専務の頼みは二つだった。
一つは、投げ銭の中から必要経費を除いた分の使い道だ。
「半分は将来に備えて貯金。あとの半分は福祉事業に寄付してもらいたい」というもので、全員文句なし。
もう一つは「明日の日曜も頼む」というものだった。
正直嬉しかった。が、土曜一日のことと思っていたので、走り切ったマラソンをもう一度という感じだ。
安祐美は元来が幽霊なので、実体化の持続がむつかしく、ボーカルを交代することを条件にせざるを得なかった。
「なんで、幽霊なのにマッサージしなきゃいけないのよさ!」
そう文句をいいながら、控室で安祐美の体をマッサージした。
「実体化って、とてもくたびれるの。例えて言えば、イルカが二日続けて陸上にいるようなものなの。無理してんのよ」
「安祐美マッサージしてると、なんだか……眠くなってくるね」
「あ、そういう時は交代して。このマッサージって、あんたたちの生気を少しいただいてるってことだから」
「えー! そいじゃ、あたし早く歳とっちゃうとか!?」
「ないない。ただぐったりして眠くなる。やりすぎると起きれなくなるから」
で、由紀、みなみ、奈菜と交代しながら本番直前まで続けた。
「みなさーん、こんにちは! SEN4・8です! 今日も、こんなステージで初公演二日目が行えるなんて思ってもみませんでした!」
MCまで引き受けたポナは、MCの喋り方まで安祐美に似ているので、自分でもびっくりした。どうもマッサージで、安祐美の癖まで移ってしまったようだ。
昨日のステージは多くの人が動画サイトに投稿してくれたので、評判を呼び、今日は立ち見が出るほどの盛況ぶりだ。
蟹江が、恥ずかしげも無く『SEN4・8 ポナ命!』と横断幕を張っているのは恥ずかしかった。
前列には、みんなの家族が陣取っている。
これでマスコミが取材にでも来てくれれば言うことないんだけど……と思ったけど、世の中、そこまでは甘くない。東京には、この程度の面白いことは、毎日掃いて捨てるほど起きている。
今日は前半から客のノリがよく、ポナは、ついMCにも力が入りすぎた。ボーカルも、こんなにキツイとは思わなかった。
コスも汗みずく。終わったらすぐにクリーニングだと思った。で、クリーニング代って必要経費になるのかなあ……などと冷静に考えている自分がいるから不思議だ。
観客のコールは「エス!イー!エヌ! フォーティーーーーーエイト!」というのが多く、これで定着するんだと思った。
アンコール込みで昨日より多い九曲を歌い終えてお開きになった。
「君たち、握手会だよ、握手会!」
控室に戻ろうとしたら、専務に言われた。もう観客はAKBのノリである。
「ありがとうございます!」
「はい、元気です!」
「今度もよろしく!」
「ブログやりますんで、よろしく!」
「すみません冷え性なもんで(笑)」
最後のは幽霊の安祐美。
1/4程の観客が、ポナとの握手を求めた。やっぱ、MCとボーカルをやったことが大きい。
「新子、がんばってね!」
新子と呼ぶ人も何人かいたが、一人の女性だけニュアンスが違った。思わず気を入れて見たが、もう後姿だった。
「おい、ポナ!」
ムッとして振り返るとチイニイが手を出して突っ立っている。
「もう、みなみのとこに行くべきでしょ!」
「もう、行った。がんばってぇポナ!!」
チイニイがオネエっぽく言うので、怒りながらもおかしくてならない。
さっきの女の人、何だろう……頭から離れないポナだった。
ポナの周辺の人たち
父 寺沢達孝(59歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(49歳) 父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母