家に帰ると居場所が無くなっていた!

 うちは3LDKなので、妹の伸子とは10・5畳の部屋をシェアリングしている。一応折り畳みの間仕切りはあるんだけど、普段は半分開けて、テレビや本棚の入ったボードなんかを共有している。

 で、それぞれ間仕切りで隠れたところにベッドを置いて一応のプライベートスペースと言うことにしてある。ドアは別々にあるんだけど、つい便利なので手前の妹のスペースのドアを使っている。子供の頃に間仕切りなんかしていなかった頃の名残で、伸子も特になんとも言わないので、そういうことになっている。

 ところが、その共用のドアを開けると間仕切りが完全に閉められて、オレは行き場所が無くなって茫然とした。

「あ、兄ちゃんのは全部そっちのほうにやっちゃったから。出入りも自分のドアを使ってね」

 そう言われて部屋を見渡すと、テレビはもちろんボードも完全に取り込まれてしまって、オレの本とかフィギュアとか、オレに関するものは、何一つ見当たらない……いったい、なんの仕打ちだ!?

 オレのスペースのドアは、普段使わないので、背の低いボードなんかが置いてあって普段は開けることができない。それが、スッと開いた。

 中は、完全に物置状態に成り果てていた。リビングに置いてあった、小学校の頃のトロフィーやら、ソファーに載っていたオレ用のクッション。ダイニングのオレの椅子から、玄関のサンダル……。

「あ、これもしまっといてね」

 伸子は、いまオレが玄関で脱いだばかりの靴まで持ってきた。

「ほんとは、お父さんのも片付けてあったんだけど、スペース的にね。だから、内縁の男がいることにした。ちょっと同情を買うシュチュエーションになったと思わない?」

 ピンときた。

 玄関のドアに出てみると、勘はあたっていた。表札が登坂だけになっていて、落葉のは外され、表札が張ってあった周りの汚れもきれいに拭かれていた。

――家庭訪問があるんだ!――

 前も言ったけど、うちの両親は出来心で離婚し、そのうちに引っ越し先を探すのが面倒になり。経済的には一緒にいる方が何かと便利なので一緒に暮らしていながら、所帯は別と言うことになっている。だから、当然学校も伸子は母子家庭。オレは父子家庭と思われている。

 オレは劣等生と言う以外、なにも問題のない生徒だ。妹も、今日の午前中までは問題のない普通の女子高生だった。それが授業をエスケープして、生活指導の部屋に連れていかれ、だんまりを決め込んだ上に、国語の福田先生を張り倒してしまい、エスケープと対教師暴力で停学になったのだ……慣例から言って、教師の家庭訪問がある……そうだったんだ。

 それから、お袋が帰ってきた。

 事情は伸子本人と学校からの連絡で知っている。いろいろ愚痴をこぼしたあと、オレに、外に出てろと言った。で、ついでに晩飯の材料を買いにスーパーまで行けということになった……ところで、玄関のチャイムが鳴った。

 オレは、仕方なく物置と化した自分のスペースに潜り込んだ。

 なんせ、狭い3LDKだ、リビングで喋っていることがまるまる聞こえてくる。

 やってきたのは、担任の八重桜(ハナより前にハが出る)さんと、生指の梅本のオッサンだ。

「……だんまりの訳がわかったよ」
「友情からだったのね……」

 梅本と八重桜さんの話は意外だった。

「二組の鈴木が、全部喋ってくれたよ……」

 それから、しばらくダンマリが続いた。

「鈴木さん……妊娠してるのよね」

 八重桜さんが言うと、伸子がワッと泣き伏すのが分かった。

「友美も同じ時間にエスケープしとったんで、直ぐに分かった。妊娠のことも直ぐに話した。だけど、相手の男のことは言わないんだよな」
「登坂さん、事情を知ってたら教えてくれないかな。こういうことは男に責任があるの。なんたって鈴木さんは未成年なんだからね」

 伸子は、泣き崩れるばかりで、なかなか答えを言わなかったが、冷静に考えれば大人の力を借りなければ解決のしようのない問題だ。伸子は、しゃくりあげながら真相を言った。

「相手は……数学の陣内先生です」

 !!!……思わず声が出てしまうところだった。

 陣内と言えば、この春に来たばかりの新卒教師で、一部の女生徒からは人気があった。しかし、商品に手を出さないというのは労働者の基本だろーが!

