トモコパラドクス・78
『彼岸花の季節・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……今年の彼岸花は、早く咲いた……。
けっきょく、南と南西が運命の分かれ道になった。
南に向かった中隊八十余名は、直ぐに敵に発見され、猛烈な十字砲火を浴びることになり、無事にガマにたどり着けたのは五十名に達しなかった。中隊長は、それでもすぐにガマの別の出口を発見し、そのかろうじて人一人が通り抜けられる出口から半数の兵が抜け出し、散開したところで、敵に発見された。ガマに残っていた兵達が、派手に発砲し、陽動してくれたのである。ある上等兵などは、ガマの入り口付近に隠れ、火炎放射器を持った米兵が至近距離まで来たところで、背中のガソリンタンクを撃ち、三名の米兵を火だるまにした。
そして、鉄鉢(ヘルメット)と、小銃を残し欺瞞とし、さらに前進。大胆にも、米兵が散開しているど真ん中で、手榴弾を四発、ダッシュしながら、続けざまに投げた。ジャングルの中でアメリカ式に大量の弾を撃ちまくると、木の幹や岩にあたり跳弾となって、意外な方向へ弾が飛ぶ。日本兵は、米軍のど真ん中にいるので、米兵たちは同士討ちになり、意外に、この一人の日本兵のために、十名以上が犠牲になった。
上等兵は、死んだ米兵のヘルメットを被り、小銃を取ると、短い小銃を持った米兵を探した。
一方、ガマに残っていた数名の日本兵は、これを好機ととらえ、ガマから出ると、付近の米兵を狙撃し始めた。
薮に紛れた日本兵は、短い小銃を持った米兵を発見、ヘルメットのおかげで正体を見破られることもなく近づくと、その米兵を一発でしとめた。
短い小銃を持っているのは将校=隊長とふんだのだ。
隊長を失った米兵は脆かった。部隊の半数を失って、撤退していった。
安心した上等兵は、警戒しつつも中腰になり、仲間の日本兵は、米兵と思いこみ、彼は、一瞬で倒れた。でも、数秒間意識はあった。
青い空が見えた。数年前、甲子園で本塁打を打ち、球の軌跡を追って見上げた青空が、そこには見えた。
米軍のおかえしは、直ぐに来た。百五十ミリ榴弾砲が、雨のように降ってきて、ガマを出た中隊の半数もこれでやられてしまった。
そのあとはM4戦車二両を先頭に、米軍二個中隊がやってきた。
ガマに残った日本兵は、M4の火炎放射砲で、ガマごと焼き尽くされた。
背後に残った十名ほどの日本兵は、同数ほどの米兵を倒したあとに全滅。重傷を負った少佐参謀一人だけが、意識のないまま捕虜になった。
この南のガマの中隊の奮闘により、南西のガマに向かった高山曹長が率いる第一小隊の残存部隊と女学生たちは、無事に南西のガマに付くことができた。
途中、今まで居たガマの方角で、激しい銃撃、砲撃の音を聞いたが、みな無言だった。そして、高山曹長が撃ち落とした米軍機のパイロットの死体を……見てしまった。
パラシュートが開ききる前に墜ちたので、体は壊れた人形のように、いびつな格好になり、早くも蠅がたかり始めていた。
「ざまあ見ろ、アメ公!」
亮介が毒づいた。
「言ってやるな。こいつも人間なんだ」
曹長は視界には入っているのだろうが、目をやることもなく呟くように言った。
他の女学生たちも、死体には平気であった。今まで何百人も見てきたからだ。
「五体満足なだけ、まだまし……」
麻衣が呟いた。今まで見てきたのは日本人ばかり、それも黒こげや、手足だけ、もしくわ手足の一部、あるいは全部がないものばかり。感覚はマヒしている。
南西のガマは、すぐそこだ……。
トモコパラドクス・78
『彼岸花の季節・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……今年の彼岸花は、早く咲いた……。
掃除当番のみんなは目を見張った、一面に赤い彼岸花が広がっているのだ……。
連休明けの今日は、朝から一時間かけて大掃除。友子のクラスは、志願者による、ちょっと奥まった西側斜面のゴミ拾いである。
昔は乃木坂の駅から見えたらしいが、前の東京オリンピックのころに、周囲の建物がビルになり、普段は見えないところになっていた。
メンバーは、友子の他に、妙子、亮介、麻衣、妙子、大佛、純子、梨香の七人。
男子は制服のままだが、女子はスカートの変わりにジャージを穿いていた。フェンスの柱にロープを結びつけ、ロープをたすきがけにして、先頭に亮介と大佛、その次ぎに友子、妙子、麻衣がいてそれぞれの場所でゴミを拾う。絡まった蔦や大きめのゴミは、下から上へと送っていく。
「いやあ、ご苦労様。ここは気にはなっていたんだが、あまり目につかんところだし、危険だしね……昔は、よく自分で手入れしたものだがね」
御歳九十ウン歳の理事長先生がねぎらってくれた。
「あ、白い彼岸花がある!」大佛が叫んだ。
「ほんとかね!?」
そこから、ゆっくりとに空気が変わり始めた。
最初は「おや?」という程度のものだった。二年生の紀香が通りかかり、理事長先生は、ちょうど友子と、紀香、そして白い彼岸花から伸ばした線が交差するところを通った。とたんに理事長先生は、とても九十代とは思えない足どりになって、斜面を駆け下りてきた。
「六十六年ぶりだ……」
その一言で、変化は大きくなった。
気づくと、友子達は制服ではないセーラー服にモンペ姿だった。亮介と大佛は、旧制中学の制服に弾帯、手には小銃を持っている。そして、まわりには彼岸花の数ほどの兵隊さん。先頭は隊長らしき人と、肩から参謀飾彰を下げた将校、そして、若い理事長先生が兵隊服で従っていた。
「東の空に敵機!」
紀香が叫んだ。
「総員、前方のガマに入れ! 学生急げ! 第一小隊は、対空警戒!」
中隊長が、低い声で、でも、しっかりと命じた。
「早くしなさい!」
そう叫んだのは、学級担任の宮里先生……初めて見るんだけど、それが沖縄第一高女の、わたしたちの担任、宮里明菜先生であると分かった。
全員がガマに入るまでに機銃掃射が始まった。
数人の兵士が、彼岸花をまき散らしたように血を吹きだし、壊れた人形のように手足をばたつかせて倒れていった。
敵機は、ガマの上あたりに、小型の爆弾を落としていった。
「キャー!」
女学生たちが、悲鳴をあげる。
「大丈夫、兵隊さん達がいる!」
先生は、みんなを励ました。
「分隊機銃前へ……」
理事長、高山曹長が、静かに命じた。
「なにをする気か!?」
少佐参謀が、高山曹長に詰め寄った。
「もう、無線で伝えられているでしょうが、飛ばれているだけで、敵の目に付きます」
「よせ、そんなもので敵機は落とせん。かえって場所を教えるようなもんだ!」
「なら、中隊長に具申してください」
参謀に指揮権はないのだ。まだ軍隊としての秩序は失われていない。
「敵機、旋回。こちらに向かう様子!」
そこで、高山曹長は、四五発撃って、すぐに機銃を横十メートルほど、小隊ごと移動させた。
敵機は、ついさっきいたところに集中的に弾を撃ってくる。
そして、パイロットの顔が見えるくらいに引き寄せたところで、引き金を引いた。敵機のプロペラが吹き飛んだ。敵機は、一度旋回しながら上昇すると、コントロールを失いガマから三百メートルほど離れた森の中に墜ちて爆発した。
パイロットは直前に脱出したが、パラシュートが開ききる前に墜ちてしまった。おそらく命はない。
「中隊長、このガマは、もう発見されています。緊急に移動を!」
高山曹長が、中隊長に具申した。
「ばかもん! 今出たら、ねらい打ちだぞ」
「ここにいれば、いずれ包囲されて殲滅されます。すぐ移動を!」
「宮里先生。この近くにガマはありますか?」
中隊長は、穏やかに聞いた。
「はい、南と南西に一つずつ」
「このあたりですか?」
「はい、多分」
「高山、お前は第一小隊を南西のガマに、学生達を援護していけ。自分は中隊の残りで南のガマを目指す。運があったら、また会おう。参謀殿は、お好きな方をお選びください」
こうして、運命は二つに分かれた。
トモコパラドクス・76
『すみれの花さくころ・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……台風一過、さあ、いよいよコンクールまで本番だ!
