かの世界この世界:95
整備隊のヤードは故障車両で一杯だ。
砲身が膅中爆発(とうちゅうばくはつ)したもの、転輪の欠損したもの、ハッチが吹き飛んでエンジンが剥き出しのもの、不発の命中弾を食い込ませたままのもの、装甲に大きなヒビを走らせたもの、トーションバーがいかれて傾いたもの……いろいろあるが、一応は自力走行が可能な故障車両だ。
戦車や自走砲は頑丈に見えて、案外脆い。部品点数が自動車より桁違いに多いことや、要求性能が高すぎて、無理な設計になっていることに由来している。
それにしても多い、あと二十両も来れば満杯になるだろう。
無理もない、西部戦線での戦いをピークとして、ようやく小康状態を取り戻したのだ、修理を要する戦車や戦闘車両が大量に戻ってきくる。明日になれば、ベルゲパンターに曳かれて自走不能な車両も戻ってきて、これの倍ほどの混雑になるだろう。
ブリュンヒルデはオーディンの姫だし、タングリスはトール元帥の副官だ。少し無理を言えば健康な戦車に交換してもらえるだろう。整備隊エリアに着くまでにも、撤退してきた戦車がいくらでも並んでいた。しかし、クルーのだれからも車両交換の声は上がらなかった。シュタインドルフからここまで乗ってきて、みんな、この四号に愛着があるのだ。
「仕方がない、便船を一本遅らせますか?」
タングリスは、一番不満を言いそうなブリュンヒルデに振った。
「この四号を交換するのも便船を遅らせるのも嫌だ」
お姫さまは無理を言う。
「この状況なのです。嫌ならば四号を交換するか便船を遅らせるかしか手がありません」
「だって!」
大尉の軍服のまま口を尖らせると、コスプレの中坊が我儘を言っているようにしか見えない。
「船便を遅らせます」
口調は丁寧だが、子どもの我儘を断ち切るように言って回れ右をするタングリス。
「ま、待ってください!」
引き留めたのは整備隊のテントから飛び出してきたヤコブだ。
「あと一時間ほどで整備に掛かってもらえるように手配しました。便船には間に合いますから!」
「そんなことができるのか?」
「はい、履帯の交換をやって、主砲を75ミリの長砲身に換装、あらたにシュルツェン(車体と砲塔の周りに付ける衝立のような補助装甲)を付けます」
「そこまでやって間に合うのか?」
「はい、あの四号はD型のトップナンバーであります」
「トップナンバー?」
タングリスが不審な顔になる。
「書類をちょいといじったのです、ご承知おきを……出発までの宿も確保しておきました、地図をどうぞ。自分は作業に立ち会いますので、これで」
それだけ言うと、ヤコブはウィンクして行ってしまった。
「なかなか気の利くやつだなあ、働きによっては我がリトルデーモンにしてやってもよいぞ」
ブリュンヒルデは中二病丸出しの喜びようだが、我々には、いささか怪しげに見えないでもないヤコブだ。
「では、宿に向かいますか」
「宿は、どんなところなのだ?」
「ノルデングランドホテルとあります」
「お、なんか豪華そう!」「久々にベッドで休める!」「お風呂に入りたい!」「ご飯も食べたい!」「ご飯会しよー!」
四号は良い戦車だが、きちんとしたホテルに泊まれるのは嬉しい限りだ、堅物のタングリスでさえ足どりが軽くなっている。
ボーーーーーーーーーーーーーー
港の汽船も、いっしょに喜んでいるように汽笛を鳴らす港町には夕闇が訪れようとしていた。
☆ ステータス
HP:7000 MP:43 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー
持ち物:ポーション・55 マップ:6 金の針:0 所持金:500ギル(リポ払い残高35000ギル)
装備:剣士の装備レベル15(トールソード) 弓兵の装備レベル15(トールボウ)
技: ブリュンヒルデ(ツイントルネード) ケイト(カイナティックアロー)
白魔法: ケイト(ケアルラ)
オーバードライブ: ブロンズスプラッシュ(テル) ブロンズヒール(ケイト)
☆ 主な登場人物
―― かの世界 ――
テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6の人形に擬態
―― この世界 ――
二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い
中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長