 事情が確認できたので、しばらく話した後二人の先生は帰って行った。事態は、一生徒の停学問題を超えてしまった。

 あくる日津守から、伸子の停学は3日になったことを教えられた。

 レギュラーよりも4日短いので、津守は首を捻っていた。さすがの情報屋にも、新卒教師の不始末は伝わっていないようだった。

 分からないと言えばミリーだ。ヌードの絵を描く理由を言うと言って4日になるが、あれから何も言わない。まあ、無理に聞くこともないと思って、オレは二度目のミリーの絵を描くために成城に向かった。

 慣れかもしれないけど、その日のミリーは、前よりもスタイルが良く、肌の色艶にも大人びた美しさを感じた……。

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普通科高校の劣等生・7『伸子 停学になる』

2021-11-15 06:50:50 | ライトノベルベスト

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普通科高校の劣等生
7『伸子 停学になる』   




 妹が停学になった。

 劣等生のオレが言うのもなんだけど、妹の伸子は高校生としての道を外している。
 国語の授業を抜け出し、昼休みに教室に戻って来たところを御用になった。いわゆるエスケープという奴だ。

 普通エスケープは、授業をやっていた先生と生活指導の先生に詫びを入れ一札書いて放免になる。

 ところが、伸子は「すみませんでした」とは言ったものの、どこに行っていたかと、なぜ抜けたのかを言わなかった。

 当然放免にはならない。

 伸子は5時間目の半ば過ぎに生指の梅本先生と教室に戻って来た。梅本は授業してる世界史の藤田先生に耳打ちした。藤田先生は意外な顔をしたが何も言わなかった。伸子は鞄に一切合財詰め込むと、プイと教室を出て行こうとして、梅本先生に頭を張られ、不承不承教室に頭を下げて出て行った。

「ノブなにしたんだろう!?」「あれって、停学のパターンだよね」「ちょっとヤバイ的な?」

 教室が少しかまびすしくなった。ミリーは不思議そうな顔で見送っていた。

「静かにせえ、授業続けるでぇ!」

 藤田先生が、普段は使わない大阪弁で、みんなを注意した。

 休み時間に、三年(ダブらなければオレが居た学年)の情報屋の津守に聞きに言った。

「ああ、なんだかエスケープの理由も場所も言わないんで国語の福田が切れちまってさ。大声出したら、その登坂伸子ってのが福田のこと張り倒しちまって対教師暴力が加算されて、そのまま停学。ま、事情によるけど、一週間は固いな」

 伸子は、飛び切りの優等生というわけではないけど、今までソツなくやってきて、生指のお世話になんかなったことがない。だから、こういう場合の身の処し方が分からない。劣等生であるオレは、授業こそ真面目に受けないが、最低の仁義の通し方は知っている。

 家に帰ったら、正しい停学の有り方を教えなければならない。と、心に誓った。

 理由を言わないと言えば、ミリーだ。

 日曜に絵を描きに行ってサンルームでいきなりヌードになられた時はたまげた。女の裸なんて、伸子と風呂の脱衣場でニアミスして、ほんの一瞬見ただけで、こんなに完全なヌードにお目にかかったのは初めてだ。

「下着の線なんか残っちゃいけないから、生成りのワンピースだけにしといたの」

 ミリーはそれを言ったあと、お父さんお母さんも承知しているとしか言わなかった。静かな目をしていたけど、聞いても絶対言わないだろうという顔をしていたので、粗々のデッサンと肌の色を試しに置いて、その日は終わった。絵具もキャンパスもメーカーの名前しか知らない最高級品だった。

「落葉君待って!」

 オレが、あまり呼ばれたくない苗字でミリーが声を掛けてきた。

「うん、いいよ」

 オレは、下足室からミリーと歩き始めた。

「登坂さん、どうしたのかな?」
「あ、エスケープして、先生シバキ倒したんで停学だって」
「そうなの……なにがあったんだろ」
「ま、学校クビになるようなことはないからドンマイドンマイ。それより話あるんだろ。隣の駅まで18分だぜ」
「あの下書きと肌色の出し方にお父さんも感心してたわ。お母さんも、あたしも描いてもらおうかしらって。アハハ」
「アハハ、二人描くほど精力ないよ」
「精力?」

 オレは、自分の言葉の使い方で赤くなってしまった。

「あ、その……気力。人間は顔もそうだけど、肌の色合いなんかすぐに変わってしまうんだ。観察して、これって思うものを絵具で翻訳していくような作業なんだ。ミリーはバイリンガルだから分かると思うんだけど、言葉や単語ひとつでニュアンスぜんぜん違ってくるじゃん」
「あ、こないだの『You』と『u』みたいなもんね」
「そうそう」

