大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

宇宙戦艦三笠20[空母遼寧の船霊ウレシコワ・2]

2023-02-07 09:21:54 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

20[空母遼寧の船霊ウレシコワ・2]   

 

 

 

 Расцветали яблони и груши……Поплыли туманы над рекой;……Выходила на берег Катюша……


 彼女は小さく「カチューシャ」を口ずさみながら、やってきた。

「なんだかメーテルみたい……」

 天音呟いたとおり、黒のコートに黒の毛皮帽にブーツといういでたちで、艦首の甲板に佇んでいる。

 艦首のそこだけが黄昏色に染まって横殴りに雪さえ降っている。俺は、広瀬中佐の戦死を知って、はるばるペテルブルグからシベリア鉄道に揺られ、大連駅のプラットホームに降り立ったアリアヅナのように思えた。

「遼寧のウレシコワさんです……」

 クレアが冷静に、しかし語尾は濁して呟いた。

「なんだか、ワケありだな」

「あんなとこ寒いよ!」

「ちょっと!」

 トシは、天音が止めるのも聞かずにブリッジを降り、艦首のウレシコワの元に駆けた。遼寧として発見した時は「放っておこうよ」と言っていたのに、訳の分からん奴だ。

「なんだか、トシ君、鉄郎みたいね」

 船霊のみかさんといっしょにミケメたちネコメイドも現れて、あっという間にウレシコワ歓迎の形ができてしまった。

「やれやれ」

 これ以上抱え込んで大丈夫かという気持ちもあったけど、この雰囲気を無下にすることもできない。

 テキサスジェーンといい、ボイジャーのクレアといい、宇宙戦艦三笠は宇宙的規模で頼られるように出来ているのかもしれない。

 

「遼寧では、つっけんどんでごめんなさい」

 

 ブリッジに着くと、以前のウレシコワと、打って変わった穏やかさで頭を下げた。

「ブリッジじゃ狭いわ、長官室でお話しましよう」

 みかさんの提案で艦尾の長官室に向かった。ウレシコワが艦内に入ってから、心なし……いや、はっきり寒い。

「ウレシコワ、どうしてこんなに寒いの?」

「ごめんなさい。たぶん、あたしの心が寒いから……」

 メーテル風の暖かそうなコートは見せかけだけではなかったようだ。

 

 長官室はスチームが効いて、そんなウレシコワをさえ包み込むような温かさになっていた。

 

「なにか、暖かいものを頂きながら、お話しましようか?」

「じゃ、わたしに作らせて」

 ミカさんの提案に、ウレシコワは全員分のボルシチ風鍋を作った。甲斐甲斐しく給仕をするウレシコワだが、どこか屈託がある。

「いつまでも、三笠にいてくれていいのよ」

 ミカさんの言葉は、クルーたちにもウレシコワにも意外だった。

「なにもかも、お見通しのようね……」

 ウレシコワは、安堵したようにオタマを置いた。

「いっしょにピレウスに行きましょう。ピレウスへの旅は、どこが勝ってもいい。どこかの国の船が、寒冷化防止装置を受け取れればいいの。これは全人類と、全ての船霊の戦いなんだから」

「わたしは、三笠に勝ってほしい。わたしもクルーとして働くわ。三笠こそ勝つべき船なのよ」

「どこが勝っても、誰が船霊でも、それは地球の勝利よ」

 そう言うと、ミカさんは、オタマを置いて所在無げなウレシコワの手を取った。

 ネコメイドたちが食後のお茶を給仕してくれる。

 そのティーカップの紅茶が微かに揺れて、三笠は増速した。


 

☆ 主な登場人物

  •  修一(東郷修一)    横須賀国際高校二年 艦長
  •  樟葉(秋野樟葉)    横須賀国際高校二年 航海長
  •  天音(山本天音)    横須賀国際高校二年 砲術長
  •  トシ(秋山昭利)    横須賀国際高校一年 機関長
  •  ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
  •  メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
  •  テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊
  •  クレア         ボイジャーが擬人化したもの 
  •  ウレシコワ       遼寧=ワリヤーグの船霊
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宇宙戦艦三笠19[空母遼寧の船霊ウレシコワ・1]

2023-01-11 18:23:28 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

19[空母遼寧の船霊ウレシコワ・1]   

 

 

 レベルマックスのワープが終わると後方に中国の航空母艦遼寧が感知できた。

 こちらがワープ完了直後の静止状態なので、微速で三笠の後を追っている形になっている。

「遼寧に連絡――救助の必要有や否や?――」

 副長の樟葉が、俺が言い終わる頃には連絡をし終えていた。ワープの間に見た夢のせいか、二人の呼吸はとても合ってきた。

 遼寧は、元ロシアの航空母艦だったので、見かけはいかつく堂々としている。ブリッジを中心とする上部構造物は、クリンゴンかガミラスのそれを思わせるほどにマガマガしい対空、対艦兵器が各種のむき出しのレーダーと共に取り囲んでいて、いかにも頼もしい。艦首はバルバスバウ(球状艦首)とよくバランスの取れたジャンプ台式の滑走甲板。アメリカの空母に比べると小ぶりではあるが、見かけは立派な航空母艦だ。

 それが、時速300キロという、宇宙船としては静止しているのに等しい鈍足で漂流している。

「修一、矛盾する返事が複数きたわよ」

 樟葉が見せたタブレットには8通の返事があった。「本艦に異常無し、お気遣い無用」という木で鼻を括ったようなものから、「救援を乞う。本艦は操舵不能、漂流しつつあり」という悲壮なものまであった。

「放っておこうよ」

 トシはニベもなかったが、美奈穂もクレアも、様子を見に行った方がいいという顔をしていた。

―― ただいまより貴艦に接舷する ――

 そう返事をすると、これに反対する反応は返ってこなかった。

 遼寧には樟葉とクレアが向かった。樟葉は口数は少ないが冷静な判断ができる。クレアの分析能力は三笠のマザーコンピューターの次に優秀だというミカさんの判断だ。


 遼寧の艦内は荒れていた。

 三笠と違ってクルーは多いようで、数百の人の気配がした。

「ようこそ、艦内をまとめている紅紀文です。艦内の序列では3位ですが、とりあえず艦長代理と思ってください」

「船は停止同然のようですが、機関に故障でもあったんですか(。í _ ì。)?」

 クレアが、白々しい心配顔で聞いた。

 アナライザーを兼ねているクレアには分かっていた。この遼寧はウクライナから、スクラップとして中国が買ったもので、エンジンさえ付いていなかった。

 空母は、飛行機を発進させるため、30ノット以上の速度が必要で、元々は強力なガスタービンエンジンが4基ついていたが、スクラップと言うことで、エンジンは外されていたのだ。中国はやむなく商船用の蒸気タービンエンジン4基を付けたが、速度は20ノットしか出なかった。20ノットでは、対空、対艦兵器を満載した戦闘機を発艦させることができなかった。その他電子部品にも不備があり、日本製の民生品で間に合わせていて、まあ、実物大の航空母艦の模型に等しかった。

「もおおお、やって、らんないのよね(;`O´)!」

 ウサ耳をブンブンさせて、バニーガールコスのロシア娘が割り込んできた。

「遼寧の船霊さまよ」

 クレアが樟葉に耳打ちした。

「あ、ウレシコワ……!」

 紅紀文が慌てた。

「ズドラーストヴィーチェ」

 おざなりな挨拶だけすると、ウレシコワは紅紀文の横顔五センチまで顔を寄せて息巻いた。

「だいたいね、あたしは香港でカジノになる予定だったのよ! だからウクライナ出るころから覚悟決めて、こんなナリして頑張ろうと決心してきたのにぃ、今になって空母に戻るなんてありえないわよっ!」

「いや、だから艦内委員会にも諮って、今後のことは……」

「それに、よりにもよって、日本の三笠に救援頼むなんてどういう神経してんの!? ニェット! あたし、絶対やだからね!」

 なるほど、日本海海戦でボロ負けしたロシアとしては、日本の救援は受けにくいだろう。まして、こちらは当時の連合艦隊旗艦の三笠だ。

 船霊のウレシコワを挟んで、遼寧の代表者たちが集まって、もめはじめた。

 ウレシコワは、特別に背が高いわけではないが、網タイツに5センチのヒールを履いて40センチはあろうかというウサ耳を付けている。数十人の幹部乗員に取り巻かれても、耳がピョンピョン動いて、コミカルに目立つ(^_^;)。

「ああ、これはまとまらないわねぇ……」


 結局、盛大にため息をついただけで、樟葉とクレアはそのまま三笠に帰ってきた。


「あれ……でも遼寧、動き出してるぜ」

 二人が三笠に帰ると、トシがメインスクリーンの遼寧を指さした。

「最低動けるようにはしてやれって、ミカさんのお願いでしたから」

 クレアが、きまり悪そうに言った……。


☆ 主な登場人物

 修一(東郷修一)    横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉(秋野樟葉)    横須賀国際高校二年 航海長
 天音(山本天音)    横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ(秋山昭利)    横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊
 クレア         ボイジャーが擬人化したもの
 ウレシコワ       遼寧=ワリヤーグの船霊

