RE・友子パラドクス
こどもの日の朝、春奈はゴルフに出かけ一郎は家事にいそしんでいる。
詳しく言うと、母の春奈は大阪の大手デパートとの契約のための接待ゴルフ。父は新しいルージュの開発プロジェクトのアイデアを練っている。
父の一郎は、家事をやっているときが一番思索に集中できるのだ。祖父(一郎の父)が早く亡くなり、祖母(一郎の母)が認知症で家事が出来なくなってからの習慣というかクセというか。
最初はやらざるを得ないからだったが、何事にも打ち込む性格。やがては研究と努力で上達するのが生きがいになり、今では家事のアレコレをこなしている時がもっとも頭脳明晰で、行き詰まっている仕事の打開策やアイデアが閃くのが家事の時間であったりする。テレビでは朝のワイドショーの真っ最中で、売り出し中のアクション女優が技を披露しながらインタビューを受けている。ノリノリで「アチョー!」とか真似しながら洗い物を片付ける一郎。
「一郎、そんなに根詰めるとバテちゃうよぉ……」
二階から降りてきた友子が、パジャマのままでリビングの一郎に声をかけた。食器を整理していた一郎が手を休めて不足そうに言う。
「こうしてるときが一番なんだ。体が家事に集中しているとき、感性がもっとも研ぎ澄まされる。トォー!」
「そりゃそれでいいけどさ……なんだか、申し訳ないわね。わたしの三十年の不在が、一郎に、こんなクセつけさせたんだよね、オリャー!」
「ハオ! 姉ちゃんのせいじゃないよ。あの訳の分からない未来の組織が悪いんだし、俺的には楽しんでるし、気にすんなよ、アイヤー!」
その未来の組織が利権化して、この三十年の不在には意味が無いんだ……とは言えず「チョワー!」と受ける友子。
二人で次のアクションのポーズをとった時、ピンポーンとドアホンが鳴った。
「あ、回覧板ですか?」
と、一郎が応えたときには、友子が玄関を開けている。
「すみません、こんな格好で(^_^;)。回覧板ですね」
「あ、あなたね、今度やってきた娘さんてのは?」
森久美子というか森三中というか、気のいいオバサンが気楽に声をかけてきた。ちなみに、このオバサンも森さんである。
「はい、友子っていいます。本当は遠縁なんですけど、事情があって義理の親子やらせてもらってます」
「事情……」
「あ、両親が亡くなったんで、こっちのお父さんは、亡くなった父の従兄弟の子……って、ちょっとややこしいですけど(^_^;)」
友子は、務めて明るく言った。こういうときの友子は、とてもいい子に見える。
「……そうだったのぉ。ごめんなさいね、立ち入ったこと聞いちゃって。お隣同士だから、なんかあったら遠慮無く」
「ありがとうございます……あらあ、近頃空き巣が多いんですね」
回覧板を見て、友子が眉を顰める。
「そうよ、先月は町内で三件も。ぶっそうね」
「あ、お父さん、ハンコ!」
――オリャー――という声がして、一郎が出てきた。
「あ、どうも森さん(^_^;)。うん、姉ちゃん……」
ハンコを渡す一郎に、森さんは目を見張った。
「ネエチャン……」
「あはは……わたし母親似なんで、お父さん間違えちゃった」
「あ、友子ちゃん。お隣にはオバサン持っていくわ。起きたとこなんでしょ?」
「あ、すみません。つい連休なんで油断しちゃって」
「その年頃は眠いものよ。じゃ、またよろしくね」
気のいい森さんは、その足で隣の中野さんの家に回覧板をまわしに行ってくれた。
「気をつけてよね。人前では、ちゃんと友子っていうこと」
「え……言わなかったっけ?」
「言ってない」
友子は、さっきの会話を再生して一郎に聞かせた。
「ありゃりゃ……」
「こうなったら、二人きりの時でも親子でいこうか。とにかく慣れだから……ん?」
「どうした、姉ちゃ……友子?」
「中野さんちは留守だよ。朝出かけるの確認済み。森さんも郵便受けに回覧板置いていった……なのに、人の気配?」
思いついたときは庭に出ていた。塀を一跳びすると、中野さんのリビングで物色している空き巣に気づいた。そのまま中に踏み込んでは、リビングをめちゃくちゃにしてしまう。
そこで、友子は音もなくサッシを開けると玄関に周った。
「なにしてんの、人の家で!」
ヒ(゜д゜)!
