大橋むつおのブログ

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魔法少女マヂカ・181『魔法をかける・2』

2020-10-24 13:22:16 | 小説

魔法少女マヂカ・181

『魔法をかける・2』語り手:高坂霧子    

 

 

 またご先祖様の夢だ。

 

 質素な書院に座布団も敷かず、燈明の光一つを唯一のぜいたく品のようにして積み上げた本を読んでおられる。

 夢には後姿しか出てこないけど、この中年のお侍はご先祖の従五位の下左馬介高坂光孝さまだ。

 毎夜、お城でのお役目が終わった後、未明まで机に向かってお勉強されている。

 ご先祖ながら、あまり利発な方ではない。

 御本を読んで、難しいところに差し掛かると、反古紙の裏に何度も書きつける。とにかく書くことで憶えるんだ。何日か調べたりしても分からない時は朋輩の石田さま(石田三成)にお聞きになる。

 石田さまは近江に居たころからのお友だちで、天下様(豊臣秀吉)にお仕えしたのもいっしょ。

 光孝さまは石田さまのように利発な方ではないけれど、実直な方で、人からものを教えられると曇り空にお日様が顔を出したように喜ぶお方で、その無垢な笑顔を石田様も天下様も愛でて下さり、従五位の下左馬介の位を頂き、石田様の五奉行の位には及びもないけれど天下様の馬廻役(うままわりやく=警護役士官)を務めておられる。

 このご先祖さまのお姿は、わたしが挫けそうになった時に夢に現れる。

 霧子も挫けずにがんばりなさい。

 そんなお心が、ひたすらな後姿に現れて――はい、がんばります――という気持ちになる。

 でも……いまの霧子は……申し訳ありません、心が奮い立たないのです。

 いつもとは心の淵が違います、とても深くて真っ暗で、覗き込む勇気もないんです。

 

 あ!?

 

 また、あれがやってきたのかと思った!

 足元に一瞬グラリときたかと思うと、周囲のあれこれがギシギシユラユラと揺れて軋めいて、ゴーーーという轟に変わったかと思うと、メキメキ、ガシャガシャ、ズゴゴーン、グシャ、ボキ、と、ありとあらゆる不快な響きになって降り注いでくる!

 え、光孝さまも揺れておられる。

 机の両端をガシっとお掴みになって、揺れるお部屋と天井を睨んでおられる。

 ここでも地震!?

 わたしは、去年のあの時と同じように頭を抱えて蹲ってしまう。

 揺れが収まって、目を開けると、書院は瓦礫と化して、周囲の建物に無事なものは一つもない様子だ。

「殿! 殿! 御無事でございまするか!?」

 宿直(とのい)の者と老臣が駆けつけてくる。

「儂は無事じゃ、具足を用意して馬を廻せ!」

「いずこに参られます!?」

「知れたこと、お城に参る!」

「しかし、お屋敷も凄まじきことに……」

 遠くに女子供たちの叫び声や、下敷きになった者を呼ばわる声が響いている。

「捨て置け! 我が家の事は私事じゃ! 具足と馬を早くせよ!」

「ハッ、ただちに!」

 光孝さまは、クルクルとお召し物を脱がれれ下帯一つのお姿になった、同時に具足櫃が持ち込まれ、ほんの二分ほどで黒鎧の具足姿におなりになった。

 その間も、屋敷うちに沢山の犠牲者が出たことが告げられたが、光孝さまは眉一つ動かすこともなく、宿直の者が回してきた馬に飛び乗られた。

 数瞬の後には大手道に出られる光孝さま。

 あちこちのお屋敷も阿鼻叫喚の地獄で、主や郎党を呼ばわる声、助けを求める弱き者たちの断末魔の悲鳴が木霊する。

 山之内家の脇を駆けている時には、日ごろ温厚なご当主一豊さまが一人っ子の姫さまの名を叫ばれる声がした。おそらくは、今の地震でお屋敷の下敷きになってしまわれたのだろう。

 わたしは、半年前の震災の光景と重なって、とても息苦しくなってきた。

 お城に着くまでは、わたしが体験した以上の阿鼻叫喚の地獄絵だったけれど、光孝さまはひたすら天守脇の奥御殿を目指して馬を進められる。

 途中、一度だけ戸惑われた。

 天守が崩壊し、御殿への道も郭が倒壊したり石垣が崩れたりで、見当がつかなくなったご様子。

 周囲の様子を探りながら馬を輪乗りされ「よし!」と見当をつけられると、瓦礫を飛び越えて、本丸に駆けこまれた。

 天下様は天守と御殿の間に残った庭に幔幕をかけ、千成瓢箪の馬印を立て、近習や宿直の者たちに囲まれて凌いでおられた。

「誰か!?」

 光孝さまを見とめた近習の者たちが槍を突き出して天下様の前に躍り出た。大地震の直後、漆黒の具足に身を固め、騎乗に槍を小脇に構えて現れたのである。不審に思われて当然。

 光孝さまは鞍から飛び降りられると、槍を逆しまにして蹲踞された。

「左馬之介光孝にございます、突然のなゐ(地震の古語)にお城も大変の様子、ただただ太閤殿下の御身を案じてまかり越した次第にござります!」

「おお、でかした左馬之介! そなたが見舞いの先駆けじゃ! 城内も様子もつまびらかにならん、そなた、余に代わって、城内を見分し、見回りの采配を振るえ!」

 言うと天下様は腰の采配を抜いて光孝さまに差し渡された。

 

 これで、天下様の覚え目出度くなられた光孝さまは石田様には及ばないまでも、一城の主への道を歩まれたんだ。

 でも、でも、わたしは拭いがたい違和感をおぼえた。

 これって、おべっかだ。

 家のことも、ご近所の手助けも放り出し、ううん、あちこちで下敷きになった人や怪我した人に顔色一つ変えることもなく、天下様のご機嫌だけを窺って……とってもやりきれない。

 もう夢はいいから!

 目を覚ませ霧子!

 そう思ったら、采配を持ったまま光孝さまが振り返られ、ズズッとわたしに近づいてこられる。

 とっても怖かったけど、わたしは胸を張って光孝さまを睨んだ。

 こんなこと許せないもの。

 

「霧子、それは違うぞ」

 

 兜の目庇ごしに睨んで、真っ赤な口を開かれた。

「この天下の大変に、一番大事なことは、天下が揺るがぬことだ。たとえ石垣は崩れ天守が倒れようと、天下の礎は微動だにしておらぬことを示さなけれなならぬのじゃ。天下様の御威光に揺るぎはなく大丈夫であることが、復興への力になるのじゃ。天下様が御無事お元気に采配を振るわれてこそ、諸侯も天下万民も、秩序をもって復興に力をつくそうと思うのだ。我らが気ままに己が不幸だけ目を向けていては、この世から秩序が無くなる。そうは思わぬか」

 そういうと、光孝さまはわたしの頭をグシャグシャと撫でられるのだった……。

 


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