「君かね、カリー少佐がお気に入りのミナコは?」
思ったほどの威圧感はなかった。トレードマークのスクランブルエッグと言われる軍帽も、コーンパイプも、サングラスさえしていない。
それらは、マッカーサーの自己演出であることがよく分かった。
素で見るマッカーサーは、かなり額の禿げあがった、よく言って初老のおじさんだった。ただ、やたらに背が高く、一見優しそうな目は、奥の方で鋭く光っている。
「初めまして、元帥。お会いできて光栄です。海兵隊第五師団第一大隊の軍属ミナコです」
「ファミリーネームは?」
「それが、横浜に来てから、全てが思い出せないんです」
「不思議だな……」
「はい、自分でもそう思います」
「しかし、君の身のこなしや言葉には日本人らしさがない。どちらかというとアメリカの北東部……いや、イギリスのトラディショナルなものを感じる」
「まるで自覚はありませんが。光栄です」
「軍属の行方不明者や、抑留されていた外国人の中に、それらしき該当者はいないのかい?」
「一通りは当たったようですが、海兵隊の司令部じゃ、イギリス人とのハーフかクォーターではないかと言っています」
「だろうね、この控えめな気品と、筋の通った気概は、日本とイギリスのエスタブリッシュなものを感じる」
「閣下、それで、わたしへのご用は?」
「すまん、ホイットニー。わたしのこの子への個人的な興味だ。ミナコ、いま不自由していることはないかね」
「ポーカーです。海兵隊のお友だちにいろんなコツを習うんですけど、ちっとも上手くなりません」
「ハハ、奴らの一番得意な攻撃手段だからね。わたしでも、海兵の二等兵にもかなわないよ。まさか、やつら、妙なものを掛けろとか言わんだろうね?」
「ええ、ポーカーの後、ちょっとお喋りするだけです」
「ハハ、海兵を、ボーイスカウト並みにしつけてしまったか。しかし、やつら油断がならないからね。わたしが後で、仮のファミリーネームを付けてやろう。その間、なにかこの年寄りの相手をしてくれんかね」
「うーん、チェスとビリヤードなら自信があります」
「おもしろい、一番やってみるかね?」
チェスは十分で、マッカーサーが二回連続で負けた。ビリヤードに至っては、五分でケリがついた。
「かなわんなあ。最高司令官の面目丸つぶれだ。よし、ポーカーで最後の勝負だ」
「元帥の手を読んでもいいですか?」
「ハハ、読めるものなら、読んでみたまえ」
で、ミナコは元帥の心を読んだ。正直、会ってから一度も元帥は心を読ませなかった。相当孤独や駆け引きに耐え、また長けてきた人間だと思った。それがゲームとなると簡単に読めてしまう。ポーカーも二分ほどでミナコの勝ちになった。
「なんだ、ちっとも弱く無いじゃないか」
「これなら、一晩で海兵隊一個大隊ぐらいは丸裸にできるよ」
いっしょに加わったホイットニーも、笑って喜んだ。
「今のは、心を読んだからです。普段はやりません」
「本当に、心が読めるのかい?」
「じゃ、ジャンケンしましょう」
副官も含めて百回ほどやったが、ミナコが全勝。同室のみんながあきれた。ただマッカーサーは釘を刺した。
「ここで、ミナコが読んだことは、誰にも内緒だよ」
「元帥の仕事に関することは読めません。この部屋に来るまでに日本人と会ってらっしゃったようですが、内容はさっぱり分かりません。あ……」
ミナコは、一瞬閃いたことで窓から外を見た。で、見えた人物で答えた。
「白州二郎さん!」
「ハハ、本当に分からないんだな。会っていたのは吉田茂だよ。話の中身は?」
「……分かりません。吉田さんが部屋に入ってくるまでの情報は解放してくださいましたけど、そこからは……車の中で、吉田さんが不機嫌なのも、今分かりましたが、なんで不機嫌なのか、吉田さんも読ませてくれません」
「吉田もなかなかのタヌキだ」
「白州さんが言ってます……」
「ほう、なんと?」
「あ、あの……」
「かまわないから、言ってごらん」
マッカーサーがニンマリして言った。
「あ、ええ……『そんなにカッカしちゃ、マッカーサーのじじいよりも早く禿ちまうぜ』」
白州そっくりな言い回しに、マッカーサーは大笑いし、ホイットニーは真面目な顔で聞いてきた。
「ミナコは、白州と知り合いなのかい?」
「いいえ、たった今、白州さんが言ったことを、そのままマネしただけです」
「英語でかね?」
「ええ、運転手に内容が分からないように。あ……今のは国家機密だって言ってます」
「ハハ、お互い国家機密級の禿頭というわけだ!」
「でも、それ以上は読めません。たいしたお爺様方です」
「ミナコ、今度は心を読まないで勝負しよう」
で、次の勝負は、ミナコの大負けだった。
「こんなもんです。わたしの実力は……」
「なんとなく分かったよ、ミナコが人の心を読む瞬間というのが」
「え、どんな風に違うんですか。わたしは自覚が無いんですけど?」
「ミナコが、読むときは鼻が膨らむんだ」
「あ、それなら、元帥もいっしょです。チェスでもビリヤードでも鼻が膨らみっぱなしでした」
「ほんとうかい。子どものころから、オヤジに叱られていたクセだよ。なるほど、そういう意味があったんだ!」
「閣下やミナコと喋るときは、鼻を隠して話すことにします」
ホイットニーが真面目な顔で言ったのがおかしかった。
「ミナコに、ファミリーネームをやろう。おそらく世界最強だ」
「え、どんな!?」
「たった、今から、ミナコ・マッカーサーと名乗りなさい。彼女の書類はみんな、そう書き換えるように指示してくれ」
「アイアイアサー」
副官が部屋を出ようとすると、他の副官が飛び込んできて、マッカーサーに耳打ちした。
みるみるうちに、マッカーサーの顔が曇っていった……。
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