鳴かぬなら 信長転生記
おい、ブタになるぞ。
三つ目い手を出そうとしたら、頭の上から声がした。
ああ……?
首をひねると、斜めになった敦子の顔が見える。
「ばか、おまえの首が斜めなんじゃろが」
そうか、ソファーに浅く座ったまま今川焼を食べていたら、いつの間にかずり落ちてしまったんだな。
「生きていたころから行儀の悪いやつだったが、美少女になってもかわらんなあ」
「うるさい、我が家で今川焼を食うのに行儀も何もない」
「そうだろうがな、今食べたのは六つ目だぞ」
「え……?」
のっそり上半身を起こしてテーブルの上を見ると、10個入の箱には三つしか今川焼が残っていない。
「で、あるか」
「あはは、嘘じゃ。わらわが三つ食べたから、おぬしが食べたのは四つじゃ」
「では、食べる」
「甘いもの好きは、こっちに来ても変わらんのう」
「言うな、買ってきたのは敦子、おまえだぞ」
「ああ、転生してから一か月になるしな、たまには話すのもいいかと」
「その割には、口数が少ないな」
「お前がずっと考え事をしておるからな……食べた今川焼の数もわからんくらいな」
「そうか……」
手にした今川焼が停まってしまう。
「いっちゃんのことが気になるのであろう?」
「そういうわけではない」
ハム
「なにをする!」
「手に持ったままじゃからのう、今川焼も生殺しでは可哀想じゃろうが」
「もう好きにしろ」
「市はのう、学校で孤立しておる。信長の妹だけあってケンカがうまい。ただ腕力だけでは無くて、頭も切れるし口もたつ。学園で、市に敵う者はおらん」
「そうなのか?」
「タイプは違うが、パヴリィチェンコと同じじゃよ」
「あの鉄砲女とか」
「ああ、市も、一途に思い詰めておることがある」
「なにを?」
「察してやれ」
「はっきり言わんやつは嫌いだ」
「信長、おまえみたいにハッキリ言う奴のほうが、世の中には少ないんだ。分かってやらんと、また本能寺の無限ループになるぞ」
「次は、光秀を家臣にすることはせん」
「それはダメじゃ。信長と光秀の主従関係はデフォルトなんじゃぞ。ここを変えては、このゲームは成立せん」
「……どうでもよいが、今日の敦子は、喋り方が偉そうだぞ」
「信長に言われとうはないのう。わしは神さまじゃから、基本は偉いのじゃぞ」
「だったら、その女子高生のナリはよせ」
「これもデフォルトじゃ……」
言葉の継ぎようが無くなる……自然に今川焼に手が伸びるが、箱の中は空っぽになっている。
「茶でも淹れるか……」
敦子に淹れさせてもいいのだが自分でやる。
転生してから、家事をやることが平気になってきた。まあ、ガキの頃に平手のジイに一通りは仕込まれたし、町や村のワッパどもと遊んでいたころは、何ごとも自分でやったしな。
スーーーーー
茶を淹れていると、目の前を白いものが、音もなく横切る。
式神か……敦子は神さまだ、式神くらい飛ばしても不思議ではない……リビングの隅で力尽きたそれは……紙飛行機?
「それを極めれば、なにかが開けるぞ」
「呪をかけたのか?」
「いっちゃんが、いま、それに出会った。帰ったら聞いてやれ。茶は、いま頂いた」
それだけ言うと、敦子はソファーに尻の窪みだけを残して消えてしまった。
手元を見ると、二杯淹れたはずの茶碗の一つが空になっていた。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- パヴリィチェンコ 転生学園の狙撃手