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宇宙戦艦三笠18[クレアが見せてくれた夢]

2023-01-04 08:46:57 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

18[クレアが見せてくれた夢]   

 

 


 東郷少尉は、無表情のまま水盃を飲み干した。

 真珠湾で三飛曹で参加して以来生き残った数少ないベテランである。ガダルカナルの攻防に負けて以来、部隊は解隊され、東郷は一人横浜鎮守府に移され、各地から選抜された訓練生の飛行訓練に明け暮れていた。


 訓練生が特攻に使われることは分かっていた。

 基本の操縦技術を教えると、航法や戦闘訓練はおざなりに合格点を付けさせられた。旧式のグラマンならともかく、米軍の主力戦闘機であるF6Fやコルセア、ムスタングなどに太刀打ちできる技術ではなかった。それでも東郷少尉は合格点を出した。次に待ち構えている急降下爆撃や超低空飛行による爆撃訓練に時間を割くためである。

 急降下爆撃は降下角70度でやらせる。普通は、せいぜい60度であるが、それでは米軍の優れた対空火器に落とされてしまう。
 70度でも危なかった。上空500で数秒間80度にさせる。敵の対空砲の最大仰角を超えている。つまり敵の弾に当たらないように突っ込む訓練である。ただ、80度の急降下にゼロ戦は耐えられない。せいぜい30秒が限界である。敵弾の命中率が上がる500メートルで80度にさせるのである。ただ訓練なので、80度は、ほんの数秒で水平飛行に戻させる。10人に1人ほど、低空飛行に向いた者がいて、彼らには低空飛行を教えた。

 東郷少尉たち下級のベテランは気づいていた。敵の対空砲の命中率がいいのは米兵の腕ではなく、砲弾そのものに仕掛けがあるのだと。


 何度か、試しに超低空で敵艦に近接爆撃して気づいた。海面近くに飛んでくる敵の弾は、とんでもない場所で爆発する。さらに海面3メートルほどの高さで飛ぶと、敵弾は射撃直後に爆発した。おそらくは音響に関係した仕掛けがある。海面近くでは爆音は海面に乱反射して爆音が木霊して音源が分かりにくくなる。だから超低空ならば、敵弾に当たらずに接近が出来る。そのために、超のつく急降下爆撃と低空爆撃の訓練に力をいれた。

 本当は、こういう訓練は不本意であった。どちらも爆撃を終えた直後に急上昇し、敵の対空砲火に無防備な腹を晒すことになり、高い確率で撃墜されるからだ。必中を期待できる攻撃方法だが生存の望みは薄い。投弾に成功しても回避のタイミングを誤って敵艦に激突する可能性が高いのだ。でも、彼らには、それを回避する訓練は不要だった。

 そのまま敵艦に体当たりするのだから。

 東郷は、別のベテラン教官といっしょに、飛行長や飛行隊長に意見具申をしたことがある。

「二機一組で低空爆撃を加えます。一機はそのまま爆撃して姿勢を戻して離脱します。もう一機は我々がひき受けます。敵の直前で投弾して真横に振って離脱します。敵は我々に気を取られ、僚機の生還率が高くなります」

「高いと言っても、何度かやるうちには貴様たちも墜とされるぞ」

「体当たりさせるよりは、生還率が高くなります」

「われわれに必要なのは、確実な戦果なんだ。無駄な訓練をやっている余裕も燃料もない。だいいち、そんな砲弾に耳があるような話が信じられれるか」

 東郷の案が採用されることは無かったが、自分で実践し、その名の通り決め弾を出した。

「これをご覧ください」

 東郷は不発の40ミリ弾を出した。

「中に、小さな真空管が入っています。これが米軍の仕掛けなんです。おそらく近接信管……一定の距離になると自爆する砲弾です。これを使われていては、通常の攻撃は通用しません」

「だからこその、神風攻撃だ!」

 東郷らの意見具申は握りつぶされた。

 そして、昭和20年の8月には、東郷自身にも特攻命令が出された。


 操縦席に入って、人の気配を感じた。


 ゼロ戦は、操縦席の後ろに空間がある。移動の時には荷物置きにもできるロッカーほどの空間だ。そこに人がいたのである。

「き、君は……」

 それは、幼馴染の美智子だった。たしか挺身隊にとられて埼玉の工場に居るはずだった。

 美智子の家は維新までは代々半蔵門の警備が担当の幕臣で、当然ながら伊賀流の使い手であった。長い付き合いだったので、互いの覚悟は分かっていた。離陸するまでは無言だったが、上空に上がり直援機も引き返すと東郷は無線のスイッチを切った。

「右手だな」

「え、両手とも隠してたのに」

 美智子は、ずっと腕を組んだままだ。

「俺の目が誤魔化せると思ったか」

「旋盤に巻き込まれて……」

 美智子が見せた右手には指が二本欠落していた。

「なんでこうなる」

「だから、旋盤に……」

「話を省略するな」

「旋盤に巻き込まれそうになったのよ」

「誰が?」

「隣の子が」

「それを助けようとして指を持っていかれたんだな」

「お蔭で帰郷できる」

「途中奄美大島の脇を通る、30ノットまで落としてやるから飛び降りろ」

「帰郷するって言った」

「忍者の末裔だろ、自分の才覚で東京に戻れ」

「先祖は長嶋の一向一揆で半蔵さまに拾われた」

「なら、伊勢だ。東京よりも近い」

「一向宗の者が帰るところはお浄土だ」

「俺の家は禅宗だぞ」

「わたしが連れていってやる」

「……東京湾で落としておくべきだった」

 
 ピケット艦が近くなると、超低空飛行にうつった。さすがに、それからは無駄口をたたくことも止めて、ひたすら目標になる敵艦を目指した。

 それから十数分後、運よく大型空母への接敵に成功し、海面から3メートルの高さで接近。東郷はセオリー通りに対空射撃を躱して急上昇し、敵の飛行甲板の真ん中に激突し、甲板に並んでいた米軍機の全て道ずれにして敵空母を大破させた。空母は大戦中二度と現役復帰することなく、ビキニの原爆実験の標的艦になって沈んだ。

 同じ夢を、修一と樟葉は観た。

 クレアが見せてくれた時空を超えた二人の運命と約束だった……。

 4人それぞれの過去と想いを載せて、三笠は二度目のワープに入ろうとしていた。

 

 

☆ 主な登場人物

 修一(東郷修一)    横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉(秋野樟葉)    横須賀国際高校二年 航海長
 天音(山本天音)    横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ(秋山昭利)    横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊
 クレア         ボイジャーが擬人化したもの

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宇宙戦艦三笠17[クレアの役割]

2022-12-31 09:33:42 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

17[クレアの役割]   

 

 


 宇宙戦艦三笠は4人で十分コントロールできるようになっている。

 艦長:東郷修一  副長兼航海長:秋野樟葉  砲術長:山本天音  機関長:秋山昭利

 これで十分だった。そこにボイジャーから変態したクレアが加わった。アナライズの補助ということになっているが、三笠にはAIの立派なアナライザーが付いていて、クレアにはやることがない。


 クレアは、一見どうでもいいことをやりだした。


 艦内のあちこちに、小ぶりな一輪挿しを付けて、コスモスのような小さな花を活けたりした。

「あら、コスモス」

 樟葉が二日目に気づいて、それっきりで、なんの効果もないようだったが「あれクレアが活けてくれたの?」「はい……」それだけで、三笠の何かが温まった。

 でも、三笠のどこにコスモスが咲いていたんだろう?

 ちょっとだけ不思議になった。

 樟葉が航路の確認をしようと宇宙海図を広げると、直ぐ上の戦闘指揮所でなにやら気配。

 あら?

