クレルモンの風・15
運命の日が、レイア姫と共にやってきた(^_^;)!
これだけじゃ、なんのことか分からない。
同じ寮の留学生、アラブの富豪の息子ハッサンに求婚され(中略) わたしは、ハッサンとの結婚をかけ、人間をオセロのコマに見立てて勝負することになった。
え、あたしが、誰かとハッサンの取り合い?
ちがう、ちがう! ちがうう(꒪ꇴ꒪|||)⚡!!
あたしが、ハッサンのプロポーズを断るための、ハッサンとの決闘なの、決闘!
ハッサンは、親の命令で国に帰ることになった。で、捨て身で、あたしにプロポーズしたわけ。
でも、あたしはゴメンなの!
考えてもみてよ。
ハッサンには、すでに国に国王が認めた許嫁がいて、あたしは第二夫人。でもって、ハッサンの嫁さんは、これからも増える。だいたいハッサンクラスの王族で十人くらいはお嫁さんがいるわけ。ハッサンはいい人だけど(他がひどいということもあるんだけど)そーいう対象じゃないの。
ハッサンは、苦しみながらも、あたしのキャンセルを受け入れてくれた。
こないだ、モンジュゼ公園での誘拐事件に巻き込まれたときも、まっさきに、ハッサンは病院に駆けつけてくれた。
だから、ハッサンの歓送会は盛大にやってやりたい。で、お気軽に『人間オセロ』なんて考え出したんだけど、これが大誤算。
ハッサンの国では、大々的な賭け事(オセロが賭け事?)は決闘と同じで、大事なものを賭けなければならない。
ハッサンは、自分の別荘を。あたしは負けたら、ハッサンのお嫁さん(何度も言うけど、第二夫人)にならなきゃならない。
で、アグネスが秘密兵器をくれた。
それが、レイア姫のパンツ。ここ一番の勝負の時は、これが一番なんだって。むろん新品よ。
アグネスのお姉さんのアリスの伝授らしい。
普段の運気向上の時は、アミダラ女王。ここ一番のときはレイア姫なんだ!
その新品のおパンツの感触を肌に感じながら、あたしは勝負に臨んだ。
会場は大学の玄関ホ-ル。床が白黒のチェックになっていて、チェスをやるのにもってこい。
で、チェスの派生系であるオセロもできる。ルールがチェスより簡単で、学生みんなが楽しめる。
我ながら、ナイスアイデア……掛け物が無ければね。
コマは、ミシュランから借りたイベント用の白黒の大きな帽子を被った64人の学生たち。
オセロは、勝負が早いので、五本勝負。
最初の二回は、あたしの勝ち。なんたって、日本のゲームだし、子どもの頃からやり慣れている。
しかし、さすがにアラブの秀才。その二回で、あたしのウチ癖を覚えられてしまい、三回、四回は、ハッサンに取られてしまった。
そして、運命の五回目!
一手一手打つ間が長くなった。
予想はしていたが、ハッサンの学習能力は、すごく高い。感じとしては十手ぐらい先まで読まれている気がする。
「……悪いユウコ、ゆうべオセロのゲームソフト、ダウンロ-ドして練習させちまった」
シュルツが、こっそりポーカーフェイスで呟く。
ハッサンの一生懸命さが、あたしへの想いだと思うと、打つのも切ない。
そして、それは起こった。
あたしが角をとって、形勢逆転。コマが同数になった!
あたしは、この一手を打つのに十分もかかった。コマの学生達は、くたびれないように椅子を用意し、中には軽食を用意している者もいる。
結構広いホールなんだけど、100人近い学生の熱気が籠ってムシムシしてきた。
「風通し悪い……」
「玄関開けよう……」
誰かが玄関を開けるのとイタリアのアルベルトがハンバーガーを広げるのがいっしょだった。
ワンワンワン!
ウワアア! キャアアア!
一匹のドーベルマンが飛び込んできて、アルベルトのハンバーガーをふんだくろうとした。アルベルトは逃げる、ドーベルマンは追いかける。会場はハチの巣をつついたような有り様になった。
「ごめん、ごめん、これドゴール、こんなとこで暴れちゃだめでしょ!」
「ちょ、ドゴール!」
「あ、朝ごはんやるの忘れてた!」
事務のベレニスのオバチャンが掴まえて、やっと騒ぎが収まった。
ドゴールはドーベルマンにしては大人しいやつなんだけど、ベレニスが朝ごはんあげるの忘れて、腹ペコだったんだ。
「みんなごめんね、今日の勝負にウキウキしちゃって、ドゴールのこと忘れちゃって。さ、ドゴールはこっち!」
ワンワン
飼い主のベレニスに引かれ、戦利品のハンバーガーをくわえて行ってしまった。
「勝負は、ここまでだな!」
副学長のカミーユ先生が宣言した。
「二人とも、うちの大学の名に恥じない名勝負をやってくれた。ドゴールの闖入で、コマもバラバラ、集中力も切れただろう。潮時だな」
「でも、先生……」
アルベルトが、なにか言いかけた。
「すまん、もうすぐ清掃業者も入ってくるんでな。これにて散会」
カミーユ先生が、拍手をすると、みんながそれに習い、ギャラリーを含め全員のクラップハンドオベーションになった。
これは、カミーユ先生を始めとする、大人の仕業だと、みんなは思った。
でも、わたしとアグネスは密かにレイア姫に感謝。
で、結論。
ハッサンは、求婚を取り下げた。
でも、あたしも、なにもしないわけにはいかない。シュルツとエロイが仲介案を出した。
「ユウコが、一か月ハッサンの別荘でバカンスを楽しむ。その間、良き友だちとして、ハッサンとの友情を深めてくれたまえ」
この外交折衝で話が決まった。一か月も休めば大学が心配だったが、ハッサンが言った。
「インシャラー(神の御心のままに)!」
で、アグネスがつづいた。
「うち、ユウコの付属品やから、いっしょについていくわ!」
二人とも、あたしってか、日本人の弱さをよく知っている……。
かくして、あたしは、しばしクレルモンの風からは離れることになった……。
『クレルモンの風・第一部』 完