みなみ大尉は車を路肩に停めると、まりあを引きずるようにして路地に跳び込んだ。
「どこへ行くんですか!?」
「シェルターよ! 万全じゃないけど地上にいるよりはまし!」
ズウィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
ビルの谷底から見える四角い空を巨大な何かがよぎった。
「みなみさん、あれは!?」
「ヨミよ」
「あれが……」
まりあの全身に鳥肌が立った。
「さ、急ぐわよ!」
俺もぶったまげた。二十年前に東京とその周辺を壊滅させたヨミのことは知識としては知っていたが現物を見るのは初めてだ。
瞬間見えたそれは、巨大なクジラを連想させて、圧倒的ではあったけど、かっこいいと感動してしまった。
流行りのレトロ表現でいうところの仮想現実、今風に言えばVRに慣れた俺たちは、瞬間圧倒されても、我が身に直接危害が及ばないゲームのラスボスに出会ったようにしか感じない。
しかし、二つの角を曲がって目に飛び込んできた光景は、凶暴なリアルだった。
「う、なんてこと……」
それまで敏捷にまりあをリードしてきたみなみ大尉は立ちつくしてしまった。
まりあは大尉に手を繋がれたまま青ざめてしまい、俺は胸ポケットの中でマリアの止まらない震えを感じていた。
仮想現実は視覚的にはリアルと区別がつかないが、目の前のリアルには熱と臭いがある。
そこは、大地に骨格があったとしたら大きく陥没骨折をしたような感じだ。
「シェルターが壊滅している……」
陥没骨折の亀裂からはホコリとも煙ともつかないものが噴きあがり、それは見る見るうちに炎に取って代わらた。
数百メートル離れたここには圧を持った熱と臭いとして届いてくる。
「ウッ、この臭い」
まりあは制服の襟を引き寄せて鼻と口を覆った。
「崩れた鉄筋とコンクリートが焼ける臭い…………人が焼ける臭いも混ざってるわ」
「中の人たちは?」
「過去にこうむったどんなヨミの攻撃からも耐えられるように作られている……」
「あ、あれは?」
その時、西の方角から大量のミサイルが飛んでくる音がした。
「軍の攻撃が始まったの?」
「ええ、でも時間稼ぎにしかならないでしょうね……」
やがてミサイル群が飛んで行った彼方に太陽のような光のドームが膨らんだ。
ドーーーーーーーーーーーーン!!
「伏せて!」
「は、はい!」
ウグ!
地面とまりあの胸に挟まれて過去帳の俺も息が詰まりそうになる。
遅れて衝撃がやってきた。大量のミサイルが同時に命中した衝撃だ。これなら最新作のゴジラであってもやっつけられたと思った。
もうひとつ遅れてハリケーンのような暴風がありとあらゆる破片やゴミやホコリを巻き起こしながら吹き荒れ、あたりは真夜中のようになった。
五分……ひょっとして一時間かもしれない時間が過ぎて、ようやく曇り空ぐらいに回復してみなみ大尉は顔を上げた。
「さ、その交差点で救援を待つわよ」
そして、やがてやってきたオスプレイに救助されて現場を離れる。
数キロ離れた海上にヨミの上半分が突き出ている。なんだかオデンの出汁の中に一つ残った玉子のように見える。
「球体に近い姿が一番衝撃に強いの。ダメージを受けてはいるけど、ヨミはすぐに復活する……」
そう言われると、玉子に似たヨミは僅かに鼓動しているようにまりあには見える。
「怖い?」
「えと……オスプレイの振動です」
「頼もしいわ、まりあ」
大尉はマリア頭をワシャワシャと撫でた。
ふだんこういう子供にするようなことをされると嫌がるまりあだったが、ベースに着くまで大人しくしていた。