 ラッタルを上がると、ネコメイドたちがしゃがんで何かを見ている。

 邪魔しちゃ悪いと待っていると、反対側のラッタルを下りていく。

 なんだろ……上がってみると東郷提督の標の前にフラワーポッド。いくつもの花が芽を出したり蕾を膨らませていたよって、目をへの字にしていた。

 その話を聞いて、小学校で生き物係だったのを思い出した。ウサギとか飼いたかったんだけど、先生にダメだと言われて、樟葉は花の世話を始めた。あれ、すみれだったかな? 見に行こうかと思ったら、トシが叫んだ。


「おれグリンピース食っちゃった!」


 夕食の肉じゃがにグリンピースが入っていた。トシはグリンピースが苦手だ。だから三笠のアナライザーはメニューの中にグリンピースは入れなかった。クレアは、それに干渉してグリンピースを入れたんだ。クレアと目が合うと、クレアは「え?」という顔をしている。

 トシは考えた……というより思い出した。

 トシは妹を亡くしてからグリンピースを食べなくなった。トシの母は、トシの食べるものにグリンピースを入れなくなった。

―― よかったね、一つ克服できた ――

 クレアの小さな声が、直接心に響いてきた。

―― 克服……そうだ。グリンピースは由美が好きだったんだ ――

 妹が死んでから、トシはグリンピースを食べなくなったことを思い出した。


「0・2パーセクの座標に船の残骸。モニターに出すわね」


 樟葉がモニターに出した映像には、定遠の残骸が映し出されていた。テネシーの時とは違って、船の形を留めないほどに壊されていた。

「生命反応は?」

「ない……」

「全滅か……?」

「いや、痕跡もないから、元々無人の船だったようね」

「もともとハリボテのレプリカだったからね」

「贅沢なドローンだ」

 天音が、無感動に締めくくった。

「じゃ、記録だけして、先を急ごう」

 三笠のアナライザーは数秒で記憶し終えると、乗組員たちといっしょに定遠のことは忘れてしまった。三笠は絶えず前を向いている船なのだ。

「定遠から光子魚雷」

 クレアが短く言った。

「え!?」

 樟葉の手が反応した。後部バリアーを張り、フレアーを放ち、船を面舵に切った。その間0・2秒。

 連携が良くなった。


 ドーーン!


 艦尾の方で大きな衝撃があった。

 フレアーと艦尾のバリアーに光子魚雷が命中した。三笠自体には損傷はない。

「危ないところだった……」

「定遠の残骸をダミーにして、光子魚雷を仕込んでいたんです。シュトルフハーヘンの得意技です」

「クレア、よく知ってたわね」

「ボイジャーでいたころに、いろんなことを経験しましたから……」

 チョコレートのような香りがしているのに気付いた。

 調べてみるとコスモスの香りだった。コスモスはチョコレートのような香りを放つ。その香りには鎮静作用があることも分かった。クレアに目をやると、少しニコリとした。


 トシは気づいた。


 グリンピースが嫌いだったのは、妹が死んだのは親が新しくても身に合わない自転車を買ってやったから……トシは、妹の死は自分にあると思って引きこもりになってしまったと思っていた。

 だけど意識の底で、妹が死んだのは、半分は親のせいだとも思っていた。

 臆病と裏表のトシの優しさは、それを押し殺して、グリンピースが嫌いということで現していたのかもしれない。

 でも、知らずにグリンピースを食べてしまった。

 アハハハ

 士官食堂のみんなが笑った。

 

☆ 主な登場人物

 修一(東郷修一)    横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉(秋野樟葉)    横須賀国際高校二年 航海長
 天音(山本天音)    横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ(秋山昭利)    横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊
 クレア         ボイジャーが擬人化したもの

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宇宙戦艦三笠16[ボイジャーが仲間に]

2022-12-26 08:58:11 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

16[ボイジャーが仲間に]   

 

 


 ボイジャーは回収されると、すぐに医務室に運ばれた。

 

 不思議だった。

 光子レーダーで確認した時は、お猪口にアンテナを付けたような古いタイプの人工衛星だった。

 それがモニターで女の子の姿になっていることは確認していたが、こうやって生で見ると、とても不思議になる。頬はほのかなバラ色で、胸は呼吸に合わせてゆっくり上下している。そして、まるで夢を見ているように瞼の下で目が動いているし。

「可愛い子だな……」

「うん、初めて見るのに、なんだか懐かしい」

 顔かたちに敏感なのは、やはり女子だ。天音と樟葉が最初に反応した。男子は、こういう時は驚きが直ぐには顔に出ない。ただ、目を丸くして見つめるだけだ。

「これ、ヘラクレアの娘さんの姿だよ……」

 みかさんが、しみじみと言った。

「どうして、あのオッサンの娘さんの姿に……ってか、あのオッサンの娘が、こんなに可愛いわけ?」

 引きこもりが長かった分、トシの反応は遠慮がない。

「ヘラクレアさん、娘さんのことは、ほとんど口にしなかったけど、それだけ印象としては強くわたしの心に残ったのね。だから、こんなに似ちゃったんだ。なんとなく懐かしく感じるのは、みんなも無意識にヘラクレアさんの影響を受けていたからかな」

 みかさんは、思いのこもったものに容を与える力があるようだ。

 みかさんは暖かい口調のまま続けた。

「人の心って、こんなに共鳴するものなのよ。ボイジャーも40年あまりの宇宙旅行で、いろんな宇宙人に空間や次元を超えて書き込みをされている。まだ未整理だけど」

「50年前のCPにそんなに記録容量はないんじゃない?」

「それは、あなたたちの概念よ。その気になれば、何もない空間にでも記録は残せるわ。わたしみたいな船霊も、いろんな人の思いの結晶だとも言えるかもしれない……さ、ボイジャーが目を覚ますのには、少し時間がかかるわ。あなたたちのむき出しの好奇心に、いきなりご対面しちゃ混乱する。わたしがいいというまでは面会謝絶です」

 四人のクルーは医務室を出された。

 分からないということは、想像力を刺激する。

 ブリッジで待っている間に、100通りぐらいのボイジャーのイメージが4人の頭に喚起された。美奈穂は中東で死んだ父への反発から母親の少女時代のイメージを。トシは、亡くした妹や、自分をストーカー扱いした美紀のイメージに。俺と樟葉は、ラノベかアニメのそれだろうか……自分でも覚えのない少女たちのイメージが浮かんだ。

 みかさんの言葉が思い出された。

「二人の心には、もっと奥があるわ」

 改めてみかさんの言葉が思い出された。

 ボイジャーは三日目に目覚めた。

「みんな医務室に来て」

 みかさんの声で、四人は心弾ませて医務室に向かった。

「みなさんよろしく。えと……あたしがボイジャーです」

 ボイジャーは、転校生のように硬い笑顔で挨拶した。ワンピースが黒の花柄から淡いグリーンの花柄に変わっていた。

「あ、その方が可愛い!」「黒は魔女っぽかったし」「ツインテールが似合いそう!」

「あ、ども……です(-o-;)」

「まだ、この子の心は整理ができてないの。だからちょっとぎこちないけど、少しずつ慣れていって。ボイジャー、あなたの呼び方、どうしようか?」

「……できたら、クレアって呼んでください。いろんな意味で、これが一番しっくりくるんです」

「じゃあ、ようこそクレア。君が三笠の最初のゲストだ」

「いえ、あたしはクルーです。役割はアナライザーです」

 みんな戸惑った顔になった。アナライズ機能は、すでに三笠には付いている。

「三笠については、補助的なアナライズをやります。本務は、あなたたちの心のアナライズです。修一さん、トシくん、天音さん、樟葉さん、よろしく」

「これからは、クレアさんが、わたしの代わりだと思って。わたしは本来の船霊の役割に戻ります」

 みかさんは、そう言うと、姿が朧になってホールの神棚の方に消えていった。

 ブリッジに戻ると、ネコメイドたちが模様替えを終えたところだ。

 俺の艦長席の横に一回り小さなアナライザーのシートが出来ている。

 シートに着いてポチポチとキーボドを操作するクレア。

 インタフェイスの光が柔らかくクレアを包んで、とてもしっくりいっている。

 見渡すと、他の四人も、それぞれのコンソールやらインタフェイスの光に柔らかく包まれている。

 視線を戻すと、クレアが上目遣いに微笑んでくれる。

 なんとなく、みかさんの筋書通りのような気がした……。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  

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宇宙戦艦三笠15[ボイジャーとの遭遇]

2022-12-26 08:30:55 | 真夏ダイアリー

 宇宙戦艦

15[ボイジャーとの遭遇]   

 

 

 フワァワァァ……………………プ

 

 三回目のアクビをしたら、いっしょにオナラが出てしまった。

 最初トシがクスっと笑い、ややあって天音、樟葉へと伝染するころには爆笑になってしまった。ただ船霊のみかさんはニコっとしただけだ。

 ヘラクレアを出てから一週間がたっていた。その間、三笠は、ただただ、星たちがきらめく宇宙を走っているだけだ。

 

 要するに退屈なんだ。

 

 三笠は21世紀の概念では、それほど大きな船ではないけど、たった四人、みかさんを入れて五人、ネコメイドも入れて九人の乗組員には広すぎた。各自自分のキャビンは持っているけど、ブリッジに集まることが多くなった。

 あ、ネコメイドたちのキャビンは分からない。艦内のどこかに居るんだろうけど、元々は横須賀の野良猫だとか、だったら簡単には見つからないだろうしな。
 時どき、デッキの端っことか内火艇やボートのキャンパスやマストの上で日向ぼっこ、いや星空ぼっこしてる。目が合うと律儀にお辞儀してくれるんだけど、すぐに居なくなる。気を遣わせてもいけないので、視界に入っても見つめないように気を付ける。