中央地区では、都立S高校が『クララ ハイジを待ちながら』で最優秀をとっていた。
友子達も、同じ大橋むつお作の『すみれの花さくころ』である。大いに期待で胸が膨らんだ。
「あたしたちだってやるぞ! オー!」
と、円陣を組んで、AKBの本番前みたいに気合いを入れた……と言っても、顧問のノッキー先生を入れても四人だけども。
四人だけだから、開き直っている。道具は舞台に平台が上下(かみしも=左右)に一個ずつ。それだけ。
照明はツケッパ。顧問のノッキー先生は、緞帳を開けたら、パワーポイント(スライド映写)にかかりっきり。あとは、ひたすら、友子、紀香、妙子の演技にかかっていた。
「あ~あ、勉強ちっともしないで、こんな本借りちゃった……」
友子演ずるすみれが、嘆きながら、うららかな春の荒川の土手道をやってくる。
すると、向こうの新川橋のほうから、ケッタイな女学生がやってくる。
防災ずきんに、モンペ。肩からズタブクロみたいなの下げて、まるで戦時中の女学生! 変なコスプレマニアかと敬遠するすみれであったが、
「こんにちは」
と、挨拶するので、小声で応えてしまった。
「こ、こんにちは……」
「うそ、伝わった……!」
コスプレネエチャンは大喜びではしゃぎまくり、自分は東京大空襲のときに焼け死んだ咲花かおるであると挨拶する。
薄気味悪くなったすみれは「さいならー!」と逃げるが、逃げた先の自販機に一体化してかおるは待ちかまえていた。
「すみれちゃんが借りた本がラッキーアイテム。で、あたしたちお話が出来るの。もともと霊波動が、お互い百万人に一人っていうRHマイナス。すみれちゃんがガキンチョのころから分かってて、ずっと声かけてたんだけどね……そうだったんだ、その本を借りてくれたんで、見えるように、話せるようになったんだ!」
こうして、幽霊のかおると人間のすみれの、おかしくも、友情と涙に溢れた一日が始まる。
かおるは、東京大空襲の夜に、一度は避難するが、宝塚の入試課題曲の譜面を取りに戻り、帰らぬ人になった。
「ね、すみれちゃん。あなた宝塚受ける気ない!?」
と、かおるはすみれに迫る。かおるが取り憑けば、宝塚の娘役としてのスターダムに上れることは確かだ。
しかし、確かにすみれのお母さんは宝塚ファンで、オッカケもやり、娘にも宝塚にちなんだ「すみれ」という名前をつけるが、当のすみれは、AKBならともかく、宝塚には興味がない。
「ごめんね、力になれなくて」
「……いいよ、すみれちゃんの人生だもん」
寂しげに、かおるは諦める。そこに幽霊スマホにメールが! なんと、かおるに八千草ひとみという霊波動の適合する女性が見つかったと連絡が入る。
「その人よ、八千草さんこそ、かおるちゃんの運命の人よ!」
「うん、行ってくる! その間宝塚の体験版でもやってて!」
キャピキャピになって、かおるは八千草のところへ。すみれは体験版の宝塚をやってみて驚く。
「すみれ、すごいよ! 才能あるよ!」
妙子演ずる由香がやってきて絶賛する。無意識な心の中に、かすかな可能性を感じ始めるすみれ。
由香は、アラブで起こった戦争の号外を残して、進路相談……を諦めて(なんたって、担任がよその戦争でワクワク、進路相談どころではない)去っていく。
そこに、かおるが戻ってくる。
「八千草さんは……?」
「九十五歳のお婆ちゃんだった……」
ションボリしたかおるを励まし、戦争の号外で紙飛行機を折り、荒川の土手に飛ばしにいくことになる。
「いくよ、一、二、三……!」
二人が飛ばした紙飛行機は、風に乗って、遠く高く飛んでいく……そして、始まってしまった。
かおるの体が消え始めたのだ!
幽霊は、人に取り憑くか生まれ変わらなければ消えてしまうのである。宗教では美しく「成仏」とか「昇天」とか言うが、要は、幽霊として存在さえできなくなるのである。
「かおるちゃん、お願い。あたしに取り憑いて! あたし宝塚受けるから!」
すみれは、心から叫ぶ。たった半日だったけど、育まれた友情の叫びだった。
「だめよ。本心から思って、願ってないのに、そんなこと、やるべきじゃないわ……」
そして、かおるは、せめて川の中で消えていこうとする。川といっしょに海に流れ、いつか雲になり、雨になって、もどってこられるかもしれないから。
と、そこで、大展開の結末。紙面の都合で書けない……無念!
夕方までかかって審査結果が出たのは、もう夜の八時だった。
「では、最優秀校を発表いたします!」
審査員の先生が立ち上がった。
乃木坂学院は、すでに個人演技賞を三人ともとっている。こういう各賞が多い学校は選に漏れることが多い。読めば読める審査結果だが、あえて、友子も紀香もしなかった。人間としてドキドキしていたかったから。
「最優秀は、乃木坂学院『すみれの花さくころ』であります!」
もう、しがない義体であることも忘れ、たった三人の生徒と、たった一人の顧問ノッキー先生と感動しまくりのひとときだった……。
トモコパラドクス・75
『すみれの花さくころ・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……台風一過、さあ、コンクールまで二日だ!
「ねえ、こんなのアップロードされてるよ!」
妙子が二つ目のコロッケを食べながら、食堂から現れた。
「なによ、またエグザイルのブログでも更新された?」
紀香は我関せずと、黙ったまま世界のニュースを秒速五万件の速度で閲覧していた。大事なコンクールを前に、自分たちの邪魔をするような、未来からの干渉の兆候がないかを探っているのだ。ちょうど「空飛ぶ円盤出現」のニュースにあたっているところで、妙子が、紀香の無関心に気がついた。
「紀香先輩も見てくださいよ」
紀香は、チラ見して、すぐ中身を理解した。しかし妙子の人間的な感動を大事にしてやるために、あえてブロックした。友子も同様で、熱心に、妙子のスマホを見ていた。
「すごい、すみれの最高傑作……みたいね」
「うん、一昨日アップされたみたい。スマホじゃ画面ちっこいし、時間もないから放課後見ようよ」
「そだね、パケット代もバカにならないしね」
ということで、放課後、図書室のパソコンで観ることにした。
名古屋のN音楽大学が『すみれの花さくころ』を音楽劇にして、学内のホールで抽選で選ばれた一般の人たちに観てもらったときの記録だった。
何もない平戸間の舞台に箱が二つ。これは友子たちの平台二枚と変わらない。
しかし、さすがに音楽大学だけあって、効果や音響は、パーカッションとピアノの生である。創作の歌とダンスがふんだんに入っていて、まるで、友子たちの作品とは違った。
もともと、この話は、すみれという女子高生が、かおるという東京大空襲で亡くなった幽霊さんと出会い、宝塚に入りたかったという夢を、すみれに取り憑くことで実現しようと、かおるがすみれにお願いしまくる話である。
なかなか、その気になれないすみれはいったん断るが、荒川でふたり紙ヒコーキを飛ばそうとしているところ、かおるの体が消えかかり……つまり、幽霊であることさえできなくなり、消滅が始まる。
友情が芽生えたすみれは「わたしに取り憑いて!」と叫ぶが、「すみれちゃんの人生は、すみれちゃんのもの。そんなことしちゃいけなかったんだ」そう言って、かおるは、荒川の流れの中で消えていこうとし、そこで歌われる『お別れだけど、さよならじゃない』は、曲だけで泣かせるものであった。浄化のカタルシスさえ表現され、ジブリの短編アニメを観ているようだった。
「これ、いただこうよ!」
紀香が言った。
「え、今からじゃ無理だよ。もっと早くアップしていてくれていたら……」
管理人の作者を怨めしく思った。
「大丈夫、あたしと友子は音楽得意だから」
「え、そうだっけ……」
「そうなの、少し編曲させてもらって、やってみるね!」
紀香のCPUがすぐに編曲して、友子のCPUとシンクロした。
「……すごい、今までの十倍すごいよ!」
一本通してみて、妙子が感動した。うまい具合に、歌はすみれとかおるだけだし、フィナーレのダンスは、AKBファンの妙子自身がアレンジして、ほぼ完成品になった。とても人間業とは思えない(事実、友子と紀香は義体だが)力だが、付き合いの長い妙子は、二人を含め、自分たちは天才だと思った。
「ちょっと、先に行ってて」
いつもより一時間も長く稽古した帰り道、友子は、妙子と紀香に言った。
――宇宙人のマイが、アンノウンを追いかけてる――
――一人で大丈夫?――
紀香とはCPU同士で、瞬間に会話し、紀香は昼間検索したUFOに関する情報を、友子に送った。
「じゃ、先に行ってるわ」
「うん、あとでパンケーキ屋さんで」
二人と別れた友子は、青山通りにワープした。
宇宙人同士が、人の目に止まらない早さで戦っていた。一人は言わずと知れた都立乃木坂高校のマイであった。
友子は、マイに加勢して、三十秒ほどで、青山霊園に追いつめた。
「さあ、始末するわ」
マイが、右腕を四十ミリの波動砲に変えた。
「待って、殺さないで」
「だって、こいつは敵のスパイだよ。ドジなやつで、侵入するときに大勢に目撃されちまってるけど。情報は取られてる」
「わたしにまかせて、こいつのメモリーを細工するわ」
「ウィルスだったら、効かないわよ」
「そうじゃない……」
友子は、東京大空襲のとき亡くなった十万人分の悲しみを、スパイの宇宙人に情念として植え付けた。宇宙人の心は、怒り、悲しみ、絶望、恐怖でいっぱいになり、自我の一部は壊れかけた。
「この情報を知ったら、地球に来ようなんて思わないわ」
「こんなショックどこで……そうか、そうだったんだね」
東京大空襲で追体験した情報を圧縮して、マイに送ったら、瞬時にマイは理解してくれた。
そして、このことが何日かあとに、面倒なことになるとは、マイも友子も想像もできなかった……。
トモコパラドクス・74
『ミーティングハウス2号作戦』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……台風一過、さあ、学校だ!
