銀河太平記・194
「困ったことに評判がいいんです」
役人の頃の癖が抜けないのか、及川市長の言葉に深刻さは無い。
「春の七草海山群というのは、21世紀日本が付けた名前なのですが、まるで海底にお花畑でもあるような名前なので、いかにも平和ニッポンというイメージです。むろん、日本の領海でも排他的経済水域でもありませんので、浮体構造の調査拠点を作ることに苦情は言えません」
「七つあるうちの『ほとけのざ』にした狙いはなんだい?」
お岩さんが身を乗り出す。
「七草のうち、あそこが一番浅いんです。他の海山は水深1000mを超えますが、ほとけのざは120mしかありません」
「狙いは、なんと言うとるんじゃ?」
シゲ老人が神主服のまま手を挙げる。
「パルス資源の調査と開発です」
フフ
作戦室に緩いせせら笑いが湧く。
春の七草海山群は太平洋プレートの上にある。我々の西之島は小笠原諸島の東にあって共にフィリピン海プレートの上にある。
パルス鉱の鉱脈はフィリピン海プレートの東側に集中し、太平洋プレート側ではほとんど確認されていない。
パルス鉱はプレートが隣接する別のプレートに潜り込んだところで発生するようで、潜り込む側のプレートでの発見例は少ない。僅かに発見されたものも、純度が低く採掘には膨大な資金が必要であるので、本気で採掘に乗り出す国は無かった。
「調査に名を借りた軍事拠点の建設ではないのか?」
元オーストラリア軍の大佐が腕を組んだまま発言した。
「それが……」
及川市長が続けようとすると、モニターを操作していた情報官が「劉宏大統領のスピーチが入ります!」と手を挙げる。
『漢明国民のみなさん、そして、これをご覧になっている世界の方々にご挨拶いたします。漢明大統領の……最近は春華と呼ばれることが多いですが、劉宏です』
春華 春華 春華 春華 春華 春華 春華 春華! 春華♡……の文字が漢字、英語で流れる中に、劉宏がその半分、残りは春華=劉宏などが流れる。
『私たちは休戦状態ではありますが、西之島と戦闘状態にあり、日本国とは準戦時状態で国交が途切れています。しかし、わたしたちは戦争ばかリやっているわけではありません。世界二位の人口を養い、かつ国際社会の一員として生きています。そのために、世界のあちこち、関係諸国のご理解を頂きながら資源の開発と採掘に乗り出しました』
88888888888 好! 好! 8888 好! ♡ (^▽^) 好!
仕込もあるんだろうけど、王春華の姿をした新劉宏は国の内外で人気がある。
『どうもありがとう、漢明国民のみなさん、日本のみなさん、世界のみなさん』
オーディエンスに応える劉宏の笑顔は200年前『ローマの休日』をやった時のアン王女の笑顔にも例えられ、PI前と比べて、その支持率は倍以上に高くなった。
オホン
及川市長の咳払いで、緩みかけていた空気がピリっとする。
が、次の春華、いや、劉宏のスピーチで緩んでしまう。
『西之島のみなさん、わたしたちは、このほとけのざで少しずつ進めて参ります。パルスガ、パルスギなどの高純度のパルス鉱は望むべくもありませんが。パルス鉱、パルスラ鉱など低純度の鉱石の採掘に力を注ぎます。より安価により大量にパルス鉱を採掘精製できれば……例えば、速度は出ずとも大陸間移動のエネルギーが今の半分以下の燃費でいけるとしたら、産業用家庭用のエネルギーが半分になるとしたら、素敵なことだとは思いませんか? 一日も早く休戦が、ほんとうの終戦になって、お互い資源開発やイノベーションで鎬を削れる時代が来ることを望んでやみません。むろん、パルスギなんかが見つかったらラッキーですけどね(^▽^)! その時はごめんなさい(๑´ڡ`๑) 。あ、すみません、ちょっとハジケすぎました(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄) 。それでは、ほとけのざ資源プラットホームから劉宏のご挨拶でした!』
「稚拙なプロパガンダに過ぎんのだが、なかなかやる」
再び緩みかけた作戦室の空気を引き締めるように、元海兵隊中将のアメリカ人が顎を撫でる。
劉宏の笑顔のまま停まった画面には、劉宏を賞賛するコメントが横殴りの吹雪のように続いている。その多くは劉宏ではなく春華の愛称になっている。
「いやはや、わたしもソフト路線でやらなきゃいかんかなあ」
児玉元帥が眉をしかめるけど、こちらもミテクレは美人社長で名の通った越萌マイのボディーで勘が狂う。
「どうやら、新局面に入ったようだね」
「敵の様子を観察、分析を進めます。暫時休憩といたします」
社長、いや睦仁様が苦笑いされ、作戦会議は中断された。
「七草がゆとランチが出来てるから、希望者は食堂へ。七草がゆは数に限りがあるから、遅れた人はレプリケーターのでがまんしてね」
劉宏のスピーチで情報の取り直しと分析のやり直しになって、作戦会議は中断して仕切り直しになった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