明神男坂のぼりたい
宇賀先生が復活した。
喜ばしいことなんだろうけど、ちょっとは複雑な気持ち。
宇賀先生は、今月の初めにグラウンドの線引きを体育委員の子とやっていて、風で飛んできたカラーコーンが顔に当たって何針も縫う大怪我をした。生徒に当たりそうになったのを庇っての大怪我。
麻衣が「やめた方がいい」と言うのを美枝とゆかりと三人で見舞いに行って後悔した。先生の顔はパンパンに腫れてたんだ。
昨日は腫れこそは引いてたけど、右のコメカミからほっぺたにかけての傷がとても痛々しい。先生は、その傷を隠そうともせずに、いつものポニーテール。
「ごめん。見てる方が不愉快だと思うんだけど、あたしは隠したくないの……まあ、ちょっとずつ治ってくるから、しばらく辛抱してね……いや、ほんとに。今は整形とかも進んでるから、一年もかけたら元の顔にもどるよ……うん、あたしだって、恋人作って結婚したいしね!」
少しほぐれた。
だけど、いつもだったら「ほんとは、もうカレ居るんじゃないの?」「男のお見舞いさばききれないから退院したんじゃね?」とかチャチャ入れるヤンチャたちが黙ってる。先生が精一杯だというのも分かってるし、あの傷は跡が残るいうこと、バカな高二でも分かる。女同士、やっぱりまともには見られないというのが正直なとこ。
で、先生は、それ以上傷の話題には触れずに授業に入った。授業は気合いが入ってた。平泳ぎ25メートルを五本もやらされてヘゲヘゲ。先生は庇われた体育委員の子に気遣いしてんのがよく分かった。暗くしてたら、その子はいたたまらないもんね。
いつものようにスッポンポンになって着替えるから麻衣が一番早いんだけど、今日は格別に早かった。
何かあるなと思って、AMY三人組(明日香・美枝・ゆかり)で見に行った。ちょうど体育の教官室から麻衣が出てきて、宇賀先生が嬉しそうな顔でお礼言ってた。
「「「何か先生にあげた!?」」」
三人で声をそろえて聞いた。
「なんでもないわよ」
麻衣らしくもない、ツンとすまして行こうとするから、うちらは呼び留めた。
「正直に言わんとコチョバシの刑だぞ」
「なに、コチョバシって?」
「やった方が早い」
ゆかりの一言で三人でコチョバシた。
「アハ、アハハ、アハハハ、ウキャキャキャ、ハヘハヘ、笑い死ぬう!」
麻衣は廊下に転がって、おパンツ見えるのも気にせんと笑い転げた。麻衣は笑い方までラテン系だ。
「言う言うからギブアップ、ギブアップ!」
「なんかブラジルのお土産?」
「にしては、時期が遅い」
「怪我のお守り、神田明神で買ってきたの!」
「麻衣、よく知ってたね!」
「明日香が教えてくれたんだよ」
ようやく乱れた制服を直しながら麻衣が言うんだけど、麻衣に神田明神のこと言ったっけ?
「あたしが?」
「電車は、降りなかったらどこまで行ってもダダだって。それで駅の案内とかいろいろ見たんだけどね。近場じゃ神田明神が一番の効き目。分かった?」
「あんたは、エライ! その偉さを讃えて、コチョバシ……」
「キャハハ、ギブギブ!」
コチョバシてもないのに麻友は、笑いながら行ってしまった。
次のしょーもない数学の時間に考えた。
麻衣は知らない間に、あたしたちがコチョバシの刑ができるほどに親密になったいうこと。これは喜ばしい。そして見かけからは想像できないぐらいゲラだということ。あの子の見かけの清楚さとラテン系の明るいギャップは、なかなか面白い。
で、もう一つは反省。麻衣はブラジルから来た子なのに、ちゃんと調べて明神さまに行ってきたんだ。あたしは、朝の挨拶こそはしていくけど、しばらく、キチンとはお参りしてない。
それに、なんで神田明神のお守り? ブラジルだったら、カトリックなのに……思ってたら、先生にあてられてアタフタ。こっそり答え教えてくれたのも麻衣。
帰り道、久々にお賽銭入れて、キチンとお参りして帰った。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
巫女さん
だんご屋のおばちゃん
さつき 将門の娘 滝夜叉姫
明菜 中学時代の友だち 千代田高校
美枝 二年生からのクラスメート
ゆかり 二年生からのクラスメート
新垣 麻衣 ブラジルからの転校生