 みんないっしょなんだ。真っ暗な星空とはいえ、やっぱり外の景色が見えることは、単調な宇宙旅行の慰めなんだ。

「……東郷先輩のオナラ、初めて聞きました」

 やっと笑いの収まったトシが言った。

「そうね、あたしも小学校以来だな。保育所の頃はしょっちゅうだったけど」

「みんな退屈そうだから、一発かましたの!」

「ハハハ、でもオナラ一つで、ここまで笑えるんだ、アハハハ(≧艸≦)」

 天音が収まらない笑いのままで言った。

「みかさん、ヘラクレアを出てから亜光速でしか走ってないけど、みんなに先越されないないかなあ」

「早いだけが取り柄じゃないのよ。ゲームで言えばRPG、経験値を積んでおかないと、ゲームはクリアーできないわ」

「例えば、ヘラクレアみたいな?」

「そう、あそこでテキサスに出会えて、ヘラクレアさんにも会えたことは大きいわ」

「どんな意味で?」

 みかさんは、しばらく考えた。みかさんは神さまだから、考えている姿もさまになる。こういうことでは自信のある樟葉でも見とれてしまう。

「……悲しい思い出も、大事に守っていれば、美しいものになって、その人の心を高めてくれる」

「え、あのヘラクレアのオッサンが?」

「娘さんの魂を悲しませずに記憶し続けるのには、あんなオッサンの姿がいいのよ。辛い思い出も大事にしていれば、素敵な光になるわ」

「みかさんが言うと、なんだかとても良いことのように思えるわ」

「でも、修一さんのオナラには負けますぅ」

 アハハハハ(((^0^)))

 みんなが笑った。

「どうせ、オレは屁をかますぐらいしか能がねえよ!」

 ピピピ ピピピ ピピピピ

 光子レーダーが、アンノウン発見のアラームを発した。

 ブリッジは活気づいた。

「焦点を合わせて、解像度をあげて」

 指示するまでもなく樟葉がレーダーを操作。ボンヤリした画面がくっきりしてきた。

「え……あ、ボイジャー……!?」

 みかさんが感動の声を上げた。

「ボイジャーって?」

 天音が素朴な質問をした。

「1977年に打ち上げられた人工衛星です。太陽系を飛び出した、たった二つの人工物の一つです」

 ミカさんが応える前にトシが意外な知識を披歴した。

 ボイジャーは、三本のアンテナとテレビの衛星放送用のアンテナのようなものでできていた。

「あれは、一号ね。二号は……近くにはいないようね……」

「あ、解像度が落ちてきた」

 樟葉が慌ててキーボードをたたいてマウスをグルグル回す。

「……違うわ、変態し始めてるんだ」

「へ、変態!?」

「メタモルフォーゼのことよ……」

 ミカさんの言葉に、みんなはメインモニターに見入った。いつの間にかネコメイドたちも乗員の間から顔を出して注目している。

 そして。

 ボイジャーは5分ほどかけて変態した……その姿は栗色ショ-トヘアーの女の子だった。

「ちょっと男子は向こう向いててくれますぅ」

 みかさんが優しく言って、すぐに理解した。女の子は裸だった。

「……いいですよぉ」

 男子二人が振り返ると女の子は、黒字に赤い花柄のワンピに黒のスパッツ姿になっていた。意識はないようだ。

「面舵二十(ふたじゅう)、ボイジャーの回収に向かう」

 静かに命ずると、樟葉はレーダーを睨みながら、ゆっくりと舵を切ったのだった。
 

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  

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宇宙戦艦三笠14[ヘラクレアの信号旗]

2022-12-10 11:47:21 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

14[ヘラクレアの信号旗]   

 

 

 

 テキサスも三笠も修理が終わってもやいを解く。

 ボーーーーーーー ボーーーーーーー

 出航を告げる汽笛が響く。

 空気の無い宇宙空間に汽笛が響くはずもないんだけど、テキサスも三笠も儀礼用の衝撃波を起こして汽笛の代わりにしている。衝撃波は近くにいる船や星にぶつかって汽笛にそっくりな音を響かせるというわけだ。二隻の宇宙戦艦はもやいのロープをたなびかせながら5ノットの微速でヘラクレアを離れていく。

 だいたい、宇宙船が微速で出港する必要なんてない。いきなりのワープをすることもできるんだけど、長い宇宙旅行、こういう演出も必要なんだ。

 ヘラクレアは、テキサスの廃材と、代わりにテキサスに使った材料を整理するために、星全体がガチャガチャと音を立てて形を変えている。小惑星とは言え、長径30キロ、短径10キロもある星である。テキサスの修理ぐらいで形が変わるはずもないんだけど、ヘラクレアのオッサンにはこだわりがあるようで、全てのスクラップをあるべき場所に収めなければ気が済まないようだ。テキサスという異質物を取り込んでそのままにせず、全体の調和の中に収めているんだとみかさんは言った。

「あんな面倒なこと、わたしにはできないわ」

 みかさんは天照大神の分身でありながら、言うことが、片付けが苦手な女子高生みたいだ。

 パッと見は変わらないんだけど、モニターにテキサスと三笠が来る前と、今のヘラクレアを重ねてみると微妙に細部が違う。星全体を覆っている外板と鋲の位置が違うし、デコボコした張り出しもセンチ単位で位置や形が異なっている。

「まるで『ハウルの動く城』ね」

 天音が言った。

「それならソフィーがいなくっちゃ。ヘラクレアのオッサン一人じゃね」

 と、樟葉がチャチャを入れる。

「いっそ、天音さんが居てあげれば」

 みかさんも尻馬に乗る。

「あたしがいなきゃ、三笠の射撃ができなくなるぞ」

「及ばずながら、わたしが帰りに通りかかるまで代わってあげてもいいことよ」

「いいや、三笠の砲術長はあたしだから!」

 天音はムキになった。

「それなら、それでいいのよ。ただね、ヘラクレアのおじさん……」

「なんですか?」

「娘さんを亡くしてるの……」

「ほんと……!?」

「あなたと逆ね。娘さんは戦争で、仲間を庇って亡くなってるわ」

 トシも樟葉もみかさんの言葉に驚いた。

「あんな風に、スクラップを集めているのは、あの星の中心に娘さんが乗っていた戦艦の残骸があるから……それが捨てられずにね、ああやってスクラップで囲んで思い出を守っているのよ」

「あ、信号旗が上がった」

「航海の無事を祈る……か」

 天音は、ずっと信号旗を見ていた。

「どう、お父さんを見直す気になった?」

「あたし、お父さんのことなんか……」

 天音のお父さんは、天音一人を残して中東で死んでいる(8[思い出エナジー・2])

「ヘラクレアのおじさん、天音ちゃんのお父さんに似てる……直観でそう思ったんでしょ?」

「……いいんだ。おかげで横須賀に来られて、みんなに出会えたから。物事には表と裏が……」

 ドーン ドーン ドーン ドーン ドーン ドーン ドーン

 天音が言い終わる前に7発の礼砲が鳴った。

「え、なんで礼砲?」

 天音が訝しむ。

「通じたと思ったんでしょ……それで、遅まきながら……礼砲?……弔砲?……祝砲かな?」

 ドーン

「あ、テキサスも」

「あ、じゃ、三笠も撃たなきゃ! 祝砲って、やっぱ主砲?」

「副砲よ」

「えと、右舷にヘラクレア、左舷にテキサス どっちで撃つの?」

「ぼくも行きます! 両舷で撃っちゃいましょう!」

 トシも手を挙げて、慌てながら、でも、ちょっと嬉しそうにラッタルを駆け上がる二人だった。

 やってみなければ分からないだろうが、テキサスの艦尾は均整がとれていて、180度曲がることも無く急制動もかけられるだろうと思った。
 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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宇宙戦艦三笠13[小惑星ヘラクレア]

2022-12-06 14:02:45 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

13[小惑星ヘラクレア]   

 

 

 テキサスの修理は大変、いや不可能だった。

 なんせ艦体の1/4を失っている。修理というレベルではなくて、艦尾を新造して接合するという大工事になる。とても備蓄の修理用資材では足りない。

 

 それに、一口で艦尾を新造すると言っても簡単なことじゃない。

 戦前、扶桑級戦艦の速度を上げようとして艦尾を七メートル延長する工事をやった。改装後に公試をやると、速力は上がったものの急制動を掛けると、左に旋回して、停止した時には180度艦体が回ってしまうという事態になって、修正に苦労するということがあった……って、なんで、こんなマニアックな知識が頭にあるんだ? やっぱ、ミカさんにインストールされたんだろうな。ま、いいけどな。

 困うじ果てていると、ヘラクレアという未確認の小惑星から連絡があった。

 ―― よかったら、うちで直せよ ――という内容だった。


 ズゥイーーーン


 警戒してアナライズしようとしたら、なんとヘラクレア自身がワープして三笠の前に現れた。


 ガチャガチャ キュイン トントン コンコン ガガガ グガガガ パチパチ

 長径30キロ短径10キロほど、様々な宇宙船のパーツがめり込むように一体化した変な星だ。なにか工事か建造しているような音をまき散らし、あちこちで溶接やリベット打ちの火花が散って、絶えず星のどこかが姿を変えている。
 
