ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第79話《さくら その日その日・1》さくら
鈴奈(りんな)さんが肉じゃがになるためにアメリカに行って十日あまりがたった。
ちょっと説明。
鈴奈さんは二つの意味で先輩。だいいちに帝都女学院の一年上の先輩。そしてもう一つは女子ユニット『おもいろタンポポ』のメンバーで芸能界の先輩でもある。
鈴奈さんは高校生としての自分とアイドルとしての自分を完全に使い分けていた。
ええとね、折り紙に『だましぶね』ってあるじゃない。帆掛け船のへさきだと思って指で挟んでいると、いつの間にか帆柱になってるの。あんな感じ。
朝にスタジオで見た時は、なんか――薬でもやってんのかぁ!?――ってぐらいにイケイケだったのが、午後に学校で見かけた時はそよ風の妖精かってぐらいにソヨソヨしている。
それだけでもすごいのに、アーティストとしての自分を発見するためにアメリカに行ってしまった。自分のやっていることは、人真似のビーフシチューで、これを作り直して肉じゃがになりたいと赤坂見附の東京志忠屋で言っていた。
これも説明がいるわね。肉じゃがというのは、ビーフシチューを日本人に合うように時間をかけて改良された日本料理。
鈴奈さんは『おもいろタンポポ』がビーフシチューであることを分かっていた。
でも、それでは五年十年先には持たなくなると思い、アメリカに渡った。わたしは、学校でタレントとして見られることだけに悩んでいた。鈴奈さんは、とっくに、そんなことは克服している。
そのことを、アメリカに渡る前に分からせてくれた。そんなことは、まだまだ入り口の戸惑いに過ぎないことを。
で、二週間余りで、あたしも不器用ながらもタレントであることと、普通の帝都女学院の生徒であることを使い分けられるようになった。
「いや、まだまだよ」
お茶をたてながらマクサが言う。
えと、これも説明がいるわね。あたしの学校での親友は一年の頃から、この佐久間マクサと、バレー部でセッターをやっている山口恵里奈の二人。
で、今日は久々にマクサの家に集まって三人で女子会をやっている。
我ながら信じられないんだけど、マクサにお茶をたててもらうのは、これが初めてだった。
「お作法なんて気にしなくていいからね」
マクサは、そう言ってくれたけど、やっぱ形を気にして、一年の時家庭科で習ったお茶のお作法を必死で思い出して、ぎこちなくいただく。
「学校で飲んだお茶と、ぜんぜん味も香りも違うのね」
「似たようなお茶よ。お茶って、入れ方で味わいが全然違ってくるの。どうよ、なかなかのもんでしょ?」
いつものマクサの言い方で、ナリもチノパンにカットソーってラフな格好なんだけど、醸し出される雰囲気は立派なお茶の先生だ。
「マクサのお作法、学校のときとちゃうねぇ」
恵里奈がハンナリと指摘する。
「鋭いね。茶道部は裏千家だけど、うちは表千家なのよ。でも、どうして分かった?」
「なんでやろ……たぶんセッターやってるからかな。バレーは相手と味方の動きをよう見て、次の動きを予想せなあかんよって、自然と人見る習慣がついてんのかもしれへん」
「「ふーん、大したもんだ」」
マクサとあたしがハモってしまった。
いつまでも茶室にいては足がしびれるので、そのあとはすぐにリビングに移った。
「たまには、お互いの違う姿見とくのんもええねぇ。学校におったら、マクサは、なんか一本抜けたお嬢ちゃんいうかんじやもんなあ」
「あはは、抜けたは余計よ。いや、足りないかなぁ……わたしが抜けてるのは一本や二本じゃない気がする」
「「アハハハ」」
今度は恵里奈とハモった。
「さくら、映画の仕事終わって戻ってきたころはガチガチだったもんね」
「そう?」
「うん、悪気はないんやろけど、あたしは女優ですて、顔に書いたったみたいやった」
「やだ、そんなだったの? あたしは、みんなの方が意識して変な目で見てるって思ってた」
「うん、でも、一週間もしないで、さくら、元にもどっちゃったね」
「え、ああ……」
やっぱ、鈴奈さんと話したことが境目になっているようだ。
それから、いろいろおしゃべりして、マリオで遊んで、お昼は外のお蕎麦屋さんに行った。今日はお稽古日で、お弟子さんたちが来るので遠慮したんだ。
「お蕎麦食べたら、カラオケでも行こかぁ」
恵里奈が提案、あたしも乗ったが、マクサはお弟子さんたちに挨拶するのに追われていた。ナリはラフだけど、物腰は佐久間流家元のお嬢さんのそれだった……やっぱ切り替えに慣れている。
