真凡プレジデント・52
放送局……という人物評というかあだ名があったそうだ。
あいつに言ったら、またたくうちに広まってしまう。そんなお喋りな人を揶揄して使う昭和的な言葉だ。
困った奴だというほどのニュアンスで、わずかに――愛すべきお喋り――という温もりがあった。
それが、この半月余りで意味が変わった。
単なるお喋りでは無くて、嘘をまき散らしては人を陥れる犯罪者。ということになってきた。
毎朝テレビが原因不明の電波停止になり、代わりに隠していたニュースや記録がSNSで流れてしまい、瞬くうちにフェイクニュースを垂れ流していたことが世間に知れたからだ。
あっという間にスポンサーが下り始め、たとえ電波が戻ってきても放送事業が再開できる状況ではなくなってきた。
ディレクターとかアナウンサーとかコメンテータというのも、真面目な顔して嘘を言う奴というニュアンスが付き始めた。
毎朝テレビのチーフディレクターで創業者の孫である池島大輔が、自分の不正を隠すために部下の室井ディレクターを殺害して東京湾に沈めたことが発覚したからだ。
こうなってくると弱り目に祟り目、ネットはもちろんのこと新聞や雑誌も放送局を叩き始め、SNSは放送局や放送局の事実上の支配者である大手広告代理店への非難で一杯になった。
女子アナと言う、昭和平成の時代では女性最高のステータスもほとんど性悪女と同義語になりつつある。
あーーーサッパリしたあ!
久々に女子アナ時代のサマースーツで出かけたお姉ちゃんは、帰って来るなりシャワーを浴びて、ジャージ姿で上がってくると、サマースーツをゴミ袋にぶち込み、缶ビールあおってソファーにひっくり返った。
「全部しゃべってきたの?」
「うん、あらいざらいね」
「総理をイジメたことも?」
「うん、セクハラのねつ造もね。ひどいプレーを強制されたアメフト選手の気持ちが良く分かります……と締めくくっておいたから、まあ、良心的性悪女くらいのところで許してもらえるよ」
お姉ちゃんは、毎朝テレビのドキュメントを扱ったNHKの特集番組に出てきたのだ。
「来年の秋には電波オークションが始まるって。まあ、NHKは安定の例外扱いと思ってるから、あんな番組つくれるんだろーね……あ、そだ」
濡れた髪を拭くのを止めてスマホを取り出した。
「ね、真凡の感覚だと、どの写真がベストだと思う?」
良心的性悪女は、数十枚の自分の写真をスクロールして見せた。全て前向きのバストアップだ。
「ひょっとして、指名手配用の写真?」
「ばか、証明写真よ」
「そっか、これなんかいいんじゃない?」
いちばん穏やかな、髪をアップにしてるのを選んでやる。
「あんたも、そう思うよね……でもダメなんだよね~」
「どうして?」
「アップにした髪が、上のとこ切れてるじゃん」
「うん、それが?」
「髪が切れてると、その上になに隠してるか分からないからダメなんだよ」
「いったい、なんの証明写真?」
「パスポート」
「な……」
国外逃亡でもやらかそうというんだろうか……?
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長