「やあ、ようこそ。わたしが星のオーナーのヘラクレアだ。趣味が高じて気に入った宇宙船のスクラップの引取りやら、修理をやっとる。ああ、みなまで言わんでもいいよ。目的地はピレウスだろ。あれは宇宙でも数少ない希望の星だからね。ここにあるスクラップのほとんども、ピレウスを目指して目的を果たせなかった船たちだ。中にはグリンヘルドやシュトルハーヘンの船もある」

「おじさん、どっちの味方なの!?」

 アメリカ人らしく白黒を付けたそうに、ジェーンが指を立てる。

 俺たちは、ただ、星のグロテスクさに圧倒され、みかさん一人ニコニコしている。

「自分の星を守ろうとするやつの味方……と言えば聞こえはいいが、その気持ちや修理できた時の喜びを糧にして宇宙を漂っている、ケッタイな惑星さ」

「あの、惑星とおっしゃる割には、恒星はないんですね?」

 天音が、素朴な質問をした。

「君らが思うような恒星は無い。だが、ちゃんと恒星の周りを不規則だが周回している。みかさんは分かるようだね?」

「フフ、なんとなくですけど」

「それは全て知っているのと同じことだね」

「なんのことだか、分かんねえよ!」

 トシが子供のようなことを言うが、樟葉も天音も、船霊であるジェーンも聞きたそうな顔をしている。


「ここに、点があるとしよう。仮に座標はX=1 Y=1 Z=1としよう……」


 ヘラクレアのオッサンが耳に挟んだ鉛筆で、虚空をさすと、座標軸とともに、座標が示す点が現れた。

「これが、なにを……」

「この光る点は暗示にすぎない。そうだろ……点というのは面積も体積も無いものだ。目に見えるわけがない。君らは、この暗示を通して、頭の中で点の存在位置を想像しているのに過ぎない。だろう……世の中には、概念でしか分からないものがある。それが答えだ……ひどくやられたねぇテキサスは」

「直る、おじいちゃん?」

 ジェーンが、心配げに答えた。

「直すのは、この三笠の乗組員たちだ。材料は山ほどある。好きなものを使えばいいさ」

「遠慮なく」

「うん……トシと天音くんは、自分のことを分かっているようだが、修一と樟葉は半分も分かっていないようだなあ」

 俺も天音も驚いた。

 こないだ、みんなで自分のことを思い出したとき、二人は肝心なことを思い出していないような気がしていたからだ。

「ヒントだけ見せてあげよう」

 ヘラクレアのオッサンが、鉛筆を一振りすると、0・5秒ほど激しく爆発する振動と閃光が見えた。ハッと閃くものがあったが、それは小さな夢の断片のように、直ぐに意識の底に沈んでしまった。

 気づくとすぐ近くを、定遠と遼寧が先を越して行ってしまった……。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
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 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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宇宙戦艦三笠12[ステルスアンカー]

2022-11-28 08:49:42 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

12[ステルスアンカー]   

 

 

 ステルスアンカーとは、巨大な銛(もり)のようなものだ。

 大きさは10メートルほどであろうか、テキサスの艦尾に食い込み、その端には丈夫な鎖が付いていて、鎖の端は虚空に溶けて見えないし、コスモレーダーにも映らない。テキサスは出力一杯にして振り切ろうとしたが、まるで弱った鯨が捕鯨船の銛にかかったように、艦尾を振り回すだけだった。

「修一くん、直ぐに助けてあげて。時間がたつほどあのアンカーは抜けなくなるから!」

 みかさんの声にこたえ、修一は樟葉とトシに命じた。

「テキサスの前方に出る。艦尾のワイヤーを全部使ってテキサスの艦首のキャプスタン(巻き上げ機)やボラート(固定金具)に結束!」

「了解、全ワイヤーをテキサスの艦首に固定!」

 三笠の艦尾から、ありったけのワイヤーが発射され、自動的にテキサスのキャプスタンや、ボラートに絡みついた」

「微速前進いっぱーい!」

「了解、微速前進いっぱーい!」

 トシが復唱し、エンジンテレグラムの針は、いっぱいに振れた。

「三笠は、見かけによらず出力は20万馬力です。必ず引っ張り出します!」

 引きこもりのトシが、こんなに真剣にやる気を見せるのは初めてだった。やがて、テキサスの艦体は軋みだし、軋みは、やがて苦悶の悲鳴に変わっていった。

 ギシギシ……ギギギ……グギギ……グキーン! ゴキーン! ガキゴキン!

「ジェーン、大丈夫か!?」

―― 大丈夫。テキサスは110年も生きてきた丈夫な子だから……! ――

 テキサスの軋みは、やがて言葉になってきた。

―― 公民権運動……ヴェトナム戦争……奴隷制……マンハッタン計画……大統領暗殺……イラク戦争……ポリコレ……TPP……排出権取引……キューバ危機……南北戦争……移民問題…… ――

 アメリカにとって、過去の過ちや、暗礁に乗り上げている問題などが、次々と悲鳴になって出てくる。ステルスアンカーというのは、その船の所属する国が苦悶している過去と現在の問題を引きずるようにして、船の自由を奪うもののようだ。

―― あ、ああーーー(##゜Д゜)!! ――

 ブッチーーーン!!

 ジェーンの声が悲鳴になったかと思うと、テキサスは艦尾1/4をアンカーに食いちぎられて、スクリューや舵を失って、やっとアンカーから離れた……海に浮かぶ船なら、もう沈没状態だ。

「ジェーン、大丈夫!? 大丈夫、ジェーン!?」

 しばらく、テキサスもジェーンも沈黙していた。もう船としては死んだかもしれない。

―― ……なんとか生きてる。しばらく曳航してくれる? そいで、ちょっと……むちゃくちゃになったから、しばらく居候させてくれないかしら…… ――


「いいよ。なんたって、こっちは4人しかいないんだから大歓迎だよ!」

 やってきたジェーンはボロボロだった。髪はあちこち引きむしられたようになり、シャツもジーパンもかぎ裂きや、破れ目だらけになっていた。

「ジェーンを、中央ホールの神棚の下へ。わたしが看病するわ」

 へたりこんだジェーンをみかさんが助けようとすると、ジェーンは、キッパリとその手を払いのけた。

「あのステルスアンカーは、アメリカの矛盾を引き出し、拡大させて自縄自縛にし動けなくする。無理に引っ張ろうとすると艦体がバラバラになる。艦尾だけで済んだのは三笠のお蔭よ。でも、このままじゃ、いずれメリカ艦隊は全滅する……電信室を貸して、今からワクチンを作る」

「わかった。その間に、テキサスの修復工事をやっておくわ」

「ありがとう、日本の技術なら安心だわ」

「でも、とりあえずは、治療を優先!」

 ミカさんがまなじりを上げる。

「ミケメ、おまえたちでジェーンを医務室へ!」

「「「「ラジャー!('◇')ゞ」」」」

 ジェーンは、ネコメイドたちに助けられて電信室に向かった。その間にもジェーンの服は、さらにズタボロになっていき、ほとんど裸と変わらないかっこうになっていた。なんとも痛ましくはあるが、見上げた根性だと思った。

「こら、なに見てたのよ。CICに行ってテキサスの修復工事の段取りよ!」

「あ、そんなヤラシイ意味で見てたわけじゃないから……」

「うそ、二人からはイヤラシオーラが出てるわよ!」

 神さまとは言え、女子高生のナリをされていると、つい口ごたえしてしまう。第一オレに関しては誤解だし。

「トシ、離れて歩け。オレが誤解される」

「そんな、オレのせいにしないでくださいよ!」

「どっちもどっちよ。さあ、CICに急ぐわよ!」

 とりあえずグリンヘルドの脅威からは離れた……ように感じられた。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
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宇宙戦艦三笠11[テキサスジェーン・2]

2022-11-26 09:08:29 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

11[テキサスジェーン・2]   

 

 

