魔法少女マヂカ・211
ブリンダと二人、魔法少女同士、払暁の空を南西に飛んで横浜に向かう。
この時代はレーダーはおろか、飛行機も稀な時代だ。空を飛んでも人目につくおそれはほとんどない。
「まるで空襲の跡だな」
「……まあね」
震災から、まだ半月余りの東京はブリンダの言う通り空襲の跡に近い。
地震は昼前に起った。
ほとんどの建築物が木造であったので、昼食の調理や準備のため多くの家で火が使われており、それが瞬くうちに燃え広がって手が付けられなくなって、あたかも空襲に遭ったように火災が広がったのだ。
それをブリンダは感想として口にしたのだけど、三十余年後の東京大空襲は、この比ではない。
「屈託ありげだな」
「ごめん、東京大空襲のことを思いだしてね……」
「そうか……」
この短い会話でブリンダは、自分の理解が浅かったと分かってくれる。ブリンダとの付き合いも長いからね。
「明け方と言うのは直感か?」
「うん。張り紙には18日の日付しかなかったけど、アヤカシたちなら夜の間に移動して明け方に上陸、明るいうちは山や森や忌地に身を隠して、行動を起こすのは今夜だろう。おあつらえ向きの新月でもあるし」
「では、迎えの者たちは……」
「到着ギリギリまで潜んでると思う、震災の後で忌地は増えているから」
「なるほど、そいつらが道案内をするというわけだな」
「見えてきた……」
桜木町方面から侵入すると、右側に山手、左側に横浜港が広がって来る。
東は、水平線がようやく明色に染まって波頭を煌めかせている。
「あれが仏蘭西波止場か……」
波止場の前方100メートル、はば800メートルほどに渡って震災の瓦礫が投げ込まれて、ちょっと禍々しい。
なんと言うか、日本という巨大な竜の腹が裂けて臓物が飛び出したように見える。
来年になれば、この上を大量の土砂で覆って山下公園と新しい波止場が作られる。
歴史的な事実としては知っていても、実際に空から見ていると被害の大きさが実感されて、心の中に泡立つものを感じてしまう。
「よし、あのビルの屋上で待ち伏せよう」
ブリンダは歴戦の魔法少女でもあり、震災の惨状から戦災の傷を重ねてしまうこともないので、すぐに戦術的に待機地を発見する。のちに山下公園通りと呼ばれる海岸沿いには貿易関係のビルが幾つも建っている。
震災後間もないので、半分以上のビルは安全確認ができないために無人になっている。給水タンクの陰にでも身を隠せば気づかれることもないだろう。
待機して観察するにはうってつけだ。
「中に入れるぞ」
下りてみると、屋上の階段室のドアは開いたままで、簡単に最上階の部屋に侵入できそうだ。
思った通り、ビルは無人。やや歪んでいるようで、ドアは解放されたまま動かなくなっていて、室内は什器や備品が散乱。おそらく二三か月の間には中身ごと解体されて、真ん前の仏蘭西波止場の埋め草にされるのだろう。
課長か部長が座っていたのだろう、ひじ掛け付きの椅子を窓際に据えて、海岸を監視する。
「船でやってくるのだろうな」
「おそらくね、それも幽霊船だろう。生きている船じゃ、この瓦礫だらけの仏蘭西波止場には接岸できないだろうしね」
「この波止場なら、一万トンクラスか……」
「客船か貨客船……」
「一万トンクラスなら、乗っている妖は千匹前後……」
「一人で500……」
「……それ以上は想像しない方がいい」
「そうね」
二人で覚悟を決める。
カサ
「後ろだ!」
意に反して、気配は開け放たれたドアの向こうから起こった!
二人正反対の方角にダッシュして、ドアの左右に隠れて身構えた。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男