RE・友子パラドクス
気が付くと、父でもあり弟でもある一郎がニヤニヤ笑いながら写真を見て立っている。母であり義妹である春奈は並べたあれこれをゴミと保存に分けている。
夏休みの初日と日曜が重なったので、この妙な親子三人は、まず身の回りの整理から始めた。両親の一郎と春奈は、新発売のルージュの販売が軌道に乗ったので、友子はマッタリの一環としてオカタヅケという人間的な行為にいそしんでいるのである。
ただ、友子は義体なので、身の回りは最高に機能的で、その点ではオカタヅケの必要など無かった。
で、年頃の女の子らしく、適度に散らかして(人間的には飾り付けるという)いるのだが、これが、なかなか難しい。
「なによ、気持ちわるいわねえ」
「友子も見てごらんよ」
「あ……!」
その写真を見たとたん、記憶が膨大な情報として蘇ってきた。
「連休にディズニーランド行った時のだ!」
「そうだよ、このグズって、お袋にあやされてるのがおれで、全然構わずにビッグサンダーマウンテンの方見てるのが友子だ」
「ハハ、なんか今と関係逆過ぎるから笑えるね」
「母」の春奈が、笑った。
「懐かしい、ちょっと借りていい?」
友子は、部屋のベッドにひっくり返って、写真を見るというか、解析してしまう。
軽い気持ちで見ても、数億の情報が頭の中で演算されていく。
「ああ、だめ。もっと軽い気持ちで!」
友子は、気合いを入れてお気楽になった。
「このときの、わたしって、ビッグサンダーマウンテンのことしか考えてないよ。一郎の泣き声も聞こえてこない。いいよなあ……こういうワガママというか無神経さは」
数秒後、頭の中で、かすかなアラームが鳴り、ガバっと身を起こした。
「これ……滝川さんに似てる」
義体である友子に「気がする」はあり得ない。写真を見れば、その人物から、すくなくとも数万の情報を得ることができるが、滝川らしきものからは、らしいという以外なにも分からなかった。
「ああ、これがいけないんだ。マッタリマッタリ!」
再びバタリと仰向けに寝転がると、ベッドのスプリングが「プツン」と、音がして折れてしまった。
「いかん、十万馬力なんだ、わたしは……ちょっと、散歩してくる!」
友子は電脳の中に「無意味」というカテゴリーを作ろうとしていた。昨日食堂で、アイスクリームとラーメンの汁を被ってしまったのは、機能不全によるバグである。人間的なマッタリとは似て非なるものである。友子はバグりかけたPCの持ち主のように必死であった。
外に出ると、数兆の情報が飛び込んでくる。人間にとっては、体にも頭にも良い刺激なのだろうが、友子にとっては、ただCPUの負荷を掛けるだけのデブリ情報に過ぎなかった。友子は、この負荷を取捨選択し「無意味」をカテゴライズしようと、いわば逆療法に出たわけである。
「え、あんなとこに喫茶店が……?」
『再会』という名前の喫茶店だった。友子のGPS機能は「確認不能」のシグナルを発していたが、しばらくすると、確認に変わった。
カランカラン
もう――この土地に大正時代からありました――というような面構えをした店で、友子が入ると、レトロなドアベルの音がした……。
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 大佛 聡 クラスの委員長
- 王 梨香 クラスメート
- 長峰 純子 クラスメート
- 麻子 クラスメート
- 妙子 クラスメート 演劇部
- 水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
- 滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士