「え~、まだこんなことやってるの……!?」
通学途中、自分のCPUをフェイスブックにリンクさせ、発見した記事にびっくりした。
「これまで考えてきたことをいろいろと考え、演劇部として、エチュードから創作劇で大会に出ることを提案した」
たった十二時間前に、大阪の高校の演劇部の先生が、UPしたものである。大阪のコンクールは、東京と違って、地区大会(予選)と中央大会(本選)とのスパンが短く、共に11月の初旬から中旬に行われる。ま、大阪のことなんで、ど-でもいいや。と、思っていた。
しかし、今(この9月18日)から、創作にかかるというのは、ド-ヨ……である。
台本を書くのは、三か月が理想だが、まあ、現実的には本の創作も含めて、三か月というところだ。友子たちは、7月には本を決めて稽古に入っていた。大橋むつお作『すみれの花さくころ』である。友子と紀香は義体なので、決まった日に一通りできるようになっていたが、芝居というのは奥が深く、稽古をするたびに、なにかしら発見がある。それに生身の人間である妙子はなおさらで、妙子の演技に触発されるものも大きかった。
「ねえ、一度東京大空襲を追体験しといたほうがいいかもね」
紀香が提案した。体ごとのタイムリープは難しいが、意識だけ過去に飛ばして追体験することは簡単だ。
意識だけなので、なにもすることはできないが、それだけに生々しい追体験ができる。
「えー、これで東京大空襲が見られるの?」
妙子には、適当なヘッドマウントディスプレーを渡してある。本当は、友子・紀香が意識だけ過去に連れて行く。三人同じようにして、部室の机の上に寝っ転がった……。
ミーティングハウス2号作戦という、生徒会の会議のような名前の作戦は、名前のようにノドカなものではなかった。
テニアン島を出撃した325機のB29は、季節変わりの東京の空を埋め尽くし、38万1300発、1783トンの爆弾・焼夷弾を低空でまき散らし、一晩で十万人以上の日本人を焼き殺した(この人数は、原爆の死者よりも多い)……ここまでは、CPUのメモリーの中に入っていた。
実際は地獄であった……。
B29は、東京の下町を囲むように、東西二方向、南北二方向から爆撃し、その中の住人が逃げられないようにしてから、その中をXの字に爆撃し、完全に焼き尽くした。
公園や、学校の校庭に逃げた人々も、千度に近い輻射熱で、立ったままの姿勢で人間の松明になった。数秒で倒れ、熱風に吹き寄せられ、固まってネズミの殺処分のように焼かれていった。
メモリーの中に数字や文字は入っていたが、このリアルな感覚は、視覚、聴覚、嗅覚を刺激した。分かり易く言えば、人が一瞬で焼かれる姿、断末魔の声、そして人が焼ける臭いが感覚にこびりついた。
「これに比べれば、極東戦争なんて……」
「あたし、初めてアメリカ人が憎くなった……」
「だめよ、出力を上げちゃ。戻れなくなるか、どうにかなっちゃうよ!」
「そういう友子だって……」
義体である二人のCPUは限界を超えて過去の現実に干渉しはじめた。六機のB29が、次々にエンジンを停止し、燃えさかる下町にゆるりと降りていき、燃えていった。
「限界……もどるよ!」
紀香が言ってくれなかったら、ジブリのハウルのようになっていたかもしれない。
「だめじゃん、あたしなんにも見えなかったわよ!」
妙子がむくれた。あまりに凄惨なので、妙子の記憶は消しておいたのだ。
日本は悲しい国だと思った。この『ミーティングハウス2号作戦』を指揮していたカーチス・ルメイに、戦後、航空自衛隊の創設に尽力したということで、勲一等旭日章を与えている。
ただ、昭和天皇は慣例を僅かにそらし、親授(天皇自らが与えることが慣例になっていた)しなかった。
さあ、この日曜は、東京で一番遅い城中地区の予選だぞ!
トモコパラドクス・73
『ジョワ!』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……この連休は、ハルといっしょだ。
ボールを目より少し高いところへ持っていってやる。
たったこれだけ。
たったこれだけのことで、ハナはボールを目で追い、首が上がり、お座りの姿勢になる。で、そこですかさず「お座り!」という。あとはイイコイイコをしてやると、ハナは昨日一日でお座りを覚えてしまった。
滝川に教えてもらった方法だけど、こんな簡単にいくとは思わなかった。さすがは歴戦の義体ファイターだ。
それに示唆的でもあった。単にハナの躾だけではなく、これからの友子の生き方も教えられたような気がした。それは、まだ閃きに過ぎなかったが、感覚的なヒントがあった。
「ハ、あたしって犬並みか!?」
そう呟くと、ハナが「ワン!」と言って喜んだ。
台風が接近している。
中部、東海地方では、突風による犠牲も出ていた。
今年は、異常気象で、関東地方でも竜巻が多発して大きな被害を出している。三十年前の人生の中でも、こんなことは無かった。地球は大きく見て温暖化などはしていないが、いささか異常気象であることに違いはない。
新聞によっては、北極海の氷が無くなったらどうなるか、などと心配させる記事が載っていたりする。でも、この新聞社は、友子が生身の女子高生であったころ、こんなことを書いていた。
「二十一世紀の初めには、石油は枯渇するであろう。急がれる原発建設」
石油は、無くなるどころか、技術の進歩により、海底の深層からの採掘も行われ、未だに枯渇の気配はない。論調も変わった。
「原発の廃止を世界の潮流に。火力発電に拍車を!」
新聞の浅はかさはともかく、この台風による被害はなんとかしなければならない。
いくら友子でも、台風そのものを消し去ることは出来ない。とりあえず自分ちとご近所だけは守らなきゃ。真一も、春奈も旅先で、心配しているだろう(こんな時に行く方も、行く方だけど)
友子は、気象衛星や、近隣の気象台のCPUとリンクした。
どうやら、このあたりで竜巻の気配である。「ようし、手を打とう!」と決心した。
物置を探っていると、古いカッパが出てきた。材料としては、少し少ないので、長いゴムホースも流用し、分子変換をして、ウルトラマンの着ぐるみをこさえた。
ホースが少し余ったので、ハナ用のウルトラスーツも作って、着せてやった。
ジョワ!
