鳴かぬなら 信長転生記
大森林の上を這うように飛んでいくのかと思った。
国境を画している長城は、要所要所に櫓が設えてあって、城壁の高さでは死角になる視界を補っている。
むろん、城壁にも櫓にも三国志の兵が昼夜を問わず監視の目を光らせている。
太陽は、ほとんど西の空に没しようとしているが、紙飛行機が飛ぶ高さでは、まだまだ十分な明るさを保っている。
出発前の問答を思い出す。
「いっそ、日没を待ってはどうだ?」
「僕は、神さまになって、まだ百年足らず。他の神さまのように強い力がありません。お二人を乗せた紙飛行機を、おおよその目的地まで飛ばすのがやっとです。完全に陽が落ちては機位を保つことができません。保てなければ、大樹林の木にひっかかったり、城壁にぶつかったり、着陸地点を見失ったり……飛行の安全と、越境、着地の三つを勘案して、ギリギリで、この時間を選択したんです。僕は織田さんの志には敬服しますが、何よりも、織田さんの安全を担保したいんです」
多弁な奴は嫌いだ。
光秀とかな。
一つの事を言うのに二回以上息を継ぐやつは能無しだ。
例外はサルだけだ。サルはTPOを良く心がけておって、俺が必要と思う時以外は、俺以上に言葉を惜しんでおった。
この飛行機オタクはどうだ。
光秀ほどではないが、言葉が多い。
しかし、どうも不快ではない。
俺も転生して寛容になったのか?
いや、どうやら、忠八が持っている個性のようだ。
どんな個性だ?
意地悪く質問してみた。
「お前の言う『織田さん』の中に、俺は入っていないのではないか?」
「え……」
「どうだ?」
「はい、織田さん……僕が『織田さん』という時には、いっちゃ……市さんの顔が浮かんでいます」
「であるか」
腹が立たない。
こいつの発言には媚びも外連味(けれんみ)もない。
それで、黙って、この紙飛行機に市と一緒に乗っている。
市は、いっぱいいっぱいのようで、真っ直ぐに正面を向いて、紙飛行機に身をゆだねている。
いかん、可愛いと思ってしまったぞ。
おお?
樹海の上を這うように飛ぶだけかと思ったが、木々の隙間があるところでは、器用に潜り込んで姿をくらましている。
あたかも、紙飛行機の忍びのようだぞ。
忠八、これは、なかなかのものであるぞ。
サワ……サワ……サワワ……
そうやって樹海を浮きつ潜りつしていたかと思うと、紙飛行機は、俄かに現れた城壁をたちまちのうちに飛び越えて、三国志の草原を這うように飛び、岩を躱し、小川を渡り、田畑を掠め、集落を迂回して、林の中に静かに滑り降りていった。
ザザザザザザ
いささかの草むらをなぎ倒し、俺と妹は敵地に舞い降りたった。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長