くノ一その一今のうち
何度かたとえてきたが、高原の国のポジションは日暮里から西の山手線内側に似ている。
北方の埼玉県が、すでに、その軍門に下っている足立・葛飾両区を前に立て、まだ旗色を明らかにしていない台東区・荒川区を嚇し日暮里・鶯谷の崖を駆け上がって山手線の内側に攻め入ろうとしている。
位置的にA国は荒川区、B国は台東区にあたる。
A国はほぼ高原の国に取り込まれそうになっているが、B国は踏みとどまっている。
高原の国の王妃はB国王室の出身で、B国皇太子はアデリヤ王女の従兄弟に当る。
その血の繋がりに掛けて、王女とわたしは日暮里の崖を下ってB国を目指している。
A国との国境には国境警備司令のドーカンが王女のコスを着た女性兵士を載せ、ジープで牽制に向かっている。司令部の監視哨には帝キネのポスターから抜け出てきたえいちゃん(長瀬映子)が二次元の身でありながら王女に扮装してA・B両国の目を惑わしてくれている。
わたしと本物のアデリヤ姫は遊牧民のナリでラクダに跨ってB国の草原に紛れ入っている。
早朝の爆発騒動は、そのA・Bどちらか、あるいは別の勢力によるものか明らかにならないまま収まって、遊牧民たちは逃げ散った羊やラクダを集めにかかっている。その中に紛れているのだ。
「よし、ここらでいいだろう」
ラクダを下りると鞍や装具を外して放してやる。
尻をペシペシ叩いてやると、ラクダは振り向きつつも北に向かって歩きはじめる。
「ラクダで足がつかないのですか?」
「だいじょうぶ、元々A国の草原から迷い込んできたラクダだから。じゃあ、行くわよ」
「はい」
装具のリュックを背負って街道に向かう。
三十分ほど歩いたところの臨時の検問所で誰何される。
「待て、おまえたちは何処へ行く」
「トゥテシ村から逃げてきたの、また、あんな爆発騒ぎがあったらかなわないから。男たちは残ってるけど、女子供はね……」
他にも国境付近から逃げてきた者がチラホラ、見た目にも十代の少女の二人連れなので難なく通してもらえた。
「ありがとう、兵隊さん」
リュックを揺すり上げた手には日焼け色の迷彩ドーランを塗った上に砂をまぶしてある、パッと見には分からない。
「あら」
検問所の裏に王室のトラックが停まっている。荷台には『救護移送』の横断幕がかけられている。
「これで、避難キャンプに行けるみたいですね」
「時間が稼げる」
荷台には、少し余裕があったけど、避難者十数名を載せてトラックはエンジンをかけた。
荷台のスピーカが、諸注意をする。
『走行中は立ち上がらないこと、緊急の時はドライバーの指示に従ってくれ。緊急事態の時は、スピーカー横のインタホンで伝えること、行先は王室牧場、到着までは三時間だが状況しだいでは変更がある。それから、この緊急措置は皇太子殿下の発意であるから感謝すること。では、出発する』
ブロロン……
十分も走ると、朝から歩き詰めだった者も多く、大方の者が荷物を抱いて居眠りし始めた。
わたしたちも、眠った風を装って二人でもたれ合う。
「王室牧場は、ちょっと王宮とは離れすぎてませんか?」
闇語りに近い小声だけども、王女には伝わるようだ。下を向いたまま小さく応えた。
「サマルは気が小さい、おそらくはキャンプに来ている」
「それはラッキーです」
なぜ、気が小さいとキャンプに来ているのかは分からないが、わたしの質問は姫の精神状態と健康状態を探るためのものなの。しっかりした返答をしてもらったことで十分だ。
もう一言聞いてみようかと思ったら、姫は、ほんとうに眠ってしまっていた。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
- 多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
- 杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
- えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
- 豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
- ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
- アデリヤ 高原の国第一王女