そう叫んで、ハナといっしょに高度三千メートルを目指しワープした。本物(?)みたいに飛んでいっては、すぐに発進地点が突き止められ、大騒ぎになる。
しかし、かけ声が「ジョワ!」なのには苦笑した。
「ウルトラマンさんは、何がお好きですか?」
「ジョワ!」
という、チョー古いギャグを無意識にかましたからである。当たり前に生きていれば、四十六である。無理もないなあ。そう思う友子であった。
あちこちに積乱雲が出来ていた。すぐに解析して、竜巻を起こしそうなものを選んだ。
積乱雲は、上空に寒気団が入り込み、地上の空気を吸い上げることでできる。だから、積乱雲を小さなうちに熱して、雨にしてしまえばいいのである。
友子は、プラズマ弾の破壊力を、全て発熱に転換して、積乱雲目がけて撃ち出した。地上から見れば、空中で稲光がしたように感じるだろう。
近くで、積乱雲が閃光、続いて轟音がして消滅した。
目を望遠に切り替えると、ウルトラマンメヴィウスが、同じようにプラズマ弾を撃っていた。どうやら紀香も同じことを考えたようだ。
こうして、首都圏で、竜巻の被害は、ほとんど出なかった。ただ、何人かのプロカメラマンが、望遠で、スペシウム光線を発射するウルトラマンを動画サイトに送ったが、良くできたCGであるという評価でおしまいになった。一部の映像専門家が「あれは、本物だ!」と、言ったころには、世間の関心は、とっくに別のところに行っていた。
ただ、ハナだけが、あのときの快感が忘れられず、空が曇るたびに吠えるので、時々ウルトラマンにならなければならない友子であった。
トモコパラドクス・72
『連休 ハルといっしょに』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……この連休は、ハルといっしょだ。
一郎は、ペットホテルに預ければいいじゃないかと言った。
でも、ハルは家に来て、やっと一週間。そして、まだ生後五十日の赤ちゃんである。とても二日も手放して、旅行なんかできない。
ということで、この三連休は、ハナと二人で家で過ごすことにした。
躾なきゃいけないことが、いっぱいあるし、なにより、ハナの主人は自分であると思わせなければならない。
ハナは、賢い子で、トイレは三回ほど失敗したあと、すぐに覚えた。大きい方は散歩の途中にと、散歩に連れだし、ものの百メートルも走らせるともよおしてきたようで、道路の真ん中でうずくまった。直ぐに道路の端に連れて行き、ウンチ袋を手に待ちかまえた。
「よし、健康なウンチだ!」
友子は、袋の口をカタ結びにすると、イイコイイコをしてやった。公園の側まで来ると、ハナはキョロキョロし始めた。ひょっとして滝川さんのコーヒーショップが現れたのかと見回したが、単なるハナの願望のようだ。午後に、もう一度お散歩に連れて行こうと思った。
うちに帰ると、嫌がるハナをシャンプーしてやった。お湯の温度に気をつけ、犬用のシャンプーで軽く一回。すぐにタオルでくるんで、リビングへ。ドライヤーの弱で、乾かしてやる。
さあ、これから躾と思ったら、ハナは、気持ちよさそうに眠ってしまった。あまり気持ちよさそうでカワイイので、そのまま抱え込んで、友子も横になった。
小さな温もりが、とても愛おしかった。
あたしのことを、人間だと思ってくれている。そして、なんのクッタクもなくその身を預けている。やっぱりハナを飼って正解だったと感じた。こんなに無条件で友子を信じ受け入れてくれる存在は、他にはいない。
友子は、自分もお昼寝モードにして、少しまどろんだ。
昼からは、本格的な躾に入った。
散歩から帰った後、ミルクを飲ませてあったので、室内トイレに連れて行き、おしっこを促す。
「ハナ、おしっこ!」
まるで、スイッチが入ったみたいに、おしっこをした。終わるとブルっと身震いして、後足で砂をかけるようにした。本人もうまく出来たのがうれしいのかドヤ顔になる。なかなかの奴である。
次ぎに、狭い庭に出てボール遊び。投げてやると、教えもしないのに口でくわえて持ってくる。賢い奴と思ったが、単に遊んで欲しいだけなんだと理解した。
その次の、お座りが、なかなかできない。
「お座り!」
と、言っても、うろうろしたり、まとわりついたり。
掴まえてきて、無理にお座りの姿勢をさせるが、効き目がない。
あまり真剣に「お座り」を念じ続けたので両隣の中野さんと森さんが庭でお座りをしていた……。
昼過ぎに、もう一度お散歩に行った。なんとなく滝川さんに会えるような気がしたから。
今度はあたり。
公園の角に『乃木坂』の看板で出ていた。
ハナとポチは、店の庭でじゃれあっている。滝川が、コーヒーを一口飲んで切り出した。
「こないだの、渋谷事件。娘さんの名前はミズホだった」
「ええ、あたしの中ではミズホクライシスのファイルにカテゴライズしてあります」
「以前、未来にリープしたときは、栞だった……」
友子のCPUはバグりそうになった。
「そ、そうです……なんで、いままで気づかなかったんだろう」
「理由は、二つ考えられる。トモちゃんの未来がパラレルか……娘が二人いるか」
「わたし……どちらも真実。どういうことなんだろうか?」
「今は、あんまり深く考えない方がいい。そのうち分かる時がくる。それより、ハナちゃんにお座りをさせしょう」
滝川が、ポチを呼ぶと、ハナもノコノコ付いてきた。
「こうやるんだよ……」
滝川は、一発でハナをお座りさせた。
「こんな、簡単なやり方が……!」
友子は、いろんな問題の糸口が、瞬間見えたような気がした。
トモコパラドクス・71
『ミズホクライシス・終焉』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……そのマッタリ生活が破綻。第五世代の義体の攻撃を受けた。
荒川を吹く風は、もう秋を感じさせる……。
ハナは、生まれて初めての秋風の中を走り回っては、鼻をひくひくさせている。ポチは完全な保護者のつもりで、ハナの側を離れず、二匹で河川敷を走り回っている。
渋谷の大惨事のあと、丸一日は平穏だった。しかし、学校にいても街を歩いていても気が休まらない。敵は友子の意思にかかわらずワープさせることが出来る。一昨日は乃木坂に着いたつもりが、渋谷だった。また第五世代の義体は、攻撃してこない限り人間と区別がつかない。さすがにバテて、今日は学校の帰りに現れたカフェ『乃木坂』に入って、息をついた。
滝川は、最初居なかったが、足許にポチの気配を感じると、目の前のシートに座っていた。
思わず安堵の笑みがこぼれ、気がつくと、この荒川の土手に座っていた。子犬のハナも現れて、こうして、ポチと遊んでいる。
「当分は安心していいよ……」
「大丈夫なんですか……?」
「ああ、敵もかなりの無理をしている。一般の人たちを巻き込めば、トモちゃんを仕留められると踏んだ。それでハンパな改造も含めて、第五世代の義体を五体も送り込んで失敗した。当分はやってこない」
「でも、敵は、まだいるんでしょ?」
「第五世代の義体は、作るのに時間と金がかかる。あいつらはプロトタイプだ、改良も考えると、相当かかると踏んでいい」
「でも、好きな時代にリープできるんでしょ。だったら、いつでも来られるんじゃ……」
「タイムリープには、条件がいる。太陽と地球と月の位置が揃わないとできないんだ。経験から得た予測だけどね」
「そうなんだ」
「それに、トモちゃんには第五世代を感じる感覚が育ってきていると思う」
「え……」
「あの、ポチを、よく見てごらん」
「……あ、犬の義体だ!」
「そう、第五世代の実験用に作られた犬なんだ。最初は敵だったけど、オレに懐いてしまった」
幼稚園ぐらいの女の子と男の子が、二匹の犬を見つけて歓声をあげた。ポチも、ハナも子供たちが大好きで、二匹と二人は、河川敷を走り回っていた。子供たちは犬を掴まえようと必死。ハナは、二三分で女の子に掴まえられ、喜んでいる。ポチが吠える。相手にして欲しいのだ。
ハナも気まぐれで、すぐに女の子の手から逃げると、ポチを追いかけ始めた。
二人と一匹に追いかけ回され、ポチはご機嫌。傍らで見ているお母さんたちも安心な犬だとわかったのだろう、子供たちと同じように笑っている。
ポチは、巧みに身をかわし、なかなか掴まえさせない。
一瞬だった。
男の子が飛び込むようにしてポチを掴まえようとし、ポチは、たちまち身を回転させた。すると風が起こって、男の子は吹き飛ばされ、数メートル先の川に落ちてしまった。
「あ、あいつ、昔のクセ出しやがった!」
滝川は、土手を駆け下り、川に向かおうとした。
ポチは、一瞬で状況を把握し、川に飛び込み、ほんの数秒で、男の子を助け上げた。
男の子は、水浸しになったが、泣きもせずにポチをもみくちゃにしていた。お母さんが、男の子を裸にして、タオルで拭いている間、ポチは申し訳なさそうに頭を下げてあやまっていた。
「一応、飼い主も謝っとくか。あ、その前に」
滝川は、バッグの中から紙飛行機を取りだし、こう言った。
「飛ばすから、ずっと見てて、落ちたところが分かるように。えい!」
紙飛行機は、スッと空に飛んでいった。そして肉眼では見えない視界没になった。友子の目は自動追尾が出来る……一瞬紙飛行機が消えた。
「え……」
声が出ると、そこは友子の家の前だった。カバンは足許に。紙飛行機は、ハナがくわえて尻尾を振っていた。
トモコパラドクス・70
『ミズホクライシス・激突』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……そのマッタリ生活が破綻。第五世代の義体の攻撃を受けた。
乃木坂に着いたと思ってドアを出たら、そこは渋谷の駅前だった。
自分でワープしたわけじゃない……誰かにワープさせられたんだ。その瞬間殺気を感じ、アナログで高速移動した。滝川さんからもらったメモリーの直感だ。
移動の瞬間、すぐ前にいたオジサンの首がすっ飛ぶのが見えた。ワープしたバスケ通りからでも、オジサンの体が立ったまま、二メートルほどの高さに血を吹き出しているのが分かった。首のないオジサンの周囲に悲鳴が上がった。
友子は、あらかじめ制服を直ぐに変換できるようにしていたので、バトルスーツになっていた。
0・5秒で、敵の位置が分かった。交番の前で、スマホを見ながら歩いているフェリペの女生徒が、それであると知れた。右手のスマホがパルスブレイド。使用後の55度の余熱が感知できた。友子は躊躇せずに、パルス弾を撃った。敵はスマホを見ながら一瞬驚いた顔になったが、次の瞬間、パルス弾の直撃で、80%生体組織である第五世代の義体が血しぶきと生体の断片や肉片をまき散らしてバラバラになった。周囲で、また悲鳴が上がった。並の人間には、自爆にしか見えないだろう。敵は、わざと通常のパルス弾を使っている。あいつらは義体専用のパルス砲を持っているはずなのに……!
