大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・秘録エロイムエッサイム・22(埴生の宿)

2019-04-06 06:08:24 | 小説4

秘録エロイムエッサイム・22

 (埴生の宿)
 

 

 駅前で、楽し気だけど寂しいオーラを感じてしまった。
 

 大江戸放送の収録が終わっての帰り道。マフラーに眼鏡だけという簡単な変装だけど、世間の人は、これが年末から急に売れ出した朝倉真由だとは気づかない。顔が売れていないわけではない。オフの時は余計な注目が集まらないように、清明が呪(しゅ)を掛けてくれている。オフ用の眼鏡かマフラーをしていれば誰も気づかない。
 

 オーラは、駅前から横丁に入ったカラオケ屋から漂ってきている。
 

 真由は感受性の強い方だったが、こんなオーラを感じられるほどではなかった。エロイムエッサイムの魔法が使えるようになってからである。清明やウズメがうまくコントロールしてくれているからだ。
 

 気づいたら、カラオケ屋のそのオーラの部屋の前に立っていた。
 

「楽しそうね、カラオケ代もつから、仲間に入れてくれる?」

 部屋の中には、中学生と小学6年の姉妹がいた。

 名前も家庭環境も見抜いている真由だったが、知らないことにした。姉妹はいぶかしんだが、真由は無意識に「仲良し」の呪をかけていた。姉妹は、気軽に真由を仲間に入れてくれた。

「オネエチャンうまいね!」

 流行りの歌を三曲付き合うと、積極的な姉の方が声をかけてきた。妹の方は、ただ尊敬のまなざしで、真由を見つめている。
 

「ありがとう、こんな歌もあるんだよ……」
 

 そう言うと、真由はカラオケを操作した。

 埴生の宿も わが宿 玉のよそい うらやまじ のどかなりや 春のそら 花はあるじ 鳥は友 おお わが宿よ たのしとも たのもしや……🎵

「言葉はむつかしいけど、それ、我が家がいちばんいいって意味だよね」

 妹が目を輝かせて聞いた。

「そうだよ。作曲はイギリス人、作詩はアメリカ人、里見義(ただし)って人が百年以上前に日本語訳にしたの……ちょっといい話があるの、聞いてくれる?」

「うん、聞く聞く!」  姉妹は、声をそろえた。
 

「戦争中にね、ビルマでイギリス軍と日本軍が戦っていて、日本兵がバタバタ倒れていって……それでも日本の軍隊は降参できないの」

「社会で習った。ギョクサイとかいうんだよね」

 姉が知識を披露した。

「そこで、ある小隊長さんはね、部下に発砲を止めさせて『埴生の宿』をみんなで歌ったの。するとイギリス兵も撃つのを止めてね、英語で『埴生の宿』を歌いだしたの……歌って通じるのよね。犠牲者をほとんど出さずに、日本の兵隊たちは捕虜になれた」

「通じたんだね。イギリス人も日本人も自分の家が、平和が一番だって……」

「そうだよ。あなたたちだって自分の家が一番。そう思ってごらん」

「う~ん、むつかしいなあ」  妹が腕を組んだ。
 

 真由には分かっていた。姉妹の両親は共働き、給料が安いので夫婦ともに仕事の他にアルバイトやパートの掛け持ちをやっていた。姉はスマホを持っていたが、セッティングを親からの緊急連絡だけにしていた。他の子たちのようにやっていては、親に負担をかけすぎると思っていたのだ。でも、遊びたい盛りの二人には深夜まで両親が帰ってこない名ばかりのマンションは、ただうすら寒いネグラに過ぎなかった。だから時々カラオケにきては姉妹で憂さ晴らしをやっていたのだ。

「もうあたしたちも子供じゃないんだから、自分の手で自分の家を『埴生の宿』にしなくちゃ。ね、オネエチャン!?」
 

 姉妹は、家に帰ると、ちょっとゴミ屋敷化していた家を片付けた。
 

 そして、三日ほどすると、家は見違えるようになった。それまで無口で疲れた顔だった両親が、少し明るい言葉をかけてくれるようになった。  

 テレビでは売り出し中の朝倉真由が唄っている。
 

 似ている……とは思ったが、あのときのオネエチャンが真由本人であるとは気づかない姉妹であった。

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