空き巣は、いきなりの声に、思惑通り庭に面したサッシから外に逃げた。
「待て!」
ウギャ!
空き巣は、あっけなく中野さんちの前で友子に取り押さえられてしまった。
「森さん、空き巣。警察呼んで!」
空き巣は十万馬力の友子に押さえられて身動きもできず、あっさり、駆けつけたお巡りさんに捕まえられた。
そして、たまたま近所にロケにきていたテレビ局が、これをスクープにしてしまった。
「いやあ、火事場の馬鹿力ですぅ(^_^;)」
友子は可愛くかわしておいた。
ただ、夕方のニュースで映し出された友子はパジャマ姿のままで、第二ボタンが外れ、危うく胸が見えてしまいそうであった。
明くる日の代休。
家族三人で新宿に出かけた。そして、ここでも友子は事件に巻き込まれてしまった。
なんと、非番の外交官が某国の陰謀に嵌りかけているのだ!
外交官は相手をただの商社員と思っている。そばには高級車が停まり、すごい美人が寄り添っていて、ハニートラップの最終仕上げのようだ。
――よし!――
自分も陰謀の末に一度は殺された、見捨てるわけにはいかない。
二つのサーバーに侵入、二秒で細工。
小走りで外交官の後ろに近づいて声をかけた。
「まあ、先生。こんなとこで何やってるんですかぁ?」
まるでゼミの学生が街で教授に会ったような感じで寄って行く友子。
「「先生?」」
被害者と加害者が、同時に不審な顔で友子を見た。同時に三人のスマホが鳴る。
「緊急連絡っぽいですね、出なくていいんですか?」
そういうと、三人は、それぞれスマホを取りだした。
「え!?」「なに!?」「こ、これは!?」
「あなたたちのスパイ行為、ハニートラップ、証拠写真、資料、経歴、載っているのはあなた方のスマホだけじゃないわ。たったいまSNSで世界中にばらまいちゃった。公安にはダイレクトで伝えたし」
「くそ!」
男がとっさに催涙スプレーを出したが、友子は手首を取ると、男の手首をへし折って取り上げ、ごく微量を男と女の目に吹き付けた。
「ギャ!」「ウギ!」
そして、車のタイヤに蹴りを入れてパンクさせつつ内ポケットの薬の成分を変換、通りかかったタクシーを止めて、そのスジまで送るように頼んだ。二人がもがきながらも懐の薬を呑んだのを見届けて「よしよし」と頷く友子。
急にぐったりした客に怯える運ちゃんに「寝てるだけですからぁ」と笑顔で見送って8秒という手際の良さ。
「○○さん。外交官としては、もうおしまいだけど、あの人達みたいに命に関わることはないから。あ、わたしが殺すんじゃないわよ。いま二人が飲み込んだのは、ただの清涼剤。青酸カリは預かった。それから……ああ!?」
声を上げると、つられて上を向く外交官。その口にすかさず一粒放り込む。
「ング……なんだこれぇ(;'∀')」
「ミント味の睡眠薬……あら、もう寝ちゃった」
もう一台タクシーを見送って、ショーウインドに映る自分の顔にびっくりした。
昨日テレビで見たアクション女優にそっくり。
自分にネットへの介入と瞬間の指技と擬態の能力があると知った瞬間だった……。
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 柚木先生 友子の担任
- 浅田 麻子 友子のクラスメート
- 池田 妙子 友子のクラスメート
- 徳永 亮介 友子のクラスメート 保健委員
- 森さん お隣りさん