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交番を出ようとしたら、天海祐希似の女性警官に呼び止められた。
「天海祐希って、名前気に入ってるからね」
「それも、あたしが?」
「そう、なんだか宮沢って人が来て交代してくれそうな気がしてきた」
「あ、でも不可抗力だし、あたしの思いこみだから……」
「あ、それから一言。わたしは女性警官じゃなく、婦人警官だから。そこんとこ、よろしく!」
あたしは、ハイテンションな天海祐希さんを、持て余して、通りに出た。
まったく、いつもの通りだった(あ、オヤジギャグじゃないから)。ただ、通行人が、あたしを避けないで、あたしの体を素通りしていくのには、まいった。
まるで、3Dのゲームの中を歩いているような……いや、それ以下。ゲームの中なら、アバターが通れば避けてくれるもんね。それでも素通りされるのは気味が悪いので、気を遣って歩いた。
大通りに出ると、ゲンチャや自動車まで素通りしていく。あたしは、日頃、どれだけお互いが距離や間合いをとって行動しているか、文字通り体を張って体験した。
通りを渡って、コンビニに入ってみた。
妙なことに、コンビニにのドアは、手で開けないと開かなかった。何気ないことなんだけど、とても感動した。
レジのオネエサンのところへ行った。森三中の大島さんみたいな体型で、いつもプニプニのお腹に触ってみたい衝動にかられていた。
今日は、人間は素通しなんで、思い切って触ってみた。
やっぱり素通りだった。でも胸のあたりに手をあげると、なんだか冷たい……いや、寂しいところに届いた。佐藤という名札を付けたオネエサンは、わたしと体が重なったお客さんの相手をニコニコしながらやっていた。でも、この笑顔の下には、こんな冷たく寂しい心を隠していたんだ。
あたしは、この佐藤さんの触れてはいけないところに手をやったようで、慌てて手を引っ込めた。
いつものように、雑誌の立ち読みでもしようかと、手を伸ばすと、手に取れなかった。マガジンラックごと素通りになってしまう。他の商品にも手を出したが同じことだった。
そのとき、AKBのマユユをそのまま小型にしたような小一くらいの女の子が、お母さんと入ってきた。あたしは、この子と時々、この店で会う。たいてい目が合って手を振るとマユユそっくりな笑顔で手を振り返してくれる。この子の側を通ると日向くさい子どもの匂いがするのも好きだ。
そこで、あたしは、その子の目の高さに屈んで、ちょうど頭が重なるようにすり抜けた。
ショックだった。
瞬間、脳みそが重なり、この子のあたしへの気持ちをモロ感じてしまった。
いい高校生が、昼日中からコンビニでスマホばっか。でも、あたしが来ると気づいちゃうのよね。ああ、やだやだ、こんないかれたオネーチャン。でも、とりあえずマユユの真似してニコって手を振ると、それでおしまい。それ以上は関わってこないから、このオネーチャン見たら、取りあえずやっとくの。
くそ、カワイイ顔して、そんなこと考えてたのか……!
ムナクソが悪いので、あたしはコンビニの外に出た。
で、ここまでスマホを見ていないことに初めて気が付いた。急いで気分直しにスマホをだしたけど、圏外だった!
あり得ない、こんな街中で、いつもの下校時間、いつものコンビニ前で圏外だなんて!
気づくと、道の向こう側に友だちの朱美がいた。声を出しても通じないのは分かっているから、スマホで呼び出した……でも圏外!
信号が変わったので、朱美は、こっちに近づいてきた。
「……美恵、どうして通じないかなあ」
嬉しい、持つべきものは友だち。あたしのこと心配してくれてる!
朱美の心は、近づいただけで分かった。あたしのことを思ってくれている。
でも……朱美の中のあたしの姿は、プリクラのマチウケだった。プリクラ特有の影のない、変な美白のあたしだった。いつもなら気にもしないんだけど、今はリアルのあたしを思い出してほしかった。
「あ、麗羅。あんた通じるんだ。ううん、なんでもない……」
とたんに、朱美の心からあたしが消えて、麗羅のことだけになってしまった。
まるで、テレビのリモコン押したみたいに、いとも簡単に。
ま、こんなもんかと思い直し、我が家に向かった。
トキワレジデンスというアパートを曲がって三件目が家…………が無かった。