くノ一その一今のうち
う~~~~ん
『吠えよ剣!』の仕事から帰って来ると、金持ちさんが唸っている。
チラ見すると、パソコンの画面がチラついたかと思うとツアー旅行のあれこれが出ている。
「あ、見られちゃった(^_^;)?」
「旅行でもいくんですか?」
「あ、まあね、三十路の独身女、たまの旅行くらいしか楽しみないからね」
「わたしも、はやく就職して、そういうの悩んでみたいです」
「アハハハ」
それで、仕事の報告をしようと社長室にいくと、また回覧板を頼まれた。
「すまんな、金持ちから『仕事してくれ』って、外出禁止なんだ」
見ると、机の上には書類や手紙がいっぱい。
まあ、社長が忙しくって経理がツアー旅行の情報をググっているのは、会社が順調で平和な証拠。
「了解!」
元気よく返事して忍冬堂へ。
「順調なもんかい……」
回覧板に目を落としながら忍冬堂は不穏なことを言う。
「なんかあるんですか?」
「チラ見したら、パソコンの画面がチラついたんだろ?」
「はい、で、ツアー旅行のアレコレがダダ―って出ていて」
「そりゃ、瞬間で画面を切り替えたのさ。キーボードの左上はエスケープ」
「え、そうなんですか!?」
ズズズズ
渋茶をすすると、しみじみとした口調で忍冬堂が続ける。
「おまいさんが近づいてきたのにも気づかないくらい、金持ちは仕事に集中していたのさ」
「そうなんですか!?」
「社長は、仕事をためて外出禁止なんだろ」
「はい、だから、あたしが回覧板……」
「左前なんだろなあ……」
「左前って……経営が苦しいってことですか?」
「ちょっと前に、鈴木まあやのスタントやっただろ」
「あ、うん、はい」
あれから、まあやの専属みたいになって、あたし的にはけっこう忙しい。
「スタントてえのは畑が違う。その後も、おまいさんが専属みたいにやってるから、他の仕事を干されてるんだ」
「え、事務所がですか!?」
「事務所のだれかが言ってなかったかい?」
「あ……」
こういうのって、縄張りがあってね……
そうだ、最初に話があった時、金持ちさんが言ってた。
でも、その後も、あたし的には仕事が続いているんで気にもしていなかった。
「まあやは特別だからな、まあやが気に入ってしまった以上、おまいさんを外すわけにはいかねえ……で、おまいさん以外の仕事で意趣返しってわけさね」
「え、そんな……(;'∀')」
「おっと、おまいさんが苦に病むことじゃねえ。風魔そのは立派にやったんだからな……おーい、婆さん!」
「はい、ちょうど用意もできたとこですよ」
「あれ?」
忍冬堂のおばちゃんは、リクルートみたいなカッチリしたスーツで現れた。
「さすがは、忍冬の嫁だ。ちーっと早いが、御大にナシをつけてきてくれ」
「承知」
小さく応えると、おばちゃんは外に出て、ちょうどやってきたタクシーに乗って出かけて行った。
「おばちゃん、どこへ……」
振り返ると、忍冬堂は固定電話の受話器を取って話している。
「おう、というわけだから、百地、おまいも腹くくりな。おうよ、伊達に忍冬十五代目を張っちゃいねえぜ……いつかは動かさなきゃならねえ山なんだからよ」
え、なに?
胸のあたりが、ポッと暖かくなる。
なに感動してんだろう……と、思ったら、胸ポケットにいれていた風魔の魔石が熱くなっていた。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