「お母さん、敵は、まだ4体いる!」
ミズホがワ-プしてきて耳元で囁いた。瞬間パルス弾の気配。ミズホはワープで、友子はアナログの高速移動で、一体の義体の後ろに回り込んだ。義体は青学あたりの女子大生に擬態し、パルス弾発射直後に前方にシールドを張っていた。
「アナログの高速移動は分からないようね」
言いながら、パルスブレイドで縦に真っ二つにした。一瞬右半身が反応して振り返ろうとしたが、左半身が付いてこず、生体組織と大量の血液を吹きだして倒れた。次の瞬間には、三方からパルス弾が飛んできた。側にいた通行人三人が、友子の代わりに弾を受けてバラバラになった。
「卑怯だ! 一般人を巻き込んで!」
高速移動しながら、友子は悔しくなった。高速移動で、姿をくらませるのは二秒が限界だった。二秒後には、居場所が突き止められ、パルス弾が飛んできて、その都度通行人が犠牲になる。
高速移動に、乱数は使っていない。使えば、すぐに読まれて、攻撃されることは、学校の屋上の戦いで分かっている。
――ミズホ、ワープは直ぐに読まれる。乱数無しの高速移動で!――
滝川からもらったメモリーのお陰だろう。友子は、人にも物にもぶつからずに移動できるが、ミズホは無理なようで、主に建物の陰や屋上を使って移動している。二度目にすれ違ったとき、ミズホの右腕は無かった。
三体目を倒したとき、友子はおかしいと感じた。
もう、敵の残りは一体のはずなのに、攻撃の密度が変わらない。この一帯には、友子達が逃げられないようにバリアーが張ってあるので、敵も新戦力の投入は出来ないはずだ。
――お母さん、こいつら、五分で復活する!――
――ミズホ、冷静になって。生体を破壊しても、こいつらは破壊されたことにはならない。おそらくCPUが生きている限り、リペアしてしまうんだ――
――ど、どうしたら、キャー!――
――ミズホ、どうした!?――
――左足が!――
友子は、0・1秒遅らせて、ミズホの前に出た。櫻女学園のナリをした義体が、ミズホにトドメを刺そうとしていた。友子の反撃を予想して、背中と側面にはバリアーを張っていたが、パルス砲を撃つために、前はがら空きだった。
パルス弾で破壊したあと、CPUを探した。0・4秒で発見した。
「くそ、足の踵にあったんだ!」
一撃でCPUを破壊したが、寸前にCPUは信号を発していた。
直感だった。信号を受信し、ほんの一瞬信号を送ってきた義体をアナログの高速移動で追いつめた。さすがに歴戦の義体たちのメモリーだ、30秒で追いつめ、バリアーが張れないように、敵を抱きしめ、パルス砲の右手を捻り、しっかりと、右足の踵をぶち抜いた。神楽坂高校の女生徒に擬態していた義体はぐったりとなって、動かなくなった。
「こいつが、司令義体だったのね……」
残り3体を破壊しようとして、移動しかけた刹那に体が反応して、横様に飛び、死んだふりをしていた義体の頭をパルス弾で破壊した。直後、右頬をパルス弾がかすめた。司令義体のメインCPUが直前に命じた指令で、右腕がパルス弾を撃ったのだ。
あとの三体は、第四世代に司令義体による再生機能をつけただけの改良型だったので、司令義体を破壊したあとは、容易く破壊できた。
ミズホの手と足の再生を手伝い終わったころに、救急車とパトカーが何台もやってきた。
渋谷、早朝無差別テロと、マスコミは報じた。犠牲者は13人。そのうち身元が判明したのは8人。残りは義体である。判明のしようがない。
その身元不明の遺体のDNA鑑定に入る前に、遺体は20%の金属部品と共に消えてしまった。
今度は、こちらから、仕掛けなければと、決心する友子であった。
ライトノベル・トモコパラドクス・69
『ミズホクライシス・膠着』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……そのマッタリ生活が破綻。第五世代の義体の攻撃を受けた。
早くしないと、いい犬は売れちゃうよ!
友子は子どものように時めいていた。
太田のハニートラップを始めとする、C国同業者の問題やら、先日の第五世代の義体からの攻撃などで、鈴木家の面々は、少しナーバスになっている。
「ねえ、犬飼ってみようか?」
母であり、義妹である春奈が言い出した。友子のCPUも、予期せぬ提案に安息とメンテナンスへの自然な効果を予感した。
「ネットで検索してたら、この店が目に飛び込んできたの!」
で、隣接するA市のペットショップに、一郎の車で急行することになった。
車に乗り込むとき、お隣の中野のオッサンと目が合ったが、自然な挨拶ができた。中野のオッサン……いや、中野さんも、元高校教師らしい落ち着きを取り戻してくれたようだ。
「この子! この子がいい!」
まるで、吸い寄せられるように店の奥の柴犬のゲージに向かった。
友子は、義体なので、人にしろ動物にしろ、その性格や特徴などが一発で分かる。ペットショップに入ったとたんに、無意識にCPUを犬の識別に特化させた。
そして、飛び込んできたのが、目の前の生後40日の柴犬であった。DNAまで鑑別し、その可愛さ、かしこさ、健康、自分や家族との相性など、撫で回すように何度も繰り返しトレースした。この子にも、その気持ちは伝わるようで、尻尾を千切れんばかりに振った。
「よし、物事は直感が大事だ。春奈、こいつでいいか?」
「う~ん、賢そうね。犬ぐらい賢いのにしとこうか」
「なんだか、それじゃ、あたしたちがバカみたいじゃない」
「ハハ、こいつに見習って、おれ達も少しかしこくなろう!」
そういいながら、一郎は子犬の説明書きを。春奈は値段と、ここ一年に子犬にかかる費用を計算していた。
ゲージとキャリーもいっしょに買ったころには、犬の名前も決まった。
帰り道は、穏やかな道を選んだ。
「ハナ、もうじきお家でちゅよ~」
キャリーから出して、後部座席で、春奈が付けたばかりの名前で、子犬とじゃれていた。
「あ、あのお店、ペット持ち込み可だよ!」
ちょっとした林の側に、コーヒーショップがあった。その名も「ドッグズ」
店に入ると、かわいいオネーサンがオーダーを取りに来た。ちゃんとペット用の飲み物もある。
「まあ、お宅の子になったばかりなんですね。じゃ、子犬用のミルクサービスさせてもらいますね!」
その子がジュンであることは、入店と同時に分かった。友子は瞬間で自分の分身を作り、自分は別の女性に擬態して、化粧室から現れ、窓ぎわの滝川がいる喫煙席に着いた。
「おまたせ」
「どうやら、また一苦労の様子だね」
「うん、一昨日、第五世代の義体に襲われた。友だちが助けてくれたけど、危ないところだった」
「あの義体は自信作のようだったよ。まだ名前もないプロトタイプのRXだけど、いきなりの実戦投入。君が勝てる確率は1%もなかった。紀香くんの機転で助かったんだ。来週には、また攻勢に出てくるだろう」
「ハ~……」
友子がため息をつくと、雑種だけど、毛並みのいい中型犬がやってきた。
「ぼくの相棒、トモちゃんのため息にも反応するようにしてある。ポチ、それ渡して」
「アウ~ン」
ポチが、アゴの下に隠していた、それを渡してくれた。
「首輪?」
「ああ、それを付けておけばハナちゃんはワープできる。トモちゃんの思念だけに反応してね。いずれ、役に立つときがくると思う。それから、君には、これをあげよう……」
いきなりCPUにメモリーが飛び込んできた。反射的にCPUはウィルスと認識して、拒否した。
「大丈夫だよ。ボクと仲間の戦いのメモリーだ。第四世代の我々だけど、経験値は第五世代には負けない、きっとなんかの役に立つ」
「ありがとうございます」
友子は、そのメモリーを受け入れた。ザワっと全身に粟粒がたった。
「スゴイ戦いを経験されてきたんですね……」
「具体的な戦闘のメモリーは再現できないようにしてある……十六歳の君には、凄惨すぎるからね。あ、タバコ切らしちゃった。ごめん、向かいのタバコ屋で買ってきてくれないかな」
「いいわよ」
道路を渡ると、すぐ後ろにマイクロバスが止まった。
「かなこぉ、どこ行ってたのさ!」
「へ……」
そのとき、友子は初めて自分がももタロのメンバーの一人に擬態していることに気づいた。
――本物は、体調不良で、ボクが保護している。悪いけど半日代わってあげて――
――滝川さんって、ももタロのファンだったんですか!?――
返事はなかったが、半日ももタロをやる決心をした。一郎と春奈が、友子の分身とハナを車に乗せて道路に出てくるのが目の前に見えた。
で、当然のごとく、ドッグズはただの林の一角に戻っていた……。
トモコパラドクス・68
『ミズホクライシス・予兆』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……そのマッタリ生活に破綻の兆しが……。
退屈な授業が終わって大あくびすると、隣の麻衣の視線を感じた。
「ハハ、ノドチンコまで見えちゃった!」
