せやさかい・414
「400年の昔、ここには大坂城の南端で、東西方向に空堀が掘られていたんだ。それが、これだ!」
ソニーが指差したのは、商店街を西に下って曲がって、さらに下った路地の突き当り。
高さ5メートルほどの石垣が聳えてる。
「そうなん……なんか、石の隙間をセメントで固めてて、電車の高架下的やし」
「ここは生活道路だからな、安全の為に塗り固められている。正式には大坂城南惣構堀跡というんだ」
「元々は野面積みだったみたいね」
「ああ、一部には打ち込み接ぎ(うちこみはぎ)が窺える。大坂の陣に備えて補強された部分かもしれん」
ソニーとメグリンの話は難しくて、よう分からん(^_^;)。
商店街に戻って、改めてキョロキョロ。
「きれいにしたあるけど、よう見ると、けっこう古い建物が多いなあ……」
「ここらへんは、奇跡的に戦災を免れているんだ。地元の人たちは古いだけの町と思っていたらしいが、外から来た人間が、その貴重さに気付いて、地元の人たちも加わって保存しつつ活用しているんだ」
「そうねえ……『プリンセストヨトミ』って映画ができたころから注目されたかなあ」
「あ、その映画は知りません!」
ペコちゃんの感想にソニーがビビットに反応する。
「あ、豊臣の末裔が生き残ってて、そのお姫さまを護っていく……的だったかなぁ? お好み焼きのオヤジさんが陰の豊臣政府の総理大臣だった」
「ネトフリで探して見ます!」
いやはや、ソニーの向学心はスゴイぜ。
「あ、手押しポンプがある!」
今度は留美ちゃんが発見。
石垣の横にレンガ造りの朝礼台みたいなのがあって、その横に手押しポンプ。
「ああ、これは井戸なんだ!」
どうやら、まだ現役の井戸とポンプらしい。いやあ、戦災に遭わへんかったいうのはえらいことやねんわ。
「あ、スーパー玉ちゃん!」
御用達のスーパーを見つけて喜ぶ留美ちゃん。ほんまは別の名前やねんけど、留美ちゃんは可愛く自分だけの愛称で呼ぶ。
「商店街に、こういうスーパーがあるのは郊外の商店街なんだけどね」
「へー、そうなんですか?」
「心斎橋とか天六商店街とかそうでしょ。まあ、ここはそれだけ地域に軸足が載っている証拠ね」
「先生、詳しいんや!」
「あはは、卒論が『商店街と地域性』だったからね。大阪の大学だったら、ぜったい空堀商店街取り上げてたわねえ」
「表は今風だが、隙間とかから伺える元々の建物は年季が入ってるぞ」
確かに、看板で隠れてる庇は古い軒瓦。建具にもプリントではない木目が入ってたりする。
「登録有形文化財?」
ソニーにも分からん表示があった。
「重要文化財ってほどじゃないけど、今の技術で建てるのは難しいのが指定を受けて保護されてるのよ」
「ええ、それは見当はつくんですが、現役の店舗だというのがすごいです」
「中はお屋敷になってるみたい……」
そういう留美ちゃんのあとに付いて入る。
中庭というか、複数の建物の真ん中が20坪ほどのセメント塗りの空間で、周囲のお店が取り囲んでる。
「胡同(ふうとん)に似てるかもね」
「胡同は、もう、本場の北京にもありませんよ」
「でしょうね、まあ、そういう共同の憩いの場って感じかな」
で、左手が喫茶店なんで、ペコちゃんのオゴリで一休み。
一息ついて、店を出て振り返ると、喫茶店は、さっき「登録有形文化財?」と感心した門の横にある土蔵やった。
よう見たら気ぃつくねんけど「登録有形文化財?」の看板に目を奪われてたんで分からへんかった。
「こういうのが三つもあるらしいぞ」
いつのまにかパンフレットをゲットしたソニーが感心する。
「一日じゃ周り切れないわねえ……」
「留美の言う通りだ、今日は的を絞るぞ」
さすがは、女子高生にして現役陸軍伍長、瞬間で残り時間と目標を見定めて、うちらの先頭を行く。
「この橋を渡るぞ」
商店街を東に出ると、今度は北に進んで橋を渡った。
「あ……え……?」
橋を渡り切って留美ちゃんが振り返る。
「気づいたか」
「うん、歩道橋かと思ったけど、下の道路から上がって来る階段もないし……作りが、橋というよりは道路」
そこまで言うと、橋のたもとに走る留美ちゃんとメグリン。
「ちゃんと橋だ」
「高津原橋(たかつはらばし)と書いてある」
それがどないしたんと、うちは思う。広い大阪、まあ、こういう、ちょっとけったいなもんはあるやろ。
うちの近所にも30号線のくせして、13号線と呼ばれてる府道があるし。
「さくら、考えて見ろ」
「え、うち?」
「お前意外にさくらはおらん」
「え、えと……」
留美ちゃんとメグリンが興味津々、ペコちゃんとソニーがニヤニヤ。
「実は、ここは南北の地形を見ても分かるんだが高台だった。大正時代に市電を通すことになったんだが、当時の市電は力不足で、高台を超えることができなくてな。それで、市電が通る分だけ高台を削った。ところが、町の真ん中を削ったものだから町が分断されて不便になる。そのために道路を繋ぐ形で橋が掛けられたというわけだ」
「な、なるほど……(;'∀')」
こいつ、ほんまに外人なんか?
