時かける少女・60
いつもの道を曲がり損ねてしまった。考え事をしていたからだ。
駅から学校へ行く道は二本ある。多少の遠近はあるが、どっちの道も距離は似たようなものである。 自然に生徒は二本の道を分けて通るようになる。当然一本当たりの道を通る生徒の数は少なくなり、住民とのトラブルは、その分だけ少なくなる。
ひなのが亡くなってから、光奈子は道を替えた。
それまでの道は毎朝ひなのと歩いていた道なので、無意識に別の道を通るようになった。この道は、学校の前で双方東西から学校に向かうようになっており、反対の道から来た生徒と出くわすカタチになる。 もっとも、お喋りやスマホに気を取られ、案外反対側から来る生徒には気づかないものではあるが。
この日は違った。
最後の角を曲がったところで、オーラを感じてしまった。 向こうから、たくさんの生徒に混じって、もう一人の自分が歩いて来たのである。前の生徒が邪魔で、いっしょに並んでいる生徒の姿が見えない。 とっさに、光奈子は速度を落とした。むこうの光奈子は、話しに夢中で、こちらには気づいていない。
校門を潜ると、後ろ姿を追いかけるカタチになった。
「コンクール残念だったな!」
自転車で来た三年の林田が、気楽に声をかけた、その二人に。
振り返った二人は光奈子と……ひなのであった。
「………!」
思わず叫びそうになるのを堪えて、自分の口を押さえると、駅に向かって駆け出した。
ちょうどやってきた準急に乗り、息を整えた。
気づくと向かいに網田美保が憐れむような顔で座っていた。
「とりあえず家に帰ろうか」
「だめだよ、お母さんがいる」
「お母さんには、会わないようにしてあげる」
本堂の方から入り、靴は持って上がった。美保が脱いだとたんに靴が消えた。
そう、美保はアミダさまなのである。
「さっきのひなのと、あたしは誰なの!?」
部屋に入るなり聞いた。
「見ての通りひなのと、光奈子」
「どういうことよ、これって!?」
「まあ、落ち着いて……これは光奈子が望んだことなんだよ」
「あたしが?」
「お彼岸の最後の日に、願ったでしょ。ひなのが生きてればいいって」
「ずっと思ってるわよ、ひなのが亡くなってから……」
「こないだ、加害者のお祖母ちゃんと、まなかちゃんがガチンコしちゃったじゃない。お彼岸の最後の日」
「うん、胸が痛んだ」
「あの時、強く思ったのよ。ひなのが生きていればいいって」
「じゃ、ひなのが生き返ったの?」
「死んだ者は極楽往生。生き返ることなんかないわ」
「でも、ひなの笑って、あたしと話してた……そうよ、あのあたしってなんなのよ?」
「ここは、ひなのが死ななかった世界。パラレルワールドよ。光奈子が強く願ったから、光奈子が移動した。で、ここには別の光奈子がいるから鉢合わせしたわけ」
「じゃ、あたしは……」
「余計な存在。ごくたまに起こる現象。街なんかで自分とそっくりな人間に出会ったって、都市伝説みたいなのがあるでしょ。ドッペルゲンガー、離人症って呼ばれて、精神病理学の一つになっている。普通はほんの瞬間。あるいは不定期的にパラレルワールドが重なって起こる現象」
「じゃ、これも……」
「あんたは、完全に、こっちのパラレルワールドに入っちゃったから、ここに存在するわけにはいかないの」
思考が停止してしまった。
「もしもし……」
「あたし、どうしたら……」
「あなたは、沢山のミナコを生きる運命にあるようね。そろそろ別のミナコになる時期かもしれない」
「別のミナコ?」
「こないだ、亡くなった湊子って、オバアチャンも、その一人だったかもしれないわ」
「……なんだか、頭が痛くなってきた」
「少し横になるといいわ。おつかれさま、ミナコ……」
光奈子は、制服のままベッドで横になった。数時間たって、もう一人の光奈子が帰ってきた。
「たっだいまあ~。ああ、お腹空いたあ!」
「檀家さんから頂いた、お饅頭があるわ」
「へへ、お寺の特権だね」
「食べ過ぎないようにね、晩ご飯食べられなくなるから」
「はいはい、別腹でございます」
光奈子が、饅頭の箱を持って自分の部屋に入ると、なんとベッドで寝ている自分を見つけてしまった。
「え……ええ!?」
ほんの数秒で、ベッドの光奈子は消えてしまった……。