「なによ、麻衣の視線感じたから……」
アクビと一緒に出た涙を手の甲で拭っている間も、麻衣は笑っている。
「大あくびの顔のまま、人の顔見ない方がいいよ。なけなしの可愛さが台無しよ」
「いつになく絡むわね、このコーラ女」
「ちょっと目ぇ覚まししに行かない?」
友子の返事も待たずに、麻衣は、教室を出て行った。
「まだ、三時間目の前だよ。コーラ飲むか普通?」
「友子も飲みなよ、目が覚めるから」
自販機のボタンを、拳で叩いたら、二個出てきた。
「あ、ラッキー! ほれ」
麻衣はコーラを、友子に投げて寄こした。
「よそで飲もう、人の目に付くから」
そう言って、校舎の階段に向かった。入れ違いに自販機の前を、生指の池波が通るのを感じた。乃木坂学院は、休み時間も自販機は動いているが、生指は、あまりいい顔はしない。特に、昼休みでもないのに教室に飲み物を持ち込むのは御法度である。
「あれ……」
「ドンマイ、ドンマイ」
いつもなら施錠されている屋上へのドアの鍵が開いていた。さすがに友子は警戒し始めた。しかし、屋上をスキップしながら給水塔の方へ行く麻衣は、まったくの麻衣で、脳天気さに変わりはなかった。
「プハー……ゲフ!」
いつも通り、顔に似合わない大きなゲップをする麻衣に、友子は苦笑い……で、気が付いた。ゲップの中に義体にしか分からない、暗号が含まれていたのである。
――お母さん、またヤツラが動き出した。気を付けて――
「瑞穂……」
「ゲフ――学校にスパイがいる――」
友子も、コーラをあおった。
「ゲフ――麻衣はどうしちゃったのよ?――」
「ゲフ――五十分だけ、トイレで眠ってもらった。次の時間には帰すわ――」
「ゲフ――情報をちょうだい――」
麻衣に化けた瑞穂は、残りのコ-ラを一気飲みした。
「プハー……ゲフ、ゲフ!――圧縮して送った――」
「ありがとう、コーラも、たまにはおいしいわね」
「だめでしょ、女の子が下品にゲップばかりして。屋上の使用も禁止のはずよ」
見知らぬ女生徒が立っていた。瞬時に友子は、全生徒の資料を検索したが、こんな女生徒はいない。
でも、義体特有のオーラもノイズも感じなかった。全身をスキャンしても、生身の人間である。虫歯の治療痕、二日目の便秘さえも読み取れた。
「気を付けて、こいつは新型の義体。あたしも、そうだけど……」
そう言ったとき、瑞穂はもう、自分本来の顔に戻っていた。横顔が自分に似ている。そう思ったとき、破壊の兆しを感じて、跳躍して給水塔の上に瑞穂と共にへばりついた。校舎内や、グランドから見られないためである。
「ここじゃ戦えない。ワープ……!」
ワープした瞬間、なにかに弾かれて、屋上に叩き戻された。
「この空間は閉じてあるの、ワープはできないわよ」
また、破壊の兆し。
友子は母子で跳躍し、屋上のコンクリートにジャンプの姿勢のまま降り立った。
「おかしい、今の衝撃なら、給水塔は破壊されているはず!」
「新型のパルス砲、義体にだけ効果があるの」
「分子変換は……」
「効かないわよ、ちゃんとバリアーを張ってある」
女生徒の義体がニクソク言う。
三十秒ほど屋上で、友子と瑞穂は逃げ回った。パターンを読まれないように、乱数ムーブにしたが、それでも読まれたようだ、二発ほどパルスがかすめていき、制服はズタボロ、髪はチリチリになってしまった。瑞穂も派手に動き、パルス砲を放ったが、バリアーに阻まれて、まるで効果がない。
――お母さん、この乱数を使って!――
瑞穂から送られた乱数で跳躍したが、やはり読まれている。三発目がかすめていき、ブラのストラップを吹き飛ばした。
――瑞穂、あなたの乱数も読んじゃった。あたしは第五世代の義体だからね――
ドーン……!
いきなり、女生徒の義体が、血しぶきと肉片、特殊金属のパーツをまき散らして爆発した。同時に、学校近くの空で、カラスが落ちていくのが分かった。
「危ないとこだったね」
左腕の肘から先が無くなった紀香が、屋上に跳躍してきた。
「今の、紀香が?」
「うん……」
「左手の先をミサイル代わりにしたんですね……でも、どうやって?」
「あたしはカラスを狙ったのさ。カラスとこいつが同軸で重なったところで、発射。こいつにはロックオンできないからね」
「ちょっと危ない秋になりそうね」
「感想言ってる前に、そのナリなんとかしなよ。もう千切れ掛けのパンツ一枚だぜ」
「紀香の片腕もね」
「それと、この義体の始末もね」
「こいつ臭いね」
「八割、人間と同じ生体組織だから」
友子は、義体の残骸を分子分解し、そこから制服と、紀香の左手を、間に合わせに合成した。
「この左手、動かないよ」
「とりあえずのダミー。組成が違うんで、完全に同じものはね。昼休みにでも、診てあげる」
「たのむよ。これじゃ、ご飯もたべられやしない」
学校の前の道路でノビていたカラスは、やっと脳震とうが治って「アホー」と一声鳴いて飛んでいった。
危険な秋を感じさせる風が三人の頬を撫でていった……。
トモコパラドクス・67
『今は もう秋……』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……
なれの果てから、またメールが来た。これでもう三通目である。
主に高校演劇の在り方や、津波のことをとりあげることの説明をしている。
友子も、大人しく恭順の意を示せばすむことなのだが、こういう情熱と現実からの逃避を取り違えたオッサンは許せなかった。
フェリペのなれの果ては、山坂といってS劇団を出ている。
三通目を二度見たときに感じた……。
「あら、本当に来るとは思わなかった」
「オレも、本当に来てしまうとは思わなかった」
江ノ電『鎌倉高校前』のプラットホームで、友子は、ある女性に擬態して山坂を待っていた。学校には、自分の分身を行かせている。
「水曜が休みだってこと、覚えていてくれたんだ」
「三回、学校休んでデートしたでしょ」
「二回だ。古い思い出だけど、まだ記憶は確かだ」
「いいえ、三回。二回目に海辺でキスして、三回目は、ホテルの前で、先生は車停めたの」
「ハハ、あんな冗談、まだ覚えてんのか」
「じゃ、あのファーストキスも冗談だったんだ」
「若かったんだ……」
それきり、二人は黙り込んで、目の前に広がる湘南の海を見つめた。
十分ほどすると、下りの電車がやってきて、遅刻した生徒が二人降りてきた。生徒は二人に興味を示すこともなく、改札を出て行ってしまった。それをきっかけに山坂が口を開いた。
「海辺に出ようか」
「うん、稲村ヶ崎の方に行こう」
天気は良かった。前線は、遠い日本海側を通過中たが、湘南は波が意外なほど高く、犬を散歩させている人を二人見ただけで、サーファーの姿はなかった。
「なんだか、二人で砂浜買い占めたみたいだな」
「フフ、十五年前も同じこと言ったよ」
「ハハ、オレって、進歩ねえなあ」
「その表現はよくないな。せめて、変化しないぐらいがいいよ。それも胸張って」
「なんだか、それじゃ、オレが自信うしなったみたいじゃないか」
「先生、三回目に言ったよね。十八になったら免許取れって」
「ああ、車に乗ったら世界が変わるからな」
「だから、免許取ったんだよ」
「ほんとか、オレ知らなかったぞ」
「卒業まで、内緒にしておこうと思ったら、ほんと、先生が言う以上に世界が変わっちゃった」
「おまえの世界が変わったのは認める。自動車を通り越して飛行機だもんな」
「わたし、CAやりながら、世界中のお芝居観てんのよ」
「ほう……」
「ねえ、石の投げっこしましょうよ」
「この波じゃ、水切りは無理だぜ」
「砲丸投げよ。どこまで投げられるか」
「ハハ、そんなの勝負にならないって」
「CAをバカにしちゃいけません。はい、これくらいかな」
友子は、ソフトボールぐらいの石を二個拾った。
「一二の三よ!」
「分かった」
二人で声を揃えて、石を投げた。友子の石が少し遠くに飛んだ。
「やったー!」
「同じくらいさ。でも、力つけたな」
「去年、中央大会観にいったのよ」
「なんだ、顔ぐらい出せばいいのに」
「わたし、顔に出ちゃうから」
「……どういう意味だ?」
「ちっとも変わってないとこ。ああ、こんなのを日本一の高校演劇だなんて思ってたんだ。ヤでしょ、そんなクソナマイキなOGは」
「無理いうなよ。たかが一二年で舞台に立つやつばっかなんだぞ」
「CAだって同じ。劇団の研究生だって、同じよ。でしょ?」
山坂が、何か言いかけると、友子は、134号線の下に行った。
「あった!」
「なんだよ……」
「ファーストキスのしるし!」
「え……」
「あのあと、先生、ずっと海見てたでしょ。わたしその間に、このコンクリートに石でシルシつけたの」
「どれ……?」
「これ!」
「……この縦棒か?」
「縦棒じゃないわよ、少し斜めだけど、アルファベットの『I』よ」
「I……イニシャルじゃないな」
「アイよ。愛を一番簡単に、人に分からないように書こうと思ったら、これが一番でしょ」
