……これが無きゃいい人なんだろうけど。
智満子のお父さんは無邪気な人だ。
家にお客さんが来て、お客さんたちが陽気に楽しんでくれるのが無上の喜びという幼児のような心の人。
だから何億円もするギャラクシースペシャル(キャンピングトレーラー)を買って、あたしたちに提供してくれたりもした。
昨日の温泉ビックリ事件も、あたしたちが寝静まったと思ってお風呂に入っていたんだ。それを知らずに二度目のお風呂に入ってビックリ!
智満子は、そんなお父さんを頭ごなしに叱って、まるで親子が逆転したみたいだった。
智満子には悪いけど、こんな無邪気なオジサンはめったにいるもんじゃない。爆弾事件で儲けものの二日目、今日はどんな事件を起こしてくださるのか、ちょっと楽しみであったりする。
「社長は、朝一番からのお仕事なので、今日のみなさんのお相手は、この手島が承りました」
朝のダイニングで、朝食の指示を飛ばしながら手島さんが宣言した。
どうやら智満子の言いつけのようで――これでいいのだ――という顔つきをしている。
「ちなみに、朝食の献立は社長がお立てになり、お味噌汁と玉子焼きは社長がお作りになられたものです」
「わー、智満子のお父さんてすごいんだ」「いい香り」「おいしそう」「旅館の朝食みたい」
朝食は自炊で、せいぜいトーストに目玉焼きくらいに思っていたので、みんなゴキゲンだ。
「チ、朝はパン食なんだけどなー」
智満子一人がケチをつける。
「う、この玉子焼き……」
玉子焼きにかぶりついたネッチが目を見張った。
「「「「「「「「「「ん?」」」」」」」」」
みんなが注目し、ハッとした智満子が玉子焼きを口に放り込んだ。
「なまっちろい味……ごめん、お父さん関西風にしてる!」
「関西風?」「どれどれ」「あたしも」
みんなお箸を玉子焼きにすすめる。
関東の玉子焼きは甘い。それに慣れた口には、とても新鮮な驚きだ。
みんなは美味しくいただいたんだけど、智満子一人だけ機嫌が悪い。
ひょっとして、家庭での智満子は、まだ反抗期なのかもしれない。
朝食を終え、朝のアレコレをすますと、みんなでギャラクシースペシャルに乗り込んだ。
健康的に雲母城の外周をジョギングしようかということになっていたんだけど、雲母城なら来週の雲母祭りでも行くので智満子の提案で雲母ヶ浜に行くことになった。
「天気はいいですが、波が高いので気を付けてください」
手島さんは忠告するが、海辺というのは波打ち際が面白い。
真冬なんだけど、あたしたちは靴も靴下も脱いで波打ち際を走った。
「この爽快なシチュエーションはなんなんだろう?」
「坂本龍馬になった気がする!」
「あたしたち女だよ」
「う~ん……」
「ね、ラブライブサンシャインて、こんな感じじゃね?」
「そーだよ、女子高生八人が制服の裸足で海岸に並んで、学園アイドルの結成を誓うんだ!」
「それって沼津の浜辺だよ」
「おんなじ太平洋岸だよ」
「アバウトすぎ~」
「あれって九人だよ、あたしたち一人足りない」
几帳面なノエが不足を言う。
「手島さーん、こっち来てくださーい!」
手島さんを呼んで、無理くり九人にした。
「わたしは、ちょっと無理があるような……」
手島さんが照れる(〃▽〃)ポッ
「みなさん走ってみません? 身体が温まるし、そのほうが青春て感じがしません?」
「そーだよ! こういう時、アニメって、たいがい走るじゃないよ」
ベッキーがいいことを言う。
「よーし、あたしが先頭行くから、みんな付いてくるんだよ!」
智満子が先頭になって走り出した。
智満子 いーちにーいちに
皆 そーれ!
わたし にーにーにに
皆 そーれ!
ノッチ いちに
皆 そーれ!
ベッキー にーに
皆 そーれ!
ノエ いちにさんしにーにさんし
皆 ファイトーーー! ヨシ!
運動部のノリで五分ほど走ると、みんな頬っぺたがリンゴみたくなってきて、吐く息もSLみたいで面白い。
わ!!
不覚にも、なにかに足が引っかかって転んでしまった。他にもネッチとノンコがつまづいた。
「ちょ、なにかあるよ」
ノンコが、つまづいたところの砂をかき分けた。
「ギョ、ギョエー!」
ノンコが悲鳴を上げた。
「ひ、人が倒れてるよ!」
「「こっちも!」」
三人は砂に埋もれた男の人二人と女の人につまづいていた。
三人とも生きているようには見えない。
あたしがつまづいたのは、とても綺麗な女の人だった……。