「それだけ、大阪という街は、住民の生活を大事にしていた。これは誇っていいことだと思う」
パチパチパチ!
三人が拍手、うちも遅れんように、パチパチパチ!
「さ、次いくぞ」
次に向かったのは、ちょっと北に歩いた南大江小学校の脇。
「ここだ」
ソニーが示したのは、歩道の脇にある白いテントのような檻のようなオブジェ。
「なんやのん、これ?」
「まあ、覗いてみろ」
オブジェの両横にはアクリルがハメてあって中が覗ける。
「あ、水が流れてる!」
留美ちゃんが気づいてメグリンと肩を寄せ合う。
「太閤下水ね」
「そうです、学校では教えないんですか?」
「高校じゃやらないわね、やるとしたら小学校……かな」
うちらは習わへんかった。
「これ、太閤さんが作ったやつ?」
「ああ、そうだ」
「ふうん……」
「興味薄いなあ」
「あ、いや、そんなことあれへんよ(^_^;)」
いや、正直、空堀から一キロほど歩いて来たわりには……食べ物屋さんやらおしゃれな店期待してたから。
「パリやロンドンで下水が完備したのは19世紀だ。それを、秀吉の政権は16世紀に作っている。それも、特権階級者用ではなくて、町人たち一般庶民が住む地域にだ」
「そ、そうなんや」
まあ、それを復元して見れるようにしてんのはすごいと思うねんけど、ちょっとお腹が減った。
「少し、誤解しているようだな」
「へ、なにが(^_^;)?」
お腹の音聞こえたかなあ(^o^;)
「この下水は、いまでも現役だ」
「あ、ほんと!」
留美ちゃんが、説明のプレートを見つける。
「日本というのは、こういうところが凄いんだ……」
「は、はひ」
「ごめん、ちょっとシリアスになってしまったな」
「よし、今日は先生が晩ご飯もおごっちゃおう!」
ええ!?
ここは一致して、全員目ぇがへの字になる。
「もうちょっと行くと、谷四で、府庁もあるからね」
え、それて、府庁の公務員さんらの食堂……思ても顔には出さへん。
タダ飯というだけで嬉しい。
それに、実際に御馳走になると、これがけっこうなボリュームで美味しかった!
今度の部活は、食レポを書いて文化祭のネタにしよう!
飯代は、部費からということで! あきませんか? あかんやろなあ(^_^;)
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦念 さくらの伯父 諦一と詩の父
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
- 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学三年生 ヤマセンブルグに留学中 妖精のバン(バンシー)ナンシー(リャナンシー)が友だち
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原 留美 さくらと同居 中一からの同級生
- 夕陽丘頼子 さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
- ソニー ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
- 月島さやか 中二~高一までさくらの担任の先生
- 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
- 百武真鈴(田中真央) 高校生声優の生徒会長
- 女王陛下 頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
- 江戸川アニメの関係者 宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 花園あやめ(声優)
- さくらをとりまく人たち ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん) 小鳥遊先生(2年3組の担任) 田中米子(米屋のお婆ちゃん)