千早 零式勧請戦闘姫 2040
03『レンチンが終わるまで・1・異変』
たこ焼きをレンチンしながら千早は思う
――なんで、一回見合いしただけで結婚に踏み切れるのか?――
姉の挿は去年の秋に見合いして、年が改まって間もなく婚約してしまったのだ。
神社の年始は忙しく、挿に代わって覚えなければならない巫女のあれこれも多く、学校も三月足らずのうちに期末テスト学年末テスト。ほかにも諸々があって、今朝のゼロ戦生誕100周年フェスティバルに行ったのが久々の息抜きの千早だった。
レンジの中でたこ焼きが回っているのを見ていると、拝殿の方から、祖父介麻呂の祝詞が聞こえてきた。
拝殿からは距離があるのだが、介麻呂の祝詞は地鎮祭などでもよく響いて評判がいい。それに加えて挿の巫女舞が続くのだ。自分の家の神社なのにホワホワと聞きほれてしまう千早だ。
天野太郎は市長になった明里に比べて影が薄い。
「月読(つくよみ)みたいだ」
父の感想に挿も千早も頷いたものだった。
月読とは月読命のことだ。父のイザナギが黄泉の国から戻って右目を洗った時に生まれ「月と夜を治めろ」とイザナギに命ぜられ、それ以来ほとんど現れることのない影の薄い神さまである。神社の娘だから姉妹ともども知っている千早だが、一般的にはアマテラス、スサノオの姉弟に挟まれて知られることが少ない神さまだ。
天野家は九尾市の名家で、戦前から町長や市長を輩出している。それも、力にものを言わせての独占というものではなく、市長職を踏み台にして県知事や中央政界に打って出ようという色気も無い。その天野の長男でありながら、父の会社の係長に甘んじている天野太郎は――よくできたご長男――と地味に好感を持たれている。
――あ、お姉ちゃんのことだった(^_^;)――
千早は、よく言うと反射のいい娘なのだが、興味がすぐに移る……というよりは飛んでしまい、時どき反省する。
――たった一回の見合いだし、それも相手はお寺の坊主だぞぉ――
写真を見た時に「ああ、人付き合いのいい人だろうな」と千早は思った。
神社も寺も、言ってみれば人を相手にする仕事なので人付き合いの良さは大事だ。仏頂面で口下手では氏子も檀家も減っていくだろう。
それと、挿が嫁ぐお寺はちょっと面白い。
旦那の妹……と思ったら同居の従妹らしいのだけれど声優のS。Sは去年ブレイクしたエルフのアニメで主役の声をやっている。Sはそれ以外にも千早の好きなアニメの数々に出ていて、そのSと親類になれると思うと、ちょっとワクワクしている。
――でも、まだお姉ちゃん23歳だよ、もったいない――
シャリン
神楽鈴が鳴って、いよいよ挿の巫女舞が始まった。
そろそろ加熱も終わったかと視線を落とすと……レンジのタコ焼きは止まったままだ。
――あれ?――
壁の電波時計も停まっているし、その下の出窓からは空にピン止めされたように雀が羽を広げたままフリーズしている。
ええ……?
振り返ると、キッチンの先は参集殿や拝殿に繋がる廊下のはずが、群青の空が広がっている。
出窓の空とは違って、雲は流れて爽やかなそよ風さえ吹きこんできて、たこ焼きのそれではない香しい匂いさえ漂っている。
――貞治がやってるMRみたいだ――
しかし、MRのゴーグルをしているわけでもない、だいいちMRでは匂いまではしない。
すると、拝殿から漏れてくるそれとは違う神楽が聞こえ、滲み出るようにして人影が現れた。
人影は近づきながらしだいに姿を明らかにし、千早の二間ほど前に進んだ時には浦安舞の正式装束の巫女になった。
――いや、巫女装束じゃない――
その装束には縫い目が見当たらない。皴やヒダの寄り方も物理法則に従っているのではなく、アニメのそれのように、きれいにカッコよく見せるためにそよいでいる。
――これは神さまだ――
千早は思った。
――いかにも 身はこの社の祭神たる神産巣日神(カミムスビノカミ)であるぞよ――
神さまは、口も動かさずに千早に応えた。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿(かざし) 千早の姉
来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