「えーーーーーーあなたたち人間なの!?」

 歓迎の握手を交わすと、その感触で分かったのか、妙なところで驚くジェーン。

「あなたは違うの?」

 樟葉が、まっとうな質問をした。

「あたしはguardian god of a boat……日本語でなんて言うんだろう?」

「船霊よ」

 ミカさんが、まるで、ずっとそこに居たかのように一番砲塔の脇から声を上げた。

「あ、あなたが三笠のguardian god of a boat?」

「うん、だけど日本の船霊というのは、ちょっと違うの。ジェーンは、テキサスが出来た時に生まれた精霊のようなもんでしょ?」

「そうよ。だから、今年で110歳。ミカさんもそのくらいじゃないの?」

「日本の船霊は、船が出来た時に、縁のある神社から分祀されるの」

「ブンシ?」

「アルターエゴ(alter ego)って言葉が直訳だけど、ちょっと違う。コンピューターで言うダウンロードって感じが近い……かな?」

 みかさんはお下げのまま小首を傾げた。

「なるほど、ダウンロードしたら、どれも本物だもんね……で、ミカサはどこからダウンロードしてきたの?」

「ウフフ……」

 みかさんが笑って答えないもんだから、俺(修一)が代わって答えた。

「天照大神……らしいよ」

「アマテラス……それって、アニメでよく出てくる! 日本で一番のボスゴッドじゃないの!!」

 それにしては、可愛らしいナリだという顔を、ジェーンはしている。

「まあ、その場その場に合うような姿になっちゃう。うちはみんな高校生だから、自然にこういうふうになるの……かな?」

「ちょっとジブリ風ね。アメリカでも人気よ。でもさ、どーして人間といっしょにやるわけ? 人間って酸素も要るし、水も食料も要るし、オナラはするし、夜は寝ちゃうし、寝言は言うし……」

 なんだか、すごい言われようだ。

「あたしたち日本の神さまは、人間といっしょになって初めて十分な力が発揮できるの。guardian god of a boatだけでやるアメリカとは……まあ『有り方の違い』的な?」

「でもさ……」

 言いかけて、ジェーンはみかさんにオイデオイデして、なにやら密談ぽくなった。


「なに……」「話して……」「るんだろ……」


 ちょっと感じ悪い……と思ったら、俺の横にシロメとクロメが立った。

「『でも、なにもかも神さまがやったら、あとで文句出ません?』と、ミカさんがおっしゃってます」

「『アマテラスって、ボス神じゃないの? タカマガハラから上から目線で仕切ってますって感じするけど』ジェーンさんがおっしゃってます」

 二人は、神さまの内緒話を読んで中継してくれるようだ。トシ、天音、樟葉も寄ってきた。

「『う~ん、ボスって言うよりは委員長って感じですかね?』と、ミカさんです」
 
 確かに、あれで眼鏡を掛けたら、委員長キャラだ。

「『なるほど、失敗したら連帯責任か』と、ジェーンさん」

「『ちょっと違います。右手と左手が無きゃ拍手は出来ない的な?』と、ミカさん」

「『片手でも指は鳴らせるよ』と、ジェーンさん」

「『指パッチンは、ちょっと品が無い的かも』と、ミカさん」

「『ちょっと待って』と、ジェーンさん」

「『あら?』っと、ミカさん」


「「気づかれてしまいました!」」

 ピューーー!


 あっと言う間に居なくなった。

 代わりにチャメとミケメがやってきて「「お茶の用意ができました」」と声を揃えた。


 長官室でお茶にして隣の家で寛いだようにリラックスして帰っていった。

 その数分後だった。


―― ステルスアンカーをかまされた! ――


 ジェーンの悲壮な声が届いてきた。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

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宇宙戦艦三笠10[テキサスジェーン・1]

2022-11-22 09:06:57 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

10[テキサスジェーン・1]   

 

 

 

 三笠は、俺(修一)、樟葉、天音、トシ四人の思い出をエネルギーに最初のワープを行った。

―― 最初のワープだから、1パーセク(3・26光年)にしておくわね。樟葉さん舵輪へ。トシ君はエンジンテレグラフの前へ ――

 三笠と同体化したみかさんが指示する。アバターの時と違って、艦の全体から声がするので、なんか包み込まれたような安心感がある。

「あ、なんかいいっす(^o^;)」

 トシがデレて、みんなクスリと笑った。

 樟葉とトシが配置につき、俺と天音はシートについた。

―― じゃ、修一君。あとはよろしく ――

「お、おお」

 一瞬たじろいだが、マニュアルが頭に入っているようで、直ぐに指示が口をついて出てくる。

「面舵3度……切れたところで、前進強速、ワープレベル」

「面舵3度、ヨーソロ……」

「前進強速……ワープ!」

 シャーーーーーって音がするわけじゃないんだけど。

 ブリッジから見える星々は、シャワーのように後方へ流れて行った。


「……ワープ完了。冥王星から1パーセク」

「対空警戒。レベル10」

「レベル10……左舷12度、20万キロ方向にグリンヘルドの編隊多数……23万キロで戦闘中の艦あり!」

「どこの船だ!?」

「アメリカのテキサス。苦戦中の模様。モニターに出す」

 天音がメインモニターに切り替える。

 テキサスは、110年前に竣工したアメリカの現存戦艦の中では最古参だ。第一次大戦と第二次大戦の両方を現役として戦い、今はヒューストン・シップ・チャネルに合衆国特定歴史建造物に指定保存されている。三笠程ではないが、クラシックな艦体をくねらせながら、全砲門を開いて寄せくるグリンヘルドの攻撃隊と獅子奮迅の激闘中だ。

「何発か食らってる。あの大編隊の二次攻撃に晒されたら持たないかもしれない。グリンヘルド二次攻撃隊に三式光子弾攻撃。取り舵20。右舷で攻撃する!」

 三笠は、20度左に旋回、右舷の全砲門をグリンヘルドの二次攻撃隊に向けた。

「照準完了!」
「テーッ!」

 シュビビビビーーーン!

 主砲と右舷の砲門が一斉に火を噴き、亜光速の光子弾が連続射撃された。

 遠くでいくつもの閃光、学校の屋上から見た『よこすか開国花火大会』に似ている。30秒余りでグリンヘルドの二次攻撃隊を壊滅させると、三笠はテキサスの救援に向かった。

「テキサスがいるから、光子弾は使えない。フェザーで対応、あたし一人じゃ手におえないから、みんなも意識を集中して!」

 天音が叫んだ。実際グリンヘルドの一次攻撃隊の一部は三笠にも攻撃を仕掛けてきている。

 三笠の機能は、基本的にはそれぞれの持ち場が決まっていたが、危機的な局面では全員が特定の部署に意識を集中させ効率を上げる仕組みになっている。

 光子弾は長距離攻撃には絶大な威力を発揮するが、その威力の大きさから、味方が傍にいる場合は使えない。三笠は30分余りをかけて、グリンヘルドの周囲を繭を紡ぐように周って一次攻撃隊の残りを撃破した。

「各部被害報告!」

 俺の呼びかけに「被害なし」の声が続いた。

「テキサスは!?」

「中破。オートでダメージコントロールに入った模様」

「テキサスから、だれか来るわ……艦長よ。乗艦許可を求めてる」

「乗艦を許可。操艦をオートに切り替え、総員最上甲板へ」


 前部最上甲板の舷梯を上がって、カウボーイ姿の少女が現れた。ブルネットのポニーテールをぶん回すと、ブリッジのみんなと目が合った。

 いやはや……

 激闘の後で、ロデオを幾つもこなしたようにボロボロ。チェックのシャツはあちこち綻びて、右の袖は取れかけ、ジーパンは膝とお尻に穴が開いて、自然すぎるダメージジーンズになっている。ポニーテールも熊手の先を無理やり縛ったみたいで、なんともワイルドな姿。

「アハハ、ちょっとみっともないね(^_^;)」

 そう言って、膝とお尻を撫でると、破れ目が塞がった。それから、ちょっと髪を撫でると熊手の先を括りました状態が、箒の先を括りましたくらいに修復された。

「助けてくれてありがとう。あたし、テキサス・ジェーン! よろしく! あ、三笠への乗艦許可に感謝します!」

 思い出したように、胸を張って敬礼する。

「み、三笠への乗艦を歓迎します」

 ジェーンの胸に目がいって、ちょっとアタフタしてしまった。

 ドジなアタフタは、すぐにバレて、みんなが笑う。

 女子二人の目が尖っていたけど、生き生きとした、ジェーンの姿に、俺たちは好感を持った。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
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 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
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 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
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 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊

 

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宇宙戦艦三笠9[思い出エナジー・3]

2022-11-20 08:58:46 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

9[思い出エナジー・3]   

 

 


「お兄ちゃーん、待ってー!」

 妹の声は思ったより遠くから聞こえた。


 いっしょに横断歩道を渡り終えていたつもりが、妹の来未(くるみ)は車道の真ん中。信号が点滅しかけて足がすくんで動けなくなっていた。

「来未、動くんじゃない!」

 トシの言葉は正確には妹には届かなかった。妹は、変わりかけている信号を見ることもなく買ってもらったばかりの自転車を一生懸命に漕ぎながら横断歩道を渡ってきた。それまでの幼児用のそれに比べると買ってもらったばかりの自転車は大きくて重い。

 たいがいのドライバーは、この可憐な少女が漕ぐ自転車が歩道を渡り切るのを待ってくれたが、トラックの死角に入っていたバイクがフライングした。

 ガッシャーーン!

