RE・友子パラドクス
「お相席になりますが……」
思わぬ声をかけられた。
駅前のパンケーキ屋はいっぱいなので、道を一筋入ったコーヒーハウス。
レンガの外壁に格子の出窓の中はセピアに滲んで、フェイクではない蔦がほどよく絡んだ昭和レトロ。
女子高生が一人で入るような店ではないが、なんとも懐かしく、友子は自分の成りを女子大生風にして入ってみたのだ。
で、空席と思った四人がけのシートに腰掛けたら、ウェイトレスの女の子に言われた。
言われて気づくと、向かいで、サマージャケットの学生風が文庫を読んでいる。
「あ、ごめんなさい。気がつかなくって」
そう言って立ちかけると。サマージャケットが文庫から目を上げた。
「これも、何かの縁。よかったらいっしょにどうぞ」
いつもの友子なら断っている。そもそも、四人がけのシートに人が居ることに気づかないわけがない。
面白いと思うより、そこまでボンヤリしてしまっている自分を、そのままにしたくて座ってしまった。
「オレンジジュース」
そうオーダーすると、サマージャケットが店内の鏡二枚を使って友子のことを見ていることに気づいた。
「オレンジの成分分析で産地のバーチャルトラベル。悪くはないけど、もっとリラックスしたら」
「え……」
この時点で、サマージャケットが人間でないことは分かったが、不思議に警戒心は湧いてこなかった。
「じぶん、城南大学の滝川修。君は?」
友子は、笑いを堪えて答えた。
「乃木坂学院の鈴木友子です」
「じゃ、トモちゃんでいいかな?」
「いいも、なにも、全て知ってるんでしょ?」
「知らない。トモちゃんが、あんまりくたびれてるみたいだったから、オレンジジュースについては読んじゃったけど」
「あなたも……義体なんでしょ?」
「そうだよ。ここじゃ、誰でもそうだし、誰も気にしないんだ」
「え……?」
ウェイトレスの女の子と数人のお客が友子の方を向いてニッコリ笑った。
ちょっと驚いた。
滝川を含め、だれもスマホを見ていない。電車の車内にしろ喫茶店にしろ十人前後の人が居て誰もスマホをいじっていないのは、ちょっと奇跡的な風景だ。
「ここは、義体が心を休めるための店なんだ。僕たちみたいな義体のためのね」
「それって……」
「ハハ、難しい理屈は抜き。とりあえずトモちゃんのオレンジジュースだけどね」
「和歌山産ですね?」
「そういう味気ない解析はやらないの。和歌山産のミカンというとね……」
サマージャケットの滝川は、紀伊国屋文左衛門の故事から、前世紀のミカンの輸入自由化までいろんな話をしてくれた。それは、知識としては友子の頭の中には全て入っていることだったが、滝川の話が面白く、つい笑い転げてしまった。
「じゃ、今度は電話でもするよ」
楽しく話しているうちに、いつのまにか夕方になっていた。
店を出るとき、『乃木坂』という店の名前を確認し、表通りに出る前に振り返った。
え?
そこには、ただ三十坪ほどの更地があるばかりだった……。
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 大佛 聡 クラスの委員長
- 王 梨香 クラスメート
- 長峰 純子 クラスメート
- 麻子 クラスメート
- 妙子 クラスメート 演劇部
- 水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
- 滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士