大橋むつおのブログ

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ぜっさん・04『そう返事したのは……妻鹿先生』

2020-08-09 05:46:44 | 小説3

・04
『そう返事したのは……妻鹿先生』   


 

 ぜっさん。

 転校してきたその日に、こう呼ばれるようになった。
 もちろん、わたしのファーストネームからきている。
 だれが言いだしたかは覚えていない。瑠美奈だと思っていたんだけど「あたしが言う前に、もう、そうなってたで」と言うんだから、瑠美奈ではないのだろう。藤吉(とうきち)も「俺とちゃうで」と言う。
 フレンドリーな呼び方なので80%は嬉しい。
 東京では〔ゼッチ〕と呼ばれていた。〔ぜっさん〕と同様〔絶子(たえこ)〕の〔絶〕の音読みからきているけど、中学でゼッチと呼ばれるのには一か月ほどかかった。しばらくは〔敷島さん〕だった。距離の詰め方が東京と大阪ではずいぶん違う。

 しかし頭にアクセントがくるモッチャリした〔ぜっさん〕の発音には、なかなか慣れなかった。

ぜっさん〕は、なんだかおブスな響きがある。

 瑠美奈は、東京と同じ〔るみな〕でアクセントも同じ、小気味よくって可愛い。むろん実物ミテクレも可愛い。もし原宿とか渋谷を一人で歩いていたら、絶対ナンパされる。でも声を掛けて、その返事が「なんでおまんねんやろ?」と吉本みたく返されたら引いてしまうだろうなと思う。美少女の皮を被った吉本は、東京じゃトレンドじゃないよ、やっぱ。

 担任の妻鹿先生は〔メガちゃん〕と呼ばれている。教師になって5年目なんだけど、いまだに女子高生みたいなところがある。服装なんかはおとなし目なんだけど、どこかオチャッピーなところがあって、心も体もテニスボールのようによく弾む。
 藤吉大樹を〔とうきち〕と呼んだのも妻鹿先生が最初らしい。妻鹿先生は名前を覚えるのが苦手で、学年の最初は個人写真を貼りつけたカードを単語帳みたくして覚えている。
 で、名列表から名前を書き写すときに、なぜか姓名を〔大樹藤吉〕と逆に写してしまい〔おおきとうきち〕と覚えてしまった次第。

 その妻鹿先生が『メガちゃん』の出で立ちで、あたしと瑠美奈の前に立っている。場所はJRの森ノ宮駅前なのだ。

「それは困ったわねー」

 事情を説明した後のメガちゃんの言葉が、これ。
「やあ、あんたらなにしてんのん?」
 先生は大阪城公園を走る気まんまんの服装、ハーパンの上は出身校である真田山学院高校の半袖体操服だった。まさにメガちゃん。

 わたしと瑠美奈は、広島旅行などでお金を使ったので、その分を回収しようとバイトのお迎えバスを待っていたのだ。
 このバイトは、三人で請け負っている。あたしと瑠美奈と加倉井さんという他校の生徒。で、ついさっき加倉井さんから――39度の熱でいかれへん――という電話がかかってきたところ。
「えーーーー!」と瑠美奈が叫んだところで電話は切れてしまった。
 このバイトは瑠美奈の先輩の顔で回してもらっている。「一人来れませ~ん」では済まない。

 困ったわねーーとメガちゃんが腕を組んだところでクラクションが鳴った。

「加藤さんと敷島さんと加倉井さんやね!? 信号変わらんうちに乗ってしもて!」
 ワンボックスの助手席からオニイサンが叫んでいる。赤信号のわずかな間に、わたしたちを見つけたようだ。
「い、いま行きます!」
 そう返事したのは……メガちゃ、妻鹿先生。

 先生は加倉井さんの身代わりになって、わたし達を救おうと決心したのだ!


  主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任 メガちゃん


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