大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・107〔始業式 それぞれの道〕

2022-03-22 07:27:43 | 小説6

107〔始業式 それぞれの道〕 

 

 


 こういう不意な衝撃を受けた時って、あるじゃん。

 タイムリープとか転生とかさ。

 戦国時代に飛ばされて信長の友だちとか? 異世界に飛ばされて勇者になったりスライムになったり?

 ほんの瞬間だけどさ、異世界に飛んでハーフエルフの女の子と知り合って、魔王とかやっつけて、お金や財宝ウハウハで、みんなからチヤホヤされる世界を夢想したよ。

 でも、現実は信長の友だちにも勇者にもスライムにもなれなかった(^_^;)。


 バンジージャンプって脚にゴムが結わえ付けてあるから、落ちては引き戻されてまた落ちるってのが四回ほどもある。つまり、四回も墜落の恐怖に晒されるんだよ! 特に落ちる時の衝撃はハンパ無い!

 アイドルどころか、女であることも捨てた感じ。落ちる速度と谷からの上昇気流が作る合成風力で、あたしの顔は、まるで崩れかけのプリン。

 ギャーと叫んだ口には遠慮なく空気が猛烈な勢いで入ってきて、顔全体をはためかす。中学のときに治した奥歯が銀色に輝き、喉ちんこが叫び声と風にはためいてるとこまで御開帳。鼻の穴も二倍に膨らんで見えるし、つぶった目は押し上げられて、糸ぐらいの細さ。この時間にして30秒もない映像を、さっそくSNSで流される。中には叫んで、一番不細工になった瞬間を50回もつないで流したヒマなやつもいた(#'∀'#)。

 一応アイドルだから、親会社のユニオシ興行が削除依頼してくれるかと思ったら、なんとユニオシ新喜劇の冒頭に大スクリーンに映し出してくださった!

 

 で、今日は一か月半ぶりの学校。

 予想通り、校内で顔合わす生徒のほとんどがあたしの顔見ていく。中には遠慮なく吹き出す奴もいる。相手によって、アハハと笑ったり、恥ずかしげに俯いて見せたり。このへんの使い分けは、AKRの二か月ちょっとで覚えた社交術。

「あれ、美枝は来てないの?」

 空いてる席を見てゆかりに聞いた。

「うん、もうお腹が目立ってきたからね……」

 AKRで明け暮れてた夏の間に、学校のみんなはいろいろあったみたい。

 そりゃそうだろうね。あたしだって、こんなに変わってしまった。

 他にも、いくつか空いてた席があったけど、体育館での始業式終わって戻ってみたら、全部の席が埋まっていた。さすがにガンダムクラス、帳尻は合わせてる。でも、なんか違和感……席ごと居なくなった奴がいた!

「新垣麻衣が、家庭事情でブラジルに帰った。話は、八月の頭には決まっていたけど、みんなに気づかれるのは辛いのでクラスのみんなには内緒だった……今ごろは飛行機に乗ってる時間だろ。朝早くに学校の郵便受けに、こんなのが入ってた……」

 ガンダムは、一枚の色紙を黒板に掲げた。

 

―― みんなありがとう! ――

 

 たった九文字の中に万感の思いが詰まっていた。

 くだくだしいことはなんにも書いてない。あたしだったら日本人の常套句「がんばって!」ぐらい書いただろ。さよならだけどお別れじゃない……なんて言葉を書いたかもしれない。鮮やかなお別れの言葉だった。

 ホームルームのあと、教室に残ってゆかりと夏の空を見ていた。名残の入道雲がゆっくりと流れていく。

 今までのあたしたちは、空気吸い込んだら、なにか言葉にしなくちゃもったいないというくらいのおしゃべりだったけど、二人とも無言。


「サンバ……やるよね?」

「うん、みんなで決めたことだもん」


 言いだしべえの麻衣はいないけど、文化祭でやろうというのはクラスみんなの決定。それが筋だと思う。

 

 夜のステージが終わって家に帰ると関根先輩から手紙が来ていた。

―― メールではなくて、手紙にした、きちんと気持ちを伝えるために。AKRを何回か観に行った。握手会にも並んで。明日香は、ほんとにきらきらしていた。そう感じた。明日香は明日香の道を歩いていけよ。それが一番だ。明日香のことは、明菜といっしょにずっと応援してます。鈴木明日香様 関根学 ――

 涙がこぼれてきた……関根先輩はあたしのこと思っていてくれた。で、決心した。あたしは握手会に来てくれてたことにも気がつかなかった。先輩は悩んだに違いない。そんなことは、ちっとも書いてないけど、短い文章の文字の間に痛いほど現れてる。人の心は……言えないところ、書けないところによく現れる。麻衣も先輩も……。

 返事を書こうと思って止めた。決心した人には余計なことだ。

 スマホ片手にしばらく悩んだ。

 手紙では重すぎる、メール、それも短く……そう思って、指が動かない。

―― ありがとうございました 明日香 ――

 そう打って、何度も読み返して、やっと送信ボタンを押す。

 ポチ…………

 クラっときた。

 急速に視野が狭くなって、あたりが暗くなっていって、いやな汗が噴き出してきて……せめてベッドに……

 バタン

 そのまま床に倒れて、意識が遠のいていく……。

 


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