「平野さん、宗さんは?」
平野と呼ばれたお弟子さんは、そっと言った。
「宋さんのお国とややこしくなってますでしょ。ご遠慮なさってるみたいで……」
「そうなんだ……」
唐突にこじれた日本とC国の関係が、こんなところにも……と、ちょっと気になった。
それだけでもすごいのに、アーティストとしての自分を発見するためにアメリカに行ってしまった。自分のやっていることは、人真似のビーフシチューで、これを作り直して肉じゃがになりたいと赤坂見附の東京志忠屋で言っていた。
これも説明がいるわね。肉じゃがというのは、ビーフシチューを日本人に合うように時間をかけて改良された日本料理。
鈴奈さんは『おもいろタンポポ』がビーフシチューであることを分かっていた。
でも、それでは五年十年先には持たなくなると思い、アメリカに渡った。わたしは、学校でタレントとして見られることだけに悩んでいた。鈴奈さんは、とっくに、そんなことは克服している。
そのことを、アメリカに渡る前に分からせてくれた。そんなことは、まだまだ入り口の戸惑いに過ぎないことを。
で、二週間余りで、あたしも不器用ながらもタレントであることと、普通の帝都女学院の生徒であることを使い分けられるようになった。
「いや、まだまだよ」
お茶をたてながらマクサが言う。
えと、これも説明がいるわね。あたしの学校での親友は一年の頃から、この佐久間マクサと、バレー部でセッターをやっている山口恵里奈の二人。
で、今日は久々にマクサの家に集まって三人で女子会をやっている。
我ながら信じられないんだけど、マクサにお茶をたててもらうのは、これが初めてだった。
「お作法なんて気にしなくていいからね」
マクサは、そう言ってくれたけど、やっぱ形を気にして、一年の時家庭科で習ったお茶のお作法を必死で思い出して、ぎこちなくいただく。
「学校で飲んだお茶と、ぜんぜん味も香りも違うのね」
「似たようなお茶よ。お茶って、入れ方で味わいが全然違ってくるの。どうよ、なかなかのもんでしょ?」
いつものマクサの言い方で、ナリもチノパンにカットソーってラフな格好なんだけど、醸し出される雰囲気は立派なお茶の先生だ。
「マクサのお作法、学校のときとちゃうねぇ」
恵里奈がハンナリと指摘する。
「鋭いね。茶道部は裏千家だけど、うちは表千家なのよ。でも、どうして分かった?」
「なんでやろ……たぶんセッターやってるからかな。バレーは相手と味方の動きをよう見て、次の動きを予想せなあかんよって、自然と人見る習慣がついてんのかもしれへん」
「「ふーん、大したもんだ」」
マクサとあたしがハモってしまった。
いつまでも茶室にいては足がしびれるので、そのあとはすぐにリビングに移った。
「たまには、お互いの違う姿見とくのんもええねぇ。学校におったら、マクサは、なんか一本抜けたお嬢ちゃんいうかんじやもんなあ」
「あはは、抜けたは余計よ。いや、足りないかなぁ……わたしが抜けてるのは一本や二本じゃない気がする」
「「アハハハ」」
今度は恵里奈とハモった。
「さくら、映画の仕事終わって戻ってきたころはガチガチだったもんね」
「そう?」
「うん、悪気はないんやろけど、あたしは女優ですて、顔に書いたったみたいやった」
「やだ、そんなだったの? あたしは、みんなの方が意識して変な目で見てるって思ってた」
「うん、でも、一週間もしないで、さくら、元にもどっちゃったね」
「え、ああ……」
やっぱ、鈴奈さんと話したことが境目になっているようだ。
それから、いろいろおしゃべりして、マリオで遊んで、お昼は外のお蕎麦屋さんに行った。今日はお稽古日で、お弟子さんたちが来るので遠慮したんだ。
「お蕎麦食べたら、カラオケでも行こかぁ」
恵里奈が提案、あたしも乗ったが、マクサはお弟子さんたちに挨拶するのに追われていた。ナリはラフだけど、物腰は佐久間流家元のお嬢さんのそれだった……やっぱ切り替えに慣れている。
「平野さん、宗さんは?」
平野と呼ばれたお弟子さんは、そっと言った。
「宋さんのお国とややこしくなってますでしょ。ご遠慮なさってるみたいで……」
「そうなんだ……」
唐突にこじれた日本とC国の関係が、こんなところにも……と、ちょっと気になった。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員