妹が憎たらしいのには訳がある・20
『6・25%のDNA』
「おはよう」の声はいつもの通りだった。
昨日、大阪城公園の路上ライブから帰ってからの幸子は変だった。
普段の無機質な歪んだ笑顔をしないのだ。
いつもならパジャマの隙間から胸が見えてると言っても平気でいるのに、夕べは、頬を赤くして怒った。
「おはよう」の声が、いつも通りなんで俺は試してみた。
「第二ボタン、外れてるぞ」
「うん……」
狭い洗面所の中だったので、いっそう丸見えだったけど、いつものように気にもしない。
顔を洗うので、洗面台を交代しようとして、幸子がささやいた。
「あとで、わたしの部屋に来て」
「夕べ、別のわたしがいたでしょう」
「幸子、こういう状況で、部屋に人を入れるもんじゃないぜ。たとえ兄妹でも」
幸子は、下着一枚で姿見の前に立っていた。
「ごめん、ニュートラルにしとくと、こういうこと気にならないもんだから」
そう言って、幸子は服を着だした。
「オレも、夕べの幸子は変だと思った、話が合わなかったし、恥じらいってか、自然に女の子らしかった」
「わたしも。このパンツ、わたしのじゃないし」
スカートを派手にまくって、相違点を指摘する。
「だから、そういうところを……」
「うん、プログラム修正……だめだ」
「どうして?」
「これ、修正しちゃうと、お兄ちゃんにメンテナンスしてもらえなくなる。メンテナンスの時はニュートラルでダウンしちゃうから、恥じらいをインストールしちゃうと、裸になったり、股ぐら開いたりできなくなる」
「せめて、そのダイレクトな物言いを……」
構わずに、幸子は続けた。
「わたしのパンツも一枚無くなってる……確かね、パラレルから別のわたしが来た」
「オレも、こんなのシャメった」
「盗撮?」
「あのな……」
ボクは、風呂上がりの幸子の様子が変だったので、後ろ姿を写しておいた。タオルで髪を巻き上げていたので、耳の後ろがよく見えている。耳の後ろの微妙な皮膚の盛り上がりがない。
「これ、右側だよ。コネクターは左側」
「これ、リビングの鏡に写ったの撮ったから、左右が逆なんだ」
「情報修正……お兄ちゃんは記録より少し賢い」
「コネクターが無いということは……」
「この幸子は、義体じゃない」
「じゃ、小五の時の事故は起こってないってことか」
「……そういうことね。向こうのパソコンで検索したんだけど、大事なところで違いがあるの」
幸子は、ケーブルを自分のコネクターとパソコンを繋いだ。
「アナログだなあ、ワイヤレスじゃないのか」
「ワイヤレスだと、誰に読まれるか分からないからよ」
数秒して、画面が出てきた。ウィキペディアの第二次大戦の情報のようだ。
「ここ。原爆は、広島、長崎と新潟に落とされてる」
「新潟に?」
「こっちの世界でも、投下の候補地にはなったけど、グノーシスの中で情報が交換されて、こっちの世界では、新潟への投下は阻止された。他にも、いろいろと相違点はある」
「パラレルワールドの誤差だな」
「ううん、互いに意識して、グノーシスたちが変えたものがほとんど」
「グノーシスって……」
「お兄ちゃんが、想像している以上の存在。わたしも全部は分かっていない。ちょっと、これ見て」
幸子は、写真のフォルダーを開いた。
「あっちの幸子は、マメな子ね。親類の写真をみんな保存しているの……これよ」
そこには、「ひいひいじいちゃん・里中源一」と書かれた、実直そうな青年が写っていた。
「うちの親類に、里中ってのはあったかな……」
「こっちの世界で、これにあたるのは……山中平吉」
パソコンには、お父さんのアルバムの中にあった、お父さんのひいじいちゃんの写真が出てきた。
「向こうの世界じゃ、この平吉さんは、新潟の原爆で亡くなってるの」
「……ということは」
「八人のひいひいじいちゃんが一人違うってこと。だから佐伯家は、向こうと、こっちじゃ、微妙にDNAが異なる。玄孫(やしゃご)の代じゃ6・25%、外見的に影響ほとんどないけどね」
ボクの頭の中で、何かが閃いたが、お母さんの一声で吹っ飛んだ。
「幸子、太一、朝ご飯早くして、片づかなくて困る!」
「……でも、幸子、モノマネ上手くなったな。テレビの取材なんか受けてたじゃん」
ボクは、歯に挟まったベーコンをシーハーしながら、ナニゲに聞いた。
「うん、自分でも止まんないの……あ、また」
こっちを向いた幸子の顔は、なぜか優奈と佳子ちゃんの顔に交互に変わった……。