 それから、英語のスラングについて話が飛んでしまった。隣の駅が見えてきた。

「で、肝心の話は?」
「あ……絵を描いてもらう理由をトドムには話しておきなさいって、お父さんが……」
「……でも、言えそうにないな。また今度でいいよ」
「うん……ありがとう」

 ミリーは言えない歯がゆさと言わずにすんだ安堵感で目が潤んでいた。

 で、今度は、オレが家に帰って目が潤むことになる……。

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普通科高校の劣等生・6『サンルーム まずはデッサン』

2021-11-14 05:06:35 | ライトノベルベスト

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普通科高校の劣等生
6『サンルーム まずはデッサン』   





 ミリーの家は、天下に名だたる成城だった……。

 五百坪はあるだろう。でも、建物の品がいいので、外観は、それほどのお屋敷とは感じさせない……と言っても、他のお屋敷と比べての話で、オレを3LDKの自宅と比較して、気後れさせるのには十分なお屋敷だ。

 ドアホンを押すとミリー自身の声がした。

「どうぞ、そのまま入ってきて。ロックは解除してあるから」

 門から玄関まではうちの敷地の縦よりも長くて、入った玄関だけでもオレの部屋よりも広い。ミリーは生成りのワンピースで迎えてくれた。制服姿のミリーしか知らないオレには、とても新鮮だった。

 同時に難しいと思った。生成りのコットンというのは表現がとても難しい。オレが持ってきた授業用の12色の油絵具ではとても表せないだろう……てなことを心配しているうちにリビングに通された。

「あら、絵の具持ってきてくれたのね」

「あ、うん。だって絵を描くんだろ。その……ミリーの肖像画。キャンパスは一応8号。ま、今日はとりあえずデッサンだけで終わりそうだけどね」

「あの……一応うちで絵具とか用意してあるの。できたら、それを使って欲しいんだけど」

 その一言で、かなり高級な絵具と画材を用意してくれているような気がした。12色以上の絵具を使ったことのないオレにはとても嬉しい。オレって、そのへんは超えに出さずとも素直に表情に出る方なんで、ミリーも直ぐに喜んでくれた。

「朝の光を大事にしたいんで、お茶飲んだらすぐにかかってくれる?」

「うんうん、朝の光って人間の肌を一番きれいに見せるんだ。すぐとっかかろう……アチチ!」

 急いでお茶を飲んだので、舌をやけどした。そんなオレが可笑しいんだろう、ミリーはコロコロと笑った。

 サンルームは十二畳ほどの広さで三方が格子の入ったガラスの壁になっている。淡いグリーンを基調とした内装で、人物画を描くのにはうってつけだ。

 覆っている布が取られるまで、それがキャンパスだとは気付かなかった。

 なんちゅうか等身大(^_^;)。

 オレは12号以上のキャンパスなんて使ったことが無いから、サイズが分からない。畳一枚分と言えば分かるだろうか。

「ウワー……とりあえず、顔のデッサンだけやらせてくれる。人物画は顔が命だからね、描いてもらいたい姿勢と表情くれるかな」

 ミリーはあらかじめ決めていたんだろう、スックと立つと斜めに向き、上半身をこちらに捻り、軽く微笑んだ。

「お家の人は……挨拶とかしなくてもいいのかな?」
「親は二人ともお出かけ。家政婦さんはお休み」

「え……じゃ、兄弟とかは?」
「トドムくんは?」
「あ……オレも一人っ子。で、親父と二人の父子家庭」

「……そうなんだ」

 ミリーの表情が少し曇った。

「あ、おれ、そういうの気にしてないから。そんなの気にしてるようならダブって二度目の二年生なんかやってらんねえから」
「アハハ。トドムくんのそういうとこ好きよ。なんで、こんなユニークな生徒落第させるかなあ」
「学校にも好かれてんの。三年で出られたら寂しいって」
「アハハハ……」

 ひとしきり笑ったり喋ったりしているうちに、デッサンが出来上がった。

「え、あたしって、こんななの?」
「うん、オレの目を通してだけどね。そこの鏡を見てみろよ」

 ミリーは、デッサンを持って鏡の前に立った。

「……なるほど、あたしから迷いを取ったら、こういう顔になるんだ」

 オレは、分かっていなかった、ミリーの中の迷いや悩みを。

 互いに美しい誤解をしていたと思う。逆に、ミリーの迷いや悩みを正確に知っていたら、この肖像画は引き受けられなかっただろう。

「じゃ、キャンパスに下書きしていこうか!」
「うん!」

 ミリーは生成りのワンピースを脱いだ。

 その下はなにも身に着けていなかった……。

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普通科高校の劣等生・5『あたしの絵を描いてくれないかしら』