 バイクは、自転車ごと妹を跳ね上げてしまった。

 妹は、空中で一回転すると、人形のように車道に叩きつけられた。寝返りの途中のような姿勢で横たわった妹の頭からは、それ自体が生き物のような血が歩道に、じわじわと溢れだした。

 トシは、自分のせいだと思った。

 ついさっきまで乗っていた幼児用の慣れた自転車なら、妹はチョコマカとトシの自転車に見えない紐で繋がったように付いてきただろう。
 だが、ホームセンターで買ってもらったばかりの自転車は、そうはいかなかった。なんとかホームセンターから横断歩道までは付いてきたが、横断歩道でいったん足をつくと、ペダルを漕いで発進するのに時間がかかった。

 むろんトシに罪は無い。一義的には前方不注意でフライングしたバイクが悪い。二義的には、そんな幼い兄妹を後にして、さっさと先に行ってしまった両親にある。

 だが、妹の死を目の前で見たトシには、全責任が自分にあるように思えた。しばらくカウンセラーにかかり、半年余りで、なんとか妹を死なせた罪悪感を眠らせ、それからは普通の小学生、中学生として過ごすことができた。

 高校に入ってからも、ブンケンというマイナーなクラブに入ったことで、少しオタクのように思われたが、まずは普通の生徒のカテゴリーの中に収まっていた。

 一学期の中間テスト空けに転校生が入ってきた。

 それが妹の来未を思わせる小柄で活発な高橋美紀という女生徒だった。

 トシはショックだった。心の中になだめて眠らせていた妹への思いが蘇り、それは美紀への関心という形で現れた。

 周囲が誤解し始めた。

 本当の理由のわからないクラスの何人かには、転校生に露骨な片思いをしているバカに見え、冷やかしの対象、そして、美紀本人が嫌がり始めてからは、ストーカーのように思われだした。

 美紀は親に、親は担任に相談した。そうして、クラスみんなが敵になった。

 もし、トシが本当のことを言えば、あるいは分かってもらえたかもしれない。実際トシは、妹が亡くなる前の日に撮った写真をスマホの中に保存していた。美紀をそのまま幼くしたような姿を見れば、少なくとも美紀や担任には理解してもらえただろう。

 しかし、そうすることは、妹を言い訳の種にするようで、トシにはできなかった。トシは、そのまま不登校になった。

「どうして、こんな話しちまったんだろう!」

 トシは目を真っ赤にして突っ伏した。

「いいんだよ、トシ。この三笠の中じゃ、自分をさらけ出すのが自然みたいだからな」

「それにしちゃ、わたしたちの話はマンガみたいよね。ただの腐れ縁てだけなんだもんね」

 樟葉がぼやいた。

「樟葉さんと東郷君は、まだ奥があると思う。でなきゃ、この三笠が、こんなにスピードが出るわけないわ」

 みかさんが微笑んだ。

 三笠は、冥王星をすっとばしていた。

 太陽が、もう金星ほどにしか見えなくなっていた……。

 

☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 みかさん(神さま)   戦艦三笠の船霊

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宇宙戦艦三笠8[思い出エナジー・2]

2022-11-14 08:26:01 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

8[思い出エナジー・2]   

 

 

 疾風(高機動車)の前方30メートルほどのところに、チャドル姿の女性が倒れこんだ。

 隊長は、すぐ全車両に停止を命じた。

「隊長、自分が見てきます」

 山本准尉は、隊長と目が合ったのを了解と解して疾風を飛び出した。自爆テロの可能性があるので、うかつに大人数で救助に向かうわけには行かなかった。


「きみ、大丈夫か?」


 姿勢を低くし、二メートルほど離れたところから、山本准尉は女に声を掛けた。爆発を警戒してのことでは無かった。そこここに現地住民の目がある。異民族の男が女性の体に触れるのははばかられるのだ。

「ゲリラに捕まって、やっと逃げてきました。日本の兵隊さんですね……助けてください」

 チャドルから、そこだけ見せた顔は、まだ幼さが残っていた。


「……分かった。君の村まで送ってあげよう」


 山本は、優しく、でも決意の籠った声で少女に応えた。

 山本は、いったん疾風に戻ると装具を解いて、隊長に一言二言声を掛け、様子を見ていた現地のオッサンから、ポンコツのトヨタをオッサンの半年分の収入くらいの金を渡して借りた。オッサンは喜んだが、目で「気をつけろ」と言っていた。それには気づかないふりをして、少女に荷台に乗れと言った。座席に座らせるわけにはいかない。イスラムの戒律では、男と女が同じ車に乗ることはできない。荷台に乗せるのが限界である。

「あたし、体の具合が悪い。日本のお医者さんに診てもらえませんか?」

「あいにくだが、男の医者しかいない。あとで国連のキャンプに連れて行ってあげよう。それまで我慢だ」

 山本が目で合図すると、自衛隊の車列は作業現場へと移動し始めた。山本は長い敬礼で車列を見送ると少女に二本ある水筒の一本を渡して、トヨタを発進させた。

「どうして停まるの?」

 少女は、少しこわばった声で山本に聞いた。

「サラート(礼拝)の時間だろ。専用の絨毯はないけど、これで我慢してくれ」

 山本は、毛布を渡してやり、コンパスでメッカの方角を探し、コンパスの針を少女に見せた。少女は毛布に跪きサラートを始めた。山本は異教徒なので、少女の後ろで跪いて畏敬の念を示した。

「どうもありがとう」

 サラートが終わると、少女は毛布を折りたたんで山本に返した。

「信心は大事にしなきゃな……よかったら、そのチャドルの下の物騒な物も渡してもらえるとありがたいんだけど」

 少女の目がこわばった。

「これを渡したら、村のみんなが殺される……」

 少女の手がわずかに動いた。

「ここで、オレを道連れにしても、日本の兵隊を殺したことにはならない。君を送る前に隊長に辞表を出してある。だから、オレを殺しても、ただの日本人のオッサンを一人殺したことにしかならない。後ろを向いているから、その間に外しなさい」

 山本は、無防備に背中を向けた。

 戸惑うような間があって、衣擦れの音と、なにか重いベルトのようなものを外す音がした。

「ありがとう。君も村の人たちも殺させやしないよ」

 それから、山本は少女を村に送り届け、トーブとタギーヤ(イスラムの男性の衣装)を借りた。

 山本は、少女に地図を見せた時、二か所に目をやったことに気づいていた。一か所は自分の村で、もう一か所は、それまで彼女が居たところだろうと見当をつけた。

 案の定、少女が見ていたところは岩場が続く丘の裾野で、声がかかる前に銃弾が飛んできた。ゲリラの前進基地のようだ。車を降りると「手を挙げて、こっちに来い」と言われた。

「隊長、こいつ体に爆弾を巻き付けている!」

 身体検査をした手下が隊長に言った。

「スイッチは、この手の中だ。動くんじゃない! 血を流さずに話し合おうじゃないか」

 そのあと二言三言やり取りがあった後もみ合いになった。

 そして、もつれ合い倒れたショックで、自爆スイッチがオンになり、山本は10人あまりのゲリラを道ずれに死んでしまった。

 日本のメディアは、現地で自衛隊員が除隊したことと、山本が民間人として死んだことを別々に報道した。当然殉職とは認められなかった。


 そして、山本が日本に残した一人娘は、横須賀の海上自衛隊の親友に預けられた。


「だから、あたしの本当の苗字は山本っていうんだ……」

 長い物語を語り終え、天音はため息をついた。

 三笠は速度を上げて遼寧とヴィクトリーを追い越した……。


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  

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宇宙戦艦三笠7[思い出エナジー・1]

2022-11-12 08:35:26 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

8[思い出エナジー・2]   

 

 

 疾風(高機動車)の前方30メートルほどのところに、チャドル姿の女性が倒れこんだ。

 隊長は、すぐ全車両に停止を命じた。

「隊長、自分が見てきます」

 山本准尉は、隊長と目が合ったのを了解と介して疾風を飛び出した。自爆テロの可能性があるので、うかつに大人数で救助に向かうわけには行かなかった。


「きみ、大丈夫か?」


 姿勢を低くし、二メートルほど離れたところから、山本准尉は女に声を掛けた。爆発を警戒してのことでは無かった。そこここに現地住民の目がある。異民族の男が女性の体に触れるのははばかられるのだ。

「ゲリラに捕まって、やっと逃げてきました。日本の兵隊さんですね……助けてください」

 チャドルから、そこだけ見せた顔は、まだ幼さが残っていた。


「……分かった。君の村まで送ってあげよう」


 山本は、優しく、でも決意の籠った声で少女に応えた。

 山本は、いったん疾風に戻ると装具を解いて、隊長に一言二言声を掛け、様子を見ていた現地のオッサンから、ポンコツのトヨタをオッサンの収入半年分ほどの金を渡して借りた。オッサンは喜んだが、目で「気をつけろ」と言っていた。それには気づかないふりをして、少女に荷台に乗れと言った。座席に座らせるわけにはいかない。イスラムの戒律では、男と女が同じ車に乗ることはできない。荷台に乗せるのが限界である。