「そうなんだ……」
山坂と友子の目があった。ひとしきりの潮騒……山坂が、一歩友子に近づいた。友子は静かに目を閉じた。
「な~んちゃってね。ハハ、その気になった?」
「バ、バカにすんのか!?」
「尖ってはいけません。わたしは、今日、これをこうしに来たの……」
友子は、勢いよく『I』に横棒を付け加えた。
「ペ、ペケ!?」
「違うプラスよ。足す引くの記号のプラス」
「プラス……」
「そう、先生も人生の半ばは過ぎたんだから。プラス思考でいかなきゃ」
「プラス思考か」
山坂は、しばし、その記号を手でなぞった。
「碧(みどり)……」
山坂が振り返ったとき、碧の友子の姿は無かった。
噂では、フェリペの山坂の指導が変わったそうである。友子にメールが来ることも無くなった。
そして、数か月後、山坂は知った。碧という卒業生は、着陸事故で、乗客を助けようとして、たった一人殉職していた。
そう、あのプラスは、墓標のシルシでもあったんだ……。
友子は、やっとトゲが一本抜けたような気がした。
トモコパラドクス・66
『……なれの果て』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休みも終り。さあ、いよいよ九月だ!。
なれの果てからメールが来た。
友子は、またムナクソが悪くなってしまった。
昨日の九月一日は防災の日で、あちこちで防災訓練などが行われた。
しかし、一般の高校生である友子には関係なく、そぼ降る雨の中、演劇部の城中地区の地区総会に部員全員……と言っても、妙子と紀香の三人で参加しにフェリペ学院高校まで、地下鉄で行った。
友子はおぼろにに感じる土地の記憶に、センサーの感度を上げた。
土地や空間というものは、激しい事件や、事故があると、記憶として焼き付いてしまうことがある。夏休みに軽井沢大橋で見た女性などは、まさにそれで、勘の鋭い人には見えてしまい、幽霊と勘違いされる。
東京は、あちこちの空間が戦時中の記憶を持っており、感度をノーマルに設定していても、そういう記憶がよく飛び込んでくる。
でも、昨日は違った。阿鼻叫喚地獄ではあったが、それは関東大震災のそれであった。三年前の震災もひどかったが、リアルに見える友子には、火事で焼け死ぬ人が多く、所によっては、東京大空襲のそれよりも悲惨なところもあり、友子は、そっとセンサーの感度を下げた。紀香も同様に下げたのか、目が合って、思わず互いに顔を伏せてしまった。
地区総会会場のフェリペ学院は、東京でも名うての名門演劇部で、総会の前にフェリペ学院の作品の参考上演がある。昔は、総会の定足数に達するまでの時間、先に来た学校の人たちが退屈しないように、簡単なエチュードを見せるだけだったが、あまりに上手いので、近年は、フェリペ学院の自信作を見せるようになり、フェリペ学院の演劇鑑賞会のようになってきている。
「まあ、良くも悪くも勉強になるから」
紀香の、その言葉で妙子も友子も付いてきたのである。
客電が落ち、会場が暗くなると、薄いブルーのライトが微かに点いて、雨合羽にビニール傘を持った女の子達が観客席に八人ほど現れ「ジャスト レイニング ジャスト レイニング……と、あどけなくではなく、幽霊のように陰鬱に唄う。そして、カットオフしたかと思うと……。
ドーン!!
特大の和太鼓を叩いたような音が暗闇のなかで、響いた!
無垢な妙子は、これ一発で、芝居の世界に引きずり込まれたが、スレている友子と紀香は、ご大層な客の掴み方をするものだと、かえって、あとの展開を心配した。プロ、アマ、高校演劇にかかわらず、こういう幕の開け方をして、肝心の芝居で崩れるところが多いからだ。
闇の中で、緞帳が開き、薄暗がりのなかで、這いつくばったような十人ほどのコロスが、「ヘーイ、へーイ……」と口々に観客席の方に手を伸ばし、誰かに呼びかけている。
――ああ、これは……津波の芝居だなあ――
――みたいね、ちょっと違和感だけど――
友子は紀香と、CPU同士で会話した。
――『ツー・ナミ』って、タイトルだから、もっかい津波の描写があるわよ――
紀香が見切ったように言った。
話は、こうだ。震災の被災地から「波」という名前の小学生が、東京に疎開してくる。波は津波の中、避難中に姉の「海」の手を放してしまい、姉はそのまま行方不明になってしまう。波は、姉の手を放してしまったことがトラウマになってしまい、ほとんど口をきかない子になってしまう。夜になると、時々押しつぶしたような声で独り言を言う。その声が、姉の海とそっくりなのである。
そんな波を、疎開先で不憫な目で見る大人達、同情しながらも気持ち悪がる子供たち。
その子供たちの中に奈美子という同年配の女の子がいる。この子だけは、波のことを、ちゃんと友だちとして扱ってくれる。
そして、奈美子は、姉の手を放してしまった罪悪感から波を解放してやろうと、その瞬間を再現してみせる。
今度は、ソヨソヨ、ヒタヒタという音がしだいに大きくなり、耳を圧するほどになり、照明は、それに反比例して、暗くなる。そして、波は気づく。
「手を放して! 波まで津波にさらわれる……」
そう言って、姉の海は、自分から手を放して行った……。
「わかったでしょ波。お姉ちゃんの気持ちが……」
「でも、でも、あたしが海姉ちゃんの手を放してしまったことに変わりはない。あたしが悪いんだ」
「お姉ちゃんは後悔してないよ、波を助けられたんだから。それにお姉ちゃんは独りぼっちじゃない」
奈美子が、そう言うと、数人の子供たちがやってくる。
「あたしたちもね、不慮の事故で死んだ子達なんだよ。みんな、新宿やら環八やらで、交通事故で死んだんだ。お姉ちゃんも、あたしたちも同じ。仲間なんだから、そして仲良くやってるんだから!」
と、同化と友情のカタルシスで幕が降りる。
「いかが、でしたか。感想があったら遠慮無く聞かせてください!」
演じ終わった充足感いっぱいに部長がマイクを握った。
「凄かった」「感動した」「迫力ありました」「上手かったです」などの感想が続いた。
「一言いいですか」
紀香が手を上げた。
「はい、乃木坂学院さんですよね?」
「ええ、部長の白井紀香っていいます」
「はい、どうぞ」
「津波で亡くなった子と、交通事故で亡くなった子とでは、死の意味が少しちがうと思うんです。この芝居は、共感と、そこから来るカタルシスを見せんがために、作られたもので、作る動機が……ちょっと違うと思うんです。カタルシスのために津波を素材にしただけ、津波の効果も、劇的な効果を狙っただけで、被災者の方々の実感とはかけ離れています」
その時、顧問の先生が舞台に上がり、語り始めた。
「そりゃあ、完ぺきだとは言わないけども、こうやって津波のことを取り上げることは意味があるんじゃないかなあ」
今度は、友子が発言した。
「先生は、この作品を書くにあたって、また、作るにあたってフィールドワークされたんですか?」
「そ、それは……」
その言葉で、友子にも紀香にも分かってしまった。このR学院の先生は若いころに劇団Sにいた、思うところあって高校の先生になり、自分のクラブを劇団にしてしまったのだ。友子も紀香も、場や空間の記憶として、かつての災害や、戦災をじかに知っている。だから違うと感じた。この人と、これ以上話しても無駄だと感じた。
「ま、芝居の作り方って、それぞれですから。どうぞ、これからもご精進ください。失礼しました」
それで、終わらせるつもりだったが、その後の総会が終わったあとも、友子達を論破しようと、この先生は口に泡をとばした。
友子も紀香も穏やかに聞き役にまわり、最後は、メアドの交換までやった。
「演劇青年のなれの果てだね……」
「あんな言い方しなくても、よかったんじゃない?」
と、妙子は、乃木坂学院の良心を代表するように、控えめに言った。
「でも、あんなの誉めてたら、東京の高校演劇がダメになっちゃうよ」
すると、妙子が意外なことを言った。
「ダメになるんなら、一度潰れてみてもいいんじゃないかな」
で、友子は、今朝、ムナクソの悪いメールを持て余しているのであった……。
トモコパラドクス・65
『お隣の中野さん・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休みも終り。さあ、今度は、お隣の中野のオッサンだ。
「中野のオジサン、自己嫌悪なんて簡単なところに逃げ込まないでね」
正直、中野は自己嫌悪というような麗しげなものではなく、ただパニックに落ち込んでいるだけだった。しかし、七十歳にもなろうかという元高校教師に自己分析をさせ、正しい十年余りの余生(日本人の平均寿命から割り出した)を、心静かに送ってもらうには、自己嫌悪のうちに閉じこもっているだけでは、なんの進歩ももたらさない。
なんと、友子は七十歳の元教師を、ソクラテスのように論破し、中野の精神を救済させようとしている!
