大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベル・あたしのあした02『コロンブスの卵』

2020-05-25 06:27:15 | ノベル2

02『コロンブスの卵』      


 もう長くはない。

 腫瘍が脳みその1/10まで広がっている。視神経に影響が出始めているが、他には影響が出ていない。しかし、それも時間の問題、わずかな刺激で腫瘍は脳の重要な部分を圧迫して、この風間寛一はおしまいになる。

 未練はない。

 春風議員の政務活動費と二重国籍の不始末は、この風間寛一が全部引き受けた。
「このことは、第一秘書の風間の不手際です」
 記者会見で、そう言えば済むだけの工作はしてきた。あとは、この頭の中の時限爆弾が始末してくれる。
 できたら雑踏の中で命を終えたい。そうすれば確実に病死と世間が認定してくれる。
 事故死では自殺ととられかねないし、病院のベッドで死んでも世間は「春風議員に始末された」と邪推する。

 春風さやかは国会議員になんかなるべきじゃなかった。

 大学を出て、在学中からやっていた芸能活動を本格化しつつあるところだった。それが母親の突然の死で議席を引き継がざるを得なかった。ノホホンとした明るさが取り柄の春風さやかがクソッタレの女性議員になるのはあっと言う間だった。クソッタレでもボスに違いは無い。ボスを守るのが秘書の本分。反発ばかりしてきた親父だけど、この言葉は正しい。

 信号待ちをしている女子高生が気になった。

 まだ九月の半ばだというのに冬服を着ている。手ぶらであるので下校中というわけでもないようだ。
 痩せぎすで顔色が悪い。なにより雰囲気が、駅前ロータリーの雑踏に馴染んでいない。表情が死んでいるのだ。今時の高校生に生気がないのは不思議じゃないが、この女生徒は、生きているエネルギーそのものが尽きかけているといった風なのだ。

 信号が変わって、わたしは女生徒の後ろを歩き出した……。


 顔に穴が開いていると思ったのは一瞬だった。

 よく見れば、お店のガラスには、ちゃんと顔が映っている。たぶんあたしの顔なんだろうけど、自分の顔という実感が無い。マネキンみたいに無表情。
 こういう顔してるとイジメられる……てか、イジメられた結果、こういうマネキンみたいな顔になっちゃうんだけどね。

 いま。あたしが立っているのは、学校へ行くのには一つ遠い駅のホーム。
 いくらなんでも、通学の駅には行けないもんね。心が耐えられないよ。

 駅自体は嫌いじゃない。電車に乗ってしまえば、いま立っているところからは逃げられるもん。
 それに絶えず人が移動しているから、学校みたいに人の存在が刺さってこない。
 人はみんな通行人だ、モブキャラだ。オブジェとしての人間なら悪くはない。

 でも、あたしってば、どこに行こうとしてるんだろうか?

 電車に乗ってしまえば、どこかに着いてしまう。終点まで乗っていても下りなきゃならない。下りるのはやだ。
 もう二本の電車を見送った。
 そろそろ体力が限界だ。野坂さんの小説みたく、お尻の穴が見えるくらいに衰えているわけじゃないけど、久々の外歩き。
 もう家に帰るほどの体力も気力も残ってはいない。

 そこでコロンブスの卵が立ってしまった。

 電車のもう一つの使い方が閃いたのだ。乗り込むだけが旅立ちへの手段じゃない……。
 あたしは、電車が入ってくるレールの響きに惹かれるようにホームの先端に向かった。

 そして、一メートルちょっと下のレールに向かって、軽くジャンプした。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ……。
 


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