「あたし、体の具合が悪い。日本のお医者さんに診てもらえませんか?」

「あいにくだが、男の医者しかいない。あとで国連のキャンプに連れて行ってあげよう。それまで我慢だ」

 山本が、目で合図すると、自衛隊の車列は作業現場へと移動し始めた。山本は長い敬礼で車列を見送った。少女に二本ある水筒の一本を渡して、トヨタを発進させた。

「どうして停まるの?」

 少女は、少しこわばった声で山本に聞いた。

「サラート(礼拝)の時間だろ。専用の絨毯はないけど、これで我慢してくれ」

 山本は、毛布を渡してやり、コンパスでメッカの方角を探し、コンパスの針を少女に見せた。少女は毛布に跪きサラートを始めた。山本は異教徒なので、少女の後ろで跪いて畏敬の念を示した。

「どうもありがとう」

 サラートが終わると、少女は毛布を折りたたんで山本に返した。

「信心は大事にしなきゃな……よかったら、そのチャドルの下の物騒な物も渡してもらえるとありがたいんだけど」

 少女の目がこわばった。

「これを渡したら、村のみんなが殺される……」

 少女の手がわずかに動いた。

「ここで、オレを道連れにしても、日本の兵隊を殺したことにはならない。君を送る前に隊長に辞表を出してある。だから、オレを殺しても、ただの日本人のオッサンを一人殺したことにしかならない。後ろを向いているから、その間に外しなさい」

 山本は、無防備に背中を向けた。

 戸惑うような間があって、衣擦れの音と、なにか重いベルトのようなものを外す音がした。

「ありがとう。君も村の人たちも殺させやしないよ」

 それから、山本は、少女を村に送り届け、トーブとタギーヤ(イスラムの男性の衣装)を借りた。

 山本は、少女に地図を見せた時、二か所に目をやったことに気づいていた。一か所は自分の村で、もう一か所は、それまで彼女が居たところだろうと見当をつけた。

 案の定、少女が見ていたところは岩場が続く丘の裾野で、声がかかる前に銃弾が飛んできた。ゲリラの前進基地のようだ。車を降りると「手を挙げて、こっちに来い」と言われた。

「隊長、こいつ体に爆弾を巻き付けている!」

 身体検査をした手下が隊長に言った。

「スイッチは、この手の中だ。動くんじゃない! 血を流さずに話し合おうじゃないか」

 そのあと二言三言やり取りがあった後もみ合いになった。

 そして、もつれ合い倒れたショックで、自爆スイッチがオンになり、山本は10人あまりのゲリラを道ずれに死んでしまった。

 日本のメディアは、現地で自衛隊員が除隊したことと、山本が民間人として死んだことを別々に報道した。当然殉職とは認められなかった。


 そして、山本が日本に残した一人娘は、横須賀の海上自衛隊の親友に預けられた。


「だから、あたしの本当の苗字は山本っていうんだ……」

 長い物語を語り終え、天音はため息をついた。

 三笠は速度を上げて遼寧とヴィクトリーを追い越した……。


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ  

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宇宙戦艦三笠7[思い出エナジー・1]

2022-11-10 06:52:27 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

7[思い出エナジー・1]   

 

 

 メイドさんは四人とも同じメイド服なんだけど色がちがう。白、黒、茶、そして白黒茶の混ざったの。

 

「「「「お早うございます、ご主人さま、お嬢様」」」」

 一瞬驚いたあと、四人のメイドさんは揃って挨拶をしてくれる。

「あ……」「う……」「え……」「お……お早う」

 互いに挨拶を交わして、あとが続かない。

「わたしたち、陰ながらみなさんのお世話をいたします。わたくしがミケメ」

 白黒茶が口火を切った。

「シロメです」「クロメです」「チャメです」

「陰ながらのお世話のはずでしたが、申しわけございません、早々にお目に留まってしまいました」

「あ、いや、それはいいんだけど……」

「三笠はフルオートの自律戦艦ですが、やはり、細々とした気配り目配りはメイドがいなければ叶いません。そのために、わたしどもが乗艦しております。お目に留まった以上は、遠慮なくお世話をさせていただきますが、わたしどもの居場所、キャビンはご詮索なさらないでくださいませ。必要な時は『ミケメ』とお呼びくださいませ」

「シロメとお呼びくださいませ」

「クロメとお呼びくださいませ」

「チャメとお呼びくださいませ」

「「「「よろしくお願いいたします」」」」

 四人そろって挨拶されて、天音がピンときた。

「キミたち、ドブ板のネコだろ!?」

「「「「ニャ!?」」」」

 言い当てられて、四人とも尻尾と猫耳が出てしまう。

「し、失礼いたします!」

 ピューーーー

 ミケメを先頭に四人とも飛んで行ってしまった。

「アハハ……バレちゃいましたね(^_^;)あの子たち」

 呆気に取られていると、神棚からミカさんが現れた。

「ミカさんは知ってたの?」

「はい、三笠が旅に出ると知って手伝ってくれることになったんです。みなさんが横須賀を愛してくださっているのを知って、ぜひお手伝いしたいと。まあ、よろしくお願いしますね」

「それで、今日は何をしたらいいのかしら(^_^;)?」

「まずは、寛いでください、長い旅になりますから、あとはおいおいとね……」

 そう言うと、ミカさんは神棚に戻ってしまった。


 寛げと言われて、自分から仕事を探すような俺たちじゃない。

 サイドテーブルの上には、お茶のセットやポットがあるので、自然とお茶会のようになってしまう。長官室も雰囲気があって居心地もいいしな。


 オレは、保育所の頃、樟葉からおチンチンを取られそうになった……。

 オレと樟葉は、保育所から高校までいっしょという腐れ縁だ。かといって特別な感情があるというわけではない。

 例えれば、毎朝乗る通学電車は、乗る時間帯がいっしょで、気が付けば同じ車両で隣同士で突っ立てっていることとかがあるだろ。       
 互いに名前も知らなければ、通っている先も分からない。サラリーマンやOLだったりすると、まるで接点がなく、春の人事異動なんかで乗る電車が違ってしまうと、それっきり。高校生だと、制服で互いの学校が知れる。ごくたまに、こういうことから関係が深まっていくやつもいるけど、大概そのまま口も利かずに三年間が過ぎていく。基本的に樟葉とはそうだ。ただ保育所のころというのは、ネコや犬の子と同じようなところがあって、その程度には関係があった。

 年少のころだったけど、オレには鮮明な記憶がある。トイレの練習で、一日に二回オマルに跨って、自分でいたす練習をやらされた。

 まだ二歳になるかならないかで、みんな記憶には残っていない。でもオレは鮮明な記憶が残っている。

 オマルに跨って用を足していると、視線を感じた。それが樟葉だった。

「あたちも、おチンチンがほちい……!」

 と、言うやいなや、樟葉はオレに襲い掛かり、オレのおチンチンをひっぱりまわした。樟葉は道具一式を両手でムンズと握って引っ張るものだから、女には分からない激痛が走って、オレは泣きだすどころか悶絶してしまった。すぐに先生が飛んできて樟葉を引き離して事なきを得たが、幼心にも樟葉の顔が悪魔のように見えた。

「だって、テレビのコンシェント抜けるよ」

 涼しい顔で、先生に言っていたのを、オレは覚えている。

「そんなこと知らないもん!」

 樟葉は、真っ赤になり、パーにした両手を振って否定した。

「そう、その手でオレのナニをムンズと握って、ひぱったんだ!」

 天音とトシがケラケラと笑う。引きこもりのトシが笑うのは目出度いことだ。でも、そのあと樟葉が洗面で思いっきり洗剤使って手を洗ったのには、可笑しくも情けなかった。

「修一だってね、年中さんの時に、みんなでお散歩に行ったとき、他の保育所のかわいい子のあとを付いていっちゃって行方不明になっちゃったじゃないよ!」

「あ、あれは、傍で『お手手つないで』って、声がしたからさ」

「あ、覚えてるんだ、確信犯だ!」

「そうじゃなくって……」

「あのあと、その保育所の先生に手を引かれて泣きながら帰ってきたんだよ。保育所も大騒ぎだったんだから」

「ハハハ、二人とも、そんな昔の話を」

 天音が笑うと、はっきり体で分かるくらいに三笠のスピードが上がった。

「なんだ、これは!?」

 トシが、テーブルの端で体を支えながら叫んだ。

「ホホホ、三笠は、みんなの思い出や、熱中みたいな精神的なエネルギーで、力を増幅してるのよ」

 再び、ミカさんが現れて、みんなを見まわして微笑んだ。

「舷窓から、外を見て」

 おお!

 三つある舷窓に群がると、中国の定遠をみるみる追い越していくのが分かった……。
 


☆ 主な登場人物

 修一          横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉          横須賀国際高校二年 航海長
 天音          横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ          横須賀国際高校一年 機関長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ     

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