RE・かの世界この世界
え、これが……?
涙を拭いながら、わたしの手を見つめる健人。
そのまま手肌クリームのCMに使えそうなほどきれいな手に感心したのでもなく、わたしの手相に世界の運命を見たわけでもない。
わたしの手の平に載っている、なんの変哲もない真鍮製の鍵に感動しているんだ。鍵に触ろうとした指はまだ涙に濡れている。こういう感情と好奇心の起伏は子供なんだけど、健人の憎めない所でもある。
「真鍮の鍵って珍しいよ」
「そう言えば……」
いまどき真鍮製の鍵なんて、昭和、それもアルミサッシとか無い時代の木造校舎の窓とか住宅の玄関とか、木製ロッカーとかでしかお目に掛かれない。
アニメとか昔の映画とかで観る感じ、例えば『トトロ』のさつきの家とか『けいおん!』の桜が丘高校とか。何の変哲もないと感じたのは、自分のイメージ。ラノベや小説を読んだりプロット立てる時の鍵は、こんなイメージだ。わたしの感覚ってリアルとはちょっとズレているかもしれない。
実用本位に作られていて、鍵穴に入ってシリンダーのメス鍵を回す部分はシンプルなEの形をしている。
Eの背中の部分は長さ五センチほどの柄になっていて、親指と人差し指で握るところは……スライムのシルエットの形。スライムの口にあたるところに直径三ミリほどの穴が開いていて、ひもを付けたりフックに掛けておいたりするようになっている。その先っぽのEからスライムの部分まで装飾らしいところは一つもない真鍮の棒。
このダイブの鍵を、わたしが持っていることには説明がいるんだけど、健人は、その余裕をくれないだろう。
「これで、どこを開けるんだ?」
「しっかりしてよ、異世界の扉に決まってるでしょうが」
「でも、この鍵に合う扉って……」
健人の戸惑いはもっともだ、実用品として、こんな鍵は見たこともないだろうから。
「言い伝えでは、身の回りというか周辺の鍵穴の一つが、これに合うように変身してるって」
「ということは、学校の中だな!」
「たぶん!」
教室を飛び出して学校中の鍵穴にあたってみた。
ところが、学校の鍵穴は、どこもかしこもそっけないマイナスかイナヅマ型だ。
真鍮鍵の鍵穴はこけし型と言うか前方後円墳型だ。
ニ十分ほどかかって学校中の鍵穴にあたってみたが、これに合う鍵穴は一つもなかった……。
☆ 主な登場人物
- 寺井光子 二年生
- 二宮冴子 二年生、不幸な事故で光子に殺される
- 中臣美空 三年生、セミロングの『かの世部』部長
- 志村時美 三年生、ポニテの『かの世部』副部長