2021-11-13 06:14:34 | ライトノベルベスト

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普通科高校の劣等生
5『あたしの絵を描いてくれないかしら』   



 

「あたしの絵を描いてくれないかしら」

 昼休みに、食堂でBランチをほとんど喰い終わったところで、オレの前に座り込んで転校生が慣れない校内の様子を聞くような気楽さで聞いてきた。もっともミリーは本物の転校生だから、ごく普通の会話に見えてるはずだ。

 このオファーに対するオレの反応と返事を説明する前に、なんでオレが一人でB定食を喰っているかを話しておく。

 妹の伸子は弁当だ、妹は入学以来弁当にしている。

 理由は簡単、その方がオレと兄妹であることを人に知られないためである。ほんでまた、お袋の仕込みが良かったわけじゃないけど、料理はうまい。食材は週一遍の生協で注文しておいて、朝10分ほどでお花畑みたいに可愛い弁当を作る。

 で、なんで、オレが食堂で一人ぼっちだったかと言うと、親友の澄人が推薦入試の面接で学校を公欠しているからだ。

 オレは、クラスには溶け込んでいない。ダブりであることもあって、クラスでは最初から敬遠されていた。絵が上手いこともプラスにはならない。絵と言うのは、なんとも孤独な芸術で、音楽のように群れることがない。また和気先生は授業中は静謐(せいひつ)を大事にしている。なんともストイックな時間のストイックな生徒という印象なんだろう。

 ミリーの絵の申し込みは、それほど意外じゃなかった。

 ミリーは本当に、夏休みの宿題の絵に感動してくれたし、そんな気配はしていた。ま、オレは自分で言うのもなんだけど、本当に風采の上がらない高校生だったので、学校でミリーの絵を描いても妙な噂にはならないだろう。

 なんせ、ミリーは好奇心旺盛だ。

 クラブの半分以上は体験入部している(2年の秋の体験入部は、いたって珍しい)。で、たいていのクラブで、レギュラーの部員より上手い。

 軽音じゃ、ギター、ベース、パーカッション、ボーカルのいずれもセミプロ級。吹部でも、スーザホン以外は見事にこなし、コンクール前の演劇部じゃ、試しにやった主役を去年個人演技賞を取ったP子よりもうまくやってのけ、テニス部じゃ、エースを完膚無きまでに叩きのめした。ただ二年と言うことで、どこのクラブでも歓迎されず。ミリー自身も「楽しかったわ、ありがとう!」と明るい言葉を残して一回ポッキリで来なくなる。

 で、オレは美術部員でもないのに、よく放課後の美術室には出入りしている。

 和気先生が「描きたい人はいつでも来なさい」と美術室を解放してくれていた。だから、オレがヒョッコリ行って、二日ほどでミリーの絵を描いても、誰も不思議には思わないだろう。

 ところが、話は少し違った。

「うちの家に来て描いてほしいの。キャンパスも少し大きめだし、時間もしっかり掛けて欲しいの」

 で、スマホに地図ごと家の場所を送ってもらった。

 あ、オレって携帯持たないのが主義だったけど、お袋に持たされてしまった。理由がメゲる。関西で小学生の女の子が誘拐されて殺されるという事件があった。で、お袋は、スマホを持たしておけばGPS機能もあるので、オレが、そういう犯罪……を犯す恐れが低くなると判断したのだ。むろん口では「こういう時代だし、いざってときにもね……」とか言ってた。

 だけど、オレは心が読めてしまう。

 いささか実の母親に猟奇的犯罪の有力候補だと思われているのはショックだったけど、オレの日常を客観的にみれば「さもありなん」と感じた。

 スマホというのは、やはり人間を堕落させる道具だと思う。ミリーから住所を教えてもらう時だって、メモなら目を通した段階で気づく。スマホというのは音もせずにダイオードが光っただけで、情報転送が完了したことが分かる。
 でもって、並の神経していれば、その場で地図と住所の確認をしただろう。オレは転送しっぱなしで当日まで地図の確認を怠った。このへんの気楽さが、オレをして「蛙の面に小便」の劣等生たらしめているのかもしれない。

 ミリーの家は、天下に名だたる成城だった……。
 

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