「中野のオジサンは、昭和42年から、ずっと独身で、教師と党員であることに生き甲斐をもって生きてきたのよね」
「その命題の置き方は間違えている。わたしがずっと独身であったことと、教師、党員であったことを並列に並べれば、誤謬に満ちた結論しか導き出せない」
「もう、ムツカシイこというんだから。ガチガチの教師で、コチコチの党員だったから、女性に巡り会う機会が無かったのよ。あ、話は最後まで聞いてね。オジサンは、そうでありながら、求めている女性像は、まるで違った……ここに不幸があった」
「……どういうことかね?」
「オジサンは、自分と同じ、教師であり、党員である女性には魅力感じなかったのよ」
「それは、意味が違う。彼女たちは、同志であり、そういう対象なんかではない!」
「じゃ、簡単な実験」
友子はタブレットを出した。
「今から、ここに八人づつ女性の写真が出てきます。時間は二秒間。ただ見てくれるだけでいいから」
「見るだけで、いいのか?」
「うん、いくよ」
友子は、八人づつ、延べ1600人の若い女性の写真を見せる。それは、過去に中野が出会った、同僚、後輩、そして生徒。通勤途中で電車の中で、チラ見したのから、無意識な憧れを持った女性などから選ばれた人たちであった。友子は、二秒間の間に、中野がどの女性を見、瞳孔の開き具合から血圧、心拍数まで計って結論を出す。
「じゃ、今から、一つのグループを一人0・2秒ずつ見てもらいます……」
中野の瞳孔は小さくなり、心拍数、血圧も低くなっていった。簡単にいうと興味が無いのだ。
「じゃ、次のグループ行きますね……」
中野の瞳孔は大きくなり、心拍数、血圧も高くなった。要するに、好みの女性達であった。
「なんだか、懐かしいような顔もあったような気がするが」
「オジサンが、興味を持たなかったのは、同業の党員、またはそういう傾向を持った女性。興味を持ったのは、そういう思想的な傾向とは真逆な女性達。で、魅力を感じた女性の平均値を出すと……これ」
それは、オカッパに近いボサボサ髪、今で言うとボブに分類される女学生の姿であった。試しにほんの0・1秒水着姿にしたが、中野には変化が無かった。
「オジサン、やっぱりダテに七十年生きてないね。反応がとても複雑だわ。憧れと、反感が両方ある」
「そうかい、自分じゃ意識してないけど」
友子は、その平均値を数値化して、自分のCPUのデータと照合してみた。
なんと、一番の近似値は、友子自身だった。
でも不思議だった。普段、隣から感じる中野の視線は、顔、胸、お尻で、関心の順は逆で、単純なスケベエジジイだと思っていたが、さっきの水着姿には反応していない。
『おまえは、また資本論なんか読んで。こんなもんで世界なんか理解できないわよ。弟が時代遅れのマルクスボーイだなんて、姉ちゃんやだからね!』
瞬間、中野のお姉さんの姿が、言葉といっしょに浮かび上がった。
――そうか、女性の理想像は、お姉さんなんだ……十七で亡くなってる。これが意識下にあったんだ。ちょっと、あたしにも似てるなあ――
甘いと思われるかもしれないが、友子は、その日のことは何も、誰にも言わなかった。それどころかフェイスブックから、中野と共通の友人が一人いる59歳の女性にフレンド依頼を中野宛てに出させた。自然で無理のないタイプの女性だった。
心拍数などを計っていて、友子には分かってしまった。中野の寿命は、あと二三年。友子でも手の施しようがない心臓と、血管の障害がある。若い頃の教師時代の無節操が祟っている。中野は彼なりに、いい教師を勤め上げた気で居る。
資本論をバイブルに、タイプの女性と晩年に仲良くなって生涯を閉じてもいいんじゃないかと思う友子であった。
トモコパラドクス・64
『お隣の中野さん・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休みも終り。さあ、今度は、お隣の中野のオッサンだ。
後ろから音もなくやってくるワゴン車には、とっくに気づいていた。
車は友子をいったん追い越して、前方、電柱一つ分のところで止まった。ナンバープレートは偽装してある。
友子は、女子高生らしく、少し怯えた風で車の横をすり抜けようとした。むろん車の助手席側である。チラ見した車の中に人影はなかった。
「静かにしろ、黙って車に乗るんだ……!」
くぐもった男の声がした。男は友子の背中に鋭いものを当て、左手で、友子を抱きかかえるようにして、助手席側に回ると、友子を。助手席に押し込んだ。この時男は、友子の胸を握るように押さえ、押し込むときにお尻を同じように掴むようにした。正直キモかった、お決まりの目隠しもされたが、友子は我慢した。
「さ、騒ぐと、こ、殺すからな!」
「は、はい……」
車は発進し、男は、震える手でボタンを押した。ナンバープレートが切り替わった。なかなかのスグレモノである。むかしマジックに凝っていたときの技術が生きたことに、男は、これから先の計画も成功するのではないかと、期待に胸を膨らませた。
男は、ルート上の防犯カメラをチェックし、なるべく写りこまない生活道路を選んで、目的地に着いた。
住宅地を少し離れた廃工場の一つのシャッターが、男のリモコンで開いた。瞬間男は周囲を見渡す、手順が僅かに狂ったのである。本来なら、暗視スコープで周囲の安全を確認してから、シャッターを開けるはずだった。やはり、根は小心者、僅かなミスに気が動転するが、周囲の安全が確認できると、ゆっくりと車をバックで工場に入れ、シャッターを閉めた。
友子は、予定通り全身にショックを感じた。シートのリクライニングがいっぱいまでまで倒されたのだ。胸には制服越しに鋭利なものが当てられ、男が全身で覆い被さってくるのを感じた。男の荒い息が聞こえる。友子が後ずさりすると、後部の座席は倒され、畳二畳近くの平たい空間になっていることが分かった。
「いい子だ、大人しくしていたら命までは取ろうとはいわないからな……!」
胸に当てられた鋭利なものが、制服にくいこんでくる……ようし、予定通りだ。
男の頭には、もう次の自分の成功した様子が、シミュレーション通りに頭を駆けめぐった。
セーラー服は、女の服で一番脱がせやすい。ファスナー一つと、上下のホックを外せば、バナナの皮を剥くよりもたやすい。そして、その次は……。
「そこまでよ、中野のおじさん」
それまで恐怖におののき、身を震わせていた女子高生が、ガラリと落ち着き払った声で、まるで、試験時間の終了を告げる教師のような声で、なんと正体まであばいて言ったのである。
「ウ、ウワー!」
パニックに落ち込んだ中野は、大声をあげ、車から這い出ようとした。
――もう、これじゃ、逆じゃんかよ!――
友子は、中野の足を掴まえると、後部の二畳足らずのスペースに、引きずりもどした。
「さあ、そろそろヘリウムガスの効き目もなくなったでしょう。あれで声変えられると、笑い堪えるの大変なのよ」
いよいよ、ジイサンといってもいい、隣人・中野のオッサンへの友子の説教が始まる……。